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5巻
5-2
[試験の申し込みをしたいのですが]
共通語を操れない僕は、魔力を用いた筆談に切り替えて担当の職員に伝えた。
求められていた必要書類も同時に彼に手渡す。
「……ライドウ=ミスミ、確かに。では試験について、簡単にですがご説明します」
[すみません、その前に一つ確認したいことがあるのですが]
「……なんでしょうか?」
心なしか愛想のない口調で僕の言葉に応じる職員。
説明の邪魔もしたし、筆談に付き合ってもらってるし、まあ仕方ないか。
隣の識から若干苛ついた様子を感じたけど、彼は我慢してくれたようだ。
巴か澪だったらここで問題になっていたと思う。
巴なら全部把握した上で、澪はただ感情の赴くままに「あ?」と職員の襟首を掴む絵面が容易に想像できた。
識、ありがと。
[ここが講師の試験会場だとはわかっていますが、事務職の求人などはありませんか?]
「……ございませんね。あのですねえ、ミスミさん」
[はい]
「困るんですよ、そういうのは。別に貴方に限った話ではありませんが、講師の求人で断られた方が別の窓口でも直接職員に縋りつくケースが最近多くてですねえ」
職員の男性はそれはもう、うんざりした顔で毒を吐き始めた。
愚痴だ。
誰がどう聞いても愚痴だ。
そんな内容と僕への中傷を兼ねたねちっこい口撃が続く。
僕はといえば、まあ特に何を反論するでもなく彼の言葉を聞き流していた。
怒りを覚えるよりも……僕は呆れていた。
それも彼にではなく自分にだ。
ここ数日、僕はこんな感じで識を困らせていたんだろうかと、妙な既視感を抱いていた。
「なんかさ」
「……」
「識、その、ここ何日かごめんね本当に。鬱陶しかったよね」
聞きようによっては職員への悪意とも取られないので、ここは筆談ではなく言葉で。
なおも続く、既に僕さえ見てない職員の愚痴は流して、識に謝った。
「……」
あれ?
「識?」
返答が無い。
少し見上げて彼の顔を確認する。
あ。
これは、やばいか?
表面上、まだ穏やかな風を装って笑顔を張り付けている識。
だが僕にはわかる。
これが笑顔ではないことが。
言うなれば顔の上半分に暗い影を落とした暗黒微笑だろうか。
色々と問題を起こしそうな顔をしていらっしゃるのがわかってしまった。
こ、これじゃあ巴や澪の時と同じことが……!
「識、おちつ――」
「わかりますか? 正規の手続きで相手にされもしないような輩が裏道を探してこられても……へ?」
「言い残したい事はもう十分だろう? 木っ端の木偶が、干からびろ」
「ひゃっ――」
流れるような動きで職員の言葉を遮って首を掴んだ識が、カウンターから彼を引きずり出して自分の方に引き寄せた。
そのまま至近距離で男に何か呟き、彼の生気を一気に吸い上げ……って、見てる場合じゃない!
識の魔力を抑え込んで、同時に二人の間に割り入って物理的にも引き離した。
やばかった。
証人が多過ぎて隠蔽できない殺人事件になるとこだった。
[供の者が失礼を致しました。別に事務方の仕事が無ければそれで構いません。推薦状は以前提出しておりますし、通常通り講師の試験を受けますので]
「ミ、ミスミさん! 貴方ね、こんな真似をして何を平然と……!」
「こんな真似? 貴様がそれを言うのか? 自分がどれだけ醜い言葉で主を罵倒し下らぬ愚痴を浴びせたか自覚もないのか? 私が突然意味も無く乱暴を働いたと、まさかそんな事を言い出すのではなかろうな……?」
「ひぃっ!?」
「それこそ、ここに無数にいる証人も貴様の暴言を聞いているぞ。主が貴様に対して謙虚にも謝罪なさったというのに、当の貴様は主に謝罪を返すことさえしていないではないか! これが試験を受けに来た者への職員の対応だと? 答えてもらおうか!」
識は口調からしてもうリッチのそれに戻ってしまっている。
普段の丁寧な雰囲気は殆ど感じられない。
……ああああ、もう!!
人だかりはできるわ、職員もぞろぞろ集まってくるわ。
こ、こういう場合はどうすりゃいいんだ!?
わからーーん!!
