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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

20、少年たちの遊戯

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「誰さんたち?」

  そんな彼に零児が訊くが、

 「カキーチ氏…、ややっ、お隣の方はもしかしてっ!」
 「ああっ、そうか先生の」
 「師匠…」

  入ってきた三人組、甲高い声の眼鏡君とひょろながのっぽ君とバラ色ほっぺぽっちゃり君という男の子達が、それぞれ柿内君の隣にいる零児を見つけ、何か勘違いをし始めた。
  驚いたような、納得がいったような、ショックを受けたような。なので、

 「違う違う、妹」
 「あ…、そうですか。………えええっ!?妹君で!?」

  零児の言葉に眼鏡君が焦る。彼女と勘違いした時よりも。

 「違う」
 「うん。違う。ほんとは従姉妹」
 「従姉妹…、さん」

  柿内君の否定に乗っかり、零児が新たな続き柄を言って三人組を翻弄する。眼鏡君のリアクションが無駄に大きくて面白かったからだ。

 「うそうそ。姪っ子」
 「姪っ子様…」
 「ちがった。叔母さん」
 「おば、様…」
 「どぉーもぉー。目に見えるタイプの座敷わらしでぇーす」
 「ど、どれがほんとなんですか!?」

  慌てふためく三人組に目元ピースをしつつ、茶目っ気座敷わらしを気取ってた零児がアハハと笑う。勘違いされているという状況を明らかに面白がっていた。
  本人達は気付いていないようだが、恐らく翻弄されている側も。
  それならば柿内君はまあよしとし、

 「友達の友達だ」

  正解を言って締めてやった。
  だが正解を言ったところで零児の顔がわかりやすく曇る。
  楽しそうな笑顔が凍りつき、ハハハとそのまま力ない笑顔になる。
  それは初対面の三人組には分からない程度の変化だ。
  しかし微かに零児が放つしゅんとした雰囲気に、柿内君がしまったと気付く。
  純粋にデートを楽しむため、響季の存在は出さないようにしていたのに。
  恐らく、友達なら怪我をした友達のお見舞いぐらい行くだろうと零児は自分を責めていた。それを名乗る資格はないと。

 「えっ、と」
 「お師匠殿?」

  そんな零児と柿内君を見て三人組が困っていたので、

 「ああ、だから」

  柿内君が改めて互いを紹介した。
  零児は女友達の友達で、男一人でクレープを食べるのが恥ずかしかったので付き合ってもらったことも。

 「おお、そうでしたか」

  柿内君のニュートラルな性格を三人組も知っているので、その説明には納得した。

 「そっちはゲームか」

  最近のカラオケは歌を歌いに来る以外の場所にも使える。
  個人的な歌録りや、つい騒いでしまう仲間内での携帯ゲームの通信プレイなどにも使えるので柿内君はそう推理したが、

 「いえ、ちょっと、……ラジオの収録を」

と、後半部分は声を小さくして眼鏡君が言った。
  実は、といったトーンで。少しばかりニヤけながら。

 「ラジオ?」
 「まあその、ジブン達だけで個人的に趣味で録ってる、そのー、ポッドキャスト、というか、ネットラジオなんですけどね」
 「まあホント、ぐだぐだ~って好き勝手喋ってるだけというか」
 「ただただ日常にあったことをダラダラーっと」

  そう三人は気恥ずかしさの中にどこか誇らしさのようなものを滲ませ、一貫して言い訳がましく伝えてきた。
  デュフフ~、と楽しそうな笑みを浮かべて。
  僕らの秘密の遊び。
  放課後、友達とカラオケボックスに集まってネットラジオ収録。
  力の抜けたDJ気取りのグダグダだらだらトーク。
  それらを頭の中に描き、柿内君は背筋が凍るような薄ら寒さを感じた。そして、

 「そうだ!カキーチ氏もどうですか!?飛び込みスペシャルゲストということで」
 「そうです!先生もご一緒に!」
 「実名出さなくてもDJネームとかでOKですから!なんなら僕考えますから!」

  三人組がキャッキャキャッキャと、一緒にやろうよと誘ってきた。
  だが当然柿内君は、

 「いや…、あの、ほら、俺は友達と来てるから」

  そう零児を理由に断ろうとするが、

 「……え?」

  見るとその友達は沸々とした熱を放っていた。
  クールなアーモンドアイは爛々と輝き、獲物を見つけた獣の如く光を放っていた。
  面白そう、という獲物を。

 「そんなこと言わずにカキーチ氏も、……あ」

と、尚も誘ってくる眼鏡君が、今更ながら零児の存在に気付く。お連れがいるのに誘うのは無粋かと。
  どうやら興奮すると周りが見えなくなるタイプらしい。
  面白さに飢えた獣が、すぐ目の前で熱を放っていることにも気付かない。しかし、

