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ハルキ・クリアトナの苦悶
第一話 同じ屋根の下にて、同じ寝台の上で
エリュトロン王国のとある街。ここは人々が行き交う商店街からは少し外れ、比較的静かだが観光地として有名な場所だ。なんと言っても、建国初期の建造物が多く並んでおり、歴史的に価値があるらしい。
そんな街の一角に建つホテルにて、この俺──ハルキ・クリアトナは、その穏やかさに似合わないほど取り乱している。
「ご予約のお部屋は、こちらの不手際でご用意ができなくなり……お二人にはこちらの部屋をご用意した次第です」
小綺麗な制服に身を包んだ女性はへこりと頭を下げると、鼻から抜けるような高い声でそう言った。目の前には、広々とした空間と重役が座りそうなソファ、他にも何やら色々と見慣れないものが並ぶ中……目を引く大きなベッドが、一つ。
「ふむ、ルーゲル総長に言われていたものより、グレードが高くなっているな。
問題なかろう……な、ハリスキード?」
顎を落として声も出せない俺の隣で、艶やかで長い黒髪が揺れた。ゆっくりと顔を向ければ、その人──カリーナ・アインズ・フルキルソンが黒金剛石の瞳でこちらを見上げる。問題なかろう、だと……? 凛とした顔で、何を言っているんだこいつは……!
「問題しかねぇだろぉがああ!!」
堪らず叫んでしまった俺の声は、クリーム色が眩しい豪華なホテルを揺らした。
***
慌てるホテリエに部屋変更の承諾を示してから、荷物を運び入れてベッドに腰かける。そして、ため息つきながら項垂れた。
今夜からは本当に一睡もできないだろうな。何せ、同じ空間に異性がいる。それも、唯一の同期にして、ある意味で腐れ縁の幼馴染であるカリーナというのが、また……
「さて、任務の確認をしよう」
「当然の顔して俺の隣に座るな、ソファにいけ」
「ルーゲル総長からの指令は、ここから二つ先の街、ディクタリアに住む貴族の動向調査だったな」
「おい、無視して話を進めるなよ。あと近い」
ベッドに並んで座ると、いよいよ客観的な絵面がおかしくなる。こいつ、気にならないのか?
俺が話しを拒否すると、カリーナは分かりやすく不愉快である意図を顔に表した。
「何を緊張しているのだ。同じ屋根の下で寝食を共にするのは、訓練兵時代からだろう?
この程度のことで動じるような器ではあるまい」
「同じ屋根の下じゃねぇの。同じベッドの上なの!
てか訓練兵時代も、カリーナは個室だっただろうが。野郎は雑魚寝だったのに」
鼻を鳴らしながらそっぽを向けば、少し間を置いてくいくいと袖が引かれる。振り返ってやれば、またバッチリと目が合った。いつもの事なのに、なぜだかすっげぇ顔が熱くなる。
「部屋がここしか残っていなかったなら、仕方ないだろう。今は任務に集中しよう」
「むぅ……ごもっとも」
カリーナに諭されて、俺は頭を冷やすことにした。困らせても仕方ない。カリーナ相手だし、何も起きないだろうよ。
「任務の確認な、今回は俺宛の潜入調査依頼。明後日には、標的も参加する懇談パーティーに潜入する予定だ」
依頼してきたのは、コルアン王国兵士団総長のルーゲル・アスラ・トッパータである。俺の唯一の上官で、基本的には逆らえないのだが。正直嫌いなので命令なんて聞きたくはない。しかし、それを分かってなのか、たまに直々の仕事が降ってくる。はーあ、あの髭面を思い出すだけでうざすぎてイラついてくるわ。
「独りでは難しいだろうと、私も派遣されたわけだが……パーティーは貴様も慣れているのでは」
「ルーゲルはそこまで知らねぇんじゃねぇの?
ま、召使していたのも田舎の下流貴族だし、上流貴族のカリーナほどは場の空気を知らんよ」
「大したものではないぞ」
「ご謙遜を、フルキルソンのお嬢様」
カリーナには俺の経歴をある程度、すでに話してある。他の者にはなかなか言わないのだが、辺境の貴族邸で召使をしていた過去が俺にはあるのだ。まあ、当時は齢十前後のガキなもんで、大人の社交界には片足の先を入れていた程度である。今も現役で、コルアンの中央に住む上流貴族の令嬢なカリーナには、敵うはずもない。サポート役としては適正が高いが、貴族ってだけなら男でも良かったろ。ギルベルドやドクトールも、そこそこのお家柄のはず……いや、アイツらと一緒に仕事するの、やりづらそうで嫌だけどさ。
「まあ、男女なら夫婦も演じられる。相手も夫婦で参加だろう?