「失礼致します。当方の職員に無礼がありましたことをお詫び致します」
何か偉い人っぽいのまで来ちゃった。
美しい女性なんだけど、こちらも張り付けたような笑顔が怖い。
数ある僕の苦手なタイプの一人だ。
……この世界に来てから、あんまり得意なタイプに出会った記憶が無いけど。
ストレス耐性はせめて鍛えられているんだろうか。そう思いたい。
色々と根本的に間違っている気が凄くするんだけど。
「ほう、謝罪すると」
「もちろんです。申し訳ありませんでした。たとえ事務方への求人確認がこの場にそぐわないものであったとしても、それが試験の受付にみえた方に愚痴を聞かせ、かつ悪意ある言葉を投げつける理由には決してなりません」
「その通りだ。我が主が事務方の求人を確認したのはあくまでも、そちらでも募集があるならば、という意図に過ぎない。それは、事前に推薦状を添えて受験を申請してあるのだからそちら側も理解しておくべきことだ」
「推薦状……」
責任者っぽい女性は僕の対応にあたった職員をちらりと見る。
この世界、特にヒューマンは美形揃いで男性も女性も結構年齢がわかりにくい。
男はなんとなく年代ならわかるけど、女は完全に見た目では判断がつかない。
少なくとも僕は。
この女性も立場もあるようだしそれなりの年なんだろうけど……注意深く見ると顔に小じわがあることはある、そんなレベル。
肌もしっとりした感じだから……多分三十から四十くらいの人だろうか。
正直三十以上は、今の僕の経験値だとさっぱりわからない。
そんな多少失礼な事を考えながら女性の様子を窺っていたら、目が合った。
彼女の笑顔が、少し深いものに変わる。
……余計な詮索はこの辺にしとこう。
「……君はもう下がりなさい。この方の受付は私がしますから。試験の受付という場所柄、特別な便宜などは出来かねますが、せめて待ち時間なく残りの手続きを進めさせて頂きます。そちらでご容赦下さいませ」
そう言って推薦状の有無を示す書類を机上で探し、テンパっていたのがありありとわかる職員を女性が下がらせる。
直後に彼女が漏らしたほんの小さな、嘆息のような吐息が何とも色っぽかった。
手続きを早くしてくれるなんて願ってもないことだ。
別にごねて試験なしで合格させろと言っている訳じゃない。
識が言ったとおり、もし事務の求人があればそっちで、ってつもりで言っただけなんだから。
「……ふむ。まあ、そう言ってもらえるのなら、貴女に免じてこちらも矛を収めよう」
識から怒気が抜けた。
はあ、良かった。
「ありがとうございます。ではミスミ様の試験ですが……戦術全般、ですね。試験内容はどれを選ばれますか? 推薦状をお持ちになっての受験ですし、おそらくこちらの中からお選びいただくことになるかと存じますが……」
そう言って下げた頭を戻した女性が用紙を広げた。
試験には確か種類があるって言ってたな。
これか。
中身がまるで異なる試験を受ける訳じゃなく、筆記と実技の割合に違いがあるだけだ。
ちなみに女性職員が指したエリアは実技重視の試験内容。
得点の割合としては、筆記四割から筆記なしの実技のみまでのエリアになる。
ちなみに彼女が示さなかった筆記重視のエリアは、筆記のみから実技と筆記の割合が五分五分になる中間点までの試験内容だ。
筆記のみを選択する場合、計十八科目の筆記試験が三日間あるらしい。
頼まれても絶対嫌だな、そんな試験は……ってあれ、筆記のみの試験が塗り潰されてなくなってるな。
よく見るとその隣もだ。
筆記八割からの試験しかないのか。
「あら、ミスミ様は筆記重視の方がよろしかったですか? 講師としての区分が戦術全般ですので、筆記のみの試験はミスミ様の場合は受けられません。筆記重視をご希望でしたら、筆記八割、実技二割からなら受けられますが……」
なるほど、実技講師だからか。
だから筆記のみの試験は存在しませんと。
考えてみれば当然だったかも。
試験前とはいっても筆記と実技の得点バランスを受験者が選択できる特異なシステムなんだから、僕が気付かなかったのは仕方ない、と思っておこう。会場入口の掲示板で十八科目の文字を見た時に筆記のみを選ぶ気もなくなってたし。
僕の視線がそちらに向いていた事をしっかり見ていた女性からの説明に納得した。
「何か、言いたそうだな?」
まだリッチモードが抜けていない識。「ますが……」と言葉を濁したような口ぶりの女性職員に突っ込む。
別にそのくらいスルーすればいいじゃないか、識!
