月が導く異世界道中

あずみ 圭

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序章 世界の果て放浪編

亜人、真と出会う ~ベレン~

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※こちらは「月が導く異世界道中」の書籍化に伴いダイジェスト化した部分になります。

********************************************

「馬鹿な、こんな場所にまでヤツが来るなど!」

 俺は走っていた。
 時に後ろを振り返りながら、木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる黒い脅威から逃げている。
 この先に助けがある訳じゃない。
 あるとすればあいつが諦めてくれる事を祈るくらい。
 アレは、絶対に村に連れ帰ってはいけないものだ。
 だから村の方向には逃げる事が出来ない。
 もしそうしてしまったら、奴は嬉々として仲間を、そして我らの命とも言える作品達を食い荒らすだろうから。

 災害の黒蜘蛛。

 それが奴の名だ。
 個体としての名前があるのかなど知らない。
 一説には深い森に住む強力な魔物であるアルケー、上半身は人であり下半身は蜘蛛である異形、の親だとも言われているが定かではない。
 わかっているのは、古来より存在し、突然に現れ、そして極限にまで飢えた凄まじい悪食あくじきであるという事だけ。
 正に災害の名に相応しい。
 我々のみならず、この世の殆どの者に忌み嫌われているであろう存在。
 命も、物も。
 とにかく何でも喰らうのだ。
 話が通じないから、交渉など仕様が無い。
 相当なダメージを与えれば撃退する事も出来るのだが、残念な事にそれだけの戦力に当ても無い。
 
「なんで、俺一人しかいないような場所に現れやがった!?」

 ただただ不運を嘆く。
 障害物がそれなりにあった森を抜けてしまい、俺と奴の距離は一気に縮まってくる。
 いよいよ、駄目らしい。
 とても逃げきれるものじゃないし、奴にも諦める気が無いときた。
 俺は逃げるのを止めて背に担いだ大斧の柄を手にすると、これまで背を向けていた蜘蛛に向き直った。
 勝てる算段なんてまるで無い。
 大体、俺が武器を構えて正面に対峙したってのに、この蜘蛛は足を止める事すらしやがらねえ。
 畜生が!
 
「舐めるんじゃねえ!!」

 突っ込んでくる巨体の蜘蛛を牽制する様に、斧を横に一振り。
 斧を持って森にいたと言っても俺はきこりじゃねえ。
 柄が長く、刃は両刃で大きく、今は赤く輝く戦斧。
 俺の傑作の一つだ。
 めいを付けるに足る出来だと思ったんだが、おさからするとまだ合格点じゃないらしく、許されなかった。
 ここを乗り切ったらもう一回直談判してみるかな。
 蜘蛛が俺の反撃に僅かに後退した。
 だが、すぐに鋭い脚を次々に突き入れてくる。
 単調な攻撃ではあるものの、手数がとにかく多い。
 しかも俺の獲物は両手持ちの戦斧。
 受けに回っていても、うまくないのは明らかだ。

「てめえ、この、ずっとてめえの、番か、ちくしょ……」

 脚の節や、そこまで硬くは無いだろう複数の目は見えている。
 見えているのに、肝心の攻撃が届かない。
 たまに攻撃に転じても硬い殻に阻まれてまともなダメージにはなっていなさそうだった。
 職人としてだけじゃなく、武器の使い手としても、もう少し鍛えておくんだったか。
 いや、俺は間違ってねえ。
 まともな武具も作れねえで、使う方も気にしていたら、いつまでたっても一人前になんぞなれるか!
 斬るでも薙ぐでもなく。
 俺は槍を構えるようにして、蜘蛛に斧を向けた。

「くらい、やがれ!!」

 発動の意思を込めてそう叫ぶ。
 斧の先端から炎の渦が生まれ、すぐに蜘蛛の全身を包んだ。
 よし、決まった!!
 今度こそ狙って一撃を……。

「な、んだと?」

 信じられない光景。
 炎の渦を。
 蜘蛛は喰らっていた。
 口を大きく、あんなに大きく開くのかと驚くほどにガパッと開けて。
 斧から生まれ続ける炎をまるで飲み物のように口に入れていやがる。
 もう、奴の全身を炎が包んでなどいない。
 ただ口に吸い込まれていくばかりだ。
 こいつは、本当に生き物なのか?
 こちらの手が潰されたというのに、俺は呆気に取られてそんな間抜けな事を考えていた。
 奴が徐々に前に出てきている事にも気付かずに。

