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その声がいつも魂の叫びでありますように

21、人を選ぶフレーバーの1位と2位

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 献結を終えた響季は、正当な謝礼としてアイスをもっくもっくと食べる。
  寒い季節だが人が多くて暑苦しいので、冷たいアイスは美味しかった。
  零児も付き添いという形の延長でこっそりご相伴預かる。

 「どうせなら大福のやつ食べたかったな。あれのファミリーパッ、うううっ」

  小さなアイス一箱ではどこか物足りなさを感じ、あのジャパンクールな大福アイスを響季がご所望する。

 「一人でファミリーパック?」
 「じゃあ分けっこしませんか?お嬢さ、うううっ」
 「二人でも多いよ。ぽんぽん痛なるわ」

  ぽんぽんという零児の言い方に響季が笑うが、

 「痛いならやめたら?」
 「だってせっかくうううっあるし」

  アイスを食べ、話しながら響季はふくらはぎ等を重点的に揉み込むフットマッサージ器を使っていた。
  断続的にぎゅむむうとされるマッサージについ変な声が出てしまう。
  壮年層の利用者か、広く大きな駅ゆえ、歩き回って疲れている人への労いアイテムだろう。
  けれど若く、それほど疲れてもいない足には絞り込まれるような施術は痛いだけだった。

 「ううう、お菓子ぃぃ」

  そしてこちらも、せっかくだからとテーブルに置いてあったしょっぱいお菓子にも手を出す。好みではないが食べなきゃ損だと。
  元より響季達は今日のお昼はここのお菓子で済ます予定だった。
  食べ過ぎないように、という自分の中のギリギリのモラルラインまで、しょっぱいお菓子と甘いお菓子を交互に食べていく。
  が、ふと視線を感じ、響季がそちらを向くと、自分を見ていたようなおじさんサラリーマンが素知らぬ顔で視線を逸らした。
  なんだ?と見ていたらしきサラリーマンを響季は逆に観察する。
  サラリーマンはアイスなど食べず、ジュースだけを飲み、一つだけ食べたらしいお菓子の袋を捨てるとさっさと出て行った。
  立ち上がる時に一瞬だけ響季達を冷ややかな目で見て。

  そのサラリーマンだけではない。
  ルームに来たほとんどの大人が、駅のミルクスタンドのように水分だけを迅速で補給し、ロクに休憩も取らず、甘いものも摂らず出て行く。
  お菓子をムシャムシャ食べているのは響季達だけだった。
  大人達のそのクールな所作と、お菓子を頬張る自分達に向けられる冷ややかな目付きに、響季は外にいた受付職員さんの視線を思い出す。
  そうか、これか、と。
  若い子はこういったルームにお菓子目当てで来ることが多いのだろう。
  それも、今の響季達のように友達を連れて。
  自分達も善意など二の次で、タダで飲み食い出来ること目当てで来たと見られているのではないか。
  口にはしていないが、響季はサラリーマン達の視線からそう勝手に読み取った。
  だとしたら、ほぼ正解だが。

 -それが何?
それが悪いのか?
 今の世の中、若い世代が善意だけで動くとでも?
こんな世の中で損得だけで動いちゃいけないの?
 置いてあるお菓子くらい、アイスくらい、好きに食べちゃいけないの!?
 自分達は一過性の善意じゃない、定期的にTB成分を供給してやってるのに!
 子供の頃からずっと!大人になるずっと前から大人のために!
 自分達がしてる献結はオマエらがしてる献血よりずっと価値があって、ずっと必要とされてるのに、ずっとずっと!!


  心の中で、響季が突き刺さる視線にそう言い訳する。
  恥、負い目、罪悪感、開き直り。そんな意識が包帯を巻かれた腕をずきずきと襲う。
  言い訳で正当化しても追いつかないほどに。

 「…なんだよ」

  そう小さな声で言い、響季が食べかけのあまじょっぱい煎餅を、怒りのあまり手の中で包装袋ごとぱしっと割る。だが、

 「気にしちゃ負け」
 「え?」

  同じくらい小さなぽそっとした声で零児は言うと、響季の手の中でちょうど食べやすく割れた煎餅のかけらを摘み、戴く。そして、

 「図太く生きようぜ。こんな時代だし」

  そんな漢前なことを言いながら、アイス、しょっぱいお菓子、無料自販機のアップルティー、甘いお菓子、しょっぱいお菓子、アイス、自販機のコーンポタージュとまるで無限機関のように飲み食いする。
  甘いしょっぱいのシーソーゲームで、食べていいだけ食べて、飲んでいいだけ飲む。
  アイスは一人一箱と書いてなかったのをいいことに、二箱目に移行していた。
  もし注意されたら零児のことだ、知りませんでしたプーなんて言って煙に巻くのだろう。
  そう考え響季は、そうだ、下を向き、上の世代に申し訳無さそうにする必要など無いのだと気付く。
  下の世代だからこそ遠慮せずがっついていいはずだと。
  用意されたものを大人が食べないならいっそ自分達が喰らう、喰らい尽くす。それぐらいの図太さがなければこんなお先真っ暗な時代を生きていけないと。

