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20、好きな人からおハガキ着いた

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 手紙を読み終え、献結を済ませ、水分も摂り、十分に休憩も取った後。零児は近くの雑貨屋でペンとレターセットを買った。
  それからコーヒーショップへと向かう。
  ケータイで書きたいことを一度下書きし、それを便箋に綴る。
  零児が響季に手紙を書いたのは、ほんの気まぐれだった。
  急に手書きの文章が書きたかった。ただそれだけだ。
  年賀状という文化もめっきり廃れ、手書きといえばノートを取るぐらいしか無い。

  ラジオに送るのもメールだけだ。
  たまにハガキで送るリスナーもいるようだが、1枚50円の伝達ツールは学生にとって、女の子にとっては意外と割高だ。
  アドレスから呼び出してすぐに送れるメールとは違い、綺麗な字でわざわざ宛先を書いて、綺麗な字で本文を書いて、失敗したら修正して、ポストに投函。
  たかだか遊びや趣味にそこまで頑張る気はしない。
  単に誰かに宛てた手紙を書きたかった。
  本当にそれだけなんだからねっ!
  手紙の中でもそのことを伝え、当たり障りのないことを綴る。
  ルームの職員さん達のこと。
  キリン柄って哲学的だなと思ったこと。
  ママレードジャムは、チョコなど甘いものと合わさった時にその甘酸っぱさが本領発揮されること。指文字は平仮名50音で覚えるより、アルファベットで覚えた方が使い勝手がいいこと。
  ネット通販は頼むまでが楽しくて、頼んでから時間指定で届くまではやきもきして楽しくないこと。
  日本の四季はめんどくさくて、15年住んでもまだ身体が慣れないこと。

  ラジオのネタ職人という面には触れない、自分とあまり関わり合いのない、客観的視点な話題を書いた。
  それは自分の、パーソナルな部分は教えませんよ、という意思表示でもあった。
  手紙を書き終えると、封筒の宛名に響季の名を書き、裏に自分の名前を記す。
  何か一つ面白いことでも書き加えようと思ったが、特に思いつかないのでやめておく。
  そして便箋を封筒に入れ、再度ルームへと向かった。


  「あれ?忘れ物?」

  再び訪れた零児に受付職員さんが対応すると、

  「これを」

  零児が手にもった封筒を見せる。

  「渡してもらえますか?今度来た時にでも」

  封筒と宛名を見て、職員さんはハッと目を見開き、うんうんと笑顔で何度も頷く。

  「絶対渡すねっ!」

  零児は軽く頭を下げ、ルームを後にした。
  ドアが閉まると同時に職員さんはルームのパソコンで響季に《緊急!!!》というタイトルでメールを打ち、手紙を預かったことを伝えた。
  20分後には響季が到着し、手紙を受け取る。
  すでにルームを閉める時間だったが、響季は休憩スペースのソファに座り、手紙を読ませてもらった。
  ユーモアとブラックジョークを交え、ウィットに富んだ、クールでクレバーな手紙。
  書評で読んだそれと似ている。しかし格段に文章力はあがっている。
  寄り道をしつつ、伏線を張り、別の話題のふとした瞬間に伏線を回収する。
  女の子で、自虐的で、落語的で、大人で、子供な手紙。
  ニヤニヤ、クスクス、ケラケラ笑う響季に、職員さんと看護師さんが微笑ましい視線を向けていた。

  「ああ、もうっ、友達になりたいなあっ」

  読み終えた手紙を抱きしめ、響季が叫ぶ。
  それは恋い焦がれる相手を思う気持ちにとてもよく似ていた。
  しかし、零児は違っていた。

  
  二週間後。零児はまた献結ルームで手紙を受け取り、休憩スペースで読む。
  そして自分も手紙を書いた。
  コーヒーショップで書いた手紙を献結ルームの受付職員さんに渡すと、職員さんから響季宛てにメールが送られた。
  14分後にはメールをもらった響季がそれを受け取る。
  しかし今回は、便箋が一枚だけ。
  そこにはラジオ番組の番組名らしきものと、第47回更新分と書かれてあった。
  更新分、ということはネットラジオだろうか。