 甲高い音が耳に響いた。

 鈍く、大きな衝撃が両手に響いた。

 勢い良く閉じられた蜘蛛の口。
 俺との距離は超至近距離。
 奴は何かを咀嚼していた。
 手に伝わった衝撃と、耳に響いた音の正体は、すぐにわかった。
 両手に持った柄の先が……無くなっている。
 喰われた。
 蜘蛛が、俺の斧を、喰った。
 金属が砕ける音がやけに大きく俺の耳に入ってくる。
 頭の中が真っ白になった。
 駄目だ。
 こいつは駄目だ。
 これまでの抵抗、その根っこが折れた気がした。
 脱力感が下っ腹から足に伝っていきやがる。
 
「うおあああああ!!」

 腰が抜けそうになるのを気合で押し留める。
 戦う為じゃない。
 俺は柄だけになった自分の獲物を奴に投げつけると、背を向けて一目散に走った。
 勝てる相手じゃない。
 それどころか、確実に食われて死ぬ。
 思えば最初から想像はできていた筈の結末だ。
 自信を持っていた武器が食われるという有り得ない現実を目の前にして、俺は恐怖に突き動かされていた。
 こんな時、理屈なんて何の役にも立ってはくれない。
 背を向けて逃げてどうなるのかなんて、わかりきった事だ。
 全て分かっていて、それでも俺が選んだ行動は逃げる事だった。
 時間にして数秒程度だろう、背に寒気を感じた瞬間、俺は叩きつけられる衝撃を背中に受けて前方に転がった。
 だが、やれる事、やる事はもう変わらない。
 足が動くなら走る。
 少しでもあいつから逃げる。
 再びアレと対峙する気にはならなかった。
 何度も攻撃され、転び、意識が朦朧としてきた。
 動けなくなれば喰われて、死ぬのだ。
 俺の中にこれ程の力が眠っていたのかと、感動するほどに動き続けられた。
 しかし終わりが来た。
 もう、まともに動けなくなった俺に、蜘蛛がのしかかってきて鋭い牙を見せた。
 駄目だ、こえぇわ。
 いい年をしたおっさんだが、直視するのは放棄した。
 目を閉じて諦めの息を吐く。

 ……。

 だが不意に身が軽くなった。
 俺はそれでも目を閉じたまま、そこにいた。
 身動き出来ないのだから、仕方無い。
 放っておいても一晩で凍死するだろうし、もう俺の一生は終わったのだ。
 助かる目は無い。

 ……。

 だが蜘蛛の気配が近づいて来ない。
 どうなっているんだ?
 薄目を開けてみると、俺は誰かに見下ろされていた。
 人影なんて、あったか?
 周囲を探る余裕は無かったから無いとも言えない。
 もしかしたら誰かがいて、助けてくれたのか?
 そんな都合の良い事があるのか?
 
「年頃の娘がやるならともかく。お前の様なヒゲオヤジがそれをやっても……気持ち悪いだけじゃぞ」

「……う」

 しっかりと目を開けて、俺を見下ろす者を確認する。
 若い女だ。
 ヒューマン、か?
 細い身体を変わった衣装に包んだ、青い髪の女。
 だが明らかに見下した、蔑むような冷たい目で俺を見ている。
 理由は、俺が目を閉じてされるがままになっていたから、だろう。
 さっきそう言っていたし。

「何やら外が騒がしいと見に来てみれば。まさかあのような者にここで遭うとはのう。災害の黒蜘蛛、か」

「あ、あんたは……」

「あんた? 口のきき方に気をつけよ……。ふむ、しかし蜘蛛か。真様の訓練には丁度良い相手かもしれんのう。ああいう異形で単純なのは耐性をつけるのはもってこいじゃ」

 何か、よくわからない事を話している。
 だが今、蜘蛛はどうなっているんだ?
 俺は首を何とか動かして顔を横に向ける。
 これだけでも全身が痛い。
 蜘蛛は俺からそれなりに離れた所でモヤみたいなものにまとわりつかれてじたばた暴れていた。
 あれは、こいつの仕業?

