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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)
2、妹と書いて人のプリンを勝手に食べる家畜と読む
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「……そうですか」
自分の状況を改めて確認した零児は、浴室を出ると髪も制服も適当に乾かしたまま自室へ向かった。
そして引き出しから、送られてきた中で一番新しいハガキを取り出す。
献結をすると送られてくる、血液検査の結果ハガキだ。
プライバシー保護のために接着されていた部分は、すでに一度剥がしたためくたりと力なく開いている。
そこには血液検査の結果、TB成分の値が相変わらず高いことを示していた。
更に机の上に置いた小さな本棚から冊子を取り出す。
TB成分の値が高いと言われ、献結をした方がいいと言われた時に渡された手引書だ。
主にこの成分の値が高い子供は、深夜にママチャリで走り出し、誰もいない高架下の道の壁に寄りかかって缶コーヒーとかを啜る、適量がわからないまま香水を全身に付ける(男子中学生に多い)、大瓶モテ香水を通学カバンに入れて持ち歩く(男子中学生に多い)、やたら大きいTシャツを着たがる(男子中学生に多い)、自転車にオシャレファッション雑誌のオシャレステッカーを貼りまくる(男女問わず)などの症状が見られると書かれていた。
そこにある『同性に対する一過性の恋愛感情』云々という一部分を見て、零児は検査結果と広げた冊子を机の上で照らし合わせる。
だから、好きなのか。
だから響季を求めてしまうのか。
じゃあ血液が正常になったらこの気持ちはどうなるのか。
大人になったら、十代の、少女時代の淡い思い出として消えてしまうのか。
途絶えた回路はどうなるのか。
「…わからん」
文字と数値が並ぶ机に向かって零児がため息をつく。
考えてもわからない。
こんな時、十代の女の子はどうするのか。
深夜のラジオ番組に相談メールでも送ったりするのだろうか。
人生の先輩たるアニキ、アネキ気取りなDJ達に。
ねえ、レディオスター。彼女を思うと私、夜も眠れないの。どうしたらいいのかしらこの想い。私一人の小さな胸と腕では、到底抱えきれないわ。
そんなお悩みに対する答えなんて簡単に予想が出来た。
おそらくそれは一過性の―。
淡い十代特有の―。
その時期特有の、少女特有の可愛らしい胸の痛み。
そうだ、わかりきっているじゃないか。
指先から紡いだ悩みはそんな言葉で片付けられてしまう。
頼れそうな深夜の大人達は真剣には向き合ってくれず、読まれたとしても大概のお悩みは送った時期と収録とのタイムラグで役に立たない。
電波の藻屑に飲まれ、続いてのお便りをパーソナリティは手に取る。
じゃあ回路の件を乗せてみれば、もっと親身になって悩みを解決してくれるのか。
いや、そんなわけのわからないメールはそもそも採用されないだろう。
結局自分でどうにかするしかないのだ。
「う」
ぐぁんとした痛みに零児が頭を押さえる。
頭痛がしてきた。
悩みの種が脳を刺激してくるのか、あるいは単純に風邪かと思うが、
「風邪の引き始めには、……なんだっけ」
またしても頭が働かない。
今まで聴いてきた声優ラジオでは、風邪の季節になると自分なりの特効薬の話をパーソナリティが何度もしてきたのに。
あるいは採用されたいだけのリスナーがそんなベタなメールを送ってくるのに。
喉と体調管理のプロが教えてくれたそれらが何も思い出せない。
とりあえず冷蔵庫にあるものを何か飲もうと零児は台所へ向かうが、
「あ」
冷蔵庫を開けても何を飲めばいいかはわからない。
が、買っておいた牛乳プリンが無くなっていた。
それだけはわかった。