 「いいね。やろう」

  そう言ったのは零児だった。

 「いや、でも」

  男だけの楽しい閉じた遊びに女の子が参加するのは、とひょろながのっぽ君がお断わりしようとするが、

 「やろう」

  柿内君もそう言った。
  結局その一声で、特別ゲスト二人の参加は決定した。



「まずカキーチ氏と我々はですね」

  ルームに入ると、どういう知り合いなの?と問う零児に、三人組は自分達と尊敬する柿内君の関係性を教えてくれた。柿内君がうんざりしているのを気にも留めずに。
  まず甲高い声の眼鏡君が仲谷君、ひょろのっぽ君が高良田君、ぽっちゃりバラ色りんごほっぺ君が隈井君だとそれぞれ自己紹介する。
  去年、柿内君がうっかりケータイを落とし、いつも通りキャッキャと遊んでいた仲谷君達がそれを拾ったことから四人の関係は始まった。
  交番に預けるよりご家族か誰かに直接連絡して手渡した方がいいかもしれないと仲谷君は考え、何か手がかりはないかとアドレス帳を見てみた。

 「それを見た時、ジブンは一目でこの人はネタ職人だろうと確信しました」

  その時の光景を思い出し、仲谷君がうっとりする。
  人名での登録数よりも、圧倒的な多さで登録されている雑誌のタイトル。
  それはメジャーどころからマニアックまで。
  ゲーム雑誌からマンガ雑誌、かろうじて分かるものは、家電雑誌、釣り雑誌、パチンコ情報誌、競馬雑誌、全国紙の新聞、地方新聞、喫茶店愛好家雑誌、コスプレ雑誌、全国回転寿司マニア雑誌、ガーデニング雑誌、フリマ情報誌、オーディオ雑誌、料理雑誌、子育て雑誌、男のオシャレ小物雑誌、社会派ご意見雑誌、青年向けサブカル情報誌、株投資情報誌。

  そして仲谷君はダメだと思いつつも、送信メールを見てしまった。
  一番新しい送信メールは、三人も躍起になって投稿していたゲーム雑誌の読者ページ宛。
  彼らもまた面白さという武器を手に、日々そういったゲーム雑誌やマンガ雑誌の読者ページにメールを送っていたが、武器そのものに攻撃力が無いのかかすり傷ひとつ付けられないでいた。
  そんな中でもレベルが高過ぎて、到底太刀打ち出来ないでいたそのネタコーナー宛にメールが送信されていた。
  視線を下にずらすと、メール本文に書き記されたペンネームが目に飛び込んできた。
  それはちょっとでもそちら界隈に身を投じていたら一度は目にしたことのある名前であり、同時にそのゲーム雑誌では神と崇められるネタ職人だった。
  そこに続く、絶対的なセンスを持つネタと、本名らしき名前と、住所は紛うことなき自分達の地元。

  いけないと思いつつも個別に振り分けられた送信フォルダを開くと、かつて雑誌上で、確かにこの目で見たあのネタこのネタが、古い日付で憧れのゲーム雑誌に送られていた。
  未送信フォルダにはまだ体をなしてない書きかけのネタメールがいくつもあり、受信フォルダには色んな雑誌編集者からの掲載確認についての連絡メールもあった。

  仲谷君の手が震え、それは覗きこんでいた二人にも伝染する。
  これは神のケータイ、神に通じるケータイだった。
  どうしようどうしよう、すごいものを拾ってしまったと狼狽えていたその時。
  電話がかかってきた。
  出てみれば、すいません、そのケータイの持ち主ですが、拾ってくださった方ですか?という下手したてに出まくりな少年の声。
  自分とそう歳が変わらなそうなその声に、仲谷君は思わずそのペンネームで呼びかけてしまった。

 「まさかこの街にあの超有名なネタ職人、まk…、おっと、これはオフレコでしたな」

  つい口からゲロりそうになったペンネームを仲谷君はぐっと飲み込み、グフフゥーと秘密を共有している者同士で笑う。

 「そうなんだ」

  そう零児は相槌を打つが、柿内君はその横でうんざりしていた。
  崇められるのは苦手だが、自分を慕ってくれる者達を追い払えない。
  それを、隣にいる零児が察知する。
  それはちょうど少し前の自分と同じだったからだ。

 「あとですね、カキーチ氏は以前創刊された大喜利雑誌でもスタメン投稿者としてお声がかかって」
 「そうそうっ、雑誌を立ち上げた編集長自らお誘いメールが来たって!」
 「他にもネタ職人同士の座談会に呼ばれたりとか」
 「そういうのいいからっ、ほら、ラジオ録らなくていいのか」

  いかに我らが崇める神が凄いかという話を、神自らが遮る。
  そして心のどこかでもっと言ってくれ、もっと俺の凄いところを彼女にアピールしてくれと思いながらも、柿内君は三人組に収録を促すが、

 「ああっ、じゃあそろそろ」
 「お飲み物お持ちしましたぁー」

  そこへちょうど茶髪店員がドリンクを手に入ってくると、騒いでたのが嘘のように三人は押し黙る。
  そして店員が出て行くのをきっちり確認すると、

 「……では、そろそろ始めましょうか」
 「ですな」
 「じゃあ準備しまーす」

  店員の無粋な邪魔は当分入らないとわかったところで、いよいよ収録となった。

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