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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

21、収録直後に声優さんのコメントを撮るでない

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「うわ、外のが涼しい」

  零児と図書館を出た響季が、吹いてくる風を浴びながら言う。
  夕暮れ時になると冷房が節電設定にされている室内よりも、よほど外の方が涼しい。
  零児との楽しい恋人ごっこに明け暮れていた響季は、夏休みの課題が全く終わっていなかった。
  そのため怒涛のデートラッシュを消化した後は、図書館で課題をやっつけるのに付き合ってもらっていたのだが。

 「今日なに借りたの?」

  少し涼もうと二人でベンチに座ると、響季の問いに、零児がトートバックに入れた本を見せる。
  小説やハードカバー、料理エッセイ本や、時期的なものもあってか戦争の手記などもある。
  夏休みが始まる前には課題をさっさと終わらせてしまった零児は、読書をしているだけだった。
  その本の量は残り少ない休みをギリギリまで満喫しているように見えたが、

 「あー、もう休み終わるぅー」
 「課題終わったからいいじゃん」

  近づく長期休みの終わりを実感し、響季が伸びをしながら嘆くと、やるべきことは終わらせたのだからあとは愉しめばいいと零児が言う。

 「まあそうですけど」

  今日付けでようやく課題を終わらせた響季が苦笑いする。
  課題は全て自分でやったが、読書感想文だけは零児に手伝ってもらった。
  正確にはあるならやるけど、と向こうから申し出てきたのだ。
  暇で、尚且つ得意だったからだ。
  選んだ本をサクっと読むと、零児はケータイで書き上げた感想を響季のケータイに送ってきた。
  それはやり過ぎない程度の、響季のレベルを推し量っての感想文だった。
  文字数も、指定原稿枚数にちょうど収まる程度。
  発注通りの仕事を仕上げてくれた。
  本当にこのコは頭がいいのだと響季は感心させられた。
  だがそこにはまだ薄いベールで覆われたような距離を感じた。
  もっと近づきたいと思ってしまうのに、もうこれ以上はいけないと思わせる拒絶も見えた。

  休みも終わり、もうここが限界かと考えていると、同じように図書館デートをしていた高校生達が二人の前を横切った。
  当然のように、男女の。
  それを見て響季が細く息を吐く。
  とりあえずデートは行けるとこまで行ってみた。
  最初に提示したイベント全てをこなせたわけではないが、季節限定のソフトクリームも食べたし、花火はお互い楽しさがわからなかったのでやらなかったし行かなかった。
  限られた夏の時間の中で、清い交際という点では形だけでもやるべきことはやった気がする。
  財布に入れた献結カードを取り出し、そこに印字された解禁日の日付を見る。
  明日で次回献結は解禁になる。

  お互い予定は開けていた。
  つまり明日、実験は行われるのだ。
  しかし響季は自分の血がちゃんと変化しているのか不安だった。
  実験は、零児の望む結果に向かっているのかと。
  それなりに相手に対してドキドキもワクワクもする。
  こんなにも焦がれている。なのに仲良くなりかけの友人以上にはなれていない気がした。
  指に嵌めたサーフリングが視界に入り、あともう1つくらい、血の質が変わるようなイベントはないかと考えながらカードと財布をしまうと、

 「キスしよっか」

と、零児が言ってきた。
  パラパラと、借りた本のページをめくる合間に。
  響季は一瞬置いて言われた意味を咀嚼する。
  蝉の音もしない。
  はしゃぐ子供も居ない。
  当然、言われたことを聞き逃すわけもない。
  耳の遠いハーレムアニメの主人公のようにあんだって?なんて事も言わない。
  あんだって?あたしゃ神様だよと日本が誇るコメディアンの鉄板ギャグが言いたくなるが、言わない。
  ここはフザケるわけにはいかなかった。

