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2、ルームってどんなところ?行ったことないんですけど。

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 「そういう訳だから片瀬さん、夏休みの間はこっちに行ってね」
  「えー?超めんどくさーいですぅー」
  「えー?でも行くんでしょー?」
  「…そりゃどうせ暇だから行きますけど」

  響季は呼び出された保健室で、養護の忍足先生から夏休み中の献結方法について説明を受けていた。
  なんのことはない。夏休み中は学校の保健室にある献結機器が使えないので、駅前の献結ルームを使って欲しいとのことだった。

  「それにルームだとご褒美がいいらしいわよ」
  「それは大変興味ありますが」

  響季が渡されたプリントを手に言う。
  プリントにはルームの場所と、食事は必ず摂るように、体調が悪い時に行くな等のことが書かれていたが、響季には今更な内容だった。 

  響季が『TB生成者の資格あり』と言われたのは、中学1年の健康診断の時だ。
  TBが何の略称なのか、響季は何度聞いても覚えられない。
  長ったらしい医療英単語の頭文字だと説明されたのだが。
  一般的にはティーンズ・ブラッドの略称と言われ、十代の血液中でしか生成されない特殊な成分のことだった。

  この成分が多い十代は血気盛んな若者になるが、同時に思春期特有の、厨二病的な病を発症する可能性が高いと言われていた。
  それをこじらせると十代を終えても、二十歳を超えてもモラトリアムな人間になるという。
  特に男子よりも精神年齢が高い女子は、小四~中一の間に発症する率が高い。
  妹を時代遅れな不良少女にも、厨ニ病にもさせたくないと思った響季の姉の命令により、響季は中一から保健室での定期的な献結をさせられている。

  TB成分を抽出することは献結と呼ばれ、学校の保健室や街中にある献結ルームなどで行われていた。
  抽出されたTB成分は、主に五月病社会人や中年男性向けの滋養強壮剤などに使われている。
  献結という言葉はこれから社会を支えていく若者と、今、社会を支えている層の結び付き、繋がりを意味していた。

  だが響季自身、そんな世代を超えた繋がりなど興味はなかった。それでも昼休みや放課後などに保健室に立ち寄っては献結をしていた。
  理由は、紙パックジュースかお茶、ビスケット、クッキーがタダで貰えるからだ。
  それらは献結の報酬であり、同時に体力を回復させるアイテムでもあったが、単純にお得大好きな元女子中学生、現女子高生はそれに強く惹かれていた。そしてルームでの報酬は更に良いという。惹かれないはずがない。

  「で、今日はどうするの?抜いてく?」

  夏休み中の特別な連絡事項が済むと、忍足先生は献結をしていくか聞いてきた。拒む理由もないので響季は承諾する。
  体調や食事の有無など問診票に記入したあと、血圧を測り、血液検査をし、小さな冷たい缶のお茶を飲んで心と血液を落ち着かせる。
  その後響季は勝手知ったるといった風に保健室にあるリクライニングシートに横になると、忍足先生もいつものように響季の腕に針を刺す。

  「うわあ、先生上手ー」
  「誉めてもジュースとビスケットしか出さないわよ」
  「いえいえ、十分です」

  ふにゃりとした表情でそう言い、響季が目を閉じる。
  献結は頭がふわりとするのが気持ちよかった。すっきりとして脳がクリアになる。
  それは雑音混じりのAMラジオが、ノイズなしのネットラジオになるようなものだった。



  「えーと、だからね帆波さん。夏休み中はこっちで献結してほしいの」

  零児は呼び出された保健室で、養護の中里先生からほんわりとした口調で夏休み中の献結方法について説明を受けていた。
  手には渡された献結ルームまでの地図と、簡単な諸注意が書かれたプリント。

  「別に行きませんけど」
  「ええっ!?行った方がいいよ。ただでさえ献結する子減ってるのに」

  行け行けと勧めてくる養護教諭に、零児が、はあ、とため息をついて言う。

  「あの、私聞いたんですけど 」
  「な、なにを?」
  「問診票のやつ。《貴方は今、恋人がいますか》で、一度でもいますの方にチェックを入れると献結が出来る率が下がるって。あるいはチェックを入れた回数で出来なくなるって」
  「それは…」

