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六章 アイオン落日編
夢見ていた、あるべき姿
しおりを挟む問題が山積するツィーゲだが、逆に好転した事態も存在する。
その一つが冒険者ギルドだ。
まず冒険者と傭兵は兼業者も多いが、異なる職業である。
この世界において冒険者ギルドへの登録は戦う力を求める人にとっては必須であるがゆえ、傭兵は皆冒険者ギルドに登録している。
一方で冒険者ギルド登録者でありながら傭兵経験が無い者も少なからずいる。
冒険者、傭兵、軍人。
こういった職業の線引きは難しい。
通常であれば戦争時は軍人が傭兵や志願した冒険者を指揮するが、ツィーゲは特殊だ。
私兵はいても軍人はいない。
特に秩序が求められる状況だけに深刻な問題だったが、それも先日、歴戦の傭兵団を雇い入れる事でようやく形になったところだ。
今回、割と危機的な状況にあった事は意外と知られていない。
不慣れな戦争はここにも歪みを生んでいた。
力ある者らの間の軋轢というのは、動機がどれほどつまらない事でも確実に実害を生んでしまう、困った問題だった。
「まあ、こんなところでしょうね」
冒険者ギルドの一室で特徴的な僧衣に身を包んだ銀髪の女性がファイルを閉じた。
ツィーゲ支部長、それに冒険者ギルドのトップであるルトが同席するテーブル。
何世紀ぶりかにローレルを出てツィーゲに滞在している始まりの冒険者の一員、ギネビアは肩を鳴らしストレッチを始めながら並んで座っているルトと支部長ルクサに積み上げられたファイルを押しやる。
「久々に見たけど事務仕事も人並み以上にこなすね、ビアは」
「貴方がいるのなら、もう少し時期をずらして来るべきだったわね。言っておきますけど、私を傭兵の数に入れないでくださいね。一応保護者という事で来ているんですから。勝ち負けそのものには干渉しませんよ」
「保護者か! あはははっ、保護者っていうのなら君らは全ての冒険者の保護者、じゃないのかい?」
「……やめてください。冒険者に保護者など必要なものですか。保護を求めるのなら、そも冒険をしなければ良いだけですよ」
「確かに。保護者など彼らには必要ない。僕に言わせれば傭兵団にだって、だけどさ」
「あら、可愛い可愛い教え子たちが気になって何がいけないの? 心配しちゃうようなものをローレルに放り込んでくれた人がいるんだもの、仕方ないじゃない?」
「クズノハ商会なら僕の差し金ではないんだけどね……」
「似たようなものですよ。ドマの卵の件にしても」
「う」
「彼から伝言があるわよ、ファルスさん? お前の仕打ちは絶対に忘れない。向こう何百年かは俺に会えると思うなよ、ですって」
「仕返しも引き籠りかい。アレもどうしようもないね、他者を知ろうとしないから視野が狭いまま、空気も読めないイタイ子のままだというのに」
ギネビアとルトが知己としての会話を楽しむ中、ルクサは整理と解釈のメモを加えられたファイルを見て深く深く唸っていた。
素晴らしかった。
見やすく、データから傾向の把握がしやすい。
数字が言わんとしている事を閲覧者にわかりやすく伝えようとしている。
整理や箇条書きの一文が加わるだけでこうも変わるものなのかと驚きを隠せない。
ツィーゲの冒険者ギルドの職員は無能では務まらない。
ルクサは自分がここを任されるようになってからも職員の質には十分以上に気にかけ育成にも力を入れてきた自負があったが、それでもギネビアという女性の仕事には脱帽するしかない。
冒険者ギルド全体のトップともなると、こんな人材とも交流があるものなのかと、ギネビアをここに呼び書類仕事の一端を依頼したファルスへの敬意を一層強めていた。
「……感服しました。ファルス様の人脈、ギネビア殿の処理能力、どちらにも、脱帽です」
ルクサは若くしてツィーゲの冒険者ギルドを任された。
将来有望な職員である。
冒険者としての能力は振るわなかった彼は、早々に引退しギルド職員として第二の人生をスタートさせた。
そこで見事に才能が花開き出世の階段を駆け上がり、ファルスことルトの目に留まり今に至る。
全く老いる様子もなく同じ姿のままギルドを取り仕切るファルスがただのヒューマンではないというのは、ルクサにも既に理解できている。
今以上に上に行こうと思ったら人でありながら人ではない者、元より人でない者とも渡り合っていかなくてはいけないのだろうと、頭のどこかで考えているルクサだった。
「大した事ではありませんよ、冒険者ギルドには人よりも少し詳しいだけ」
「そうそう、なんてったってオリジナルだもの」
「むしろ良く頑張っていますよ、ルクサ、さんでしたか。一時期は破綻寸前まで追い込まれていたようですが、見事にV字回復を果たしています。これは十分誇ってよい実績だと私は思いますよ」
「……へぇ、ルクサ~。褒められてるじゃないか。これは凄い事だぞ?」
ギネビアは首を横に振ると、大したことではないとルクサに返す。
そして読み取れた情報からこの街の冒険者ギルド事情が過去破綻仕掛けていた事を指摘しながら、彼の仕事ぶりを称賛した。
ルトは若干嫉妬を混ぜた様子でルクサを小突く。
「ファルス様、お戯れを。しかし、オリジナル?」
「……しかし、というなら」
「?」
曖昧な笑みではぐらかしたギネビアがルクサを見ているようで見ていない視線を泳がせて続ける。
「ツィーゲなど、武骨な防壁と砦のイメージしか無かったんですけどねえ。人の営みの物凄さ、恐ろしささえも感じさせます」
「?」
武骨な壁? 砦?