近づきやすいと思うから、采配としては都合がいい」
「夫婦?! あ、いや……そうだな。やりやすいな、うん」
カリーナから唐突に出た単語に、俺は背筋が伸びてしまう。演じるだけだとしても、夫婦……夫婦か。俺じゃ不釣り合いで、すぐにバレちまうんじゃねぇのかね。カリーナにはもっと相応しい相手が……って何の話だ。
「作戦は明日、目標の身辺を捜査しながら練ろう。
今日はどうする。まだ夕飯には時間があるぞ」
カリーナは落ち込む俺を気にも留めず、おもむろに立ち上がると観光案内書を手に取る。仕事で来ているんだぞ、それ見る意味あるか?
***
観光案内の内容が気になるので脇から覗いていると、扉からノックが響く。一瞬、ピリついた空気を二人で作るも、続いた声が先程のホテリエだったのですぐに緩めた。応じれば、封筒を一つ手渡される。お、俺はこの封筒を知ってるぞ。憎きルーゲルが使っているものだ。
「誰からだ? 名前が書かれていない」
「はーあ、中を見ればカリーナもわかる」
ぱっぱと封筒を切り開け、手紙の中身を確認する。カリーナが読みたそうにするので、すごく不快だが音読した方が良さそうだな。なになに……
「部屋は気に入ってくれましたか。
トラブルがあってもお二方なら対処できると知っています。
任務も大したことないと思いますので、せっかくならエリュトロンをお楽しみください。
ホテルでゆっくりしてもいいけどね。面白い土産話を待っています……
ムカつく! 内容薄いし!」
「部屋が用意されなかったの……仕組まれていたのか?」
「あ、そういうこと!?
わざわざそれ言うために手紙よこしたのかあいつ?!」
本当に趣味の悪い男だと、改めて。今回は流石に文句の五つや六つでも言わせてもらおう。しかし、怒りに震えるほどの俺とは違って、カリーナは相変わらず涼しい顔をしており。
「上官から直々に許可が降りたのだ。観光も楽しもう。
今日はホテルと周辺散策だな」
なんて、ノリノリでエリュトロンを楽しもうとしている。勿論、あからさまに興奮している訳でも、ソワソワしている訳でもなく、淡々とした口調なのだが。せめて、はしゃいでくれ。
「ハリスキード、見ろ。風呂場がすごい。
というか、大浴場ではなくて部屋に風呂がついていることあるのだな」
「おいおい、俺が心中でツッコミしている間に動き始めるなよ……って何だこの風呂場‼」
カリーナの手招きに身体が引かれると、見えた光景に衝撃が走った。いや、衝撃というか……混乱している。
「全面鏡張りだ。しかも、扉はガラス……洗面所から丸見えじゃないか。まあ、安全だな」
「どういう観点だよ! いや、カリーナはさておき。こんなもの作ったオーナーが一番おかしい……いやまさかっ!!」
気が狂ったのかと思うような趣向の部屋に、俺は悲しくもピンと来てしまった。洗面台の戸棚を確認すると、やはり……よろしくない物が置いてある。こう……あまり言葉にしたくないタイプのものが。瞬時にそれが何か、使い方までわかってしまった自分が気色悪い。
「なにか見つけたのか」
「見つけていませんッ!!」
「なんだ、戸棚に何が──」
「カリーナ、約束しろ。この部屋のどこを開けるにも、先に俺が確認する。
そして俺が開けるなと言ったところは開けるな、いいな!?」
肩口から覗き込んでくるカリーナを引っ捕まえ、目を見て説得を試みる。カリーナも気になるようで不満気ではあったが、しっかり頷いた。これで一安心……カリーナにあんな、なんというか、穢らわしいものを見せたくはない。
というか、ルーゲルは本気で何考えてるの? ただのリゾートホテルかと思っていたのに、愛憎渦巻くラブホテルじゃねぇかよ!!
いや、ホテリエは普通だったから、この部屋だけかもしれん……どっちにせよ嫌すぎ!! 吐き気がする!!
