月が導く異世界道中

あずみ 圭

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一章 ツィーゲ立志編

真の事情、巴の事情

書籍三巻収録箇所のダイジェストその1になります。
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 真の最初の従者、巴は亜空での宴の席を楽しんでいた。
 人の身を得る前の彼女は騒がしいのはあまり好きではなかったが、今は触れるもの全てが巴にとって新鮮に映っている。
 食べ、飲み、騒ぐ。
 真と過ごす時間そのものが至高の娯楽になっていた。
 ドワーフと話をしながら時折困った顔をして酒を断りきれずにいる己の主人を、巴は穏やかに見つめている。
 放っておけば真の横にぴったりはりついて離れないもう一人の従者、澪を隣に座らせながら飲む酒もまた、彼女にとっては楽しかった。

(ああやって、どの種族とも隔てなく火を囲み、食事を楽しむ。つくづく不思議な方よ)

 本来なら真は巴と澪の主にして亜空という広大な空間の支配者だ。
 王として振舞おうと誰も文句は言わない。
 むしろ、それを望まれている節さえある。
 だが、彼はそんな言葉に苦笑するだけだ。
 柄じゃないよ、と。
 いつしか、最初真に王としての自覚を持って欲しいと思っていた巴は、そんな煮え切らない真の態度さえ楽しむようになっていた。
 そして今では真のやりたいことをやりたいようにやってみれば良い、そう考えている。
 自身を普通の学生だと主張する真だが、彼は強大と呼ぶのも生温い力を持ち、世界有数の存在を従者として支配し、更には既に亜空という国に匹敵する場所を手に入れている。
 そんな普通など存在しない。
 だから彼が何かすれば、必ずといっていいほど事件が起こるのだ。
 巴は真と共に在り、その出鱈目を、騒がしい“日常”を満喫するつもりだ。

(当面は、ツィーゲで商売用の雑用じゃな。それに……冒険者としての技能もある程度必要じゃろう。多少面倒もあろうが、若の命ならこなしておかんとな。出来れば亜空で和の世界を再現するのに没頭したいが、それは後回しじゃ。若に許可してもらわんと進まんことも多いしのう)

 亜空での巴は日本の物を再現しようと日々努めている。
 それも江戸時代の刀や今も日本の主食となっている米、他にもお茶やニンジャなども含めてやや偏った内容になっていた。
 真としても即断で許可できず渋っているものも多い。
 彼としては亜空は日本じゃないんだから、という意識があるからだった。
 巴が真説得の手段を色々と考えながら酒の席を楽しんでいると、場から真がいなくなっていることに気付いた。
 ふと彼女が周りを見れば、残っているのは既に徹夜で飲み明かす気満々の酒好きばかり。
 
(ふむ。もう戻って休まれたか? ……いや、近くにおられるようじゃ。が、おかしいのう。森の近くじゃ。あのような場所に何かあったとは聞いておらんが……)

「巴さん、若様がいませんわ」

「そのようじゃな。まあ、近くにはおられるようじゃ。森の近くのようじゃがな」

「森? 確か若様、森に入ってすぐの場所に弓の練習をする場所をこしらえたと仰ってました。そこかしら?」

「おう、なるほどのう。なら寝る前に弓を射る気と、そういうことか。まあ安心じゃな……っ!?」

「どうしましたの?」

「……亜空が広がりおった」

「またですの? 狭くなるよりはマシですけど、最近多いですわね」

「ふむ……一応、若を追うかの。澪も――」

「行きますわ」

 巴が言葉を言いきる前に澪が肯定の言葉を重ねた。
 二人が真のいるはずの場所を目指して宴の席を離れる。
 すぐに静寂と闇が周囲を支配し、二人は言葉もなく真の気配のある方向に進んでいく。
 ある程度の回数が発生しているとはいえ、巴も澪も亜空が拡大したことに些かの不安を感じていた。

「「っっ!?」」

 巴と澪が急に足を止める。
 表情が緊張に満ち、明らかに普通ではない様子だった。

「巴さんっ!」

「急ぐぞ、澪!」

 真の気配がいきなり薄らいだ。
 彼女たちはそれを感知したのだ。
 気配が周囲に拡散したように薄くなる。
 それは、人の、生物の死の際に生じる現象だと巴は知っている。
 澪はそれを知らなかったが、真の気配がなくなりそうになっていることが普通ではないことは彼女にもわかる。
 森に到着し、二人は真の存在感が再び元に戻っていることに混乱しながら、彼女らの主人のいるであろう場所に急ぎ、そして真の無事な姿を確認した。
 彼は、弓を構えていた。

「わかさ、っぐっ!?」

「静かにせい、澪。少し、様子を見る」

「巴さ――っっ」

「若に死ぬ気などなかろう。自ら命を絶たれる兆しなんぞ欠片も無かったわ、とにかく、見ておれ」

 飛び出そうとした澪を巴が制し、真の行動は続く。
 座り目を閉じ、しばらくして立ち上がり弓を構え、そして彼方にある的に矢を放つ。
 その過程で、真の意識そのものが周囲に溶けていくように消え、そして矢を放つ前にまた元のように戻る。
 巴にも澪にも真の真意がわからないその行動を彼が何度か繰り返す中で、意識が再び真に戻っていく過程において亜空の拡大が伴ったのを巴は感じた。
 無関係とは思えない。
 毎回ではないが、明らかに真が弓を射る一連の動きの間で、亜空の拡大が生じ、そしてもう一つ驚くべきことが彼の身に起きていた。

