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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)
22、職人が実行委員
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「なんか、普通にそういう、その、…チッスをするよりすごいことしてないか」
暖かな、学校を抜け出してやってきたコンビニ前のベンチで。
あの実験までの間に何をしたかを聞くと、柿内君がそう言うが、
「そうかな」
すっとぼけたような口調で響季が言い、左手を見る。
あの時の指輪も今はしていない。
二人はその後友達になったからだ。
少し前の出来事なのに、もう懐かしさすらあった。
なのに最後の図書館以外のデートはあまり覚えていない。
恐らく、当時はまだ無理をしていたのだ。
今とは違い、零児に気を遣って接していた。
そして思い出す。
零児はいつもこちらをからかうようにマウントをとっていたのに、今は、と。
すると、
「響季と逆だな」
「え?」
「響季はれーじ君のこと好きになって、れーじ君の笑いだけ欲しがるようになったのに」
「…ああ」
ずっと二人を見ていてくれた親友に言われ、響季が納得する。
確かに実験が終わった後、そんなことに気付いた。
それは今も変わらない気がする。
彼女だけを笑わせたかった。彼女だけに楽しんで欲しかった。
単純に、クールな女の子を笑わせてみたかったこともある、認めてほしいという思いもあるが、今までの、ラジオのノベルティ欲しさの面白さではない。
目の前にいる天才職人に笑って欲しかった。
なのに、零児はその真逆で。
もうあのクールでクレイジーな零児はもうこの世に居ない気がした。
その原因がまさか自分だなんてと考えると、響季の鼻がツンとしてきた。
「…ふっ」
笑い声とは違う空気の漏れる音を柿内君が耳にし、
「わっ!おい、泣くなっ」
顔を歪め、膝の上で泣きだしそうな親友におろおろしだす。
眼鏡をしたままぎゅうっと目を瞑り、響季は泣くのを我慢するが、そこへ、
♪デデデデン! カッカ、デデデデン! カッカ、デデデデン、デデデデン、デデデデン ひょろろろ~ろろろろ
恐ろし愉快なメロディが流れてきた。響季のケータイから。
「……なんでアダムスファミリーなんだ」
「わかんない」
空気を読まないそのメロディに柿内君がツッこみ、響季の目の周りの熱がしゅるしゅると収束していく。
絶賛話題に登っている彼女からかと思い、
「…出ろよ」
柿内君がそう促すが、響季は赤い目でぶすっとしたまま応じない。
もし零児からなら新宿はさくら通りにあるあの奇天烈レストランの曲が流れてくるはずだ。
「れーじ君からかもしれないだろ」
「れいちゃんだったら設定変えてるからわかる…。っだよ、もうっ!」
なんだか恥ずかしいことを言ってる気がして、響季はごまかすように起き上がってケータイを見ると、
「げっ」
財布を忘れたことに気づいたのと同じような声をあげる。
「なんだよ」
ケータイ画面を見つめたまま固まる響季に柿内君が訊くと、
「チケット当たった…。……献結ライブの」
「……あー」
なるほどという顔をする。
あのパッとしない出演者のライブだ。
当たったというより当たってしまったに近い。
同時に、このメロディはこういった献結お願いしやあーっすなどの面倒メールに設定していたことも思い出した。
送られてきたメールによると、一当選枠に対し、二名までいけるらしいが、
「……カッキー行く?」
「行かね」
誘われた方は興味なさそうに言う。
かろうじて見てみたいアイドル達や声優はいたが、その子達は響季の運の無さから当然のようにチケットが当選した日には出ない。
他に出るのは好きな人には好きな出演者なのだが、この場にいる二人はあまり惹かれないのだ。
いや、この場に居ないもう一人もおそらく。
「れーじくん、は?」
ふと同じことを思ったのか、それとなく、さりげなく柿内君が提案してみるが、
「れいちゃんも、興味ない言うてたし」
響季は不貞腐れたように言う。
そこにはこんな関係にしてしまって今更誘うのも、という想いが見えた。それはつまらない意地でしか無い。
しかし逆に上手く使えば絶好の仲直りの口実にはなる。
それは膝枕していた側もされていた側もわかっていた。