ルクサは首を傾げる。
ツィーゲにそんな時期は無かった筈だからだ。
「まあ当時はね、この向こうにはナニカがある! とか豪語した無謀で考え無しで美女と見れば見境ない、でも最高の男が山をぶった切って開通させちゃってすぐの時だから」
「そうね、最高の、以外のとこには同意する男がやらかしたのよね。当時は……ダグザ領? 確かそんな名前の一部族の領地だったかしら」
「懐かしいねえダグザ。もう影も形も残っちゃいないけどね。ツィーゲだって今や荒野からの黄金を吸い上げて更に巨大化する世界最高規模の都市だもの」
頭の中に?が大量に浮かぶルクサ。
知っているとかではなく、まるで経験した過去であるかのように語らう二人。
確かにファルスは初対面からまったく老いて、いや成長している様子がない。
しかしこのツィーゲが、もしかしたらそう呼ばれるよりも前のいずれツィーゲと呼ばれる段階の頃から見て知っているなど、あり得ない。
(あり得ない、筈だ)
「おまけに国の支配はもういらない、だなんて。都市国家なんて様式、この世界では周知もされていないでしょうに」
呆れたものだ、とギネビアは眉をひそめる。
だが非難する様子は無い。
さらにルクサは彼女の言葉の一部に聞き逃せない一言を聞いた。
この世界。
ギネビアは確かにそう口にした。
「勇者より面白いでしょ、彼」
「彼なのか。彼を見ていてそれを思いついただろうレンブラント商会という所が、なのか」
「えーレンブラントかい? そっちは家族が痛い目を見て女神なんてクソだ、とか若干思っちゃってる凄腕の商人ってくらいだよ?」
彼。
一瞬パトリック=レンブラントの姿を脳裏に描くルクサ。
だが直後に彼の名前が別に出た事で自身の考えを否定する。
となれば。
ファルスの口から出る彼は、きっと彼しかいない。
ルクサは一見容姿以外に特徴が無い残念なヒューマンの姿を思い出す。
クズノハ商会代表ライドウ。
レンブラント商会と懇意にしている上、冒険者ギルドの登録でそれなりの年齢でありながらレベル1を維持し続けている男だ。
彼が実際に魔物を倒す場面も複数の目撃証言があり、本当に彼のレベルが1なのかは相当に疑わしい。
周囲の噂も極端なものが多く、一言で説明するなら冗談みたいな存在、である。
「貴方は我々を過大評価し過ぎますから。それに彼は……特にアンバランスな所が好みなんでしょう?」
「やっぱりわかる?」
「わかりますよ。殿方もウチの脳筋や貴方の旦那様みたいのばかりじゃありませんからね。あんな奥手な子、襲って病ませてしまうんじゃないかとハクと心配していました」
「奥手なコの落とし方も随分と勉強したんだけどさ。ほら彼のそばって厄介なのがいるから」
「巴さんと澪さん。彼が何とかノーマルでいるのはあの二人の功績ですね」
「僕としては彼がOKなら女でも構わないし、どちらにしても子供は欲しいから悩ましいよ」
「HOHOHO、真顔で唐突に変態を全開にするんじゃありませんよ」
「ルクサは僕が性別を気にしない真実の愛を説いている事を知ってるからね、安心さ」
おかしな事を言い出したギルドのトップにもルクサは動じていない。
しかしだ。
動じていないというのは受け入れて肯定しているのとは若干違う。
性癖の一つとして理解し黙認する事は可能だが、自ら率先してその世界の扉を開きたい訳ではないし、つもりもない。
あくまでも対岸の出来事として見ている事は出来る。
その程度である。
「ファルス様が特殊な性癖をお持ちだという事は理解している、というだけですが」
特に妙齢の女性から仲間として見られるのは心外だとばかりに、ルクサが口を挟む。
「だそうですよ。上辺だけじゃないですか」
「なーんだ、ギルドの歴史や資料を凄く読み込んでいるルクサなら、もう少し突っ込んだ事も知ってるかと思ったのに。僕の弱みを掴む為に盗聴とか盗撮に挑むもんじゃないの、有能で野心的な君ならさぁ」