 「いいよ」

  自分でも驚くほど、響季はあっさりそう言った。
  その言葉に零児がぱたんと読んでいた本を閉じる。そしてこちらに身体を向けるが、

 「ん」
 「え?」

  目をつぶった零児は、艶めいた唇を内側にしまいこんでしまった。
  リップを塗った唇をンマンマとくっつけ馴染ませるように、ンマンマのンの状態で静止している。
  それを見て響季は呆気にとられるが、そうかと気付く。
  実験を行うにあたり、付き合うにあたり、二人は体液が交わるような接触は禁止したのだ。
  血液に何も不順なものが混じらないよう、想いだけで血の質は変えられるのか。
  それが実験の大前提だった。
  それはおそらく粘膜が触れ合ってしまう行為もダメなのだ。
  そこまで徹底しなくてもと思うが、零児からすれば念には念を入れてなのかもしれない。
  軽くchu!としてキャッ☆なら被害は最小限になりそうだが、若い二人は盛り上がって、もっともっととなってしまうかもしれない。
  そう考えたら唇は避けた方がいいかもしれないが、

 「う、ううぅっ」

  唇が封じ込まれたとなるとどこに口付ければいいのかわからない。
  そしていつまでもしてこない響季に、

 「はひゃく」

  零児が唇をしまいこんだ状態のまま急かす。入れ歯を抜いたババアみたいな喋り方で。

 「んぐふっ!う、うん」

  そのヨボヨボ口調に、響季は笑いが込み上げるがなんとか我慢する。
  まずは目の前の状況を打破しなくてはならない。

 「ええっとぉ…」

  ターゲットをロックオンすべく、身体を引いて顔全体を眺める。
  やはり頬か、それとも紳士的に手の甲か。
  奇を狙って耳。首筋、は過激か。髪は?
  選択肢はいくらでもあるのに選べない。
  そうこうしているうちに、維持出来なくなったのかしまいこんでいた零児の唇がぷるんと露出してしまい、

 「早く」

  そう怒った顔と声で言われた。
  そんな言葉を紡ぐ唇に一番したいのに、そこは禁じられていた。
  腹をくくった響季は、零児の前髪カーテンを手で開け、そこに口付けることにした。
  近づく唇の気配に零児が目を閉じると、すぐ額に柔らかい感触が降ってきた。
  嫌な気はしない、そしてほぼ予想通りの場所だった。
  そしてゆっくり離れていくと、

 「ダメ、だったかな」

  前髪を元通りに直してやりながら、響季がおずおずと言う。
  この場所で大丈夫だったかと。
  それに対し、眉を顰めて零児がなんで?という顔をすると、

 「ほら、女の子っておでこ見られるの嫌だって言うし」
 「別に」

  響季が思春期ガールにありがちな特性を言うが、零児は気にしなかった。

 「そっか」

  それを聴いて良かったぁーと響季が一仕事終えたため息をつく。が、

 「じゃあ」

  ほっとしているところに零児がずい、と近づいてくる。

 「え?」
 「私の番」

  キスされたのでこちらからも、ということのようだ。
  リバース制により、一回では終わらないらしい。

 「ええっ!…と。……はい」

  有無を言わせぬアーモンドアイに身を縮こませ、響季が目をつぶる。
  受け身に回るのは攻めの時よりドキドキした。

 「ふむ」
 「ひ、ぅっ」

  準備が整うと、零児は品定めするように至るところに触れてきた。
  頬、耳、唇、首筋。温度の低い零児の小さな手が触れてくる。
  候補としてやはり手を取り、手の甲や手のひらなどをひっくり返す。
  更に手首やショートパンツを穿いた腿にも。
  髪に触れ、もう一度右頬、左頬。
  するならどこがいいか、どこなら相手はお気に召すか。

 「んぐっ、っく」

  早く決めちゃってくれと思う反面、響季は触れられぞくぞくするのが嫌ではなかった。
  目を閉じているので感覚が鋭い。その状態で受ける予想出来ないボディタッチは、快感にすら至らないもののひどくドキドキした。
  一通り触れたところで零児が一旦離れる。
  気配が遠ざかったことで恐る恐る響季が目を開けると、

