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その声がいつも魂の叫びでありますように
23、ステージと観客を繋ぐもの、それはイマジネーションと。
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ミニカー展のあと、二人は予定通りターレム×ブラルシの作戦会議ラジオの公録へと向かった。
収録場所は老舗百貨店の、かなり広めのイベントスペースで行われるノンアルコール酒の試飲販売会だ。
「こちらを。出来るだけ目立つところにお貼りください」
「あ、はい」
会場に入ると、係員にまず色違いの未成年/成年シールを服の目立つところに貼るよう言われた。
明らかに二十歳を越えたおじいさんにも、その孫らしき二十歳未満の男の子にも。
響季達も二人揃って当然のように服の胸辺りに未成年シールを貼るが、
「おでこに貼りたい」
「やめなさいって」
早速ボケたい零児を響季が制する。
中はワイワイガヤガヤと賑わい、ワイシャツ、ネクタイ姿に法被を着た人達が大人にお酒を振るまっていた。
随所で、えっ!?ノンアルコールなのにすごい美味しい!はい、ノンアルコールでも今はこんなに美味しいんですよ、へえー!ノンアルコールって今こんなに美味しいんだ!などという会話が交わされていた。
二人はぼんやりとそんな会場内の様子を見ていたが、
「ちょっと飲んでみよっか」
響季の言葉に零児が小さく頷く。
公録が目当てなのと零児の献結を控えているので、時間を潰す程度にうろうろするはずだったのだが、やはり飲んでみたかった。
ノンアルコールではあるが未成年が飲んでいい商品は区分されている。
ドキドキしながらモヒートベースのノンアルカクテルを一杯貰うと
「わっ、美味しい」
「…鉛筆削りの味がする」
響季は爽やかなミント味を楽しめるが、零児は顔を顰める。
それを見て響季は二十歳を越えても一緒にお酒を楽しむのは無理かなと苦笑いするが、
「これは大変美味しゅうござる」
飲むお酒は苦手だが、代わりに零児はチョコレートボンボンやブランデーケーキなどを食べていた。
他にもイカ系おつまみや味の濃いチーズ、日本酒アイスやワインアイスなどを試食していたが、
「これ買おうかな。芋焼酎アイス」
「今アイス買うの?」
零児の言葉に、響季がケータイで時間を確認する。
もうすぐ公録が始まる。カップアイスを食べながらの公録参加は少々危なっかしいかもしれない。
「すいません。後で買いに来ます」
タダで試食した手前、零児がお店の人にそう言って売り場を離れると、
『この後三時より、イベントスペースにて、アルコール・ド・ボンバーPresents ピンクエレファント団ターレム×ブラルシの作戦会議ラジオの公開録音を行います。ご来場の皆様、どうぞ奮ってご参加ください』
と、ちょうどのタイミングでアナウンスが流れてきた。
そのお知らせに会場にいた何人かの人達が天井を見上げ、なんだろうね、行ってみようかと移動する。
その中にはいかにもこれを見に来た、特に子供がという親子連れもいた。
「なんやろーねー。ちょおいってみよかねー、れーじはん」
「せやねー。ひびきはん」
響季達も、敢えて素知らぬ素振りで下手くそな京都弁で喋りながらイベントスペースに向かった。
ワクワクが抑えられず、どこかふわふわした足取りで。
イベント観覧スペースに向かうと、すでに席取りをしていた何組かの親子が用意されたシートの上に体育座りで座っていた。
まだ座れるぐらいには空いているが、響季はそこには座らず、シートの外側から見ることにした。
「前行かなくていいの?」
「ここでいいよ」
「ほお」
もっと前で見なくていいのかと言う零児に響季がそう言うと、それだけで零児は納得してくれた。
アルコール・ド・ボンバーは、本来小さなお子さんとその親御さんという親子で楽しむアニメだ。そして、このイベントも恐らく。
声優という中の人に興味があり、大きいお友達寄りの自分は間借りするように、後方からこっそり見た方がいいと響季は考えていた。
多少距離はあるが、その場所からでも充分ステージが見られる。
少し高くなった壇上には、黒い幕がステージを目隠しするようにかかっていた。