「ハリスキード、見ろ。この椅子すごいぞ。なにやら動く……お、ここ押すと震えるんだな」
「呑気だなぁお前‼ すぐやめろすぐ立て! どう使われたのかもわからん物に触れるな!!」
「は……? これ、マッサージ機とやらだろ。初めて見たが、使い方なんてくつろぐだけで」
「もぉぉおお! いいから言うこと聞いて!!」
嫌なこと想像させるなよ本当に!
と、まあその後も色々と危ないシーンがあり、全部カリーナの目に、手に、身体に触れないようにと気を張って。
夕飯の時間になる頃にはヘットヘトに疲れた。
「どうした、疲れすぎでは」
「誰のせいだとお思いで……?」
「気を張りすぎなのだ。守られたくて来たわけではないのだから、少しくらい肩の荷を下ろせ……
ほら、ここは酒も飲めるみたいだぞ」
夕食はまともな空間……というか、過ごしやすい個室席のレストラン。
カリーナと二人で向き合って食事なんて滅多にないが、これなら気を抜ける。しかし、ドリンクのメニューを差し出されてもなぁ。
「仕事中なんだから飲まねぇよ、流石に」
「何を言っている。今は休みだろう」
「任務中なのは変わらんだろうよ。
俺はルーゲルの言葉をそのまま飲み込む気はねぇ」
メニューを押し返して、固い意思で断った。正直、酒に溺れられる体質だったらすぐに飲んで楽になりたいくらい、心底参っている。しかし、一兵士団の団長として、ここはしっかりと……
「その、せっかくなら……貴様と楽しみたいんだが」
俺がつっけんどんしていると、カリーナがモジモジと指先を遊ばせ始めた。楽しみたいとは、なんの事やらと視線を戻せば、ぱっちりと黒金剛石の瞳が俺を写している。
「なかなかゆっくりする機会もなかろう。
仕事だと言うのはわかっているが、遠出を……楽しみたい」
「…………む、ぅん」
上目遣いで似合わないことを言われてしまうと、こちらも揺らいでしまうのだが。そこまで言われてしまうと、譲らざるを得ない。
「まあ、珍しい酒もありそうだ。
経験としてな、飲んだら楽しいかもな」
「! ……そうか、好きに飲め。
あと、私も飲みたいから、なにかお勧めを」
「カリーナは駄目だ。弱いから」
嬉しそうにするカリーナには申し訳ないが、スッパリとお断りだ。つい先日、酒を教えて欲しいと長年言ってきたカリーナをようやく連れて行ったのだが、キャパは小さいわ酔うと絡んでくるわで禁酒令を出したばかり。しかも記憶が無いときた。
飲ませるかよ、今夜は帰るの同じ部屋だぞ。何が起きるか想像しただけで心臓が持たない。しかし、カリーナは思い切り怒りを顔に示すと、黙りこくってしまった。心が痛いが、仕方ない。分かれ。
と、目を瞑って三十分。本当に、口を聞いてくれない。
「あの、明日のことなんだけど」
「……」
「カリーナさん、あのですね」
「…………」
うわぁ、やっちまったぁ。相当怒り心頭らしく、食事を口に運ぶ時以外は唇を動かそうともしない。これマジなやつだ。今夜は同じ部屋に帰るのに? こんなに気まずい空気を持ち帰るの?
ここは、責任を取らねば。
ええい、どうにかなれ!