「助けて、くれたのか?」

「礼儀を知らぬ奴のようじゃな。このまま捨て置いても良いが……待てよ、お前、ドワーフか?」

 俺達の事を知っているのか?
 それにしても、こんな体で言葉遣いまで気にして話せと言うのか。
 助けてもらったのは事実だし、ここはそうするべきか。
 しんどいが、な。

「エルダードワーフ、ベレンと言います」

「ほう! やはりドワーフか。ふむふむ。良かろ。お前は運が良い。助けてやろうではないか」

 細い体のどこにそんな力があるのか。
 尊大な態度の女は俺を軽々と抱きかかえた。
 お姫様抱っこ、という形で。
 
うっ!」

「ふ、致命傷ではないわ。しばし我慢せい。後で治してやる」

「……助かります」

「良い良い。面白いものを連れて来た褒美じゃ。ふふ、蜘蛛か。おい、来たくば来い。相手をしてやるぞ? ……我が主がな」

 その女はもがく蜘蛛にそう言い放つと、俺をかかえたまま新たに作ったんだろうモヤの中に入っていった。
 鼻に入るモヤの感じ、これは霧?
 とにかく、俺は助かるのかもしれない。
 この絶体絶命の状況から。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「すっかり良いようじゃな」

「お陰様で、命拾い致しました。改めまして私の名はベレン。助けて頂いた場所から少し離れた所にある火山帯に住む、エルダードワーフでございます」

「私はしん。未だ名をもらっておらぬが、お前も会った我が主、真様の従者だ」

「マコト様……あの方ですか。蜘蛛を圧倒しておられた」

 全てを記憶している訳ではない。
 途中で意識を失った俺が覚えているのは、シンと名乗ったこの女性に抱きかかえられた状態で、少年が黒蜘蛛と戦っている所まで。
 俺が手も足も出なかった蜘蛛に対して、その少年は業物だとは思うが短剣一つで善戦していた。
 脚を斬り飛ばし、何度再生されても構わずに戦いを展開、途中からは魔術も駆使して戦闘を優位に進めていた。あの火の矢を操るのが彼の得意な戦法なんだろう。
 あそこで意識が途絶えたが、こうして治療を受けて目が覚めるという事は。
 彼は多分あの黒蜘蛛を撃退して追い返したのだ。
 そうか、彼はマコトと言うのか。
 たった一人で黒蜘蛛と渡り合う実力といい。
 シンが様と付けているのだから、俺もマコト様とお呼びするべきだろうな。
 ……一応シンにも様をつけておいた方がよさそうだ。

「うむ。私もちと予想外だったが、概ね問題なく済んだ」

「蜘蛛は撃退出来たのですね。素晴らしい」

「撃退……は、少し違う。明確には撃破して支配した、が正しい」

「……は?」

 撃破?
 支配?

「真様があの蜘蛛をそれはもうボコボコにしてな」

「ボ、ボコボコにして?」

「逃げるかと思っておったら、あの蜘蛛、何を思ったか真様に擦り寄り始めてな」

「す、擦り寄り!?」

「で、飢えて狂っておるだけかと思ったらいつの間にか満腹になっていたらしく」

「満腹!?」

「長年の呪いが解けて人になりおった」

「……」

 ナニヲイッテイルンデスカ?
 
「まったく、私と契約したばかりだと言うのに、あんな変態にまで気に入られて。真様にも困ったものじゃ」

 イヤイヤ。
 ソウイウコトジャナイデショウ?

「ひ、人になったとか。気に入られるとか? あの、もう少しわかりやすく教えて頂けると」

 堪らず説明を求める。
 頭が考える事を放棄してしまったから仕方が無い。

「話した通りじゃ。あの蜘蛛は飢えから解放されて人になった。そして真様になついておる。よってもう災害の黒蜘蛛は世界のどこにも出現せん」

 蜘蛛が、もういない。
 世界の災害に数えられたアレが、もういない?
 それが……あの少年、マコト様に懐いた!?

