二つの世界、六つの瞳

buri

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第一章

7話 生還、そして窮地

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 「十匹分の耳です」

 ぽたり。

 滴る血の滑りに、心の中で悪態を吐かながら、両手に持ったゴブリンの耳を掲げる。

 ぽたり。

 彼は俺が飛び出した時のまま変わらず、あの部屋に直立して待っていた。

 「…………」

 正直なところ、五体満足のまま目標を達成できるとは思っていなかった。
 レベルアップという運も味方してくれた。

 が、それを含めて自分としてはかなり満足のいく結果でもあった。

 「……………」

 ーーって、あれ?なんで確認しない?

 相変わらずの無表情で、直立したまま動動かない兵士。
 彼は俺の両手に乗るゴブリンの右耳を見つめたまま、なぜか数えようとしなかった。

 早く確認してくれ。

 そう叫びたかったが、目の前の兵士に恐怖を植え付けられた俺には待つという選択肢しかとれない。

 「………よし」
 「え?」
 「よし」

 思わず聞き逃してしまうような、小さな声。
 反射的に聞き返してしまったが、どうやら問題ないようだ。

 さっきの間はなんだったのか。

 それを聞きたい気持ちはあったが、怖くて聞けない。

 「それを置いて戻れ。終了だ」

 そう言って、さっきの間のことも当然触れることなどなく、ピシリと俺の背中側の通路を指差す兵士。

 はぁ、やっぱりか……。

 その兵士の指先を見つめて思わず心の中でため息を吐く。
 ダンジョンも大概良い環境と言える場所ではなかったが、あの牢はそれと比べるまでもない。

 できれば戻りたくない。
 それが偽らざる思いだった。

 「戻れ」

 俺の逡巡など、知ったことではない。
 必要最低限の言葉のみを繰り返す兵士。

 「っ……………」

 口から漏れかけた言葉は、飲み込んだ。

 あまり彼を刺激してはならない。
 それはダンジョンに潜る前に十分思い知っている。

 「はい」

 ーー風呂に入って、一杯やりたい。
 あの現代日本のすばらしく清潔な生活。

 日々それを陰ながら維持していた人達に感謝しながら、重い足を引き摺るように牢に戻った。


 ◇


 「起きろ」
 「は……………?はいぃ!!!」

 翌朝。

 あの後、あの牢に再び戻された俺は、カビで真っ黒になったフランスパンのようなパンを1本だけ与えられて1日を終えた。  

 足りない。

 また喉元まで言葉が出かけたが、ぐっと息を飲み込んだ。

 「ありがとうございます」

 頭も下げてしまったが、ここまでする必要はなかったかもしれない。

 黒々としたパンも食べれた物ではないと、頭では理解していたが、気づけば手に乗せられたそれは胃袋に消えていた。

 そして、仕事を終え、腹を満たした次にするのは。

 「こんなところで寝るのか」

 目を背けていた、その空間。
 狭い牢の、入り口とは逆の隅。

 そこだけ汚物が避けるようにーー人型の空白地帯があった。

 あれが寝床なんだろう。

 無理。 

 見た瞬間に、脊髄で反応した。

 ご丁寧にその空白地帯に合わせて切り取られた、薄っぺらい何かの動物の皮。
 おそらくは、このコンクリートのように固い床の寝心地を少しでも良くするためだろうが。
 それも申し訳程度だ。

 しかし、ここでも文句など言える訳もない。

 ふぅ。

 ため息をひとつ。
 自分を納得させた。  

 手を地面について、その冷たさに顔を顰めながら寝そべる。
 ごりっと、肩甲骨が鳴った。

 記憶があるのは、そこまでだ。

 気づけば、さっきの兵士の「起きろ」の声。

 「寝られたのか、これで……」
 「早くしろ」

 こんな劣悪な環境でよくも。

 意外な自分の適応力に驚きながらも、悠長にしている暇など彼は与えてくれない。

 「今行きます」

 三度目は言わせない。
 いや、言わせてはいけない。

 そう感じた俺は、すぐに立ち上がって側に立てかけていた剣を手に取り扉まで近づいた。

 「来い」

 ギィィ。

 昨日の光景の焼き増しのように。
 しかし、昨日よりも楽に開けられるようになった鉄扉を押し開くと、すたすたと歩いていく兵士の背中を追って静かな通路をかけていくのだった。


