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その声がいつも魂の叫びでありますように
1、残量が不足しています
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「れいー」
「はぁーいっ」
「月曜から金曜まで録画予約するのってどうやるのー?」
夜11時。両親の寝室から聞こえてきたその言葉に、お風呂からあがったばかりの零児はうんざり顔になる。以前教えたはずなのにと。
「前にも教えたじゃん」
まだ黒髪をしっとりさせたまま、声にもうんざりを出しながら部屋に入ると、声をかけてきた母親は寝間着姿でテレビの前に座りこんでいた。
両親の寝室にあるHDDレコーダーは元々リビングにあったものだが、新しいものに買い換える際、今の場所に配置換えされた。 しかし零児の母親はその使い方をいまだにきちんと覚えていない。
「何録るの?」
「このドラマ」
母親が手にした新聞のテレビ欄を指す。深夜放送の一時間海外ドラマだが、零児がレコーダーの週間番組表で確認すると、確かに月~金放送のようだ。
特に難しいこともなく、零児がリモコンで録画予約の操作をしてやる。
そこまでやってあげてから、毎回こうして代わりにやってあげてるから覚えないのかと零児は気付いたが、
「わあ、ありがと。助かるぅー」
母親は小さい娘みたいに喜び、さっさと部屋を出て行ってしまった。これではどちらが親だかわからない。
ついでに録画残量も見ると、
「もういっぱいじゃん」
残量はほとんど無い。一時間ドラマを週五で録画するには全然足りなかった。
仕方ない、少し消すかと零児が録画した番組を遡っていくと、
「うわ、古っ」
懐かしい番組がいくつもあった。
なんで保存してあるかわからない番組も、くだらないバラエティ番組も。
ゲスト目当てで録画した番組や見てない歌番組は、該当シーンを見てバシバシと消していく。
一応家族共用の録画機なので、自分が録画した番組だけを消していく。クールなアーモンドアイは忙しなく動き、一切の迷いがない。
お風呂から出た身体は段々と冷えてきたが、無駄な過去を断ち切るように作業をこなしていく。
そうやって去年、一昨年、更にその前と遡ると、
「……これはなんだ」
記憶にない教育番組が録画されていた。
子供向けの教育番組。
家族の誰かが録ったのか、それとも間違えて録ったのか。色々考えながら見てみると、
「あ、そうか。私か」
録画したのは零児本人だった。
若手女性声優がまだ無名時代に顔出しで歌のおねえさんをやっていた頃のものだ。
パペットのもぐ蔵役は、誰もが声を聞いたことのある大御所男性声優で、若手がやりあうにはヒリヒリするようなキャリアの差だが、そういった関係性を透かせて見ると面白かった。
なんだか後々お宝映像になりそうだからと録画したのだった。
テケテケたんけんたいっ!
第53回放送分台本
しおりおねえさん(臣場史織)
もぐ蔵(声 稲隈雁治)
もぐ蔵「筆箱、連絡帳、あとぞうきん…。はあ…」
(憂鬱そうにため息をつくもぐ蔵。しおりおねえさん、上手から登場)
しおり「あれえ?どうしたの?もぐ蔵。ため息なんかついちゃってぇ」
もぐ蔵「あ、しおりおねえさん…。じつは……、あしたは始業式なのら…」
しおり「うんっ!楽しみだねぇ。いーっぱいお友達出来るといいねっ!」
もぐ蔵「ダメなのら…。ぼく、ひとみしりだからおともだち出来ないのら…」
しおり「そぉーんなことないって!最初が肝心なんだから、しょんぼりしてちゃダメダメ!そんなんじゃますますお友達なんて出来ないよっ?元気元気っ!」
もぐ蔵「げん、き…」
しおり「そうそうっ!げんきげんきっ!」
もぐ蔵「ぼく、なんだかげんきが出てきたのら!おともだちいっぱい作るのら!」
しおり「そうそうっ!その調子!」
「うわあ」
放送内容を見て零児が顔を顰める。演者の演技にではなく、台本に。