「お一人様で行けよ。あと会場行ってチケット余ってまーすってボード持って売りつけるか」
とりあえず軽めのジャブで柿内君は様子を見てみるが、
「えー?めんどくさーい。ネットで流しちゃおっかな。こんなんでもいくらかにはなるだろうし」
「いや…、オークション、とかは、まずいんじゃないか」
やばい、方向性を間違えたと狼狽える。
「ああ、そうだ。注意事項みたいのにオークションとか流すのダメだって書いてあった。登録コードから割り出されるかもしんないし。なんだよもう、めんどくさいなあっ」
思い出した注意事項に、響季は苛立ったように手のひらで額を抑える。
オークションという知恵は働くが、それを実行出来るほどの小悪党にはなれないでいた。
その間、柿内君はぐるぐると考えを巡らし、
「じゃ、じゃあ何か対決して、負けた方に押し付けるとか」
時間稼ぎのために適当に案を挙げるが、眉との距離が近い彼の目が光を帯び始める。
チケット争奪戦、ではなく、逆争奪戦。
勝った方にではなく罰ゲーム的な。
自分が思いついたアイデアに、イベントに、少年の胸が高鳴る。
「誰が」
「俺と、れーじ君で」
「何対決?」
「……ヴォーグ対決、とか。……そうだ、動画で撮影して、それを…、そうだな。献結ルームに送って、看護師さん達に審査してもらって…」
まだちゃんとまとまりきらない企画を柿内君が提案する。
献結ルームのスタッフ陣はなかなかエッジの効いたお姉さん方が揃っていると、響季からも聞かされていた。
ならばこんな馬鹿げた企画にも乗っかってくれるかもしれない。
聞いていた響季の目も楽しそうに輝き出す。
やってみた自分でも未だよくわからない、零児がやっていたあのダンス、ヴォーグ。
下唇噛み気味に発音するのが正しいVogue。
それで二人は対決するという。
自分は参加せず、賞品提供者として見ているだけでいい。
なんだそれ面白そうと輝く瞳を、柿内君がどうだ面白そうだろうと見つめ返す。
そしてこの場に居ないあの少女も、きっと面白そうだと賛同してくれるはずだ。
それは予感などではない、絶対だった。
「響季、ヴォーグ対決だ!」
「ヴォーグ対決か!」
「俺と、れーじ君でヴォーグ対決だ!」
「ヴォーグ対決だ!」
「すぐにセッティングをしろ!」
「すぐにセッティングいたしやす!」
勇気ある出場者殿の声に、ヴォーグ対決実行委員に任命された響季がびしっと敬礼を返した。
暖かな、学校を抜け出してやってきたコンビニ前のベンチで。
あの実験までの間に何をしたかを聞くと、柿内君がそう言うが、
「そうかな」
すっとぼけたような口調で響季が言い、左手を見る。
あの時の指輪も今はしていない。
二人はその後友達になったからだ。
少し前の出来事なのに、もう懐かしさすらあった。
なのに最後の図書館以外のデートはあまり覚えていない。
恐らく、当時はまだ無理をしていたのだ。
今とは違い、零児に気を遣って接していた。
そして思い出す。
零児はいつもこちらをからかうようにマウントをとっていたのに、今は、と。
すると、
「響季と逆だな」
「え?」
「響季はれーじ君のこと好きになって、れーじ君の笑いだけ欲しがるようになったのに」
「…ああ」
ずっと二人を見ていてくれた親友に言われ、響季が納得する。
確かに実験が終わった後、そんなことに気付いた。
それは今も変わらない気がする。
彼女だけを笑わせたかった。彼女だけに楽しんで欲しかった。
単純に、クールな女の子を笑わせてみたかったこともある、認めてほしいという思いもあるが、今までの、ラジオのノベルティ欲しさの面白さではない。
目の前にいる天才職人に笑って欲しかった。
なのに、零児はその真逆で。
もうあのクールでクレイジーな零児はもうこの世に居ない気がした。
その原因がまさか自分だなんてと考えると、響季の鼻がツンとしてきた。
「…ふっ」
笑い声とは違う空気の漏れる音を柿内君が耳にし、
「わっ!おい、泣くなっ」
顔を歪め、膝の上で泣きだしそうな親友におろおろしだす。
眼鏡をしたままぎゅうっと目を瞑り、響季は泣くのを我慢するが、そこへ、
♪デデデデン! カッカ、デデデデン! カッカ、デデデデン、デデデデン、デデデデン ひょろろろ~ろろろろ
恐ろし愉快なメロディが流れてきた。響季のケータイから。
「……なんでアダムスファミリーなんだ」
「わかんない」
空気を読まないそのメロディに柿内君がツッこみ、響季の目の周りの熱がしゅるしゅると収束していく。