何かほとんど発言していないのに事態がどんどん激しい方向に進もうとしている気がしてならない。
「他意はございません。ただ、推薦状をお持ちの方々は殆ど得意な分野で勝負なさる方が多いものですから。戦術全般の場合ですと当然ながら実技がその部分に該当いたしますので……失礼」
彼女の後ろから、何かの書類が手元に差し込まれる。
口を閉じ、素早く内容に目を通しているご様子。
「まあ、ツィーゲのレンブラント商会からの推薦状でしたか。これは……つまりあの有名な〝世界の果て〟でも実績があるお方ということなのでしょうね。驚きました」
「……用件が済んだのなら手続きを進めてもらおう」
「お待たせして申し訳ありませんでした。それではどちらの試験内容になさいますか?」
「これだ」
って、おい。
なんでお前が決める。
僕が受ける試験だよね!?
「……っ! こちらですか?」
「何だ、また他意はないが指摘したいことでもあるのか?」
「……いえ。実技のみの試験をご希望ということでよろしいですね?」
「無論だ。それが最高難易度の試験で過去数例しか合格者がいないことも承知の上で、受験する」
だからお前は受けないだろって……ん?
さいこうなんど?
最高難易度!?
ちょ、ま!?
「では。ライドウ=ミスミ様。別室にてお待ちください、案内の者をすぐに連れて参ります」
「手早いな」
「失礼のお詫びということで、全ての手続きを最優先で行わせて頂きます。当然、試験も。早速本日より三日、こちらで用意した試験場にて試験を受けていただきます」
「ふむ……こちらも貴女に対しての高圧的な態度と非礼をお詫びします。ご配慮にも感謝を。ありがとうございます」
識は何だか納得したのか満足したのか、リッチモードを終了させて女性とにこやかに話している。
……。
やっぱりこれは……うん、あれ? ってやつだな。
いつの間にか僕が受ける試験が一番難しいらしいやつに決まった。
こういうのは困るんだよ。
がーん、とか思う間もなかったし。
んで、今日から三日?
三日だって?
筆記のみが三日だから実技のみも三日ってことなんだろうか。
いやいや、何日も続くような実技の試験ってなんだよ!
「……ミスミ様につきましては、合格次第、面接試験などは一切なく採用となります。ミスミ様の人品につきましてはレンブラント氏が保証しているということもありますので、面接は省略させていただきます」
[ありがとうございます。しかし、そうした便宜は問題ないのですか?]
何か、試験が一つ減ったっぽい。
面接とか緊張するから無いに越したことはないけど、あとから問題になっても嫌だから大丈夫かどうかは聞いておく。
「実技のみの試験で合格された講師の場合、その合格成果がものを言いますので、採用後に講師としての態度に著しい問題が無ければある程度の人格問題は許容されます。なので受けていただいたとしても形式上のものにすぎませんから問題はありません」
……なるほど。
凄いな、この試験に寄せられる信頼。
そして実力があればある程度問題起こしても大丈夫だよって暗に言われてるのも凄い。
その分、ドロドロした講師の実情もありそうで別の不安が生まれたよ。
[手続きを迅速に進めてもらえて助かりました。お騒がせして申し訳ありませんでした]
「……では、ご健闘を」
後ろから近付いてくる気配。
僕と話していた女性がその人物と目線を交わしたのが彼女の仕草で何となくわかる。
ああ、案内の人か。
それじゃあ、まあ、最高難易度の実技講師試験とやらに玉砕してくるとしますか。
◇◆◇◆◇
昔の浅茅が原ってのもこんな場所だったんだろうか、と思える広大な原野が目の前に広がってる。
はい。
ここ試験会場です。
というかもう、試験が始まってます。
レンブラントさんが僕を教師に推した理由は相変わらず不明だけど、ここまで来たらやるしかない。
会話を思い出す限り可能性は低いとは思いつつも、もしかしたら彼とモリスさんの手違いなんじゃないかとも思った。
でも僕がこっちにいる間、レンブラントさんには多分巴やら澪やらについてなんだかんだと迷惑をかけてしまうんじゃないかとも思っているわけで。
せめてロッツガルドの僕らだけでも彼を心安らかに過ごさせてあげたい。
――ええっと。
改めて試験内容を思い出す。
あ、試験と言えば……勝手に最高難易度を選んだ識に何してくれてんだと文句を言ったりもしたが、彼には「真様にとってはこの試験が多分一番楽ですから」とにんまりされた。
どこからかはわからないけど、あの試験受付での一件は、彼の意図通りなんだろうか。
とりあえず僕にこの試験を受けさせるのは、少なくとも識の思惑通りらしい。
で。
今、僕がいる広大なフィールド。
試験用の土地なわけだけど、さすがは異世界、いやさすがはロッツガルド?
どっちかはわからないがスケールがハンパ無い。
四方の原野。一辺何十キロあるのかねえ。
そこに僕を含めて試験を受ける人が四人だけ。
……四人だよ?