いやが上にも期待が高まる。
果たしてアニメキャラであるターキッシュハーレムとブラックルシアンはどのように現実世界に登場するのかと。
午後三時直前。最後の呼び込みがかかった後。
イベントスペースに、ポッ、ポッ、ポッ、ポーンという時報が流れ、作戦会議ラジオの公開録音が始まった。
いつもの放送ではかからない、オペラ風のおどろおどろしいBGMがステージに流れてくると、照明が激しく点滅し、合わせて轟雷のようなSEがこだまする。
おお、と子供とその親達が驚き、天井に視線を向けていると、目の前の幕がシャーと引かれた。
「は…」
そのステージ上の光景を見て、響季の息が止まる。
そこにいたのはまぎれもなく、アニメキャラであるはずのターキッシュハーレムとブラックルシアンだった。
ステージには透明な板で仕切られたラジオブース風セットが作られていた。
きちんとON AIRという紅いランプも吊り下げられている。
ブース内は赤と黒という禍々しいコントラストで彩られ、二人が座る椅子の背もたれの先端には豚の頭蓋骨があしらわれていた。
壁にはピンクエレファント団のマークの入った大きな旗が飾られたそこで、収録マイクやカフ、台本、ラベルの剥がされたミネラルウォーターのボトルなどが置かれたテーブルを挟み、二人は優雅ともいえるくつろぎっぷりで座していた。
エッジの効いた戦闘服に、無理の無い程度にウィッグで再現された髪型。
ブラックルシアンはアニメ通りのコケティッシュな濃いブラウンのマッシュルームカットに、やはりアニメと寸分違わぬやや頬に丸みのある顔。
そして人の目を射抜くような猫目系アイメイクを施している。
ターキッシュハーレムはがっちりした体型にややタレ目気味の甘いマスク。ロゼをイメージした薄いピンクの長髪に、ライムカラーのグリーンと黄色が二房入っている。
相当の伊達男でないとあの色は似合わない。が、ターキッシュハーレム役の人は見事にそのウィッグを被りこなしていた。ブラックルシアンと同じく、色香すら漂うメイクを施して。
声を演じる中の人は愛らしいカエル顔に眼鏡をかけ、短髪でいつもパーカー姿のでっぷり体型おじさんだというのに。
二人の体格や漂う気品、全てが2次元の世界から飛び出してきたように現実に降臨していた。
アニメの愛すべきドジっ子悪役ぶりからすればかっこよ過ぎるくらいだが、おそらく現実にいたらこのような感じなのだろうなという絶妙の雰囲気を醸し出していた。
二人は透明な板で仕切られたラジオブース内に鎮座し、観客を鋭い眼光で睨み付けていた。
が、顔下半分はなぜか黒い生地で覆われ見えない。
すると突然、
「悪酔子(ワルヨイコ)のみんな、今日はありがとう」
という声がステージから聞こえてきた。
その声は紛れもなくターキッシュハーレムの声だった。中の人の、田所元生の声だった。
それが生身の、目の前にいるターキッシュハーレム役の外の人から聞こえてきた。
正確にはステージに設置されたスピーカーからだが、聴こえてくる悪役の声とステージ上の悪役がぴたりと吸い付いた。
観客がざわつく。
特に子供が。
そしてその場にいる者達は、今の声で、たった一言で、ああ、この人がターキッシュハーレムなんだと納得させられた。
世界観に引き込まれた。
とても幸せな魔法にかけられていた。
「…テープ?」
「違うと思う」
その二次元と三次元の狭間に、自ら足を踏み入れつつ小声で訊いてきた響季に、やはり小声で零児が否定する。
所謂着ぐるみショーやヒーローショーのように、事前に声優が収録した音声に合わせてステージ上の演者さんが動いているのかと響季は思った。
だが零児は直感で違うと悟った。
それはムリだろうと。
「我々は普段、悪の側にいる人間だ。素顔を見られるわけにはいかない。それゆえ本日はこのようなマスク姿で許していただきたい」
「やだあー」
ターキッシュハーレムがお集まり頂いた皆さん全体に視線を向けながら紳士的に無礼を詫びると、ょぅじょ様から野次が飛び、会場のお父さんお母さんの笑いを誘う。
それを、ターキッシュハーレムは首の動きだけで諌める。
マスクをした顔で優しげな視線を向けて。
それ以外は何も言わない。
その沈黙に、声優と舞台上の演者が作りだした物言わぬ視線に、野次を飛ばした子供も口を閉じる。当然笑った親御さん達もだ。