「っ!」
「僕のはただのバイセクシャルじゃないよ、ルクサ。ほら」
ファルスは一瞬でその容姿を女性へと変じた。
「……は?」
中性的、ではない。
明らかに女性の色気を纏う細い指先がルクサの顎に絡む。
「どう? 僕は男? それとも女かな」
そのまま顔を至近距離まで近づける美女にルクサが戸惑う。
アクションがない。
状況に理解が追い付いていないのだ。
「ちなみに……胸は見てわかる通り、下も女の子だよ?」
「!?」
「妊娠も出産も出来る」
「……ファルス、からかうのはおやめなさい」
触れてしまいそうな距離できわどい問いを続けるルト。
呆れた様子のギネビアが仲裁に入る。
ルトが、その気なら第三者が一緒にいてもコトを始める気性である、と既に身をもって知っているギネビアはさっさと止めてしまう事にしたのだった。
「ところで、冒険者ギルドですが」
「……うん?」
ルトがギルドという部分に反応して耳を傾ける。
「面白い事になってきていますね。遂に、いえ漸くというか」
「面白い事?」
「そう。貴方が創った冒険者ギルドは、当初語った通りの目論見は成功したけれど随分と小さくまとまる結果になってしまった」
「……そっかな。反対に結構大所帯になったと僕は思ってるよ?」
「規模じゃありませんよ。幅です、幅」
「意味が良くわからないよ、ビア」
「ヒントは、今ツィーゲにいる傭兵団ピクニックローズガーデン、略してPRG。あの子たちは規模を考えるとかなり多様なジョブ編成がなされています。あら、答え言っちゃいました」
「ジョブの数が少ないって事? だけど可能性はきちんと考慮してあるし、正直効率を考えると誰だって役割ごとにある程度似通るんじゃない?」
「そこなんですよね。ネタも含めて多様なジョブが存在する事が冒険者ギルドの肝。まあ私たちが一番ガチの編成で色々な所を回っていたから、貴方のイメージもある程度固定されてしまったのかもしれません」
「……」
「その点では今のツィーゲは物凄く良い状態、面白い状態にあります。多くのユニークジョブ、レア職に就く冒険者が増えてきているしパーティも挑戦的なのが多い。これぞ冒険者ギルドのあるべき姿。ツィーゲの冒険者ギルドの情報を見れば、我々なら誰でもそう思うでしょう」
「……へぇ。それはアズ君や六君も?」
「間違いないでしょうね。例えば、ルクサさん。その上から二番目のをくださいな」
「あ、はい」
「ここ、戦士系のレア職ローニンが十人近く活躍してる」
「ローニン? そんなジョブあったっけ」
「あるんですよ、攻撃系というよりも攻撃特化という道を進む剣士の一部に出る選択肢です」
「ふーん、攻撃特化型」
「大抵は候補に挙がっても無難な他のジョブ、バスタードナイトとかルーンナイトに進むんですが。アズも六夜もローレルでは何とかこちらの戦士を定着させられないかと思い入れもあって大分奮闘していました」
「……知らなかった」
「日本人的なジョブですからね。でも結局、その先にまで進んで名を遺したのはほんの一握りだけでした」
「……」
ルトが神妙な顔でギネビアの話の続きを待つ。
「浪人、剣客、そして剣豪……。残念ながら私の知る限りでは最高峰の無外は一人も見ませんでしたが……今ここにはそれなりの数のローニン、そして一人だけですがケンカクが生まれている。嬉しいものですよ、我々が触れる事なく預けた可能性を隅々まで活かそうと、今を生きる人々が切磋琢磨しているのだとわかるのは」
「ギネビア……」
「もっとも! 私としては黒袴、指南役、柳生の方を見たいのですがクロバカマはまだ一人としていないようで……残念です」
「ジョブツリーをどこまで暗記してるんだい、君は?」
ルトが少し呆れた様子でギネビアに問う。
「ゲーマーの基本ですよ基本」
「……」
一方ルクサは言葉を失っていた。