何千、何万といるだろう受験者の中でこの試験受けるのがたったの四人。
ここに飛ばされる前に初めて顔を合わせた人達だけど、エルフと獅子顔の獣人、それにヒューマン。
見た感じではベテランの冒険者風なのが亜人の二人。
ヒューマンの男の人は色白でひょろっとした、学者、いや魔術師風といったところかな。
三人の大雑把な力量は、僕が察する限りではツィーゲの冒険者ギルド中堅どころと同じくらいだろうと思う。
まあ、あそこは巴や澪の影響でトアさん達が活躍を始めてから全体のレベルがかなり上がってきている感じだからな。
そんなツィーゲを参考に考えると、おそらく他の受験者のレベルは全員150前後。
……僕は1なんだけどね。
なんだろうね、このレベルのバグも。
何に困っているかと問われると、現状特に困ってないから別にいいんだけど。
僕は推薦状と一緒に提出した書類に、ギルド所属云々については商人ギルドに所属と書いておいた。
冒険者ギルドに所属って書くとレベルも書かないと駄目みたいだったし。
レベル1って書くのはなんとなく嫌だからね。余計な詮索もされそうだし。
冒険者ギルドについては、聞かれたら答えればいい。
最初に書類を出した時に、商人と書かれていたのを見て、担当者は識を見事に二度見したそうだ。
なかなかの見物でしたと彼が教えてくれたのを覚えている。
っと、試験の内容を確認しないと。
先ほど配られた紙に視線を落とす。
この山あり谷ありのフィールドに、三種類の球状のターゲットが相当数放たれているから、それを三日以内に三個捕獲して学園に戻る。
これだけだ。
合格者は条件を満たした者全員。
禁止事項は受験者同士での戦闘行為のみで、食糧その他は自力で賄うこと。
実にシンプルだ。
早速、界を目一杯広げて周囲の状況を確認してみたら、本当にこの一帯には僕以外に三人しかいない。
しかも全員それなりに離れた場所に飛ばされていて、受験者が意図しない限り鉢合わせして戦いになることはなさそうだ。
野生なのかわざわざ放っているのか、それなりに魔物の気配もある。
それらとの戦いも視野に入れておく必要がありそうだな。
僕としては問題ない強さの魔物しかいないようだけど、他の受験者は大丈夫なんだろうか。
もっとも、試験放棄と試験終了時の帰還の為に、フィールドからの脱出用アイテムを支給されているから最悪の事態にはおそらくならない。
試験を諦めて帰還する為のベルの形をした道具と、試験を終了して帰還する為の小さな羽の形をした金属製の道具。
どちらも用途、効果は同じアイテムだろうに、わざわざ分けて支給するあたりに意地悪さというか嫌らしさを感じないでもない。
ターゲットである三種類の球についても、その特性を試験前に教わっている。
まず共通する特徴が、高速で移動する。
サンプルを見せてもらったけど、確かに結構速い。
手で包んでしまえる程度の大きさということもあって余計に速く見えた。
次に、どれも浮遊していて細かく振動している。
ゼロから一気に加速して、慣性なにそれおいしいの? 的な動き方をする。
生き物だとハチドリに似ていると言えなくもない。
まあ、一番最初に頭に浮かんだのは有名な魔法学校で人気のあるスポーツに出てくるス○ッチだね。
捕まえるのは簡単じゃなさそう。
ただ、パターンがありそうな印象を受けた。
よく観察してみれば、動きには何らかの規則性というか法則のようなものがあるかもしれない。
で、その三種類の球にそれぞれ有効な攻撃を加えることで球体にダメージが蓄積。それが一定以上になると動きが停止して捕獲可能になる、と。
魔術をぶつけると破裂してしまう赤い球。
受験者がある程度接近すると破裂してしまう青い球。
物理的な衝撃を受けると破裂してしまう黄色い球。
どれもその有効打以外の攻撃には頑丈な防御力を誇る、らしい。
当然のことながら、破裂した球は数に入れることができない。
安易に僕が思いついた方法としては黄は魔術で撃ち落とす、青は遠くから弓で射る、赤は近付いて殴る、って感じ。
魔術、遠距離物理、近距離物理といったところだろうか。
どれも活動停止までダメージを与えればただの球体になり、手で掴んでも問題ないらしい。保管方法にも特に決まりはないとのこと。
あれだよね。
こんな何もない原野で野宿するとか荒野を思い出して切ないし、一日で終わらせるのがベストだよね。
確かに識の言葉通り、僕にとってはこれで筆記なし面接なしなら拍子抜けするくらい簡単な試験だ。
そう思った僕は、とっとと試験を終わらせるために三つの球探しを始めた。
共通語を操れない僕は、魔力を用いた筆談に切り替えて担当の職員に伝えた。
求められていた必要書類も同時に彼に手渡す。
「……ライドウ=ミスミ、確かに。では試験について、簡単にですがご説明します」
[すみません、その前に一つ確認したいことがあるのですが]
「……なんでしょうか?」
心なしか愛想のない口調で僕の言葉に応じる職員。
説明の邪魔もしたし、筆談に付き合ってもらってるし、まあ仕方ないか。
隣の識から若干苛ついた様子を感じたけど、彼は我慢してくれたようだ。
巴か澪だったらここで問題になっていたと思う。
巴なら全部把握した上で、澪はただ感情の赴くままに「あ?」と職員の襟首を掴む絵面が容易に想像できた。
識、ありがと。
[ここが講師の試験会場だとはわかっていますが、事務職の求人などはありませんか?]