視聴推奨年齢に該当する児童ではなく、ずっと家にいる登校拒否児が見たらどんな気持ちになるだろうという会話。
会話の中に出てくる、肝心な最初を逃したばかりに登校拒否になった子のことを考え、
「あーあ。やだやだ」
万年床のような湿っぽい想像を振り払うように、零児はリモコンで早送りすると、スタジオが切り変わり、おねえさんが広い空間に立っていた。
これはと思い、零児が早送りを止めると、
しおりおねえさん「バールのようなもの体操~、はっじまっるよぉ~。テレビの前のお友達も、一緒に踊ってねっ!」
♪バールのようなもの体操
《フッフー!》
♪バールのようなもの体操
《フッワ!フッワ!》
♪そんなものは
《モノハー》
♪ポイしなさい
《ホッワ!ホッワ!ホッワ!》
♪バールのようなもの体操
《フッフー!》
♪バールのようなもの体操
《フッワ!フッワ!》
♪そんなものより
《モノヨリ》
♪口に、歌を、
《口に》《歌を》
♪心に、愛を
《心に》《愛を》
♪みんなと踊ろうよ
《フーッ!》
バールのようなもの体操 教員指導用振り付け資料
♪/歌詞
「」/振り付けガイド用掛け声
()/振り付け解説
「みんなーっ、いくよー?せーのっ!」
(子供たちをその場に集めるように、大きな声で元気よく)
「うでをあげてー、バールさんのポーズ」
♪バールのようなもの体操
(※♪ばーるのような、で手首を直角に曲げた腕を左、右と頭の上に上げ、♪もーのたいそう、で膝を曲げ、膝頭をパカパカ開いたり閉じたりする)
♪バールのようなもの体操
(※♪ばーるのような、で腕を上げたまま右へ、♪もーのたいそう、で左へスリラー移動)
「はい、ぞうさんのおはなー」
♪そんなものはポイしなさい
(♪そぉーんーなぁーもーのはー、で象の鼻ように右腕を大きく右、左、右、左と体の前で振って空中に二回バツを描き、♪ポぉーイーしなっさぁーいで両腕でバツを作る。この時右腰に体重を乗せるように)
♪バールのようなもの体操
♪バールのようなもの体操
(※の動作を繰り返す)
♪そんなものより
(そぉーんーなぁー、で顔の前の空間を右人差し指で4回チョン、チョン、チョン、チョンと突く。この時おしりは後ろに突き出すように。♪ものよりー、で左手を腰に。この時も右腰に体重を乗せるように)
♪ 口に「くちに」
(小指だけ立てた右手を口元に持ってくる)
♪歌を「うたを」
(紅を引くように下唇に小指を滑らせる)
♪心に「こころに」
(左胸の前で指でハートを作る)
♪愛を「あいを」
(心臓が脈打つようにハートを二回前後させる)
♪みんなと踊ろうよ
(♪みぃーんーなーとっ、で近くのお友達と肩を組み、♪おどろおーよー、で足をあげて超高速ラインダンス)
うっすらと頭が痛くなりそうなキテレツ歌詞は、教育番組ならではか。
異空間へ連れさられるようなゆわんゆわん感を伴いつつ、零児が改めて踊り狂うおねえさんを見る。
表情筋が筋肉痛になりそうな満面の笑みと、実年齢に不釣り合いな、安っぽいアップリケのついたオーバーオール。
テカテカ素材のパーカー。
木目調という一点突破だけで暖かみをアピールしたセット。
しかしおねえさんの歌だけは上手い。
発声もきちんとしていて、清潔感ある若々しさが感じられた。
随所に人形と繰り広げる小芝居もさすがと言えた。だが、
「……何で今より老けてんだ」
しおりおねえさんを見ながら零児が呟く。
たった数年前なのに、当時はまだ20代前半なはずなのに、今の方が若く見えた。
下積み時代の苦労ぶりと、華々しい今がそうさせているのか。
しおりおねえさん「それじゃあみんなっ、バイバァ~イ」
もぐ蔵 「なのら~」
おねえさんとパペットがテレビの前のお友達に手を振ってサヨナラを告げる。
そうして数年前の黒歴史を見届けると、
「ばいばーい」
零児はおねえさんに手を振り返さず番組を消去した。