少ない動作と目線だけで、ターキッシュハーレム役の役者は場を征していた。
悪役が存在感を誇示するのなら動き回る必要はない。
それは小物がすることだ。
より強い悪ならばどっかりと鎮座していればいいのだ。
そうだ、目の前にいる二人はこの世を恐怖に陥れる悪役幹部だったと響季が思い出す。
アニメで見るズッコケキャラぶりにすっかり忘れていた。
「すまない、可愛い悪酔子よ。今日だけは許してくれ」
諌め、あるいは萎縮させてしまった子供にターキッシュハーレムが改めて詫びる。
少女よ聞き分けてくれとばかりに。実に紳士的に。
が、聴こえてくる声にほんの一瞬、そうとはわからないくらいに遅れてターキッシュハーレムが首をちょいと傾げて、女の子に優しい視線を送った。そして、
「私からも詫びよう。すまない」
という声とともに、ブラックルシアンも首を少しだけ傾げて、こちらも母親猫のような優しい視線を送る。
ずっと喋っていなかったこちらが声を発したことで、おお、喋ったという溜め息が観客から漏れる。
その声もやはりアニメで聴いた声、森口茜の声だった。
それは、言ってしまえば生アテレコだった。
ステージ上にいる二人がプロのコスプレイヤーか、舞台役者かはわからない。が、どこから連れてきたのだろうというぐらいにアニメーションキャラクターを再現していた。
その二人はどこからか聞こえる中の人の声に合わせて動いているのだ。
口許を覆う黒い生地は、声を発していないということを悟られないためだろう。
そしてその上にある、威圧感すらあるアイメイクと伴って、《マスクで顔下半分が見えないお医者さんはイケメン医師や美女医に見える効果》を生み出していた。
ブースという名の透明な板でステージと客席を隔てているのも、カラクリを間近で見させないためだ。
そんな演出が悪の雰囲気をより強く醸し出していた。
大人的立場からそれらを理解した響季がゆっくりと視線を動かす。それだけでは我慢出来ず、会場全体を見回す。
この会場に、あるいは別室に中の人がいるはずだと。彼らはどこから見ているのかと。
ハリボテの中身を見たくて仕方ない女子高生が下世話な視線を送っていると、
「では始めようか」
というターキッシュハーレムの言葉とともに、公開録音が始まった。
収録場所は老舗百貨店の、かなり広めのイベントスペースで行われるノンアルコール酒の試飲販売会だ。
「こちらを。出来るだけ目立つところにお貼りください」
「あ、はい」
会場に入ると、係員にまず色違いの未成年/成年シールを服の目立つところに貼るよう言われた。
明らかに二十歳を越えたおじいさんにも、その孫らしき二十歳未満の男の子にも。
響季達も二人揃って当然のように服の胸辺りに未成年シールを貼るが、
「おでこに貼りたい」
「やめなさいって」
早速ボケたい零児を響季が制する。
中はワイワイガヤガヤと賑わい、ワイシャツ、ネクタイ姿に法被を着た人達が大人にお酒を振るまっていた。
随所で、えっ!?ノンアルコールなのにすごい美味しい!はい、ノンアルコールでも今はこんなに美味しいんですよ、へえー!ノンアルコールって今こんなに美味しいんだ!などという会話が交わされていた。
二人はぼんやりとそんな会場内の様子を見ていたが、
「ちょっと飲んでみよっか」
響季の言葉に零児が小さく頷く。
公録が目当てなのと零児の献結を控えているので、時間を潰す程度にうろうろするはずだったのだが、やはり飲んでみたかった。
ノンアルコールではあるが未成年が飲んでいい商品は区分されている。
ドキドキしながらモヒートベースのノンアルカクテルを一杯貰うと
「わっ、美味しい」
「…鉛筆削りの味がする」
響季は爽やかなミント味を楽しめるが、零児は顔を顰める。
それを見て響季は二十歳を越えても一緒にお酒を楽しむのは無理かなと苦笑いするが、
「これは大変美味しゅうござる」
飲むお酒は苦手だが、代わりに零児はチョコレートボンボンやブランデーケーキなどを食べていた。
他にもイカ系おつまみや味の濃いチーズ、日本酒アイスやワインアイスなどを試食していたが、
「これ買おうかな。芋焼酎アイス」
「今アイス買うの?」
零児の言葉に、響季がケータイで時間を確認する。