「……ございませんね。あのですねえ、ミスミさん」
[はい]
「困るんですよ、そういうのは。別に貴方に限った話ではありませんが、講師の求人で断られた方が別の窓口でも直接職員に縋りつくケースが最近多くてですねえ」
職員の男性はそれはもう、うんざりした顔で毒を吐き始めた。
愚痴だ。
誰がどう聞いても愚痴だ。
そんな内容と僕への中傷を兼ねたねちっこい口撃が続く。
僕はといえば、まあ特に何を反論するでもなく彼の言葉を聞き流していた。
怒りを覚えるよりも……僕は呆れていた。
それも彼にではなく自分にだ。
ここ数日、僕はこんな感じで識を困らせていたんだろうかと、妙な既視感を抱いていた。
「なんかさ」
「……」
「識、その、ここ何日かごめんね本当に。鬱陶しかったよね」
聞きようによっては職員への悪意とも取られないので、ここは筆談ではなく言葉で。
なおも続く、既に僕さえ見てない職員の愚痴は流して、識に謝った。
「……」
あれ?
「識?」
返答が無い。
少し見上げて彼の顔を確認する。
あ。
これは、やばいか?
表面上、まだ穏やかな風を装って笑顔を張り付けている識。
だが僕にはわかる。
これが笑顔ではないことが。
言うなれば顔の上半分に暗い影を落とした暗黒微笑だろうか。
色々と問題を起こしそうな顔をしていらっしゃるのがわかってしまった。
こ、これじゃあ巴や澪の時と同じことが……!
「識、おちつ――」
「わかりますか? 正規の手続きで相手にされもしないような輩が裏道を探してこられても……へ?」
「言い残したい事はもう十分だろう? 木っ端の木偶が、干からびろ」
「ひゃっ――」
流れるような動きで職員の言葉を遮って首を掴んだ識が、カウンターから彼を引きずり出して自分の方に引き寄せた。
そのまま至近距離で男に何か呟き、彼の生気を一気に吸い上げ……って、見てる場合じゃない!
識の魔力を抑え込んで、同時に二人の間に割り入って物理的にも引き離した。
やばかった。
証人が多過ぎて隠蔽できない殺人事件になるとこだった。
[供の者が失礼を致しました。別に事務方の仕事が無ければそれで構いません。推薦状は以前提出しておりますし、通常通り講師の試験を受けますので]
「ミ、ミスミさん! 貴方ね、こんな真似をして何を平然と……!」
「こんな真似? 貴様がそれを言うのか? 自分がどれだけ醜い言葉で主を罵倒し下らぬ愚痴を浴びせたか自覚もないのか? 私が突然意味も無く乱暴を働いたと、まさかそんな事を言い出すのではなかろうな……?」
「ひぃっ!?」
「それこそ、ここに無数にいる証人も貴様の暴言を聞いているぞ。主が貴様に対して謙虚にも謝罪なさったというのに、当の貴様は主に謝罪を返すことさえしていないではないか! これが試験を受けに来た者への職員の対応だと? 答えてもらおうか!」
識は口調からしてもうリッチのそれに戻ってしまっている。
普段の丁寧な雰囲気は殆ど感じられない。
……ああああ、もう!!
人だかりはできるわ、職員もぞろぞろ集まってくるわ。
こ、こういう場合はどうすりゃいいんだ!?
わからーーん!!