(信じ、られん……。魔力の最大値が、上がった。亜空の拡大と連動、いや亜空の方が連動しているのか……? 元々の最大値をあの様な方法で上げるなど、まるで死と再生を繰り返しでもしているかのような……)

 巴の内心の驚愕は相当なものだった。
 やがて澪が耐え切れなくなり、彼女らは真に声を掛ける。
 だが、巴の中の動揺は全く落ち着いてはくれなかった。
 これまで、真がやってきた数々の非常識を特等席で見てきた巴にとっても、今回のことはにわかには飲み込めないことだった。
 真の説明を聞いて、自身の中にある仮説を彼に話してなお、巴は半信半疑でいた。

(恐ろしい、のう……。じゃがなんと気持ちの高まることよ。主人と決めた御仁が人の身で神に迫らんとする方だったとは。これはしくじれぬな。霧の都市の件も、それからツィーゲの雑用も。それから、あの、拾った冒険者。ライムとかいう者のことも。やれやれ、退屈など若と一緒にいて感じる暇などあるんじゃろうか)

 今後も広がり続けるだろう亜空と、文字通り日々自身の力を高みに導く真の姿を見て、巴はそう思った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 真の弓に関する出鱈目な能力を目にした後。
 巴はツィーゲと亜空で半々に時間を過ごすような形で毎日を過ごしていた。
 そんなある日。
 珍しく真と澪が二人で荒野に出て行った。
 巴は偶然その様子を眺めていて、そして二人の後を尾行する冒険者三人組の存在にも気付いた。
 が、真もそれを把握している節があったので彼女は金魚の糞の如き冒険者を排除することもなく魔術を使って見物するだけに留めていた。
 さほど面白いことにもならないか、と巴が最近構ってやっている元冒険者、ライムの修練に戻ろうとした時、事件は起きた。
 流石は真だと、巴は彼に賛辞を送る。
 森の中で巴にとって見覚えがある種族の者が二人、真と澪にちょっかいをかけたのだ。
 原因は以前真が荒野に生息しているだろうと推測し、そして実在した希少植物アンブロシアだった。
 真と澪はその花のことでかの種族に話をしにいき、そして今無事に遭遇して揉めている。
 それだけなら、可能性は低いがまだ穏便に話が済む可能性もあった。
 だがヒューマンの冒険者がそこに乱入する。
 森の一角に自生していたアンブロシアを自分達が発見したのだと無茶な主張をし始めたのだ。
 
(決裂じゃな。あれではあの者ども、旧きエルフの一角……確か、森鬼。そうじゃ森鬼じゃ。奴らも聞く耳は持つまい。くく……しかし、見ていて気持ちのいいほどの混沌じゃなあ)

 ヒューマンの冒険者を庇いながら二人の森鬼の攻撃を捌き、更に澪の暴走を止めようと奔走する真の様子を見て巴は思わず唇の端を吊り上げる。
 
(ヒューマンなぞ、見捨ててしまえば身軽になるというのに。まあ、あの分じゃと澪がじきに暴走して五人とも食って終わりか)

 澪は真の脇に抱えられて大人しくしていた。
 だがそれが嵐の前の静けさであることを巴は知っている。
 あれはもうとっくに我慢の限界だと。
 だからこの乱痴気騒ぎもすぐに終わると踏んで見物していた巴だったが、ふと真顔になる。

(待てよ。ここで若をお助けすれば意外と刀や稲の研究を許してくれたりせんか? 元々若はエルドワどもには優しいところがあるから刀の更なる研究開始の件については大分押しておるし、稲から取れる米は元々若の国の主食じゃ。儂には厳しい若とて、なんだかんだと言っても内心では食したいじゃろうから敷居は低いはず……。これは、やるべきじゃな!)

 巴が少しだけ黒いことを考えて結論を出す。
 真が適当なところまで追い詰められた段階で念話で助け舟を出す巴。
 邪魔になっていた冒険者を亜空に拉致して仕切り直すという巴の提案は真にすぐ受け入れられる。
 当然、彼女が企んでいた和の探求についても承諾された。
 真の術で突如出現した炎に驚いて硬直する冒険者三人を、巴は容易く亜空に呑み込む。
 彼女にとっては実に簡単な仕事だった。

(さて、この程度の冒険者なら儂が相手をすることもなかろう。適当にオークにでも任せておけば問題ないじゃろ。ふふふふ。農業の担当者と手の空いとるエルドワを集めて、早速取り掛かるかの!)

 まだ真と森鬼の話は決着していない。
 だが巴はそんなこと心配すらしていなかった。
 森鬼風情が真にできることなど何もないと巴にはわかっていたし、話の決着など興味もなかった。
 巴の感覚では、森鬼は対等な存在ではない。
 実力においても、そして彼らとの関わりにおいてもだ。
 過去、巴がまだ上位竜の蜃であった頃、必死の思いで彼女の住処に辿り着いた森鬼に乞われ、巴は彼らの村に結界を張ってやったことがある。
 気まぐれで、当時見返りも求めなかったが森鬼への大きな貸しに違いはない。
 それによって森鬼が、この荒野で他の種族よりも安全に生活しているのは確かなことだ。

(亜空もまだまだ人不足じゃし……話次第では森鬼どもも亜空に呼んでやるというのもありじゃな。それなりに身軽に動きよるし、鍛えれば使えるじゃろ)

 頭の半分以上で刀と稲のことで埋めながら。
 巴は亜空に引き入れる次の種族の候補として、森鬼も悪くないと考えていた。

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