 「おとにゃあわうい」
 「そうだね。大人が悪い」

  口いっぱいにお菓子を頬張って言う零児の言葉を、響季が正しく受け取る。
  大人のせいにすることで、女子高生はどうしようもない鬱屈さとモヤモヤをひとまず追いやることにした。だが、

 「あ、ドーナツ無いじゃん」

  口の中のものをごっくんした零児が今更ながらに言い、響季も思い出す。
  そうだ、ここにはドーナツもあったはずだと。
  あの有名店の美味しいやつが。
  先程くまなくルーム内を見回したが、当然視界には入ってこなかった。いや、

 「これ?」

  零児がお菓子カゴの中にあった、100円ショップでも売ってそうなミニドーナツを一つ摘みあげる。
  カブトムシの幼虫のように丸っこい、有名店とは程遠いやつが。
  生まれながらに不況を生きる女子高生は、こちらもスポンサー云々だろうと理解した。
  それでも響季は一つ取り、口に入れてみるが、もぐ…、もご…、と咀嚼する動きが止まる。

 「どした?」

  表情と顎の筋肉が固まっているのを見て零児が訊くと、

 「……ひなもん」
 「ワーオ!!ニッキ!イッツアニッキ!」

  大人向けを考慮した味なのか、ドーナツはシナモン味だった。
  よくあるハニードーナツかと思って食べたのに、まだお子ちゃま味覚な響季には辛いような癖のある味が舌に突き刺さった。

 「はちみふ味はと思っはのに…。孔明の罠ひゃ」
 「まさにハニートラップ!Honey Trap!ヒャッハー!」

  ドーナツを口に入れたままもごもご言う響季に、零児がツッコむ。
  シナモン味はむしろ大好きなぐらいの零児は、ヒャッハーとテンション高く一つ取り、口に入れる。

 「美味しいじゃん」
 「…ペっ!てしたい」
 「ダメ。食べな」

  一度口に入れたものを出したいと響季が言うが、お行儀が悪いとシナモン大好きっ子が注意する。
  仕方なくもぐもごと、飲み物の力も借りて頑張って飲み込むと、

 「もう一種類ある」

  零児がお菓子カゴを持ち上げる。
  確かに下の方に黒い、チョコ味かココア味らしきドーナツがあった。

 「こっち食べれば?」

  言われるまま響季が取り出したドーナツの包装を剥き、口に入れようとしてまた嫌な予感に襲われる。
  ちょっと待て、この微かに生地にかかったり練りこまれたりしている、白く細かいツンツンしたのはもしかしてと。しかし、

 「はい、どーんどん。どーんどん」
 「あぐふぁ」

  わんこそばを給仕してくれる女将さんが如く、零児がドーナツを口に詰め込んでくる。入れられてしまったので仕方なく、こちらももぐもぐと咀嚼するが、

 「何味?」

  訊かれた響季は眼鏡に指紋が付いてしまうのも構わず、ぐすんと両手で顔を覆う。

 「……ここなっふ」

  またしてもお子ちゃまには苦手なココナッツ味だった。
  ココア味に紛れたキシキシとしたココナッツの食感と味が、歯と舌を苛める。
  逆に零児はぐわっはっはと豪快な笑い声と共にココナッツドーナツの包装を破き、もーぐもーぐと戴く。
  またしてもココナッツは嫌いではない、むしろ好きなぐらいだったからだ。
  呪うべき自分の子供舌に、響季がずうんとダメージを受ける。が、その耳に、

 「本日スタンプいっぱいになりましたので、こちら記念品になります。あと本日ご予約いただいての献血でしたのでこちら粗品となります」
 「えっ!?」

  そんな声が入ってきて、思わずガタッ!と椅子から立ち上がる。
  ルーム内にもある小さな受付で、献血を終えたらしき男性が職員さんから何やら戴いていた。
  それを見て、そうか、そういうのもあるのかと、食に対して異様なまでに執着する中年男性みたいなことを響季が思う。
  スタンプカード制度とご予約制度。確かに、事前に調べた時は都会ではポイント制度があるルームがあった。
  スタンプカードはともかく、事前に予約して行ったら何か貰えたかもしれないのだ。
  それに気づき、響季は歯噛みするが、

 「うわ…」

  ギリリと歯を噛み締めた顎がぽかんと開く。
  男性が貰ったのは歯磨きセットとブロックメモ帳だった。
  スタンプを溜めてやっと貰えたのが歯磨きセット。わざわざ予約して貰えるのがブロックメモ帳。貰っても困るような、ラジオ番組のノベルティ以下のグッズ。

 「いる?」
 「いらね」

  零児に訊かれ、響季は力なく言うとまたどさりと椅子に座った。
  今日は移動が多い。包帯を巻かれた腕は重いものはなるべく持ってはいけない。なるべくなら荷物は軽い方がいい。欲しくないものは欲しくない。そんな声が内から聞こえてきた。
  楽しみなイベント前に、響季はなんだか酷く疲れてしまっていた。
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