「あの、いいよ。酒飲もうな。もし酔っちゃっても面倒見るから。
カリーナにはこれがいいと思う……のですが、いかがでしょう?」
俺が慎重に、メニュー越しに顔色を伺いながら提案すると、ようやく瞳がこちらを向いた。すると、無言で呼び鈴を押して店員を呼びつける。スッと指差したのは、俺が提案したものだった。店員さん、すまねぇ。気まずい注文の仕方して。
「……美味しい」
「飲みやすい甘さだろ。ワインだぞ、一応」
「ほう。ワインは渋いものだと思っていた」
届いたグラスに口をつけると、カリーナはそう零して頬を緩ませた。機嫌戻って良かったぁ……もう逆らわないようにしよう。しかし、酔わせたくはないので、さりげなく水を侍らせておく。
「明日なんだが、隣町の繁華街に捜査に行く予定だ。一緒に来るか?」
「伴わない選択肢はないだろう。共同任務だぞ」
俺の言葉にそう返すと、カリーナはグラスをくいと傾けた。言われるとそうなのだが、俺が行こうとしている街は少し、いや結構な治安の悪さなんだよなぁ……できれば留守番してて欲しい。
「そしたら、明日は動きやすい服で頼む。なるべく男装がいいな……持っているか?」
「え、無いぞ。持ってきたのはパーティー用のドレスと、今日着ていた服くらいで」
俺が畳み掛けると、戸惑うようにカリーナは手を動かす。先に言わなかった俺が悪い。カリーナが同行すると知ったのも昨日だったので、責任があるのは俺よりルーゲルだが。
「おう、じゃあ服は俺ので我慢してくれ。何着かある。帽子も貸そう。なるべく顔を明かしたくないからな」
「どんなところに行くつもりなのだ……というか、用意周到すぎるぞ」
「情報部隊を舐めるんじゃあねぇよ、ってな」
にっかり笑って見せれば、カリーナも不安が無くなったのか微笑み返してくれる。はあ、留守番してて欲しい。しかし、あの部屋に一人置いておくのも危険な気がしてきた。
そんな感じで明日のことを話しているうちに、食事は終わり夜は更けて。
部屋に戻ったはいいものの、案の定という展開になっていた。防ごうとしたのになぁ……
「カリーナ、離れてくれ」
「うぅ、ん……ことわるぅ」
ダブルベッドの上にて。顔を赤くしたカリーナに、俺はがっちりホールドされていた。抱きつかれているというより、逃がさないと拘束されていると言った方が合っている。そんな感じだ。本当に、もう勘弁してくれぇ……!
助けを求めたところで、その空間には他に誰もおらず。同じ屋根の下、同じ寝台の上で二人きり。ベッドの脇に置いてある、いかがわしいものばかりが光って見えていた。
嗚呼、もう! ルーゲルのやつは本当に、何が狙いなんだよぉ!!
そんな街の一角に建つホテルにて、この俺──ハルキ・クリアトナは、その穏やかさに似合わないほど取り乱している。
「ご予約のお部屋は、こちらの不手際でご用意ができなくなり……お二人にはこちらの部屋をご用意した次第です」
小綺麗な制服に身を包んだ女性はへこりと頭を下げると、鼻から抜けるような高い声でそう言った。目の前には、広々とした空間と重役が座りそうなソファ、他にも何やら色々と見慣れないものが並ぶ中……目を引く大きなベッドが、一つ。
「ふむ、ルーゲル総長に言われていたものより、グレードが高くなっているな。
問題なかろう……な、ハリスキード?」
顎を落として声も出せない俺の隣で、艶やかで長い黒髪が揺れた。ゆっくりと顔を向ければ、その人──カリーナ・アインズ・フルキルソンが黒金剛石の瞳でこちらを見上げる。問題なかろう、だと……? 凛とした顔で、何を言っているんだこいつは……!
「問題しかねぇだろぉがああ!!」
堪らず叫んでしまった俺の声は、クリーム色が眩しい豪華なホテルを揺らした。
***
慌てるホテリエに部屋変更の承諾を示してから、荷物を運び入れてベッドに腰かける。そして、ため息つきながら項垂れた。
今夜からは本当に一睡もできないだろうな。何せ、同じ空間に異性がいる。それも、唯一の同期にして、ある意味で腐れ縁の幼馴染であるカリーナというのが、また……
「さて、任務の確認をしよう」
「当然の顔して俺の隣に座るな、ソファにいけ」
「ルーゲル総長からの指令は、ここから二つ先の街、ディクタリアに住む貴族の動向調査だったな」
「おい、無視して話を進めるなよ。あと近い」
ベッドに並んで座ると、いよいよ客観的な絵面がおかしくなる。こいつ、気にならないのか?
俺が話しを拒否すると、カリーナは分かりやすく不愉快である意図を顔に表した。
「何を緊張しているのだ。同じ屋根の下で寝食を共にするのは、訓練兵時代からだろう?
この程度のことで動じるような器ではあるまい」
「同じ屋根の下じゃねぇの。同じベッドの上なの!
