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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)
19、王様のお后候補
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ショッピングモールの一画で突如始まったミュージカル映画の一幕。
それはまず、黒髪の小柄な制服少女が突然歌い出したところから始まった。
知っている人なら知っている、どこかで何かをきっかけに見聞きしたことがある不思議な曲。
特に女の子ならより知っているかもしれないその曲を、制服姿の女の子が口を開いたはっきりとした発音で歌い出した。
途中からは近くにいた制服姿の男の子も参加する。
細くも引き締まった身体でキビキビと。
一見コミカルではあるそのダンスを、パフォーマンス魂に満ち溢れた二人は踊った。
その場にいた人間は何かのイベントか、あるいはフラッシュモブか何かかと辺りを見回し、カメラを探し、あるいは手持ちのカメラやケータイで撮影していた。
途中の空中で足をパンと合わせるステップも軽やかに。その後の恥じらいの芝居もしっかりと零児はこなした。
歌に合わせて踊りながら、柿内君はあることを思い出していた。
小学校の卒業文集。その中の、好きな異性のタイプを書き込む欄。
夜の街で育ち、世の中はそんな二分法だけでは成り立っていないと知っていた彼は、当然真面目に書くつもりなど無かった。
何年、何十年も残るものだ。その場限りのボケでは恥をかく。
だから、書いてやった。
「メリー・ポピンズのSuper califragilisticexpialidociousを一緒に歌って踊ってくれる人」と。
書き込む欄が狭すぎて相当小さな文字にはなったが、小学生当時のボケとしてはまずまずだったと自負していた。
そして、そんな女性はそうそういる訳ないと思っていた。
だがそんな女の子が今目の前にいた。
見えない煙突掃除用の棒を手に陽気にステップを踏み、ダンスに誘えば快くOKしてくれそうな。
鳩に二ペンスをあげるあの歌も、優しい歌声で歌ってくれるのではないかと思えた。
幼い頃。母親が迎えに来てくれるまで預けられた夜の街の店で。
DVDが傷だらけになるほど見たあの映画。元は母親が大好きだったあの映画。
劇中歌を歌い、踊ると母親が喜んでくれたあの映画を一緒に再現してくれる人がいた。
たった二分程度の楽しいショーはあっという間に終わってしまう。
それが少年は切なくて、それ以上に嬉しかった。
その後二人は探しだしたジーンズショップで柿内君の下着を買い、そこで売っていたフレームのごつい伊達眼鏡で特殊な交渉術を用いる時空ジャーナリストごっこをしたり、立ち寄った楽器屋でドラムを叩き、ベースを弾いて遊んだ。
柿内君が思った通り、零児はどんなパスでも受けてくれる女の子だった。
いや、響季の話で知ってはいたが、これほどとはと予想出来なかった。
そんな楽しい時間を過ごす中、クラスの女の子達が言っていたことを思い出す。
あんまり歩かせちゃダメ!適度に休ませなきゃダメだよ!メッ!だよっ!と彼女達は言っていた。
そんな言い方ではなかった気もするが、大体そのようなことを。
その言葉を頭の中に留めながら、柿内君が座れて落ち着ける場所を探す。
クレープを食べたので夕飯には早い、でも夕飯まで視野に入れるとしたら相手は何が好みだろう、それより先に休ませる場所だ、とぐるぐる考え、
「カラオケでも、行く?」
咄嗟にそんな言葉が出た。
柿内君の突然の誘いに零児はぽへっとしたような顔をするが、すぐにサッと小さな両手の平で自分の胸を隠す。
すわ、貞操の危機!とばかりに。
「何もしないって」
それに対し柿内君はやましいことなどしないと笑顔でツッこむが、
「ああ、別に嫌なら」
誘ってみたところでこのコがそんなところに行くのだろうかと思った。
「…ううん、たまにはいいかな」
胸に両手を置いたまま、零児は少し考えそう言った。
クラスメイト等に誘われてもいつもは断っていた。響季とも行かない。
しかし零児はなぜか目の前の彼になら歌を聴いてもらいたかったし、彼の歌を聴きたかった。
「普段は行かないのか」
何の気なしに柿内君が訊くと零児はうん、と答えた。
訊けばあまり好きではないとも。
普段は行かないところに敢えて連れて行くなんて、なんだか悪いことをしている気分だったが、
「べ、べつに二人っきりになりたいとかじゃないんだかんねっ!」
と、改めて柿内君がツンデレ否定しておくと、
「わかってるよ」
零児はふんわり笑って言った。
その予想外のふんわりした可愛さに、柿内君は膝が抜けそうになる。
「じゃあ行こっか」
「え?」
「カラオケ、行くんでしょ?」
「あ、ああ」
サクサク歩き出す少女を、すっかりペースを乱されてしまった少年がカクカクした膝でそれに着いていった。
「おおー」
「すごいね」
柿内君と零児が思わず声を漏らす。
モールから少し歩いたところにあるカラオケボックスでは、人気声優をイメージしたルームを展開中だった。
入り口には幟やポスター、本人の全身ポップまで飾られていた。
だが如何せん、分かる人にしか分からない有名人だ。
本人の楽曲も大量入荷!とあるが、ネタに使う往年のミュージカルナンバーや歌謡曲を発声練習程度にしにきた二人には、あまり関係無かった。
それでも記念にとケータイでポップを撮りつつ、順番待ちをしていると、
「ややっ!カキーチ氏!カキーチ氏ではないですかっ!」
「わあ、先生だっ!」
「ほんとだ!お師匠殿お師匠殿!」