「失礼致します。当方の職員に無礼がありましたことをお詫び致します」
何か偉い人っぽいのまで来ちゃった。
美しい女性なんだけど、こちらも張り付けたような笑顔が怖い。
数ある僕の苦手なタイプの一人だ。
……この世界に来てから、あんまり得意なタイプに出会った記憶が無いけど。
ストレス耐性はせめて鍛えられているんだろうか。そう思いたい。
色々と根本的に間違っている気が凄くするんだけど。
「ほう、謝罪すると」
「もちろんです。申し訳ありませんでした。たとえ事務方への求人確認がこの場にそぐわないものであったとしても、それが試験の受付にみえた方に愚痴を聞かせ、かつ悪意ある言葉を投げつける理由には決してなりません」
「その通りだ。我が主が事務方の求人を確認したのはあくまでも、そちらでも募集があるならば、という意図に過ぎない。それは、事前に推薦状を添えて受験を申請してあるのだからそちら側も理解しておくべきことだ」
「推薦状……」
責任者っぽい女性は僕の対応にあたった職員をちらりと見る。
この世界、特にヒューマンは美形揃いで男性も女性も結構年齢がわかりにくい。
男はなんとなく年代ならわかるけど、女は完全に見た目では判断がつかない。
少なくとも僕は。
この女性も立場もあるようだしそれなりの年なんだろうけど……注意深く見ると顔に小じわがあることはある、そんなレベル。
肌もしっとりした感じだから……多分三十から四十くらいの人だろうか。
正直三十以上は、今の僕の経験値だとさっぱりわからない。
そんな多少失礼な事を考えながら女性の様子を窺っていたら、目が合った。
彼女の笑顔が、少し深いものに変わる。
……余計な詮索はこの辺にしとこう。
「……君はもう下がりなさい。この方の受付は私がしますから。試験の受付という場所柄、特別な便宜などは出来かねますが、せめて待ち時間なく残りの手続きを進めさせて頂きます。そちらでご容赦下さいませ」
そう言って推薦状の有無を示す書類を机上で探し、テンパっていたのがありありとわかる職員を女性が下がらせる。
直後に彼女が漏らしたほんの小さな、嘆息のような吐息が何とも色っぽかった。
手続きを早くしてくれるなんて願ってもないことだ。
別にごねて試験なしで合格させろと言っている訳じゃない。
識が言ったとおり、もし事務の求人があればそっちで、ってつもりで言っただけなんだから。
「……ふむ。まあ、そう言ってもらえるのなら、貴女に免じてこちらも矛を収めよう」
識から怒気が抜けた。
はあ、良かった。
「ありがとうございます。ではミスミ様の試験ですが……戦術全般、ですね。試験内容はどれを選ばれますか? 推薦状をお持ちになっての受験ですし、おそらくこちらの中からお選びいただくことになるかと存じますが……」
そう言って下げた頭を戻した女性が用紙を広げた。
試験には確か種類があるって言ってたな。
これか。
中身がまるで異なる試験を受ける訳じゃなく、筆記と実技の割合に違いがあるだけだ。
ちなみに女性職員が指したエリアは実技重視の試験内容。
得点の割合としては、筆記四割から筆記なしの実技のみまでのエリアになる。
ちなみに彼女が示さなかった筆記重視のエリアは、筆記のみから実技と筆記の割合が五分五分になる中間点までの試験内容だ。
筆記のみを選択する場合、計十八科目の筆記試験が三日間あるらしい。
頼まれても絶対嫌だな、そんな試験は……ってあれ、筆記のみの試験が塗り潰されてなくなってるな。
よく見るとその隣もだ。
筆記八割からの試験しかないのか。
「あら、ミスミ様は筆記重視の方がよろしかったですか? 講師としての区分が戦術全般ですので、筆記のみの試験はミスミ様の場合は受けられません。筆記重視をご希望でしたら、筆記八割、実技二割からなら受けられますが……」
なるほど、実技講師だからか。
だから筆記のみの試験は存在しませんと。
考えてみれば当然だったかも。
試験前とはいっても筆記と実技の得点バランスを受験者が選択できる特異なシステムなんだから、僕が気付かなかったのは仕方ない、と思っておこう。会場入口の掲示板で十八科目の文字を見た時に筆記のみを選ぶ気もなくなってたし。
僕の視線がそちらに向いていた事をしっかり見ていた女性からの説明に納得した。
「何か、言いたそうだな?」
まだリッチモードが抜けていない識。「ますが……」と言葉を濁したような口ぶりの女性職員に突っ込む。
別にそのくらいスルーすればいいじゃないか、識!