こんなレコーダーにとっておかなくても、今は世界中の動画サイトにこれと同じ彼女の下積み時代の映像がアップされているからだ。
「はぁーいっ」
「月曜から金曜まで録画予約するのってどうやるのー?」
夜11時。両親の寝室から聞こえてきたその言葉に、お風呂からあがったばかりの零児はうんざり顔になる。以前教えたはずなのにと。
「前にも教えたじゃん」
まだ黒髪をしっとりさせたまま、声にもうんざりを出しながら部屋に入ると、声をかけてきた母親は寝間着姿でテレビの前に座りこんでいた。
両親の寝室にあるHDDレコーダーは元々リビングにあったものだが、新しいものに買い換える際、今の場所に配置換えされた。 しかし零児の母親はその使い方をいまだにきちんと覚えていない。
「何録るの?」
「このドラマ」
母親が手にした新聞のテレビ欄を指す。深夜放送の一時間海外ドラマだが、零児がレコーダーの週間番組表で確認すると、確かに月~金放送のようだ。
特に難しいこともなく、零児がリモコンで録画予約の操作をしてやる。
そこまでやってあげてから、毎回こうして代わりにやってあげてるから覚えないのかと零児は気付いたが、
「わあ、ありがと。助かるぅー」
母親は小さい娘みたいに喜び、さっさと部屋を出て行ってしまった。これではどちらが親だかわからない。
ついでに録画残量も見ると、
「もういっぱいじゃん」
残量はほとんど無い。一時間ドラマを週五で録画するには全然足りなかった。
仕方ない、少し消すかと零児が録画した番組を遡っていくと、
「うわ、古っ」
懐かしい番組がいくつもあった。
なんで保存してあるかわからない番組も、くだらないバラエティ番組も。
ゲスト目当てで録画した番組や見てない歌番組は、該当シーンを見てバシバシと消していく。
一応家族共用の録画機なので、自分が録画した番組だけを消していく。クールなアーモンドアイは忙しなく動き、一切の迷いがない。
お風呂から出た身体は段々と冷えてきたが、無駄な過去を断ち切るように作業をこなしていく。
そうやって去年、一昨年、更にその前と遡ると、
「……これはなんだ」
記憶にない教育番組が録画されていた。
子供向けの教育番組。
家族の誰かが録ったのか、それとも間違えて録ったのか。色々考えながら見てみると、
「あ、そうか。私か」
録画したのは零児本人だった。
若手女性声優がまだ無名時代に顔出しで歌のおねえさんをやっていた頃のものだ。
パペットのもぐ蔵役は、誰もが声を聞いたことのある大御所男性声優で、若手がやりあうにはヒリヒリするようなキャリアの差だが、そういった関係性を透かせて見ると面白かった。
なんだか後々お宝映像になりそうだからと録画したのだった。
テケテケたんけんたいっ!
第53回放送分台本
しおりおねえさん(臣場史織)
もぐ蔵(声 稲隈雁治)
もぐ蔵「筆箱、連絡帳、あとぞうきん…。はあ…」
(憂鬱そうにため息をつくもぐ蔵。しおりおねえさん、上手から登場)
しおり「あれえ?どうしたの?もぐ蔵。ため息なんかついちゃってぇ」
もぐ蔵「あ、しおりおねえさん…。じつは……、あしたは始業式なのら…」
しおり「うんっ!楽しみだねぇ。いーっぱいお友達出来るといいねっ!」
もぐ蔵「ダメなのら…。ぼく、ひとみしりだからおともだち出来ないのら…」
しおり「そぉーんなことないって!最初が肝心なんだから、しょんぼりしてちゃダメダメ!そんなんじゃますますお友達なんて出来ないよっ?元気元気っ!」
もぐ蔵「げん、き…」
しおり「そうそうっ!げんきげんきっ!」
もぐ蔵「ぼく、なんだかげんきが出てきたのら!おともだちいっぱい作るのら!」
しおり「そうそうっ!その調子!」
「うわあ」
放送内容を見て零児が顔を顰める。演者の演技にではなく、台本に。
視聴推奨年齢に該当する児童ではなく、ずっと家にいる登校拒否児が見たらどんな気持ちになるだろうという会話。
会話の中に出てくる、肝心な最初を逃したばかりに登校拒否になった子のことを考え、