もうすぐ公録が始まる。カップアイスを食べながらの公録参加は少々危なっかしいかもしれない。
「すいません。後で買いに来ます」
タダで試食した手前、零児がお店の人にそう言って売り場を離れると、
『この後三時より、イベントスペースにて、アルコール・ド・ボンバーPresents ピンクエレファント団ターレム×ブラルシの作戦会議ラジオの公開録音を行います。ご来場の皆様、どうぞ奮ってご参加ください』
と、ちょうどのタイミングでアナウンスが流れてきた。
そのお知らせに会場にいた何人かの人達が天井を見上げ、なんだろうね、行ってみようかと移動する。
その中にはいかにもこれを見に来た、特に子供がという親子連れもいた。
「なんやろーねー。ちょおいってみよかねー、れーじはん」
「せやねー。ひびきはん」
響季達も、敢えて素知らぬ素振りで下手くそな京都弁で喋りながらイベントスペースに向かった。
ワクワクが抑えられず、どこかふわふわした足取りで。
イベント観覧スペースに向かうと、すでに席取りをしていた何組かの親子が用意されたシートの上に体育座りで座っていた。
まだ座れるぐらいには空いているが、響季はそこには座らず、シートの外側から見ることにした。
「前行かなくていいの?」
「ここでいいよ」
「ほお」
もっと前で見なくていいのかと言う零児に響季がそう言うと、それだけで零児は納得してくれた。
アルコール・ド・ボンバーは、本来小さなお子さんとその親御さんという親子で楽しむアニメだ。そして、このイベントも恐らく。
声優という中の人に興味があり、大きいお友達寄りの自分は間借りするように、後方からこっそり見た方がいいと響季は考えていた。
多少距離はあるが、その場所からでも充分ステージが見られる。
少し高くなった壇上には、黒い幕がステージを目隠しするようにかかっていた。
いやが上にも期待が高まる。
果たしてアニメキャラであるターキッシュハーレムとブラックルシアンはどのように現実世界に登場するのかと。
午後三時直前。最後の呼び込みがかかった後。
イベントスペースに、ポッ、ポッ、ポッ、ポーンという時報が流れ、作戦会議ラジオの公開録音が始まった。
いつもの放送ではかからない、オペラ風のおどろおどろしいBGMがステージに流れてくると、照明が激しく点滅し、合わせて轟雷のようなSEがこだまする。
おお、と子供とその親達が驚き、天井に視線を向けていると、目の前の幕がシャーと引かれた。
「は…」
そのステージ上の光景を見て、響季の息が止まる。
そこにいたのはまぎれもなく、アニメキャラであるはずのターキッシュハーレムとブラックルシアンだった。
ステージには透明な板で仕切られたラジオブース風セットが作られていた。
きちんとON AIRという紅いランプも吊り下げられている。
ブース内は赤と黒という禍々しいコントラストで彩られ、二人が座る椅子の背もたれの先端には豚の頭蓋骨があしらわれていた。
壁にはピンクエレファント団のマークの入った大きな旗が飾られたそこで、収録マイクやカフ、台本、ラベルの剥がされたミネラルウォーターのボトルなどが置かれたテーブルを挟み、二人は優雅ともいえるくつろぎっぷりで座していた。
エッジの効いた戦闘服に、無理の無い程度にウィッグで再現された髪型。
ブラックルシアンはアニメ通りのコケティッシュな濃いブラウンのマッシュルームカットに、やはりアニメと寸分違わぬやや頬に丸みのある顔。
そして人の目を射抜くような猫目系アイメイクを施している。
ターキッシュハーレムはがっちりした体型にややタレ目気味の甘いマスク。ロゼをイメージした薄いピンクの長髪に、ライムカラーのグリーンと黄色が二房入っている。
相当の伊達男でないとあの色は似合わない。が、ターキッシュハーレム役の人は見事にそのウィッグを被りこなしていた。ブラックルシアンと同じく、色香すら漂うメイクを施して。
声を演じる中の人は愛らしいカエル顔に眼鏡をかけ、短髪でいつもパーカー姿のでっぷり体型おじさんだというのに。
二人の体格や漂う気品、全てが2次元の世界から飛び出してきたように現実に降臨していた。
アニメの愛すべきドジっ子悪役ぶりからすればかっこよ過ぎるくらいだが、おそらく現実にいたらこのような感じなのだろうなという絶妙の雰囲気を醸し出していた。