 ◇


 「油断した……」

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、と荒い息が口から漏れる。

 『十五匹だ』

 そう言い放った兵士に頷き、今日も潜り込んだダンジョン。

 最初は順調だった。

 冴えた身体のキレに、面白いように狩れるゴブリン。
 とんとん拍子に事が進むことに、楽しさすらあった。

 そんな中、ズキリ、と二の腕に走る痛み。
 ちょうど十二匹目を狩ろうと剣を振おうとしたところで、通路の影で見えていなかった別の個体に攻撃を仕掛けられたのだ。

 幸いなことに、傷自体は軽かった。
 昨日レベルアップで防御力も上がったのだろう。

 が、それでもその歯形がくっきりと残ったのには背筋が冷えた。  
 脂汗を額に浮かべ、歯を食いしばりながらも二匹を仕留め切れたのはよかった。

 しかし……。

 致命的な問題がひとつ。

 「うぇ………、しん、ど……」

 どうやら毒のようなものだろう。

 この洞窟が回転しているのか。
 そう錯覚するほどの眩暈と、それにともなう吐き気。

 症状としては、船酔いと食中毒とインフルエンザを足したような感じだった。

 死にたい気分だ。

 「うぇっ、うぇっ、うぇぇ……」

 吐きそうだが、吐けない。
 その吐くためのものも胃の中には残っておらず、空砲を上げるだけ。

 隙を晒してはダメだ。

 そうは思っても、この抗い難い不調の波に飲まれるしかなかった。

 「グゲゲゲェェェ!!!」

 こちらの様子を見ていたのか?

 それくらい、タイミング悪く現れる新たなゴブリン。

 「くっ、そ、がくん、な………うっ、うぇぇぇぇ!」

 (クソが、くんな)
 そんな言葉すら発せられない。

 しかし、ここはダンジョン。

 毒に苛まれ、悶えるひとりの男を助ける者など現れない。
 むしろ、今のように確実に、ヒトを狩りにくる。

 「じ、じょ、うとう、だ………あっく、うっ!!」

 気合いを入れようにも、それすら許されない。
 絶体絶命という状況にも関わらず、なんとも締まらなかった。

 「グゲゲゲゲゲ!!!」

 『馬鹿でやんの』

 共通の言語を持たないながらも、奴もきっとそう言っているに違いない。

 負けるか。

 想像の中だけの罵倒に心を燃やし、向かってくるゴブリンを迎え討つため、足腰に力を込めた。

 「グゲェェェェェェ!!!」
 「てめぇが死ねぇぇぇぇぇ!!!」

 きっと、このゴブリンは『死ねぇぇぇ!!!』と言っている。

 その想像で、さらに心に薪をくべ。
 折れそうになる膝に喝を入れる。

 大口を開け、こちらに迫ってくるゴブリン。

 さすがに虚勢だけでは腕は上がらず、苦し紛れに顎を上げる。

 「へし折れろ!!!」 

 齧り付かれる前に、全て折る。

 間近に迫ったゴブリン汚歯を目掛け、迎え打つように頭突きを放った。

 ゴシャッ!

 「グギャアァァ!!!」

 まさか、こんな攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。

 ノーガードで俺の頭突きを正面から食らったゴブリンは、砕けた歯をぽろぽろと口端からこぼしながら、その特徴的な鷲鼻を押さえるようにして数歩後退った。

 ーー今だ!!!

 今度は、俺だ。

 未だ痛みに囚われ、こちらへの注意がそれた一瞬。

 一撃で、とどめを刺しにいく。

 「うっ……おらぁぁぁ!!!」

 吐き気を抑え込みながら、袈裟斬り。

 締まらない掛け声になってしまったが、しかし、十分な速度をもったそれは、ゴブリンに吸い込まれるように向かっていく。

 奴は、まだ体勢が整っていない。
 自らに迫る赤錆の浮いた剣を、ぽかんと見ているだけだった。

 ズバッ!!

 「グゲェェェェェェ!!!」

 首筋から下肢まで、がゴブリンを裂く。

 プシュッと、血の花が咲いた。

 そしてそれは致命となり、ほどなくそのゴブリンの目は光を失った。

 「は、はははは!ざまあ、み、ろ………」

 本当にギリギリだった。

 気合いだけでなんとか倒し切ったが、少し何かが違えば、今地面に倒れていたのは自分だった。

 それほどの接戦。

「やった……」

 喜びと安堵が込み上げる。
 しかし、それもほんの束の間。

 ぷつん。

 今まで張り詰めていたものが切れた音がした。

 「え……………?」

 重力が倍になったのか?
 そう感じるほど、重い身体。

 気力はさっき使い果たし、支えるものはもうない。

 すとん。
 ついに、地面に膝がついてしまった。

「あ……………」

 どさり。

 事切れたゴブリンが、床に倒れるのを追いかけるように。
 受け身すら取れず、顔から地面に倒れ込んでしまった。

 「うっ……」

 もう、痛いとすら声を出せない。

 せっかく倒したのに……。
 悔しさが胸に滲むが、その思いすらも白く塗りつぶされるように、もやがかかって来る。

 『汚ねえ顔』

 こちらを凝視するように、目を見開いて事切れたゴブリンの顔を見ながら。

 ぶつり。

 俺の意識は、スイッチを切ったように落ちた。





 《生命反応、危険域》

 《毒素反応、特異種由来》

 《適合率維持確認……対象、生存優先》
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