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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)
23、職人の職人論
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「あれって、れいちゃんが、あれも元はれいちゃんがラジオに送ったネタだったんでしょ!?」
熱を押さえ込みながら響季が問う。
キミはすごい人なんでしょ?あたしにだけはそれを教えてよと。
鮮やかなシンデレラストーリーを描かせた張本人だという秘密を共有させてほしいと。
誰も周りに居ない今のうちにと。しかし、
「あのさ」
「は、ぃ」
返ってきた冷たい声に小さくなる。
対して零児は、
「君は……、チミは何か大きな勘違いをしているようだね。響季君」
「え…」
そんなことを言いながら椅子の背もたれに悠々と背を預け、足を組むと、その上に軽く手を置いた。
更に顎先をこちらに向けるようにして細めたアーモンドアイで見てくる。
突然の、芝居がかった口調と動き。
また例のコントスイッチが入ったのかと響季は考え、
「どういうことですか博士」
咄嗟の判断で博士と助手コントに仕立てあげた。
一瞬にして、互いに見えないしわくちゃ白衣を身につけ、零児博士と助手の響季君になったのだ。
何日も寝てない響季君の顔は青白く、眼鏡は少しズレて掛けていて、おそらく博士の頭はもしゃくしゃに爆発しているのだ。
時折こんなこともあろうかと!と言って発明品を見せてきたり、説明しよう!とドヤ顔で説明してくれる博士。
そんな設定を響季は頭の中で思い描く。
おそらく零児は、自分ではない何かになりきって大事なことを伝えようとしてくれていた。
それは素面ではとても人には話せなくて、こうしてコントキャラクターになりきってでしか口に出来ないようなことだ。だが、
「あ。博士、何を」
博士は椅子から立ち上がると、流れるような動きで助手の眼鏡をするりと取り、自分に掛けてしまった。
取られた方はそこそこ大事なものを取られて戸惑うが、
「ぐっ」
掛けたはいいが、度が入っているので博士は気持ち悪そうに顔をしかめる。
そのまましばらく静止し、
「…つまりだ響季君」
視界が揺らがないよう、結局零児博士は目をつぶったままで講釈を始めた。
「チミは、私が送ったメールが、まるで世界か何かを変えてしまうチカラがあったように思っているみたいだね」
「……そうです、そうですっ!博士っ!その通りですっ!」
君をチミと言い換える小ボケもスルーして、響季君が同意する。
それはまさに助手の響季君が言いたいことだった。
それを褒め称え、自分だけが賞賛したかった。
誰も知らない偉業を。
助手の自分しか知らない博士の偉業を。
「それは違うな」
しかし博士は自ら言い当てたことを否定する。
「違う、って」
「私が送ったメールは、ただの素人考えのメールに過ぎない。それを受け取りどう使うか、他のリスナーに伝えるべきかはパーソナリティが決めることなのだ」
響季君は助手なので、意見すること無くただじっと博士の言葉を聴いていた。
「当然のように、ラジオに貰ったメールを面白おかしく読むのはパーソナリティの力量による。ネタ殺しという言葉はチミも知っているだろう?」
博士の顔を見つめたまま助手がゆっくり頷く。
ラジオにおいてのネタ殺しとは、パーソナリティがリスナーからのメールのオモシロ要素を意図せず潰してしまうことだ。
漢字が読めない、リズムが悪い、メールを途中で遮る、変に茶化す、面白いと思って愛の無いドSな振る舞いをする、先にオチを言ってしまうなど様々な要因で。
学が無かったり、喋ること自体に不慣れなパーソナリティだとそういうことが度々起きる。
まだトークスキルが仕上がってもいないのに、べしゃり仕事の前線に送り込まれるなどといった場合にも同様に。
ラジオにおいてはアイドルや新人声優の番組などによくあった。
それを許容出来るかは聴いてる側、ネタを送った側、そして潰した本人の人望にもよるが、