初耳の情報をすらすらとギネビアが口にしたからだ。
咄嗟に創作した様子も嘘を言っている様子もない。
ジョブツリーを暗記、とルクサの上司は言った。
そのくらいの事は自分だってやっている。
だが。
ローニンの上がケンカクであるという事は先日初めて知ったばかりだ。
その上など知る由もない。
(一体、このギネビアという女性はどのジョブツリーを暗記したのだ? ギルドの機密情報に当たるソレには名前が載っていない部分まで諳んじて……冒険者ギルド以上のジョブ情報などある訳が……オリジナル、か? だがオリジナルとは一体、何を意味するオリジナルなのか)
「さて、そろそろルクサにもネタばらしをしておこうかな」
「何だ、そのつもりで同席させてたなら初めから教えておいてください。無駄な手間をかけて話す羽目になったじゃないですか」
「?」
「冒険者ギルドツィーゲ支部長ルクサ君」
「は、はい」
「日々の激務に加え勉強熱心な君に僕は心打たれていてね。何か報酬を、とずっと考えていた。今の状況を見ればツィーゲ支部の長である事が最高の報酬であるともいえるが、これは半ば君がそう育ててきたものでもある。だから僕は君に一つ、世界の真実を教える事にしたんだ」
「世界の、真実?」
「そう。例えば冒険者ギルドの成り立ちについて。そもそも……冒険者とは誰が最初だったのか」
「最初の冒険者、ですか?」
ルクサは疑問を返しながら、確かにその記述は冒険者ギルドの機密資料にも含まれていない内容だと思った。
女神に力を与えられた存在だろうか。
いや、だとしたらそれは勇者と呼ばれるのか。
そう考えると。
確かに冒険者とは誰が始まりなのか。
ルクサには想像も付かない。
「うん! では紹介します! こちら世界最初の冒険者パーティ、アプフェルに所属するギネビアさんです!」
「どーもギネビアです。偶然この街に相棒のハク=モクレンってのも来てるんで後日連れてきますねーって、ダウンコートの羽毛くらい軽ーい!!」
「あはは、微塵も面白くないね相変わらず! そして御年なんと」
「DAMARE」
とんだ茶番劇を見せられているルクサだが、彼はまだ知らない。
自分が冒険者ギルドの限りなく最奥部に触れている事を。
冒険者に関わる者として、ギルドの職員として。
彼らの存在とその意味を知る事がどれほど重要であるか。
そしてこうして、向かい合って会話をする機会が与えられている事がいかに幸運か。
収入くらいしか取り柄がない、冷徹に服を着せたようなつまらない男だ。
妻から陰でそう評価されているルクサが、この日評判のケーキと大量の料理を手に異様な陽気で自宅の玄関を開けた。
使用人があまりの異様さに壁に手と背をぴったりつけて青い顔をして彼を見送る。
リビングで夫を迎えた妻は無理からぬ事だが驚きに言葉もなく、何とかソファーから立ち上がって彼を迎えた。
まるで一日中遊んで暗くなって帰ってきた子どもの様に。
ルクサは食事を楽しみ、妻との会話を楽しみ。
この日を境にまるで人が変わった様に人生を楽しみ始めた。
いや元々仕事を生きがいに彼なりに人生を楽しんではいたのだが、仕事以外のあらゆるものにまで興味を持ち人生は素晴らしいとでも言い出しそうな様子に変わったのだ。
はじめは病気や呪いを疑った妻も、彼女から見ても好ましい夫の変化を徐々に受け入れていき、冷えきった夫婦関係は数か月で完全に新婚状態に回帰。
もはや諦めていた子も翌年に授かってしまうという激変ぶりに誰もがきっかけを疑った。
あの日からルクサの腕にはギラついた宝珠のブレスレットが、ではなく。
「なに、話をしただけなんだ。ちょっとしたカウンセリングのようなものさ」
終生冒険者ギルドのツィーゲ支部を支え続けた男は、聞かれるたびに笑ってそう答えるのだった。
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