「ちょ、ちょ」

「さて、お前も動けるようじゃし、真様に挨拶に行くか。ほれ、来い」

「ちょちょちょちょちょ!」

「なんじゃ、鬱陶しい」

「ちょっと待って下さい! 災害の黒蜘蛛ですよ!? 撃退は出来ても退治は出来ない、強さはともかく最凶の災害ですよ!? それを懐かせたって貴女、そりゃあ無茶だ、無茶過ぎる!」

「信じられんなら、真様の横に蜘蛛だった女がおるから実物を見よ。行くぞ?」

「いややややややや! その前にですね! 私は貴女達の事を何も知りません。マコト様、に会うにしてももう少しご説明を頂きたく。大体、ここはどこなんですか!? 転移の類かもしれませんが、あの近辺にこんな緑豊かな場所があるなんて聞いた事が無い!」

 俺はとにかくまくし立てた。
 今、何がどうなっているのかさっぱりわからなかったからだ。
 例え説明してもらえても理解出来るかはわからない。
 しかし、この状況でいきなりあの少年、マコト様に会うのはまずいとわかる。
 とんでもなくやばい相手かもしれないのだから。

「……さっきから説明をしておる。私は真様の従者じゃ。支配の契約をもって従者となった蜃じゃ。で、真様は私の主。ここは亜空。私と主の土地。あの蜘蛛は新しく真様にお仕えする事になった者、じゃ。以上」

「以上、じゃありません! 全くさっぱり状況がわからないままです。大体、支配の契約って人同士が結ぶ代物ではないはずでしょう!」

「勿論じゃ。私は人では無い。蜃じゃと言うておろうに。知らぬか? 幻を操る蜃、それなりに知られとると思うがの、この荒野では。眠りすぎて忘れられたか……?」

 シン様は何やら少し落ち込んでいる様子。
 支配の契約、主に魔術師が魔獣や魔物、それに下位の精霊などと結ぶ契約の一つ。
 確か魔術師に相当有利な契約だった筈だ。
 ……マコト、様?
 そうだ、シン様はマコト様と言っている。
 主だとも何度も言っていた。
 つまり、被支配の身にあるのはシン様、そういう事だ。
 そして、彼女は人ではない。
 契約によって人になったのだろう。
 ここまでを踏まえて。
 シン。
 幻を操るシン。
 この世界の果ての荒野に知られている、つまりいる存在……。
 ……

 ははは、まさか。

 有り得る筈が……。

「幻を操るシン? 眠りすぎて? っ!! ……まさか霧幻の竜、蜃!? 上位竜、“無敵”の蜃!?」

「なんじゃ、知っておるではないか。仮にも竜を騙そうとするとは良い度胸じゃ」

「ち、ちが! 違います! 馬鹿な、何で上位竜ともあろう者が人と支配の契約、支配!?」

 上位竜と支配の契約!?
 あ、ああ……。

「おい、ベレン。こら!」

 もう、限界だ……。

「こやつ、気絶しおった」

 普通の反応です、と俺は薄れゆく意識で蜃様に反論した。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「長! 全て本当の話です! これは、これはまたとない機会です!!」