てか訓練兵時代も、カリーナは個室だっただろうが。野郎は雑魚寝だったのに」
鼻を鳴らしながらそっぽを向けば、少し間を置いてくいくいと袖が引かれる。振り返ってやれば、またバッチリと目が合った。いつもの事なのに、なぜだかすっげぇ顔が熱くなる。
「部屋がここしか残っていなかったなら、仕方ないだろう。今は任務に集中しよう」
「むぅ……ごもっとも」
カリーナに諭されて、俺は頭を冷やすことにした。困らせても仕方ない。カリーナ相手だし、何も起きないだろうよ。
「任務の確認な、今回は俺宛の潜入調査依頼。明後日には、標的も参加する懇談パーティーに潜入する予定だ」
依頼してきたのは、コルアン王国兵士団総長のルーゲル・アスラ・トッパータである。俺の唯一の上官で、基本的には逆らえないのだが。正直嫌いなので命令なんて聞きたくはない。しかし、それを分かってなのか、たまに直々の仕事が降ってくる。はーあ、あの髭面を思い出すだけでうざすぎてイラついてくるわ。
「独りでは難しいだろうと、私も派遣されたわけだが……パーティーは貴様も慣れているのでは」
「ルーゲルはそこまで知らねぇんじゃねぇの?
ま、召使していたのも田舎の下流貴族だし、上流貴族のカリーナほどは場の空気を知らんよ」
「大したものではないぞ」
「ご謙遜を、フルキルソンのお嬢様」
カリーナには俺の経歴をある程度、すでに話してある。他の者にはなかなか言わないのだが、辺境の貴族邸で召使をしていた過去が俺にはあるのだ。まあ、当時は齢十前後のガキなもんで、大人の社交界には片足の先を入れていた程度である。今も現役で、コルアンの中央に住む上流貴族の令嬢なカリーナには、敵うはずもない。サポート役としては適正が高いが、貴族ってだけなら男でも良かったろ。ギルベルドやドクトールも、そこそこのお家柄のはず……いや、アイツらと一緒に仕事するの、やりづらそうで嫌だけどさ。
「まあ、男女なら夫婦も演じられる。相手も夫婦で参加だろう?
近づきやすいと思うから、采配としては都合がいい」
「夫婦?! あ、いや……そうだな。やりやすいな、うん」
カリーナから唐突に出た単語に、俺は背筋が伸びてしまう。演じるだけだとしても、夫婦……夫婦か。俺じゃ不釣り合いで、すぐにバレちまうんじゃねぇのかね。カリーナにはもっと相応しい相手が……って何の話だ。
「作戦は明日、目標の身辺を捜査しながら練ろう。
今日はどうする。まだ夕飯には時間があるぞ」
カリーナは落ち込む俺を気にも留めず、おもむろに立ち上がると観光案内書を手に取る。仕事で来ているんだぞ、それ見る意味あるか?
***
観光案内の内容が気になるので脇から覗いていると、扉からノックが響く。一瞬、ピリついた空気を二人で作るも、続いた声が先程のホテリエだったのですぐに緩めた。応じれば、封筒を一つ手渡される。お、俺はこの封筒を知ってるぞ。憎きルーゲルが使っているものだ。
「誰からだ? 名前が書かれていない」
「はーあ、中を見ればカリーナもわかる」
ぱっぱと封筒を切り開け、手紙の中身を確認する。カリーナが読みたそうにするので、すごく不快だが音読した方が良さそうだな。なになに……
「部屋は気に入ってくれましたか。
トラブルがあってもお二方なら対処できると知っています。
任務も大したことないと思いますので、せっかくならエリュトロンをお楽しみください。
ホテルでゆっくりしてもいいけどね。面白い土産話を待っています……
ムカつく! 内容薄いし!」
「部屋が用意されなかったの……仕組まれていたのか?」
「あ、そういうこと!?