何かほとんど発言していないのに事態がどんどん激しい方向に進もうとしている気がしてならない。
「他意はございません。ただ、推薦状をお持ちの方々は殆ど得意な分野で勝負なさる方が多いものですから。戦術全般の場合ですと当然ながら実技がその部分に該当いたしますので……失礼」
彼女の後ろから、何かの書類が手元に差し込まれる。
口を閉じ、素早く内容に目を通しているご様子。
「まあ、ツィーゲのレンブラント商会からの推薦状でしたか。これは……つまりあの有名な〝世界の果て〟でも実績があるお方ということなのでしょうね。驚きました」
「……用件が済んだのなら手続きを進めてもらおう」
「お待たせして申し訳ありませんでした。それではどちらの試験内容になさいますか?」
「これだ」
って、おい。
なんでお前が決める。
僕が受ける試験だよね!?
「……っ! こちらですか?」
「何だ、また他意はないが指摘したいことでもあるのか?」
「……いえ。実技のみの試験をご希望ということでよろしいですね?」
「無論だ。それが最高難易度の試験で過去数例しか合格者がいないことも承知の上で、受験する」
だからお前は受けないだろって……ん?
さいこうなんど?
最高難易度!?
ちょ、ま!?
「では。ライドウ=ミスミ様。別室にてお待ちください、案内の者をすぐに連れて参ります」
「手早いな」
「失礼のお詫びということで、全ての手続きを最優先で行わせて頂きます。当然、試験も。早速本日より三日、こちらで用意した試験場にて試験を受けていただきます」
「ふむ……こちらも貴女に対しての高圧的な態度と非礼をお詫びします。ご配慮にも感謝を。ありがとうございます」
識は何だか納得したのか満足したのか、リッチモードを終了させて女性とにこやかに話している。
……。
やっぱりこれは……うん、あれ? ってやつだな。
いつの間にか僕が受ける試験が一番難しいらしいやつに決まった。
こういうのは困るんだよ。
がーん、とか思う間もなかったし。
んで、今日から三日?
三日だって?
筆記のみが三日だから実技のみも三日ってことなんだろうか。
いやいや、何日も続くような実技の試験ってなんだよ!
「……ミスミ様につきましては、合格次第、面接試験などは一切なく採用となります。ミスミ様の人品につきましてはレンブラント氏が保証しているということもありますので、面接は省略させていただきます」
[ありがとうございます。しかし、そうした便宜は問題ないのですか?]
何か、試験が一つ減ったっぽい。
面接とか緊張するから無いに越したことはないけど、あとから問題になっても嫌だから大丈夫かどうかは聞いておく。
「実技のみの試験で合格された講師の場合、その合格成果がものを言いますので、採用後に講師としての態度に著しい問題が無ければある程度の人格問題は許容されます。なので受けていただいたとしても形式上のものにすぎませんから問題はありません」
……なるほど。
凄いな、この試験に寄せられる信頼。
そして実力があればある程度問題起こしても大丈夫だよって暗に言われてるのも凄い。
その分、ドロドロした講師の実情もありそうで別の不安が生まれたよ。
[手続きを迅速に進めてもらえて助かりました。お騒がせして申し訳ありませんでした]
「……では、ご健闘を」
後ろから近付いてくる気配。
僕と話していた女性がその人物と目線を交わしたのが彼女の仕草で何となくわかる。
ああ、案内の人か。
それじゃあ、まあ、最高難易度の実技講師試験とやらに玉砕してくるとしますか。
◇◆◇◆◇
昔の浅茅が原ってのもこんな場所だったんだろうか、と思える広大な原野が目の前に広がってる。
はい。
ここ試験会場です。
というかもう、試験が始まってます。
レンブラントさんが僕を教師に推した理由は相変わらず不明だけど、ここまで来たらやるしかない。
会話を思い出す限り可能性は低いとは思いつつも、もしかしたら彼とモリスさんの手違いなんじゃないかとも思った。
でも僕がこっちにいる間、レンブラントさんには多分巴やら澪やらについてなんだかんだと迷惑をかけてしまうんじゃないかとも思っているわけで。
せめてロッツガルドの僕らだけでも彼を心安らかに過ごさせてあげたい。
――ええっと。
改めて試験内容を思い出す。
あ、試験と言えば……勝手に最高難易度を選んだ識に何してくれてんだと文句を言ったりもしたが、彼には「真様にとってはこの試験が多分一番楽ですから」とにんまりされた。
どこからかはわからないけど、あの試験受付での一件は、彼の意図通りなんだろうか。
とりあえず僕にこの試験を受けさせるのは、少なくとも識の思惑通りらしい。
で。
今、僕がいる広大なフィールド。
試験用の土地なわけだけど、さすがは異世界、いやさすがはロッツガルド?
どっちかはわからないがスケールがハンパ無い。
四方の原野。一辺何十キロあるのかねえ。
そこに僕を含めて試験を受ける人が四人だけ。
……四人だよ?