「あーあ。やだやだ」
万年床のような湿っぽい想像を振り払うように、零児はリモコンで早送りすると、スタジオが切り変わり、おねえさんが広い空間に立っていた。
これはと思い、零児が早送りを止めると、
しおりおねえさん「バールのようなもの体操~、はっじまっるよぉ~。テレビの前のお友達も、一緒に踊ってねっ!」
♪バールのようなもの体操
《フッフー!》
♪バールのようなもの体操
《フッワ!フッワ!》
♪そんなものは
《モノハー》
♪ポイしなさい
《ホッワ!ホッワ!ホッワ!》
♪バールのようなもの体操
《フッフー!》
♪バールのようなもの体操
《フッワ!フッワ!》
♪そんなものより
《モノヨリ》
♪口に、歌を、
《口に》《歌を》
♪心に、愛を
《心に》《愛を》
♪みんなと踊ろうよ
《フーッ!》
バールのようなもの体操 教員指導用振り付け資料
♪/歌詞
「」/振り付けガイド用掛け声
()/振り付け解説
「みんなーっ、いくよー?せーのっ!」
(子供たちをその場に集めるように、大きな声で元気よく)
「うでをあげてー、バールさんのポーズ」
♪バールのようなもの体操
(※♪ばーるのような、で手首を直角に曲げた腕を左、右と頭の上に上げ、♪もーのたいそう、で膝を曲げ、膝頭をパカパカ開いたり閉じたりする)
♪バールのようなもの体操
(※♪ばーるのような、で腕を上げたまま右へ、♪もーのたいそう、で左へスリラー移動)
「はい、ぞうさんのおはなー」
♪そんなものはポイしなさい
(♪そぉーんーなぁーもーのはー、で象の鼻ように右腕を大きく右、左、右、左と体の前で振って空中に二回バツを描き、♪ポぉーイーしなっさぁーいで両腕でバツを作る。この時右腰に体重を乗せるように)
♪バールのようなもの体操
♪バールのようなもの体操
(※の動作を繰り返す)
♪そんなものより
(そぉーんーなぁー、で顔の前の空間を右人差し指で4回チョン、チョン、チョン、チョンと突く。この時おしりは後ろに突き出すように。♪ものよりー、で左手を腰に。この時も右腰に体重を乗せるように)
♪ 口に「くちに」
(小指だけ立てた右手を口元に持ってくる)
♪歌を「うたを」
(紅を引くように下唇に小指を滑らせる)
♪心に「こころに」
(左胸の前で指でハートを作る)
♪愛を「あいを」
(心臓が脈打つようにハートを二回前後させる)
♪みんなと踊ろうよ
(♪みぃーんーなーとっ、で近くのお友達と肩を組み、♪おどろおーよー、で足をあげて超高速ラインダンス)
うっすらと頭が痛くなりそうなキテレツ歌詞は、教育番組ならではか。
異空間へ連れさられるようなゆわんゆわん感を伴いつつ、零児が改めて踊り狂うおねえさんを見る。
表情筋が筋肉痛になりそうな満面の笑みと、実年齢に不釣り合いな、安っぽいアップリケのついたオーバーオール。
テカテカ素材のパーカー。
木目調という一点突破だけで暖かみをアピールしたセット。
しかしおねえさんの歌だけは上手い。
発声もきちんとしていて、清潔感ある若々しさが感じられた。
随所に人形と繰り広げる小芝居もさすがと言えた。だが、
「……何で今より老けてんだ」
しおりおねえさんを見ながら零児が呟く。
たった数年前なのに、当時はまだ20代前半なはずなのに、今の方が若く見えた。
下積み時代の苦労ぶりと、華々しい今がそうさせているのか。
しおりおねえさん「それじゃあみんなっ、バイバァ~イ」
もぐ蔵 「なのら~」
おねえさんとパペットがテレビの前のお友達に手を振ってサヨナラを告げる。
そうして数年前の黒歴史を見届けると、
「ばいばーい」
零児はおねえさんに手を振り返さず番組を消去した。
こんなレコーダーにとっておかなくても、今は世界中の動画サイトにこれと同じ彼女の下積み時代の映像がアップされているからだ。
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