あとから入ってきた制服姿の男の子三人組がわやわやと騒ぎだした。正確には柿内君を見て。それはそれは嬉しそうに。
その声に呼ばれた方はぎょっと振り向き、予想通りの三人だったのを見て手で額を抑える。
それはまず、黒髪の小柄な制服少女が突然歌い出したところから始まった。
知っている人なら知っている、どこかで何かをきっかけに見聞きしたことがある不思議な曲。
特に女の子ならより知っているかもしれないその曲を、制服姿の女の子が口を開いたはっきりとした発音で歌い出した。
途中からは近くにいた制服姿の男の子も参加する。
細くも引き締まった身体でキビキビと。
一見コミカルではあるそのダンスを、パフォーマンス魂に満ち溢れた二人は踊った。
その場にいた人間は何かのイベントか、あるいはフラッシュモブか何かかと辺りを見回し、カメラを探し、あるいは手持ちのカメラやケータイで撮影していた。
途中の空中で足をパンと合わせるステップも軽やかに。その後の恥じらいの芝居もしっかりと零児はこなした。
歌に合わせて踊りながら、柿内君はあることを思い出していた。
小学校の卒業文集。その中の、好きな異性のタイプを書き込む欄。
夜の街で育ち、世の中はそんな二分法だけでは成り立っていないと知っていた彼は、当然真面目に書くつもりなど無かった。
何年、何十年も残るものだ。その場限りのボケでは恥をかく。
だから、書いてやった。
「メリー・ポピンズのSuper califragilisticexpialidociousを一緒に歌って踊ってくれる人」と。
書き込む欄が狭すぎて相当小さな文字にはなったが、小学生当時のボケとしてはまずまずだったと自負していた。
そして、そんな女性はそうそういる訳ないと思っていた。
だがそんな女の子が今目の前にいた。
見えない煙突掃除用の棒を手に陽気にステップを踏み、ダンスに誘えば快くOKしてくれそうな。
鳩に二ペンスをあげるあの歌も、優しい歌声で歌ってくれるのではないかと思えた。
幼い頃。母親が迎えに来てくれるまで預けられた夜の街の店で。
DVDが傷だらけになるほど見たあの映画。元は母親が大好きだったあの映画。
劇中歌を歌い、踊ると母親が喜んでくれたあの映画を一緒に再現してくれる人がいた。
たった二分程度の楽しいショーはあっという間に終わってしまう。
それが少年は切なくて、それ以上に嬉しかった。
その後二人は探しだしたジーンズショップで柿内君の下着を買い、そこで売っていたフレームのごつい伊達眼鏡で特殊な交渉術を用いる時空ジャーナリストごっこをしたり、立ち寄った楽器屋でドラムを叩き、ベースを弾いて遊んだ。
柿内君が思った通り、零児はどんなパスでも受けてくれる女の子だった。
いや、響季の話で知ってはいたが、これほどとはと予想出来なかった。
そんな楽しい時間を過ごす中、クラスの女の子達が言っていたことを思い出す。
あんまり歩かせちゃダメ!適度に休ませなきゃダメだよ!メッ!だよっ!と彼女達は言っていた。
そんな言い方ではなかった気もするが、大体そのようなことを。
その言葉を頭の中に留めながら、柿内君が座れて落ち着ける場所を探す。
クレープを食べたので夕飯には早い、でも夕飯まで視野に入れるとしたら相手は何が好みだろう、それより先に休ませる場所だ、とぐるぐる考え、
「カラオケでも、行く?」
咄嗟にそんな言葉が出た。
柿内君の突然の誘いに零児はぽへっとしたような顔をするが、すぐにサッと小さな両手の平で自分の胸を隠す。
すわ、貞操の危機!とばかりに。
「何もしないって」
それに対し柿内君はやましいことなどしないと笑顔でツッこむが、
「ああ、別に嫌なら」
誘ってみたところでこのコがそんなところに行くのだろうかと思った。
「…ううん、たまにはいいかな」
胸に両手を置いたまま、零児は少し考えそう言った。
クラスメイト等に誘われてもいつもは断っていた。響季とも行かない。
しかし零児はなぜか目の前の彼になら歌を聴いてもらいたかったし、彼の歌を聴きたかった。
「普段は行かないのか」
何の気なしに柿内君が訊くと零児はうん、と答えた。
訊けばあまり好きではないとも。
普段は行かないところに敢えて連れて行くなんて、なんだか悪いことをしている気分だったが、
「べ、べつに二人っきりになりたいとかじゃないんだかんねっ!」
と、改めて柿内君がツンデレ否定しておくと、
「わかってるよ」
零児はふんわり笑って言った。
その予想外のふんわりした可愛さに、柿内君は膝が抜けそうになる。
「じゃあ行こっか」
「え?」
「カラオケ、行くんでしょ?」
「あ、ああ」
サクサク歩き出す少女を、すっかりペースを乱されてしまった少年がカクカクした膝でそれに着いていった。
「おおー」
「すごいね」
柿内君と零児が思わず声を漏らす。
モールから少し歩いたところにあるカラオケボックスでは、人気声優をイメージしたルームを展開中だった。
入り口には幟やポスター、本人の全身ポップまで飾られていた。
だが如何せん、分かる人にしか分からない有名人だ。
本人の楽曲も大量入荷!とあるが、ネタに使う往年のミュージカルナンバーや歌謡曲を発声練習程度にしにきた二人には、あまり関係無かった。
それでも記念にとケータイでポップを撮りつつ、順番待ちをしていると、
「ややっ!カキーチ氏!カキーチ氏ではないですかっ!」
「わあ、先生だっ!」
「ほんとだ!お師匠殿お師匠殿!」
あとから入ってきた制服姿の男の子三人組がわやわやと騒ぎだした。正確には柿内君を見て。それはそれは嬉しそうに。
その声に呼ばれた方はぎょっと振り向き、予想通りの三人だったのを見て手で額を抑える。
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