「我々のメールをパーソナリティ含めスタッフサイドが面白いと思ってくれた。そしてパーソナリティが殺さず、面白く読んでくれた。その時点で初めて送ったネタメールというのは価値が見いだされるのだ」
そう言って博士が冷たくなったコーヒーを啜る。
「響季君。声優とは、キャラクターに魂を吹き込む職業だ」
「…はい」
そしてなぜか急に声優論になった
この話がどこに転がっていくのだろうと思いながらも、助手の響季君は聴く。
洗脳されそうな語り口。だがそれはどこか心地良くて、ワクワして、ずっと聴いていたくなる。
自分は零児博士の声も好きなのだと響季君は改めて感じた。
「先程も言ったがリスナーが送ってきたメールを活かすも殺すも、それはパーソナリティの腕次第だ。なんてことないメールでも展開して、活かすことも出来る。幸いなことに、我々が潜入捜査を行っている声優ラジオは、読むことが本職なだけあってそういったテンションや文章の活かし方がずば抜けている」
「そうですね」
潜入捜査?そういう設定なのかと思うが、なんだか面白いので響季君はそういうことにしておいた。
「同時に」
眼鏡をずらし、レンズを視界に入れないようにして博士がこちらを見てくる。
すっとぼけた鼻メガネキャラみたいで可愛いなと助手が思っていると、
「リスナー自身が面白いと思うネタを送っても、パーソナリティが賛同し、上手く仕立てあげてくれなければそれは面白いとは言えないのだよ」
そう言って博士は頭を振った。
リスナーや職人が送ったネタに番組側が乗っかってくれなければ。
まず一番初めに賛同し、他のリスナーにもこれを伝えようと思ってくれなければそれは電波に乗らない。
更にそこから殺さず電波に乗せてもらわなければならない。
テンション高く行くか、淡々と読み上げるか。
実際にはネタ職人なんてものはすごくなんかない。
番組スタッフやパーソナリティのさじ加減ひとつなのだと博士は言っていた。
「逆を言えば、そうだな。チミにも経験があるんじゃないか?なんでこんなつまらないメールが採用されて、ボクの面白いメールが採用されないのだろうということが」
「あ…」
指摘され、響季君が思い出す。
そのものズバリあった。
なんで自分のではなくこんなメールがと、傲慢と嫉妬に駆られた夜が。
「あれはそういったメールが求められているからだよ。ぬるい、アツ過ぎないメールがね。つまらなくてもいい。エッジが効きすぎたメールだと、番組やパーソナリティのキャラクターとしての枠組みが崩壊するからと。まあ、あるいは単純に番組側の怠慢かもしれんがね」
博士は番組側が適当に選んだメールだけを読んでいるということを揶揄していた。
適当ということは運に左右される可能性が高い。
ならばくじ運の悪い響季君はその恩恵には預かれない。
だが、博士を尊敬する助手としてはどうにも納得がいかなかった。
あれは、あの二通は間違いなく選ばれしメールだ。
それを表情から見て取ったのか、
「今現在、アニラジというものはどれぐらい存在していると思う?」
「えっ!?えーと…」
「それを聴いている人間の数は?そこからわざわざおたよりを、メッセージを送るなどという酔狂な行為をする者の数は?」
突然の意地悪な質問に、助手は黙りこくってしまう。
アニラジで限定して言えば、創世記と呼ばれる時代に比べるとその番組数はネットラジオの誕生などで格段に増えたはずだ。
対して人口、及び若者は減少し、ラジオなんかよりも楽しいものは増え続けている。
番組数は増えているのに、それを聴いている者の数は減り、分散している可能性が高い。
博士の言わんとしていることは助手にもわかった。
聴いている者の絶対数が少なければ、自然と送られてくるおたよりも少なくなる。
それらを蹴散らし、ひょいと跨ぐのは簡単なのだと博士は言っていた。
「ただっ、メールやツイッターなどの発達によりっ、昔に比べればラジオ番組におたよりを送るという行為はハードルが下がったと思いますがっ」
助手はそれに強く異を唱える。
リアルには体験していないが、かつてラジオに送るおたよりというのはハガキかよくてファックスが主流だった。