絶賛話題に登っている彼女からかと思い、
「…出ろよ」
柿内君がそう促すが、響季は赤い目でぶすっとしたまま応じない。
もし零児からなら新宿はさくら通りにあるあの奇天烈レストランの曲が流れてくるはずだ。
「れーじ君からかもしれないだろ」
「れいちゃんだったら設定変えてるからわかる…。っだよ、もうっ!」
なんだか恥ずかしいことを言ってる気がして、響季はごまかすように起き上がってケータイを見ると、
「げっ」
財布を忘れたことに気づいたのと同じような声をあげる。
「なんだよ」
ケータイ画面を見つめたまま固まる響季に柿内君が訊くと、
「チケット当たった…。……献結ライブの」
「……あー」
なるほどという顔をする。
あのパッとしない出演者のライブだ。
当たったというより当たってしまったに近い。
同時に、このメロディはこういった献結お願いしやあーっすなどの面倒メールに設定していたことも思い出した。
送られてきたメールによると、一当選枠に対し、二名までいけるらしいが、
「……カッキー行く?」
「行かね」
誘われた方は興味なさそうに言う。
かろうじて見てみたいアイドル達や声優はいたが、その子達は響季の運の無さから当然のようにチケットが当選した日には出ない。
他に出るのは好きな人には好きな出演者なのだが、この場にいる二人はあまり惹かれないのだ。
いや、この場に居ないもう一人もおそらく。
「れーじくん、は?」
ふと同じことを思ったのか、それとなく、さりげなく柿内君が提案してみるが、
「れいちゃんも、興味ない言うてたし」
響季は不貞腐れたように言う。
そこにはこんな関係にしてしまって今更誘うのも、という想いが見えた。それはつまらない意地でしか無い。
しかし逆に上手く使えば絶好の仲直りの口実にはなる。
それは膝枕していた側もされていた側もわかっていた。
「お一人様で行けよ。あと会場行ってチケット余ってまーすってボード持って売りつけるか」
とりあえず軽めのジャブで柿内君は様子を見てみるが、
「えー?めんどくさーい。ネットで流しちゃおっかな。こんなんでもいくらかにはなるだろうし」
「いや…、オークション、とかは、まずいんじゃないか」
やばい、方向性を間違えたと狼狽える。
「ああ、そうだ。注意事項みたいのにオークションとか流すのダメだって書いてあった。登録コードから割り出されるかもしんないし。なんだよもう、めんどくさいなあっ」
思い出した注意事項に、響季は苛立ったように手のひらで額を抑える。
オークションという知恵は働くが、それを実行出来るほどの小悪党にはなれないでいた。
その間、柿内君はぐるぐると考えを巡らし、
「じゃ、じゃあ何か対決して、負けた方に押し付けるとか」
時間稼ぎのために適当に案を挙げるが、眉との距離が近い彼の目が光を帯び始める。
チケット争奪戦、ではなく、逆争奪戦。
勝った方にではなく罰ゲーム的な。
自分が思いついたアイデアに、イベントに、少年の胸が高鳴る。
「誰が」
「俺と、れーじ君で」
「何対決?」
「……ヴォーグ対決、とか。……そうだ、動画で撮影して、それを…、そうだな。献結ルームに送って、看護師さん達に審査してもらって…」
まだちゃんとまとまりきらない企画を柿内君が提案する。
献結ルームのスタッフ陣はなかなかエッジの効いたお姉さん方が揃っていると、響季からも聞かされていた。
ならばこんな馬鹿げた企画にも乗っかってくれるかもしれない。
聞いていた響季の目も楽しそうに輝き出す。
やってみた自分でも未だよくわからない、零児がやっていたあのダンス、ヴォーグ。
下唇噛み気味に発音するのが正しいVogue。
それで二人は対決するという。
自分は参加せず、賞品提供者として見ているだけでいい。
なんだそれ面白そうと輝く瞳を、柿内君がどうだ面白そうだろうと見つめ返す。
そしてこの場に居ないあの少女も、きっと面白そうだと賛同してくれるはずだ。
それは予感などではない、絶対だった。
「響季、ヴォーグ対決だ!」
「ヴォーグ対決か!」
「俺と、れーじ君でヴォーグ対決だ!」
「ヴォーグ対決だ!」
「すぐにセッティングをしろ!」
「すぐにセッティングいたしやす!」
勇気ある出場者殿の声に、ヴォーグ対決実行委員に任命された響季がびしっと敬礼を返した。
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