わざわざそれ言うために手紙よこしたのかあいつ?!」
本当に趣味の悪い男だと、改めて。今回は流石に文句の五つや六つでも言わせてもらおう。しかし、怒りに震えるほどの俺とは違って、カリーナは相変わらず涼しい顔をしており。
「上官から直々に許可が降りたのだ。観光も楽しもう。
今日はホテルと周辺散策だな」
なんて、ノリノリでエリュトロンを楽しもうとしている。勿論、あからさまに興奮している訳でも、ソワソワしている訳でもなく、淡々とした口調なのだが。せめて、はしゃいでくれ。
「ハリスキード、見ろ。風呂場がすごい。
というか、大浴場ではなくて部屋に風呂がついていることあるのだな」
「おいおい、俺が心中でツッコミしている間に動き始めるなよ……って何だこの風呂場‼」
カリーナの手招きに身体が引かれると、見えた光景に衝撃が走った。いや、衝撃というか……混乱している。
「全面鏡張りだ。しかも、扉はガラス……洗面所から丸見えじゃないか。まあ、安全だな」
「どういう観点だよ! いや、カリーナはさておき。こんなもの作ったオーナーが一番おかしい……いやまさかっ!!」
気が狂ったのかと思うような趣向の部屋に、俺は悲しくもピンと来てしまった。洗面台の戸棚を確認すると、やはり……よろしくない物が置いてある。こう……あまり言葉にしたくないタイプのものが。瞬時にそれが何か、使い方までわかってしまった自分が気色悪い。
「なにか見つけたのか」
「見つけていませんッ!!」
「なんだ、戸棚に何が──」
「カリーナ、約束しろ。この部屋のどこを開けるにも、先に俺が確認する。
そして俺が開けるなと言ったところは開けるな、いいな!?」
肩口から覗き込んでくるカリーナを引っ捕まえ、目を見て説得を試みる。カリーナも気になるようで不満気ではあったが、しっかり頷いた。これで一安心……カリーナにあんな、なんというか、穢らわしいものを見せたくはない。
というか、ルーゲルは本気で何考えてるの? ただのリゾートホテルかと思っていたのに、愛憎渦巻くラブホテルじゃねぇかよ!!
いや、ホテリエは普通だったから、この部屋だけかもしれん……どっちにせよ嫌すぎ!! 吐き気がする!!
「ハリスキード、見ろ。この椅子すごいぞ。なにやら動く……お、ここ押すと震えるんだな」
「呑気だなぁお前‼ すぐやめろすぐ立て! どう使われたのかもわからん物に触れるな!!」
「は……? これ、マッサージ機とやらだろ。初めて見たが、使い方なんてくつろぐだけで」
「もぉぉおお! いいから言うこと聞いて!!」
嫌なこと想像させるなよ本当に!
と、まあその後も色々と危ないシーンがあり、全部カリーナの目に、手に、身体に触れないようにと気を張って。
夕飯の時間になる頃にはヘットヘトに疲れた。
「どうした、疲れすぎでは」
「誰のせいだとお思いで……?」
「気を張りすぎなのだ。守られたくて来たわけではないのだから、少しくらい肩の荷を下ろせ……
ほら、ここは酒も飲めるみたいだぞ」
夕食はまともな空間……というか、過ごしやすい個室席のレストラン。
カリーナと二人で向き合って食事なんて滅多にないが、これなら気を抜ける。しかし、ドリンクのメニューを差し出されてもなぁ。
「仕事中なんだから飲まねぇよ、流石に」
「何を言っている。今は休みだろう」
「任務中なのは変わらんだろうよ。
俺はルーゲルの言葉をそのまま飲み込む気はねぇ」
メニューを押し返して、固い意思で断った。正直、酒に溺れられる体質だったらすぐに飲んで楽になりたいくらい、心底参っている。しかし、一兵士団の団長として、ここはしっかりと……
「その、せっかくなら……貴様と楽しみたいんだが」
俺がつっけんどんしていると、カリーナがモジモジと指先を遊ばせ始めた。楽しみたいとは、なんの事やらと視線を戻せば、ぱっちりと黒金剛石の瞳が俺を写している。
「なかなかゆっくりする機会もなかろう。
仕事だと言うのはわかっているが、遠出を……楽しみたい」
「…………む、ぅん」
上目遣いで似合わないことを言われてしまうと、こちらも揺らいでしまうのだが。そこまで言われてしまうと、譲らざるを得ない。
「まあ、珍しい酒もありそうだ。
経験としてな、飲んだら楽しいかもな」
「! ……そうか、好きに飲め。
あと、私も飲みたいから、なにかお勧めを」
「カリーナは駄目だ。弱いから」
嬉しそうにするカリーナには申し訳ないが、スッパリとお断りだ。つい先日、酒を教えて欲しいと長年言ってきたカリーナをようやく連れて行ったのだが、キャパは小さいわ酔うと絡んでくるわで禁酒令を出したばかり。しかも記憶が無いときた。
飲ませるかよ、今夜は帰るの同じ部屋だぞ。何が起きるか想像しただけで心臓が持たない。しかし、カリーナは思い切り怒りを顔に示すと、黙りこくってしまった。心が痛いが、仕方ない。分かれ。
と、目を瞑って三十分。本当に、口を聞いてくれない。
「あの、明日のことなんだけど」
「……」
「カリーナさん、あのですね」
「…………」
うわぁ、やっちまったぁ。相当怒り心頭らしく、食事を口に運ぶ時以外は唇を動かそうともしない。これマジなやつだ。今夜は同じ部屋に帰るのに? こんなに気まずい空気を持ち帰るの?