そしてそれらに代わるツールの登場により、ラジオ番組におたよりを送りやすくなったのも事実だ。
文章を綴り、発表するということが身近になったこともある。
それによって推敲しない文章を送りつけたり、数で押してくる輩も増えたはずだが。
かつての自分を思い出し、助手は胸が痛むが、
「そうだな。だがチミが言っていた二番組の、私がメールを送ったその週に、一体どれぐらいのメールが来たと思う?」
「あ…」
言われて言葉に詰まる。
女芸人とセクシー女優は番組にメールが来ないと言っていた。
ラジオ番組でのおたより採用率はそれが来る数で決まると言ってもいい。
番組によってはぬるさもアツさも関係なく、来れば読まれるなんてところも当然ある。
おたよりがたくさん来れば採用率は下がり、当然来なければ採用率は挙がる。
いくらツールが発達し、ハードルが下がっても、元々おたよりが来ていない番組ならそのハードルは存在しないに等しい。
運が良かった、どころではない。
アイドル達の番組だって、当時のファン層からしてアイドルラジオにありがちな自己アピールか擦り寄り信者メールばかりだろう。
彼女達の当時の人気からすれば、メールの絶対数も決して多くはなかったはずだ。
例え送られてきても「まーた同じ人からのメールだー」となっていた可能性が高い。
常連リスナーばかりのメールが送られてくるラジオほどお寒いものはない。
そして番組が、いい加減それらはもういいと思っていたら。ヌルさを突っぱねたかったのだとしたら。
職人たる博士からすればそれらは敵に値しない。
当時の博士以外に、パーソナリティときちんと距離をとったメールを送ってくるリスナーがいたとは思えない。
「入れ食い…」
「そう、まさに入れ食いさ」
助手のつぶやきを、博士が復唱する。
入れ食いとはラジオ番組でしばしば起こる現象だった。
始まったばかりの番組、出来たばかりのコーナー。送りさえすれば大抵のメールは読まれる状態のことだ。
ノベルティグッズ狙いの響季なら尚更その言葉は知っていた。
そしてメールが来ない番組は常に入れ食い状態にある。
あるいは同じリスナー、同じ餌ばかりの釣り場でいつもと違う美味しい餌が投入されれば、番組側がそれに食いつく可能性は高い。
博士は自分が送ったメールが読まれたのは単にその状態だったに過ぎないと言っていた。
「以上のことから、私が特別大した人間ではないとわかるだろう?」
まるで自分に言い聞かせるように博士は言うが、助手は、はい、とは言えない。
俯いたまま膝に置いた両拳を見つめていた。
それでも、博士は凄い人なのだと思いたかったのだ。
それを汲んだのか、
「大多数のラジオリスナーは、ネタの発案者のことなんてどうでもよく思っているよ」
博士は優しく諭すように言った。
表舞台の人間の手に渡った時点で、ネタの生みの親が誰かなんてどうでもいい。
電波に乗った時点でそれはすでに受け取り手のものだ。
リスナーの誰それが考えたネタだなんてことは、そのことを知っている者だけが知っていればいいのであり、わざわざ大声で言うべきではないと博士は言っていた。
「僕が…、無粋でした」
膝に置いた両拳をぎゅうっと握り、助手の響季君が自分の中にあった思いを言葉にする。
気づいてはいたが押し込んでいたものを。
やはり訊くべきではなかった。
この人は凄いのに、凄いと思うのにそれをひけらかしてはくれない。
憧れの眼差しを向けることすら許してくれないのだ。
そんな助手君に、
「そうだな。ド無粋だな。ドブスだな」
「ちょっ、博士ドブスって!」
ド無粋はともかくドブスでは意味が違ってくる。
が、ツッコみながらも助手は、響季は笑っていた。
ブスだなんて昭和な直球悪口を言われたのは生まれて初めてだったからだ。
それが妙におかしかった。
そして零児が不毛な会話に区切りをつけてくれたその一瞬後。
ステージの方からわあっ!!という声が上がった。
それに響季がえっ?と振り向くと、
「あっ!くああーっ」
「えっ!?」
今度は零児が奇声を上げ、そちらを振り向く。声を上げた方は頭を抱えていた。
あちゃあー、しもたぁーと。
「どうしたの?」
「楽屋花道が」