 「うわあっ!」

  零児はぐいーんと両手を伸ばしてきた。
  3D映像のような怖さに思わず腕で顔をガードしようとするが、零児はそれを掻い潜り、つるを掴んで眼鏡をするりと外した。

 「だっ!」

  大事なものをとられ、響季が非難めいた声を上げる。眼鏡ユーザーには失礼極まりない行いだが、

 「目、閉じて」

  優しくつるを折って畳むと、零児はそう言った。その信頼出来る手つきと声には逆らえない。
  いよいよかと響季は目をつぶるが、

 「あ」

  柔らかな感触は、瞼に降ってきた。
  しっとりふわっとしたものがまぶたに触れ、なぜか泣きそうになる。
  おまけに動かないよう、髪にそっと触れてくれている。
  すぐ近くに感じる、コットン素材に包まれた女の子の肌の匂い。

 「あ、あ」

  瑞々しい、包まれるような優しさと匂いに、響季の中で幼い頃に戻ったような漠然とした不安感が産まれ、それがまぶたの裏でみるみる雫になる。
  今までのいい思い出や悪い出来事が走馬灯のように押し寄せてくる。
  走馬灯て!なにこれ死ぬん!?バッドエンドちゃうん!?ルート間違えたんとちゃうん!?最後にセーブしたのどこ!?クリアすると声優さんの秘蔵トーク聴ける!?と思うと更に不安感が増した。
  気配が離れていくのを感じ、目を開けると響季は自分の瞳が潤んでいるのがわかった。

 「泣いてる」

  それを見て零児がぽつりと言う。からかうでもなく、ただ見たままを。

 「う、ん」
 「痛かった?」

  違うと響季が首を横に振る。

 「嫌だった?」

  重ねて問われると、こちらはもっと大きく首を振る。
  自分でもわからなかった。何で泣いているのか。
  だがそれは今まで流したこともないくらいに暖かな涙だった。
  戸惑ってるような響季を見て、零児は小さくため息をつくと、ゆっくり手のひらで目もとを覆ってきた。

 「う」

  視界が真っ暗闇になったことで響季はまた目を閉じるが、手を外すと零児はさっきとは逆の瞼に口付けてきた。

 「うわ、あ」

  まだ終わってなかったことに響季が戸惑うが、今度は手を握ってくれた。
  しっとりした手の感触が勝手なタイムスリップをとどまらせてくれる。
  こちらからも不器用に握り返し、互いに握り合う。
  その状態で零児は両方の瞼に口付けると、最初にした方にもう一度し、更にまた反対にもしてくる。

 「んんっ。は、は」

  終わらない、瞼にのみ降るキスの雨に、ドキドキで響季の呼吸が乱れる。
  涙がいよいよ流れてきたが、ふと、涙も体液ではなかったろうかと気付く。
  唇を介して自分の体液が相手の体内に入り込まないかと不安になる。
  同時に、身体の中で何かが変化しているのがわかった。
  心臓を介して体内の血がみるみる入れ替わっていくような。
  が、その直後に零児はゆっくりと離れていった。
  響季が目を開けると、零児は唇をむにむにすり合わせて、

 「しょっぱい」

  涙が触れたのだろう、自分の唇をぺろりと舐めながら味の感想を述べる。

 「ごめん」

  それに響季が謝るが、

 「………………なに、これ」

  顔を赤くしながら呟く。視線を逸らして。
  両瞼にキスされて、涙を流して、しょっぱくてごめんなさい。
  なんだこの展開、どうすんだこの状況という言葉が頭に浮かぶ。
  初めてにしてはハイレベル過ぎやしないかと。
  向こうは何も言わず、この場を回収してくれそうもない。
  気の利いたことでも言わなきゃと思い、

 「なんか、視力上がったかも」

  妙にすっきりした目で響季が言う。
  眼鏡を掛けていない、暖かな涙を流したクリアな目で。

 「うそつけ」

  そんなすっとぼけた発言に、零児はクスっと笑ってくれた。

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