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1、眠らない子供たち

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今どき見かけないくらい分厚いカセットウォークマン。いや、カセットウォークマン自体最近見かけないだろう。
  深夜1時28分。帆波零児ほなみれいじは真っ暗な自室のベッドの上に寝転がりながらそれを手に取った。
  カセットテープを聴くのではない、ラジオを聴くためだ。
  小さい頃に父親から貰った、その小さく重厚過ぎる音楽プレイヤーを零児がいまだに使っているのは、ラジオ機能が付いているからに他ならない。
  夏用のタオルケットを体に掛け、暗闇の中でラジオのスイッチを入れると、AMラジオ特有の雑音混じりの放送が聴こえてくる。

  ダイヤルを爪の先でゆっくり回して周波数を微調整する。
  今期その放送局で流れている番組のCMが何本か流れたあと、アイドル声優 智坂七海による番組『聖ラッヴィーナ学院放送部』が始まった。


  聖ラッヴィーナ学院放送部
  パーソナリティ 智坂七海 ゲスト 文屋真希
  第12回放送分 今週の録画予約宣言~オープニングトークより抜粋

  智坂「今週の、録画予約宣言ー。」


  聖ラッヴィーナ学院放送部、番組冒頭の名物コーナー、今週の録画予約宣言。
  リスナーが放送を生で聴くため、裏でやっている見たいテレビ番組をわざわざ録画予約してきましたと宣言するコーナーだ。
  テレビ番組名は当然架空のもの。いわゆるネタコーナーだった。


  智坂「『今週もラッヴィーナを生で聴くため、私は見たかった《特別許可を得てタオル着用のもと撮影させていただいた温泉宿100選》を録画予約してきました』それではまいりましょうっ、聖ラッヴィーナ学院放」


  「よし」

  零児は小さくつぶやき、ラジオのスイッチを切った。
  タイトルコールすら最後まで聴いていないがこれでいい。
  今週はこのコーナーにしかメールを送っていない。
  そしてそのメールが採用された。あとは聴かなくていいだろう。
  ベッドの上で寝返りを打つと、零児の身体とクリーム色のタオルケットから、ふわりと女の子の匂いがした。

  零児は女の子だ。まだ15歳の、高校一年生。
  明かりを消した部屋の中で、アーモンド型の大きな瞳が天井を見つめている。
  艶のある黒髪は少し前まで中学生だったこともあり、脱色もカラーもされていない。
  ラジオに送るメールにはラジオネームだけで、住所と本名は書かない。
  女だとばれたくなかったから。
  純粋なネタコーナーで、女だからと贔屓されるのはまっぴらごめんだと零児は思っていた。
  女子高生が重度のラジオネタ職人だとバレるのもイヤだった。

  -こんな名前じゃ女だってバレそうもないけど。

  喉の奥で薄く笑い、いつしか零児は眠りについた。



 「ああやばい、始まってんじゃん」

  深夜1時31分。片瀬響季かたせひびきは自室でMDコンポの電源を入れる。
  イマドキの女子高生にしてはやや不釣り合いな、前時代の化石となりつつあるオーディオ機器だが、響季がいまだに捨てられないのはラジオ機能が付いているからに他ならない。
  ラジオのチューナーボタンを押すと、すでに始まっていた聖ラッヴィーナ学院放送部が流れてくるが、テレビと繋いでいる据え置きゲーム機のせいで電波障害が起こり、雑音が入る。

  「うわっ!ああー…、まあいいか」

  思わずゲーム機の電源を切ろうかと思ったが、まだセーブをしていなかった。
  切りのいいところへ行くまで、セーブポイントに辿りつくまでボリュームを絞り、結局響季は雑音混じりのまま放送を聴くことにした。
  周波数はいじらない。ほぼその局しか聴かないからだ。


  智坂「えー、あと今週の録画予約宣言なんですがー、住所と名前なかったんでノベルティ送れませんよー。聴いてたらメールくださーい。聴いてると思うんですけど。えっ、みんなこれ口だけじゃないよね(笑)みんな生で聴いてるよね。口だけ宣言じゃないよね?(笑)」
  作家「(笑)」


  「あーあ、うっかりさん」

  響季はコントローラーを握り直しながら、住所と名前を書き忘れたリスナーをへははっと笑う。
  中ボスを倒しにいくにはまだレベルが足りない。
  赤いアンダーリムの眼鏡を外し、響季は疲れた目をほぐすように目頭を揉む。
  ややピンクがかった茶髪をうっとおしそうに両手でかきあげると、前髪を後頭部辺りまで持ってきてヘアゴムで結ぶ。