  「何もない」

  封筒の中を覗いてもそれだけ。その一枚だけ、その情報だけ。
  それを聴けということだけはわかった。

  「すいません、パソコン貸ります」

  職員さんに言って、響季は休憩スペースにあったパソコンを借りる。
  書かれていた番組名を検索すると、すぐに番組サイトがヒットした。
  パーソナリティの男性声優は、声優ラジオを聴いていればかろうじて見たことがある名前だが、紹介画像が小洒落たパーマをかけたバリスタ風という、トップページからしてなんだかオシャレな雰囲気漂う番組だった。
  最新更新分と書かれた第47回をクリックする。
  再生時間は一時間近くあった。
  一つ息をつくと、響季は持っていた携帯音楽プレーヤーからイヤホンを抜き、パソコンにジャックを指す。
  再生ボタンを押すと、無版権らしいジャジーな音楽が流れてきた。
  響季は慎重に、細かくシークバーを動かし、どこにあるのかわからないメールコーナーを探した。

  

  カフェ・アンモナイト
 パーソナリティ 瀬能 マサフミ  藩田 蛍子(二代目アシスタント)
 第47回配信分(隔週金曜日配信)
 《メールが来ればやる、不定期恋愛相談コーナー》より抜粋

  藩田「ラジオネーム 蜂蜜ラテ飲めない。さんから
『最近友達と交換日記のようなものを始めました。日記というか手紙でやりとりをしています』」
  瀬能「ほう」
  藩田「『私が使っているのは罫線がない真っ白な便箋で、罫線がないと字がまっすぐ書けない私は字を綺麗に書く練習がてら、その友達と交換日記、というか文通?を始めました。で、私はその友達のことを好きになっていました。友達は男の子なのですが、仮に眼鏡くん、彼は私のことをおそらく友達としか見ていません。そもそも恋愛というもの自体に興味がないようで、私のことは気の合う女友達と見ているようです』」
  瀬能「うん」
  藩田「『私は彼が好きです。ミスターマサフミ、私はどうしたらいいでしょうか』」
  瀬能「これは…、えーとこの方いくつなんだろう、学生?」
  藩田「えー…、ちょっと、書いて、ませんねぇ」
  瀬能「彼はでも、気付いてないのかな、この子の気持ち。ハニーミルクラテちゃん」
  藩田「蜂蜜ラテちゃん(笑)」
  瀬能「ああ(笑)ミルク余計?(笑)」
  藩田「ミルク抜きで(笑)」
  瀬能「ミルク抜きで(笑)わかりました(笑)じゃあもう結婚しちゃえば?結婚すればいいんじゃないかな。
  藩田「軽い(笑)」
  瀬能「いや、でもこっちから結婚申し込んじゃえばいいじゃない。彼はこの子と仲はいいんでしょ?ライクでしょ?もう早めに予約しちゃえば」
  藩田「でもラブではないと」
  瀬能「でも夫婦って最終的には友達みたいになるじゃん。恋愛には興味がなくても結婚とか夫婦ってなると別だし。だから、まあ今すぐじゃなくてもいいですよ。相手が、向こうが何年か後に、一緒になる相手がいなくて、お互い寂しい老後は送りたくないねえ、じゃあって」
  藩田「じゃあ一緒にいる?みたいな。ああー…」
  瀬能「何?ダメ?(笑)」


  その後はお互いの結婚観のような話になり、それ以上メールの内容には触れなかった。
  これは、このメールは零児が送ったものなのだろうか、と響季が考える。

  ラジオネーム 蜂蜜ラテ飲めないさん。

  渡された手紙の内容に、これを近くのコーヒーショップで書いているという文はあった。
  その店は響季も利用したことはあるが、確かに蜂蜜ラテはメニューに存在する。
  何かヒントがあるのではないかと、響季はもう一度封筒と便箋を見る。
  特に何もない。シンプルなレターセットだった。
  自分のようにガチャガチャとしたデザインのものは選ばない。
  薄いミルク色の便箋には、番組名と放送回が書いてあるだけ。
  デザインも、四隅に小さく蜂の絵が描いてあるだけで―。