「………なに?」
意味がわからず響季が聞き返すが、
「後で話す。行こう」
話はあとだと零児が立ち上がる。
もうライブが始まる。
我らがディーバ達の宴が始まると。
熱を押さえ込みながら響季が問う。
キミはすごい人なんでしょ?あたしにだけはそれを教えてよと。
鮮やかなシンデレラストーリーを描かせた張本人だという秘密を共有させてほしいと。
誰も周りに居ない今のうちにと。しかし、
「あのさ」
「は、ぃ」
返ってきた冷たい声に小さくなる。
対して零児は、
「君は……、チミは何か大きな勘違いをしているようだね。響季君」
「え…」
そんなことを言いながら椅子の背もたれに悠々と背を預け、足を組むと、その上に軽く手を置いた。
更に顎先をこちらに向けるようにして細めたアーモンドアイで見てくる。
突然の、芝居がかった口調と動き。
また例のコントスイッチが入ったのかと響季は考え、
「どういうことですか博士」
咄嗟の判断で博士と助手コントに仕立てあげた。
一瞬にして、互いに見えないしわくちゃ白衣を身につけ、零児博士と助手の響季君になったのだ。
何日も寝てない響季君の顔は青白く、眼鏡は少しズレて掛けていて、おそらく博士の頭はもしゃくしゃに爆発しているのだ。
時折こんなこともあろうかと!と言って発明品を見せてきたり、説明しよう!とドヤ顔で説明してくれる博士。
そんな設定を響季は頭の中で思い描く。
おそらく零児は、自分ではない何かになりきって大事なことを伝えようとしてくれていた。
それは素面ではとても人には話せなくて、こうしてコントキャラクターになりきってでしか口に出来ないようなことだ。だが、
「あ。博士、何を」
博士は椅子から立ち上がると、流れるような動きで助手の眼鏡をするりと取り、自分に掛けてしまった。
取られた方はそこそこ大事なものを取られて戸惑うが、
「ぐっ」
掛けたはいいが、度が入っているので博士は気持ち悪そうに顔をしかめる。
そのまましばらく静止し、
「…つまりだ響季君」
視界が揺らがないよう、結局零児博士は目をつぶったままで講釈を始めた。
「チミは、私が送ったメールが、まるで世界か何かを変えてしまうチカラがあったように思っているみたいだね」
「……そうです、そうですっ!博士っ!その通りですっ!」
君をチミと言い換える小ボケもスルーして、響季君が同意する。
それはまさに助手の響季君が言いたいことだった。
それを褒め称え、自分だけが賞賛したかった。
誰も知らない偉業を。
助手の自分しか知らない博士の偉業を。
「それは違うな」
しかし博士は自ら言い当てたことを否定する。
「違う、って」
「私が送ったメールは、ただの素人考えのメールに過ぎない。それを受け取りどう使うか、他のリスナーに伝えるべきかはパーソナリティが決めることなのだ」
響季君は助手なので、意見すること無くただじっと博士の言葉を聴いていた。
「当然のように、ラジオに貰ったメールを面白おかしく読むのはパーソナリティの力量による。ネタ殺しという言葉はチミも知っているだろう?」
博士の顔を見つめたまま助手がゆっくり頷く。
ラジオにおいてのネタ殺しとは、パーソナリティがリスナーからのメールのオモシロ要素を意図せず潰してしまうことだ。
漢字が読めない、リズムが悪い、メールを途中で遮る、変に茶化す、面白いと思って愛の無いドSな振る舞いをする、先にオチを言ってしまうなど様々な要因で。
学が無かったり、喋ること自体に不慣れなパーソナリティだとそういうことが度々起きる。
まだトークスキルが仕上がってもいないのに、べしゃり仕事の前線に送り込まれるなどといった場合にも同様に。
ラジオにおいてはアイドルや新人声優の番組などによくあった。
それを許容出来るかは聴いてる側、ネタを送った側、そして潰した本人の人望にもよるが、
「我々のメールをパーソナリティ含めスタッフサイドが面白いと思ってくれた。そしてパーソナリティが殺さず、面白く読んでくれた。その時点で初めて送ったネタメールというのは価値が見いだされるのだ」
そう言って博士が冷たくなったコーヒーを啜る。
「響季君。声優とは、キャラクターに魂を吹き込む職業だ」