 俺はエルダードワーフの村に戻っていた。
 あの後、意識を取り戻した俺は、気を落ち着かせてからマコト様との面談に臨んだ。
 マコト様は、その身から多大な魔力を放ってはいたものの、穏やかな人だった。
 幼さも感じさせる、年齢相応の少年に見えた。
 亜空と彼らが呼んでいる豊かな土地への移住を頼んでみると、殆ど二つ返事で応じてくれたし、彼自身は付き合いやすい人なのかもしれない。
 しかし傍に控える蜃様、それにあの黒髪の女、災害の黒蜘蛛。
 間違いなく規格外の存在であり、彼が二人を従える主である事は間違いない。
 そして、俺は少なくとも実力の一端を見せつけられている。
 十分に信じる事が出来た。
 マコト様と話していて自分の気持ちに余裕が出てくると、彼らの装備が気になり始めた。
 一度気になってしまうと、それはもう止まらなくなってしまう。
 あのお三方は相当に強いのに、明らかに身に着けている物が実力に見合っていない。
 マコト様はそれなりに強力な短剣を使っていたが、蜃様に伺った所あの方が本来得意としているのは弓矢との事。
 ……本来の武器も持たずに蜘蛛を撃破。
 どこまで……。
 いや、これは考えない事にしよう。
 今は大事ではない。
 とにかく、マコト様も得意とされている筈の弓矢は申し訳程度の物しかお持ちではなかった。
 これは武具職人として、俺にはどうしても我慢が出来ない事だった。
 恩返しの意味をも含めて、彼らに武具を作らせて欲しいと提案してしまった。
 移住を認めてくれるとも仰ってくれたし、そのお礼でもある。
 俺は村の長でも何でもないが、俺たちの村の事情は知っている。
 理想の場所だからそこにいるのではない事は良くわかっていた。
 俺達エルダードワーフが作る数々の力ある武具。
 相応しい者にしか渡したりはしないが、そこに存在してしまう以上、欲する者はやはり出てくる。
 ヒューマンや亜人の多くがそうするように、豊かな土地で街の中に住むのはリスクが大きかった。
 俺達にとって条件の合う場所は幾つかある。
 まずは優れた材料を得られる場所。
 もう一つは簒奪者から自分の身と作品を守れる場所。
 最後に生存可能な場所。
 別に武具を売って生活している訳じゃないから、最低限狩りなどが出来て生活していければ良い程度で、条件としてはそこまで重視されていなかったりする。
 良くも悪くも俺達は職人、それもバカがつく奴ばかりだから。
 それらをバランスよく満たす場所を求めて、俺たちは荒野に足を踏み入れて世捨て人の様に暮らしている。
 武具だけを見つめて。
 しかし、長はたまにだが、俺達にとっての最も重視すべき、目指すべき理想の場所を語る。
 俺はそれを覚えていて、心のどこかで同意していたから、ある意味で確信を持ってマコト様に移住をお願いしたのだと思う。
 曰く。
 全力をもって作った武具をしてようやく釣り合うかどうかの強者の傍。
 最高の使い手の傍こそが、本来理想とすべき場所だと言うのだ。
 気持ちはわかる。
 だがそれはあくまで理想だと思っていた。
 俺達が作る武器はいつからか、使い手に対して加減してそいつに合う物を作るようになっていたから。
 今使い手を無視した性能だけを極限に追求した武器を作る職人が少なからずいるのはその反動じゃないかと思う。
 しかし、あの三人ならば。
 もしかしたら、使い手を無視した様なスペックの武具でさえ、使いこなすのではないか。
 いや、それでさえ足りずに、俺たちは全力で彼らに見合う武器を作るべく苦難の道を、いや至福の道を歩く事になるのではないかと思えてしまう。
 そうだ。
 この説得は絶対にしくじれない。

「しかしベレンよ。お前が蜘蛛から逃れたのは幸運な事であるし、助けられたのも有り難い事。それに報いるのは良いが。お前の言う話をすぐに信じろと言うのは些か無理があるのではないか? 何より、今の我らの武器をまともに扱える者がいると本気で思うておるのか?」

「……長。とにかくお礼に行くだけでも皆で。招待はして下さいますので」

「ふむ……儂とお前だけでは駄目なのか?」

「本当に素晴らしい土地なのですよ!? そしてお話ししたお三方は誰もが笑ってしまう程に強い。強者に武具を供するのは、我らの目指す所ではないのですか!」

「最高の使い手の傍、か。確かに儂の言った事じゃがな」

「では、これをご覧下さい!」

 煮え切らない長の態度、このままでは望む結論を出してもらえそうにない。
 俺は切り札を出す。
 
「そ、それは!!」

「申し上げた事を証明する物の一つ。上位竜、蜃の竜鱗です」

「なんと!! うむ、蜃の鱗を目にした事は無いが……これがそこらの竜の鱗では無い事は確かにわかる。この辺りに偶然落ちている物でも無いという事もな」

 長は俺から渡された竜鱗をシワだらけの手で確認しながら、目を見開いて素材を見定める職人の顔をしている。
 八割がた、落ちたな。
 俺は職人の顔になった長を見てそう思った。

「それだけではありません。他にも見た事の無い武器の情報をもお持ちで、亜空への移住は我らにとって……」

「むむむ……」

 こうなったら押し切ってやるまで。
 亜空に連れて行って、あの三人に会わせさえすれば、武具を作る職人ならば結論は一つの筈だ。
 滅多に手に入らない極上の竜鱗を手にする長に、俺はひたすら押して押して押しまくったのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「若様はここの所引きこもって言葉の勉強をしておるらしいな、ベレン」