  言われた中里先生が口ごもる。
  それはただの噂だった。取るに足らないその話を、零児が初めて聞いたのは中学ニ年の時だ。
  献結前には生成者の健康状態などを知るため、問診票を記入するが、その中に《貴方は今、恋人がいますか? はい/いいえ》という謎の質問項目がある。

  ルームに通っている三年生の先輩がバカ正直にいますの欄にチェックを入れたら、たびたび献結が出来なくなったと言う。
  試しに同じ生成者である零児の友人もチェックを入れると、『貴女の血液はすべてが正常値になっているからもう献結をしなくていい』という通知が来たらしい。
  先輩は彼氏とのデートが楽しくて献結自体行かなくなり、友達は面倒なことから解放されたと喜んでいた。

  だがネットで調べると同じようなことが全国各地で起こっていた。
  結論として、【女子は恋をすると献結はしなくてよくなる説】が挙げられていた。
  それは少女が大人の階段を昇ることで色んな部分が落ち着き、思春期に終わりを告げるからだと言う。
  胸がときめき、心拍数は上がり、目は潤み、ダイエットをし、ため息と深呼吸を繰り返し、生活とお肌に張りが出る。
  恋とは人類において、十代女子にとっては血の質が変わってしまうほどの神秘体験だ。それを経れば子供時代など終わりを告げる。

  と、いうのがネットでの見解だった。
  しかし追求された中里先生の視線があからさまに泳ぐ。

  「とっ、都市伝説だよ」
  「でもその都市伝説が原因で献結が減ってるのも事実ですよね」

  零児が表情の読みづらい、まっすぐなアーモンドアイで中里先生を見つめる。

  「ええと…。あの、」

  答えに詰まった中里先生は今にも泣きだしそうだ。零児の胸がキリと少し痛む。

  「じゃあ、夏休み中に私に恋人が出来たら献結出来る率は下がりますか?」
  「それは…、好きな人とか、いるの?」
  「いませんけど。15歳の女子高生ならこっちから言いよれば誰でも付き合ってくれるんじゃないんですか」

  貰ったプリントを畳みながら、零児は他人事のようにそう言った。
  決して不美人ではない零児だが、どこか人を突き放したような態度を取るこの子は恋になど向いてないのではないかと若い養護教諭は思っていた。

  その後、零児はいつものように献結をした。
  体力回復アイテムとしてハードタイプのビスケットを貰ったが、夏を前に齧るビスケットは喉がひどくカサついた。 



  臣場史織のちゃぶ台アフタぬーんティー
 パーソナリティ 臣場史織
  第64回ネット配信分 普通のお便りのコーナーより抜粋

  臣場「『ラジオネーム 空中庭園祭りくん。私は献結をよくするのですが、先日、献結ルームに行き、献結後の体力回復アイテムであるアイスを食べていたら、同い年くらいの女の子がみんな抹茶アイスを食べていました。みんな無心で、休憩ルームにあるテレビでお昼のワイドショーを見ていて吹き出しそうになりました。ああやって女の子は暇な主婦になるのかなあと思いました。ちなみに私は女子で一人だけチョコバナナモナカでした。』
おー、空中庭園祭りくん女の子ちゃんか。ありがとう。へえー。アイス、アイスねえ…。一時期箱アイスで食べてたんだけど。ん?…そうそう。6個入り200円みたいの。あまりにも食べるから氷食症じゃないかって言われて。氷食べる病気。知らない?女の子に多いらしいけど。たぶんあれじゃない?アイスで体温下げるんじゃない?女の子って体温高いからさ。でも良くないからってアイスやめて冷たい和菓子とか食べてた(笑)葛きりとかわらび餅とか。……えっ?なに?好きなアイス?あー、おっぱいアイス(笑)」
  作家「(笑)」
  臣場「好きでしょ、みんなも(笑)」
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