「…はい」
そしてなぜか急に声優論になった
この話がどこに転がっていくのだろうと思いながらも、助手の響季君は聴く。
洗脳されそうな語り口。だがそれはどこか心地良くて、ワクワして、ずっと聴いていたくなる。
自分は零児博士の声も好きなのだと響季君は改めて感じた。
「先程も言ったがリスナーが送ってきたメールを活かすも殺すも、それはパーソナリティの腕次第だ。なんてことないメールでも展開して、活かすことも出来る。幸いなことに、我々が潜入捜査を行っている声優ラジオは、読むことが本職なだけあってそういったテンションや文章の活かし方がずば抜けている」
「そうですね」
潜入捜査?そういう設定なのかと思うが、なんだか面白いので響季君はそういうことにしておいた。
「同時に」
眼鏡をずらし、レンズを視界に入れないようにして博士がこちらを見てくる。
すっとぼけた鼻メガネキャラみたいで可愛いなと助手が思っていると、
「リスナー自身が面白いと思うネタを送っても、パーソナリティが賛同し、上手く仕立てあげてくれなければそれは面白いとは言えないのだよ」
そう言って博士は頭を振った。
リスナーや職人が送ったネタに番組側が乗っかってくれなければ。
まず一番初めに賛同し、他のリスナーにもこれを伝えようと思ってくれなければそれは電波に乗らない。
更にそこから殺さず電波に乗せてもらわなければならない。
テンション高く行くか、淡々と読み上げるか。
実際にはネタ職人なんてものはすごくなんかない。
番組スタッフやパーソナリティのさじ加減ひとつなのだと博士は言っていた。
「逆を言えば、そうだな。チミにも経験があるんじゃないか?なんでこんなつまらないメールが採用されて、ボクの面白いメールが採用されないのだろうということが」
「あ…」
指摘され、響季君が思い出す。
そのものズバリあった。
なんで自分のではなくこんなメールがと、傲慢と嫉妬に駆られた夜が。
「あれはそういったメールが求められているからだよ。ぬるい、アツ過ぎないメールがね。つまらなくてもいい。エッジが効きすぎたメールだと、番組やパーソナリティのキャラクターとしての枠組みが崩壊するからと。まあ、あるいは単純に番組側の怠慢かもしれんがね」
博士は番組側が適当に選んだメールだけを読んでいるということを揶揄していた。
適当ということは運に左右される可能性が高い。
ならばくじ運の悪い響季君はその恩恵には預かれない。
だが、博士を尊敬する助手としてはどうにも納得がいかなかった。
あれは、あの二通は間違いなく選ばれしメールだ。
それを表情から見て取ったのか、
「今現在、アニラジというものはどれぐらい存在していると思う?」
「えっ!?えーと…」
「それを聴いている人間の数は?そこからわざわざおたよりを、メッセージを送るなどという酔狂な行為をする者の数は?」
突然の意地悪な質問に、助手は黙りこくってしまう。
アニラジで限定して言えば、創世記と呼ばれる時代に比べるとその番組数はネットラジオの誕生などで格段に増えたはずだ。
対して人口、及び若者は減少し、ラジオなんかよりも楽しいものは増え続けている。
番組数は増えているのに、それを聴いている者の数は減り、分散している可能性が高い。
博士の言わんとしていることは助手にもわかった。
聴いている者の絶対数が少なければ、自然と送られてくるおたよりも少なくなる。
それらを蹴散らし、ひょいと跨ぐのは簡単なのだと博士は言っていた。
「ただっ、メールやツイッターなどの発達によりっ、昔に比べればラジオ番組におたよりを送るという行為はハードルが下がったと思いますがっ」
助手はそれに強く異を唱える。
リアルには体験していないが、かつてラジオに送るおたよりというのはハガキかよくてファックスが主流だった。
そしてそれらに代わるツールの登場により、ラジオ番組におたよりを送りやすくなったのも事実だ。
文章を綴り、発表するということが身近になったこともある。
それによって推敲しない文章を送りつけたり、数で押してくる輩も増えたはずだが。
かつての自分を思い出し、助手は胸が痛むが、