ここは、責任を取らねば。
ええい、どうにかなれ!
「あの、いいよ。酒飲もうな。もし酔っちゃっても面倒見るから。
カリーナにはこれがいいと思う……のですが、いかがでしょう?」
俺が慎重に、メニュー越しに顔色を伺いながら提案すると、ようやく瞳がこちらを向いた。すると、無言で呼び鈴を押して店員を呼びつける。スッと指差したのは、俺が提案したものだった。店員さん、すまねぇ。気まずい注文の仕方して。
「……美味しい」
「飲みやすい甘さだろ。ワインだぞ、一応」
「ほう。ワインは渋いものだと思っていた」
届いたグラスに口をつけると、カリーナはそう零して頬を緩ませた。機嫌戻って良かったぁ……もう逆らわないようにしよう。しかし、酔わせたくはないので、さりげなく水を侍らせておく。
「明日なんだが、隣町の繁華街に捜査に行く予定だ。一緒に来るか?」
「伴わない選択肢はないだろう。共同任務だぞ」
俺の言葉にそう返すと、カリーナはグラスをくいと傾けた。言われるとそうなのだが、俺が行こうとしている街は少し、いや結構な治安の悪さなんだよなぁ……できれば留守番してて欲しい。
「そしたら、明日は動きやすい服で頼む。なるべく男装がいいな……持っているか?」
「え、無いぞ。持ってきたのはパーティー用のドレスと、今日着ていた服くらいで」
俺が畳み掛けると、戸惑うようにカリーナは手を動かす。先に言わなかった俺が悪い。カリーナが同行すると知ったのも昨日だったので、責任があるのは俺よりルーゲルだが。
「おう、じゃあ服は俺ので我慢してくれ。何着かある。帽子も貸そう。なるべく顔を明かしたくないからな」
「どんなところに行くつもりなのだ……というか、用意周到すぎるぞ」
「情報部隊を舐めるんじゃあねぇよ、ってな」
にっかり笑って見せれば、カリーナも不安が無くなったのか微笑み返してくれる。はあ、留守番してて欲しい。しかし、あの部屋に一人置いておくのも危険な気がしてきた。
そんな感じで明日のことを話しているうちに、食事は終わり夜は更けて。
部屋に戻ったはいいものの、案の定という展開になっていた。防ごうとしたのになぁ……
「カリーナ、離れてくれ」
「うぅ、ん……ことわるぅ」
ダブルベッドの上にて。顔を赤くしたカリーナに、俺はがっちりホールドされていた。抱きつかれているというより、逃がさないと拘束されていると言った方が合っている。そんな感じだ。本当に、もう勘弁してくれぇ……!
助けを求めたところで、その空間には他に誰もおらず。同じ屋根の下、同じ寝台の上で二人きり。ベッドの脇に置いてある、いかがわしいものばかりが光って見えていた。
嗚呼、もう! ルーゲルのやつは本当に、何が狙いなんだよぉ!!
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私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
「お前を愛することはない」と言われたので、「はいはい、かしこまりー」と答えたら、勝手に伯爵様が曇り始めました
「お前を愛することはない」
「はいはい、かしこまりー」
納得できない結婚をしたリオとオリバー。
ともに暮らし、お互いを知っていくうちに、オリバーは少しずつリオに惹かれていく。
しかし、リオはオリバーの「愛することはない」という言葉を律儀に守り続けていて——。
※ざまぁ展開はありません。
※9/10、9/21に加筆しました。
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
※生成AIを構成・展開の壁打ち、設定整理、誤字脱字・表記ゆれ確認、文章推敲補助に利用。本文は基本的に自分で執筆し、提案された展開や短い表現を一部採用する場合があります。