「長。そのようです。ヒューマンの住まうベースに行かれたらしいのですが、言葉が通じなかったようで……ヒューマン達から攻撃を受けたとか」

「儂らともオークともリザードマンともアルケーとも自在に話をなさると言うのに難儀じゃなあ。と言っても、亜空に戻っていらした時は無傷であったが」

「ええ、まったく。どこまでも不思議な方です」

 俺は声をかけてきた長に応じながら、顔の上部、それも目の辺りを覆う仮面の細工を進めていた。
 若様、とは真様の事だ。
 蜃様はともえ様、蜘蛛の方はみお様と真様に名を頂いていた。
 そのお二方が中心になって真様の呼び名を決めたらしい。
 若様。それが真様を呼ぶ時の決まりになった。
 あの後、俺は長の説得に成功し、無事に皆を亜空に連れて行く事に成功した。
 その豊かな世界に皆は驚愕し、そして先住者であるハイランドオークとミスティオリザード、名前だけは聞いた事がある蜘蛛の魔物アルケーと出会った。
 俺の目論見通り、職人連中はマコト様達を見て身を震わせていた。
 腕が鳴る、といった様子だった。
 彼らの希望を聞きながら色々な武器の製作に入っている。
 ハイランドオークやミスティオリザードへ渡す分も含めて、だ。
 そう。
 当然の様に俺達は亜空に住む事を願い出ていた。
 反対する理由が殆ど無いのだから、不思議はない。
 上位竜、災害の黒蜘蛛、そしてその両者を従えるマコト様。
 性能を度外視して作った筈の武器は彼らの能力に対してどれも力不足で、俺たちに絶望と至福を同時に与えた。
 傑作と自負していた幾つかの大弓は、真様が何度か射ただけで壊れてしまったものまであった。
 使用者の力をある程度利用する武器で、武器の側が劣っていると稀に起こる現象だ。
 面白い。
 震える声で弓製作を得意とする職人が呟いていたのが印象的だった。

「しかし、緊急で作るのが呪いの指輪とこそこそする為の仮面と言うのがまた、予想外じゃよ」

「確かに。指輪の方はどうなっていますか?」

「うむ、それほど難しくは無い。何せ装着者から魔力を吸い上げるだけの効果で良いのじゃからな」

「正しく呪いの指輪、ですなあ。ふふふふ」

「笑い事では無いわ。最初とにかく効果を強くと仰るから、もう呪い殺す勢いで性能だけを追求した闇翡翠ヤミヒスイ製の指輪は装着してもらった瞬間に弾け飛んだ。すぐに外す気で用意をしていた儂は目が点じゃぞ」

「それは後で聞きました。是非俺も同席したかったですよ」

「呪いの指輪の効果を最大限に素材から追求する事になるとはのう。結局、今回でこちらは素地は出来た。あとは可能な限り効果を高めるだけじゃ」

「ほう! それは前進ですな」

「これの性能を高めていくと、白から赤に変わる指輪になるじゃろうな。苦労して血染めの指輪を作るとは……ベレンの方はどうじゃ?」

「私の方は、あと裏地の彫り物だけです。この細工が終われば、正体を誤魔化す程度の役割は十分でしょう。何せこちらは若様ではなく、若様を見る亜人やヒューマンが対象ですから気が楽です」

「確かにな。ではもうひと頑張りするかの。これが終われば若様達の武具に本格的に取り掛かれるでな」

「ええ、楽しみです」

 長が肩を回しながらシンプルな指輪を持って工房の奥に消えていくのを見る。
 若様はあれから荒野に点在するヒューマン達の拠点、ベースの一つを訪れた。
 が、何でも言葉が通じなかったようで。
 共通語と呼ばれる、ヒューマンが一般的に用いる言語が使えず、さらにあの強大な魔力を垂れ流しにしていた為に、彼らに脅威と認識されてしまったらしい。
 酷く落ち込んだ様子で亜空にご帰還された。
 あれだけの戦闘力を持ちながら、何とも不安定な方だ。
 まだお若いから、それも仕方が無い事とみるべきか。
 聞けば若様はまだ十七歳なのだとか。
 その上、生涯まともに戦闘するのは二回目という初心者状態で黒蜘蛛とあれだけ戦って見せたのだ。
 他の部分が未熟でなければむしろおかしいと思えもする。
 今は部屋に篭って共通語を学びながら、指輪の試作に協力頂いている日々。
 なに、あの方なら結局は何とかされる事だろう。
 俺にはそれよりも考えなくてはいけない事がある。
 真様達の武具だ。
 この品なら。
 あの方々にも、周囲にいる者達にもそう思われるような武具を作りたい。
 長達ベテランでさえ、子供のように目を輝かせて毎夜遅くまで工房で試行錯誤する日々。
 エルダードワーフの名にかけて。
 御身に相応しい装備をお作りしますぞ。
 だから真様もどうか。
 頑張ってください。
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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