流しを見ると案の定カラのプラスチック容器が置いてある。誰が食べたのかすぐにわかった。
「おいっ!家畜!!」
姉の怒号に零児の妹が座っていたリビングソファの上でびくっと飛び跳ねるが、
「人のプリン勝手に食うんじゃねえよっ!!」
「だって、」
「なぁにもう。れい、家畜とか言わないのっ」
妹に罵声を浴びせる零児を母親がまた叱る。
「おかーさんが賞味期限今日までだから食べちゃっていいって…」
「私が買ってきたやつだろうがよっ!!」
「また買ってくればいいでしょ。賞味期限切れちゃう前に食べなさいよ」
言い訳をする妹に零児は更に罵声を浴びせ、母親が姉である零児を更に叱る。
そんな自分を、零児は俯瞰で見ていた。
リビングの天井あたりでゆらゆらたゆたいながら。
ほら、どうだと。
幼い妹にプリンを食べられたくらいでこんなに怒っている。
内弁慶で、家の中ぐらいでしか大声を出せなくて、恋にも似た何かで悩んで。
お前はどうしようもないなと。
相変わらず青臭い獣の血が身体中を駆け巡っているなと。
見えない自分に言われるまでもなく、零児は痛いくらいにそれらが実感出来ていた。
その時。
「続いてはおめでたいニュースです」
夕方のくだらない芸能ニュースが流れるテレビ画面。
そこに、零児にとっては見覚えのあり過ぎる顔写真が映し出された。
「若手俳優の凪家修輔さんが、今日、都内の区役所に婚姻届を出されました」
そう歯切れよく中堅女子アナが原稿を読み上げる。
見覚えのあるのは当然若手俳優ではない。
一緒の画面に写っている女性にだ。
「お相手は声優の渡部愛蘭さんで」
そんなおめでたい画面を、零児は呆けたように見る。
「せーゆーさんだって」
「あらー、有名な人なのかしら」
プリン問題などもう終わったことにして、妹と母親はテレビに釘付けになっていた。
更にアナウンサーは一般人には馴染みのない、渡部愛蘭のアニメ代表作を読み上げていく。
お茶の間にそのキャラクターの声を流しても誰もわからないだろう。
しかし零児は知っていた。その声を。
そしてどんなことをラジオのフリートークで話していたかも。
自分の状況を改めて確認した零児は、浴室を出ると髪も制服も適当に乾かしたまま自室へ向かった。
そして引き出しから、送られてきた中で一番新しいハガキを取り出す。
献結をすると送られてくる、血液検査の結果ハガキだ。
プライバシー保護のために接着されていた部分は、すでに一度剥がしたためくたりと力なく開いている。
そこには血液検査の結果、TB成分の値が相変わらず高いことを示していた。
更に机の上に置いた小さな本棚から冊子を取り出す。
TB成分の値が高いと言われ、献結をした方がいいと言われた時に渡された手引書だ。
主にこの成分の値が高い子供は、深夜にママチャリで走り出し、誰もいない高架下の道の壁に寄りかかって缶コーヒーとかを啜る、適量がわからないまま香水を全身に付ける(男子中学生に多い)、大瓶モテ香水を通学カバンに入れて持ち歩く(男子中学生に多い)、やたら大きいTシャツを着たがる(男子中学生に多い)、自転車にオシャレファッション雑誌のオシャレステッカーを貼りまくる(男女問わず)などの症状が見られると書かれていた。
そこにある『同性に対する一過性の恋愛感情』云々という一部分を見て、零児は検査結果と広げた冊子を机の上で照らし合わせる。
だから、好きなのか。
だから響季を求めてしまうのか。
じゃあ血液が正常になったらこの気持ちはどうなるのか。
大人になったら、十代の、少女時代の淡い思い出として消えてしまうのか。
途絶えた回路はどうなるのか。
「…わからん」
文字と数値が並ぶ机に向かって零児がため息をつく。
考えてもわからない。
こんな時、十代の女の子はどうするのか。
深夜のラジオ番組に相談メールでも送ったりするのだろうか。
人生の先輩たるアニキ、アネキ気取りなDJ達に。