何千、何万といるだろう受験者の中でこの試験受けるのがたったの四人。
ここに飛ばされる前に初めて顔を合わせた人達だけど、エルフと獅子顔の獣人、それにヒューマン。
見た感じではベテランの冒険者風なのが亜人の二人。
ヒューマンの男の人は色白でひょろっとした、学者、いや魔術師風といったところかな。
三人の大雑把な力量は、僕が察する限りではツィーゲの冒険者ギルド中堅どころと同じくらいだろうと思う。
まあ、あそこは巴や澪の影響でトアさん達が活躍を始めてから全体のレベルがかなり上がってきている感じだからな。
そんなツィーゲを参考に考えると、おそらく他の受験者のレベルは全員150前後。
……僕は1なんだけどね。
なんだろうね、このレベルのバグも。
何に困っているかと問われると、現状特に困ってないから別にいいんだけど。
僕は推薦状と一緒に提出した書類に、ギルド所属云々については商人ギルドに所属と書いておいた。
冒険者ギルドに所属って書くとレベルも書かないと駄目みたいだったし。
レベル1って書くのはなんとなく嫌だからね。余計な詮索もされそうだし。
冒険者ギルドについては、聞かれたら答えればいい。
最初に書類を出した時に、商人と書かれていたのを見て、担当者は識を見事に二度見したそうだ。
なかなかの見物でしたと彼が教えてくれたのを覚えている。
っと、試験の内容を確認しないと。
先ほど配られた紙に視線を落とす。
この山あり谷ありのフィールドに、三種類の球状のターゲットが相当数放たれているから、それを三日以内に三個捕獲して学園に戻る。
これだけだ。
合格者は条件を満たした者全員。
禁止事項は受験者同士での戦闘行為のみで、食糧その他は自力で賄うこと。
実にシンプルだ。
早速、界を目一杯広げて周囲の状況を確認してみたら、本当にこの一帯には僕以外に三人しかいない。
しかも全員それなりに離れた場所に飛ばされていて、受験者が意図しない限り鉢合わせして戦いになることはなさそうだ。
野生なのかわざわざ放っているのか、それなりに魔物の気配もある。
それらとの戦いも視野に入れておく必要がありそうだな。
僕としては問題ない強さの魔物しかいないようだけど、他の受験者は大丈夫なんだろうか。
もっとも、試験放棄と試験終了時の帰還の為に、フィールドからの脱出用アイテムを支給されているから最悪の事態にはおそらくならない。
試験を諦めて帰還する為のベルの形をした道具と、試験を終了して帰還する為の小さな羽の形をした金属製の道具。
どちらも用途、効果は同じアイテムだろうに、わざわざ分けて支給するあたりに意地悪さというか嫌らしさを感じないでもない。
ターゲットである三種類の球についても、その特性を試験前に教わっている。
まず共通する特徴が、高速で移動する。
サンプルを見せてもらったけど、確かに結構速い。
手で包んでしまえる程度の大きさということもあって余計に速く見えた。
次に、どれも浮遊していて細かく振動している。
ゼロから一気に加速して、慣性なにそれおいしいの? 的な動き方をする。
生き物だとハチドリに似ていると言えなくもない。
まあ、一番最初に頭に浮かんだのは有名な魔法学校で人気のあるスポーツに出てくるス○ッチだね。
捕まえるのは簡単じゃなさそう。
ただ、パターンがありそうな印象を受けた。
よく観察してみれば、動きには何らかの規則性というか法則のようなものがあるかもしれない。
で、その三種類の球にそれぞれ有効な攻撃を加えることで球体にダメージが蓄積。それが一定以上になると動きが停止して捕獲可能になる、と。
魔術をぶつけると破裂してしまう赤い球。
受験者がある程度接近すると破裂してしまう青い球。
物理的な衝撃を受けると破裂してしまう黄色い球。
どれもその有効打以外の攻撃には頑丈な防御力を誇る、らしい。
当然のことながら、破裂した球は数に入れることができない。
安易に僕が思いついた方法としては黄は魔術で撃ち落とす、青は遠くから弓で射る、赤は近付いて殴る、って感じ。
魔術、遠距離物理、近距離物理といったところだろうか。
どれも活動停止までダメージを与えればただの球体になり、手で掴んでも問題ないらしい。保管方法にも特に決まりはないとのこと。
あれだよね。
こんな何もない原野で野宿するとか荒野を思い出して切ないし、一日で終わらせるのがベストだよね。
確かに識の言葉通り、僕にとってはこれで筆記なし面接なしなら拍子抜けするくらい簡単な試験だ。
そう思った僕は、とっとと試験を終わらせるために三つの球探しを始めた。
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