「そうだな。だがチミが言っていた二番組の、私がメールを送ったその週に、一体どれぐらいのメールが来たと思う?」
「あ…」
言われて言葉に詰まる。
女芸人とセクシー女優は番組にメールが来ないと言っていた。
ラジオ番組でのおたより採用率はそれが来る数で決まると言ってもいい。
番組によってはぬるさもアツさも関係なく、来れば読まれるなんてところも当然ある。
おたよりがたくさん来れば採用率は下がり、当然来なければ採用率は挙がる。
いくらツールが発達し、ハードルが下がっても、元々おたよりが来ていない番組ならそのハードルは存在しないに等しい。
運が良かった、どころではない。
アイドル達の番組だって、当時のファン層からしてアイドルラジオにありがちな自己アピールか擦り寄り信者メールばかりだろう。
彼女達の当時の人気からすれば、メールの絶対数も決して多くはなかったはずだ。
例え送られてきても「まーた同じ人からのメールだー」となっていた可能性が高い。
常連リスナーばかりのメールが送られてくるラジオほどお寒いものはない。
そして番組が、いい加減それらはもういいと思っていたら。ヌルさを突っぱねたかったのだとしたら。
職人たる博士からすればそれらは敵に値しない。
当時の博士以外に、パーソナリティときちんと距離をとったメールを送ってくるリスナーがいたとは思えない。
「入れ食い…」
「そう、まさに入れ食いさ」
助手のつぶやきを、博士が復唱する。
入れ食いとはラジオ番組でしばしば起こる現象だった。
始まったばかりの番組、出来たばかりのコーナー。送りさえすれば大抵のメールは読まれる状態のことだ。
ノベルティグッズ狙いの響季なら尚更その言葉は知っていた。
そしてメールが来ない番組は常に入れ食い状態にある。
あるいは同じリスナー、同じ餌ばかりの釣り場でいつもと違う美味しい餌が投入されれば、番組側がそれに食いつく可能性は高い。
博士は自分が送ったメールが読まれたのは単にその状態だったに過ぎないと言っていた。
「以上のことから、私が特別大した人間ではないとわかるだろう?」
まるで自分に言い聞かせるように博士は言うが、助手は、はい、とは言えない。
俯いたまま膝に置いた両拳を見つめていた。
それでも、博士は凄い人なのだと思いたかったのだ。
それを汲んだのか、
「大多数のラジオリスナーは、ネタの発案者のことなんてどうでもよく思っているよ」
博士は優しく諭すように言った。
表舞台の人間の手に渡った時点で、ネタの生みの親が誰かなんてどうでもいい。
電波に乗った時点でそれはすでに受け取り手のものだ。
リスナーの誰それが考えたネタだなんてことは、そのことを知っている者だけが知っていればいいのであり、わざわざ大声で言うべきではないと博士は言っていた。
「僕が…、無粋でした」
膝に置いた両拳をぎゅうっと握り、助手の響季君が自分の中にあった思いを言葉にする。
気づいてはいたが押し込んでいたものを。
やはり訊くべきではなかった。
この人は凄いのに、凄いと思うのにそれをひけらかしてはくれない。
憧れの眼差しを向けることすら許してくれないのだ。
そんな助手君に、
「そうだな。ド無粋だな。ドブスだな」
「ちょっ、博士ドブスって!」
ド無粋はともかくドブスでは意味が違ってくる。
が、ツッコみながらも助手は、響季は笑っていた。
ブスだなんて昭和な直球悪口を言われたのは生まれて初めてだったからだ。
それが妙におかしかった。
そして零児が不毛な会話に区切りをつけてくれたその一瞬後。
ステージの方からわあっ!!という声が上がった。
それに響季がえっ?と振り向くと、
「あっ!くああーっ」
「えっ!?」
今度は零児が奇声を上げ、そちらを振り向く。声を上げた方は頭を抱えていた。
あちゃあー、しもたぁーと。
「どうしたの?」
「楽屋花道が」
「………なに?」
意味がわからず響季が聞き返すが、
「後で話す。行こう」
話はあとだと零児が立ち上がる。
もうライブが始まる。
我らがディーバ達の宴が始まると。
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