二人は透明な板で仕切られたラジオブース内に鎮座し、観客を鋭い眼光で睨み付けていた。
が、顔下半分はなぜか黒い生地で覆われ見えない。
すると突然、
「悪酔子(ワルヨイコ)のみんな、今日はありがとう」
という声がステージから聞こえてきた。
その声は紛れもなくターキッシュハーレムの声だった。中の人の、田所元生の声だった。
それが生身の、目の前にいるターキッシュハーレム役の外の人から聞こえてきた。
正確にはステージに設置されたスピーカーからだが、聴こえてくる悪役の声とステージ上の悪役がぴたりと吸い付いた。
観客がざわつく。
特に子供が。
そしてその場にいる者達は、今の声で、たった一言で、ああ、この人がターキッシュハーレムなんだと納得させられた。
世界観に引き込まれた。
とても幸せな魔法にかけられていた。
「…テープ?」
「違うと思う」
その二次元と三次元の狭間に、自ら足を踏み入れつつ小声で訊いてきた響季に、やはり小声で零児が否定する。
所謂着ぐるみショーやヒーローショーのように、事前に声優が収録した音声に合わせてステージ上の演者さんが動いているのかと響季は思った。
だが零児は直感で違うと悟った。
それはムリだろうと。
「我々は普段、悪の側にいる人間だ。素顔を見られるわけにはいかない。それゆえ本日はこのようなマスク姿で許していただきたい」
「やだあー」
ターキッシュハーレムがお集まり頂いた皆さん全体に視線を向けながら紳士的に無礼を詫びると、ょぅじょ様から野次が飛び、会場のお父さんお母さんの笑いを誘う。
それを、ターキッシュハーレムは首の動きだけで諌める。
マスクをした顔で優しげな視線を向けて。
それ以外は何も言わない。
その沈黙に、声優と舞台上の演者が作りだした物言わぬ視線に、野次を飛ばした子供も口を閉じる。当然笑った親御さん達もだ。
少ない動作と目線だけで、ターキッシュハーレム役の役者は場を征していた。
悪役が存在感を誇示するのなら動き回る必要はない。
それは小物がすることだ。
より強い悪ならばどっかりと鎮座していればいいのだ。
そうだ、目の前にいる二人はこの世を恐怖に陥れる悪役幹部だったと響季が思い出す。
アニメで見るズッコケキャラぶりにすっかり忘れていた。
「すまない、可愛い悪酔子よ。今日だけは許してくれ」
諌め、あるいは萎縮させてしまった子供にターキッシュハーレムが改めて詫びる。
少女よ聞き分けてくれとばかりに。実に紳士的に。
が、聴こえてくる声にほんの一瞬、そうとはわからないくらいに遅れてターキッシュハーレムが首をちょいと傾げて、女の子に優しい視線を送った。そして、
「私からも詫びよう。すまない」
という声とともに、ブラックルシアンも首を少しだけ傾げて、こちらも母親猫のような優しい視線を送る。
ずっと喋っていなかったこちらが声を発したことで、おお、喋ったという溜め息が観客から漏れる。
その声もやはりアニメで聴いた声、森口茜の声だった。
それは、言ってしまえば生アテレコだった。
ステージ上にいる二人がプロのコスプレイヤーか、舞台役者かはわからない。が、どこから連れてきたのだろうというぐらいにアニメーションキャラクターを再現していた。
その二人はどこからか聞こえる中の人の声に合わせて動いているのだ。
口許を覆う黒い生地は、声を発していないということを悟られないためだろう。
そしてその上にある、威圧感すらあるアイメイクと伴って、《マスクで顔下半分が見えないお医者さんはイケメン医師や美女医に見える効果》を生み出していた。
ブースという名の透明な板でステージと客席を隔てているのも、カラクリを間近で見させないためだ。
そんな演出が悪の雰囲気をより強く醸し出していた。
大人的立場からそれらを理解した響季がゆっくりと視線を動かす。それだけでは我慢出来ず、会場全体を見回す。
この会場に、あるいは別室に中の人がいるはずだと。彼らはどこから見ているのかと。
ハリボテの中身を見たくて仕方ない女子高生が下世話な視線を送っていると、
「では始めようか」
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