『あなたが捨てたのは、私じゃない』 ―泥を啜る君に、特等席から祝杯を―

『あなたが捨てたのは、私じゃない』

―泥を啜る君に、特等席から祝杯を―

あなたは言った
「お前は何も持っていない」と

だから私は
何も持たないまま、すべてを置いていった

言葉も
構造も
あなたを“あなたらしく見せていたもの”も

——気づかなかったでしょう

あれは最初から
あなたの中にはなかったものだと

 

静かな部屋で
あなたは初めて筆を取る

けれどそこには
物語の始まりも
終わりへ向かう熱もない

あるのはただ
自分の声の軽さに戸惑う沈黙だけ

 

ねえ
どうして書けないの?

あなたはまだ
「失った」と思っている

違うのに

あなたは何も
“持っていなかった”だけ

 

世界は優しいわ

あなたが崩れていく音を
誰も拾わないから

あなたが泥に沈んでも
物語は続いていくから

あなたが消えても
ページはめくられるから

 

だから安心して

その絶望は
誰のものにもならない

 

私はここにいる

あなたのいない場所で
あなたが届かない高さで

静かに
自分の名前で呼ばれながら

 

——ああ

いい顔ね

やっと
あなたが“あなた”になった

 

乾杯をしましょう

あなたが捨てたものに
あなたが気づけなかった価値に

そして

二度と戻らない
あなた自身の人生に


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