  「はい、ヒントいただきました。ありがとうございます」

  しかしこれが零児がずっと使っていたラジオネームではないだろう。
  そして読まれたメールの内容は、性別などは誤魔化しているが、眼鏡くんは響季であろう。

  「仮にって言ったのに、一回しか眼鏡くんって使わなかったな。メール長過ぎてカットされた?」

  響季はもう一度シークバーを戻し、メールの内容を聴きとる。
  お互いの人物像はぼやかしているが、ギリギリで自然に聴こえる、無理のない形に関係性をまとめた。これは何を意味しているのか。
  誰も聴いてないようなひっそりと、けれど確実に配信されているネットラジオに、自分たちのことらしきメールを送っている。
  そしてそのコーナーは恋愛相談のコーナーだ。つまり零児は、

  「…あたしのことが好き?」

  響季の背中にひやりと冷たいものが落ちる。
  近づいたと思った。向こうは心を許しつつあると思った。
  しかしこんなメールを送って晒しものにしている。
  聴ける時間、地域が限定される深夜のAM声優ラジオではない。
  全世界でいつでも聴ける、でも誰が聴いているかもわからないマイナーなネットラジオで。

  「違うな…。地上波だと競争率が高くなるしあたしが聴けない場合がある。でもこれだと採用率が高いから、だからこっちにした?」

  イヤホンを耳に差したまま、響季はパソコンのディスプレイの前で考える。晒しものにするならどちらがより確実か。
  いやそんなことより。
  零児は自分を突き放しにかかっているのか、それとも本当に、本当に自分のことが好きなのか。
  響季には零児の真意が見えない。

  「どうしたん?パソコン壊した?」

  パソコンを前にフリーズしている響季を見て、赤峰さんが声をかけてきた。

  「いや、別に。大丈夫です」

  イヤホンを外し、響季が曖昧な笑みを浮かべると、

  「ねえ、二人ってさあ、メルアドとか交換してないの?れいじちゃんとひびきちゃん」

  二人が話しているところに、看護師さんが話しかけてくる。零児と響季のことはすでにルーム内の全職員さん、全看護師さんが知っていた。

  「バカねぇ。手紙で愛を育むのがいいんじゃん」

  無粋だなあ、おぬしと職員さんが看護師さんを肘で突っつくが、

  「でも手紙だとレスポンス遅くない?」

  看護師さんの言葉に響季が確かに、と心の中で頷く。今回ばかりは今すぐレスポンスが欲しい。
  あのメールはどういう意味?という、こちらの疑問に対するレスポンスが。

  「あの、住所とかって教えてもらえませんかね。零ちゃんの」
  「家押し掛けんの?」
  「そうじゃなくて。ハガキを書こうかと」
  「ハガキ?」
  「絵ハガキとか。旅行の」

  
  その日の夜、響季は旅に出た。
  一晩かけて原付で行けるところまで行き、明け方ファミレスに入る。
  そこで家から持ってきた外国の絵ハガキにメッセージを書いて投函した。宛先はルームで教えてもらった零児宅。

  ハガキは1日で着いた。


  《今あてのない旅に出ています。でも帰ります。
  日本のご飯が恋しいから》

  零児が文面と絵柄と、もう一度文面と消印と絵柄を見る。
  ハガキの絵柄は海外の港町だったが、消印は昨日、隣の県でだった。ハガキの最後に、

  《ネットラジオ聴きました》

  とあり、響季のメールアドレスが書かれていた。
  どこから住所を知り得たのか。
  どうせまたルームの職員さんに聞き、職員さんが勝手に教えたのだろうが。
  零児はハガキを見返し、とりあえず響季のメールアドレスをケータイに登録する。
  100件近くあるケータイのアドレス帳は、家族や知り合い、友達よりもラジオ番組のメールアドレスの登録件数の方が圧倒的に多い。
  そこに響季のアドレスが登録された。

  何とメールを送ろうか零児は考える。
  特に何もない。伝えるべきことも、言うべきことも。
  だから、困らせてやろうと思った。


  「メールだ 」

  一晩のあてのない旅から帰ってきた響季は、ベッドでゴロゴロしながら身体を休めていた。いつに間にか、一日徹夜をすると二日はまともに動けない身体になっていた。
  お土産はファミレスのレジ前で買ったミニカー。
  よく出来たそれをじっくり、色んな角度から眺めていると、ケータイ宛てにメールが届いた。
  知らないアドレスからのメール。
  件名には、

  『零児です。絵ハガキ届きました。長旅お疲れ様』

  とあり、本文には一言、

  『あなたがすき』

  と書かれていた。


  響季は、返信が出来なかった。
  
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