ねえ、レディオスター。彼女を思うと私、夜も眠れないの。どうしたらいいのかしらこの想い。私一人の小さな胸と腕では、到底抱えきれないわ。
そんなお悩みに対する答えなんて簡単に予想が出来た。
おそらくそれは一過性の―。
淡い十代特有の―。
その時期特有の、少女特有の可愛らしい胸の痛み。
そうだ、わかりきっているじゃないか。
指先から紡いだ悩みはそんな言葉で片付けられてしまう。
頼れそうな深夜の大人達は真剣には向き合ってくれず、読まれたとしても大概のお悩みは送った時期と収録とのタイムラグで役に立たない。
電波の藻屑に飲まれ、続いてのお便りをパーソナリティは手に取る。
じゃあ回路の件を乗せてみれば、もっと親身になって悩みを解決してくれるのか。
いや、そんなわけのわからないメールはそもそも採用されないだろう。
結局自分でどうにかするしかないのだ。
「う」
ぐぁんとした痛みに零児が頭を押さえる。
頭痛がしてきた。
悩みの種が脳を刺激してくるのか、あるいは単純に風邪かと思うが、
「風邪の引き始めには、……なんだっけ」
またしても頭が働かない。
今まで聴いてきた声優ラジオでは、風邪の季節になると自分なりの特効薬の話をパーソナリティが何度もしてきたのに。
あるいは採用されたいだけのリスナーがそんなベタなメールを送ってくるのに。
喉と体調管理のプロが教えてくれたそれらが何も思い出せない。
とりあえず冷蔵庫にあるものを何か飲もうと零児は台所へ向かうが、
「あ」
冷蔵庫を開けても何を飲めばいいかはわからない。
が、買っておいた牛乳プリンが無くなっていた。
それだけはわかった。
流しを見ると案の定カラのプラスチック容器が置いてある。誰が食べたのかすぐにわかった。
「おいっ!家畜!!」
姉の怒号に零児の妹が座っていたリビングソファの上でびくっと飛び跳ねるが、
「人のプリン勝手に食うんじゃねえよっ!!」
「だって、」
「なぁにもう。れい、家畜とか言わないのっ」
妹に罵声を浴びせる零児を母親がまた叱る。
「おかーさんが賞味期限今日までだから食べちゃっていいって…」
「私が買ってきたやつだろうがよっ!!」
「また買ってくればいいでしょ。賞味期限切れちゃう前に食べなさいよ」
言い訳をする妹に零児は更に罵声を浴びせ、母親が姉である零児を更に叱る。
そんな自分を、零児は俯瞰で見ていた。
リビングの天井あたりでゆらゆらたゆたいながら。
ほら、どうだと。
幼い妹にプリンを食べられたくらいでこんなに怒っている。
内弁慶で、家の中ぐらいでしか大声を出せなくて、恋にも似た何かで悩んで。
お前はどうしようもないなと。
相変わらず青臭い獣の血が身体中を駆け巡っているなと。
見えない自分に言われるまでもなく、零児は痛いくらいにそれらが実感出来ていた。
その時。
「続いてはおめでたいニュースです」
夕方のくだらない芸能ニュースが流れるテレビ画面。
そこに、零児にとっては見覚えのあり過ぎる顔写真が映し出された。
「若手俳優の凪家修輔さんが、今日、都内の区役所に婚姻届を出されました」
そう歯切れよく中堅女子アナが原稿を読み上げる。
見覚えのあるのは当然若手俳優ではない。
一緒の画面に写っている女性にだ。
「お相手は声優の渡部愛蘭さんで」
そんなおめでたい画面を、零児は呆けたように見る。
「せーゆーさんだって」
「あらー、有名な人なのかしら」
プリン問題などもう終わったことにして、妹と母親はテレビに釘付けになっていた。
更にアナウンサーは一般人には馴染みのない、渡部愛蘭のアニメ代表作を読み上げていく。
お茶の間にそのキャラクターの声を流しても誰もわからないだろう。
しかし零児は知っていた。その声を。
そしてどんなことをラジオのフリートークで話していたかも。
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