  RPGのレベル上げ作業をするのに、アイドル声優の深夜ラジオ番組はもってこいだった。
  声のプロだけあって耳障りのいい声。深夜ラジオ特有の下ネタがなく、かといってアイドルラジオのように内容のないガールズトークではなく、それなりに歳を重ねた話術で番組が展開されていく。
  ネタコーナーは充実していて、芸人ラジオにも負けないほどだった。
  テレビの中がホームのタレントとは違い、声優はラジオという枠組みで、声だけで踏ん張る。
  タレントの多くが、ラジオなどという動きが見えないメディアでは力を抜いた《普段とは違うくだけた俺》を声だけで聴かせ、魅せる。

  しかし声優のほとんどがラジオではことさら声を張り、ホームであるアフレコ現場と同等なぐらい全力で挑んでいた。
  ラジオなのに、まったく現場が想像できないほど身体を張った企画にも挑戦する。
  それはアイドル声優だろうがイケメン声優だろうが、ベテラン声優だろうが新人声優だろうが、女性声優だろうが男性声優だろうが、アニメ会社の宣伝マンだろうが声優のマネージャーだろうが関係なかった。

  どこかの誰かと共有するメディア。
  時には無茶で、けれどテレビのバラエティほど暴力的ではない。
  いい大人が音声だけのメディアで本気で頑張る。
  それが響季は妙に楽しかった。
  アニメはロクに見ないが、こんなアナログ文化の第一線で展開される声優ラジオが、響季は好きだった。

  時代の最先端を行く人達は、おそらくラジオなんか聴いちゃいない。
  声優のラジオなんかもっと聴いちゃいない。
  そこをあえて逆行し、こんなに愉快なものを隠れて楽しむのが響季は好きだった。


  智坂「えーと、ここでメールが来てるんで一通。『先日、CDショップに置いてあるフリーペーパーをたまたま見たら、ななみんさんのインタビューが載ってました。写真がなんかすごいよそゆきフェイスで面白かったです。姐さん言うといてくださいよー』という。あー、これね。言い忘れてたんですけど、一部の店舗さんでしか扱ってないフリーペーパーなんで、あのー、見かけたら読んでみてください。なんかゲストさんが笑ってるんですけど(笑)あっ、今の方ラジオネーム、」


  「おお、やった」

  放送を聴いていた響季がコントローラーを放り出し、机の上からポストイットを取る。
  そこに放送日と番組名、読まれたコーナー名《番組冒頭のふつおた》を書いて剥がすと、部屋の隅にある革張りトランクに張り付けた。
  小学生の時にゴミ捨て場で見つけ、特に使い道も決めずに拾ったものだ。
  それが今では声優ラジオ番組で貰ったノベルティグッズがごっそり入っている。
  番組特製ステッカー、番組特製ケータイストラップ、番組特製クリアフォルダ、リスナー会員証、番組特製缶バッジ、番組特製トレカ、番組特製マウスパッド、番組特製ロゴ入りタオル。
  それらが入ったラジオ局のロゴ入り封筒が、トランクの中で何層にも折り重なっていた。

  ラジオ番組は、送ったメールが採用されるとノベルティグッズという番組オリジナルグッズが貰えることがある。
  響季はそのノベルティグッズを集めるのが好きだった。
  同じ番組で自分のメールが何度も読まれて同じノベルティグッズをいくつも貰い、封を開けてないものもある。

  「これは、そろそろかな」

  トランクに張り付けたポストイットには、3ヶ月以上経っても届いてないノベルティがあった。
  ノベルティグッズが届かない場合に番組宛てに届いてませんメールをするのは、メールが採用されてから3カ月というのが大体の決まりになっていた。 

  「でもラジオ局移転すると一気に届いたりするしなぁ」

  以前とあるラジオ局が移転する時に、その局のラジオ番組でずっと届いていないノベルティグッズが一気に届いたことがあった。
  やってなかっためんどくさい仕事を一気に片付けたとばかりに。
  この番組の局も近々移転すると聞いた。また同じようなことがあるかもしれない。
  しかし番組が終わってしまうと責任者がわからなくなり、局内の問い合わせセンターからたらい回しにされることもある。
  もう七月が近い。果たしてノベルティが届いていないこの番組は一年に四回もある改編期を無事乗り越えられるのか。

  「アニメの番宣ラジオだからもう7月とかで終わるのかな。採用されてからは一回も聴いてないからわっかんないなあー。どうしたもんですかなあ」

  ベッドに座り、響季は放り投げたコントローラーを握り直す。
  別にノベルティが是が非でも貰いたい訳でもない。しかし届かないとなると、ふざけるな、何があなたのお便りだけが頼りだ、とも思う。
  リスナーがそれなりに時間と頭を使って考えたネタの対価すら払えないとは。

  「ラジオって文化が衰退するわけだね」

  深夜の自室で、RPGのレベル上げを作業的にこなしながら響季が呟く。
  果たしてラッヴィーナのノベルティ、番組特製ステッカーとやらはすぐ届くのか。一体どんなものなのか。実際手にすればそれほど大した物ではなくて、しかし貰えなければ歯噛みする。

  ラジオのノベルティグッズとは、そういうものだった。
  
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