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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

26、職人が仕込みすぎ

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「みんなお菓子とかばっか差し入れしてくれてさー、もう太っちゃうよ」

  そう笑いながら響季が言うが、零児には痩せたように見えた。
  ロクに身体も動かせないため、体力も落ちただろう。
  すぐ学校生活に戻れるのだろうか。
  自分を守ろうとしたばかりにこんな、と不意にこみ上げてきた罪悪感に、零児は涙が滲みそうになり、

 「病院の」
 「ん?」
 「ごはん、美味しい?美味しかった?」

  質問を投げかけてみるが過去形になった。今更な質問過ぎる。もう明日の朝ごはんで終わりくらいだろうに。

 「んー…、薄味かな」
 「…だろうね」
 「ふりかけないとキツくて。それ言ったら来てくれた子とかがみんなお見舞いにふりかけ買ってきてくれてさ」

  話しながら響季が笑う。
  他愛ないお話。ラジオの、盛り上がりに欠けるふつおた程度の笑いに、零児はいつも自分達はどんな話をしていただろうと考える。それすらわからない程距離が出来ていた。
  変わらないのにわからない。
  早く距離を戻さなきゃという不安に追い立てられるように、零児の身体は仕込んでおいたネタを披露するために動き出した。またバッグをガサゴソ漁り、

 「まだお見舞いあった」
 「あ、そうなの?」
 「精がつくように」
 「精、って」

  女子高生の口からあまり聴かない台詞を響季が繰り返すと、

 「エナジードリンクと」

と、零児が小さい缶のエナジードリンクを取り出してきた。

 「わあっ、ありがとう」

  自分では買わない高級品に、響季が嬉しそうに受け取るが、

 「んゆっでったっんまっんごっ」

  零児はねっちょりした発声で、白目を剥いて殼付きゆで卵を出してきた。
  この流れを、響季は知っていた。
  かつてテレビで見たことがある。
  日本が世界に誇るコメディアンが、女性タレントとやる鉄板ネタだ。
  流れとしてこの後何度も生卵が出てくるはずだ。
  精がつくものとして本家は生卵を出してくるが、持ち運びを考えてか零児はゆで卵を出してきた。

 「あ、ありがとう」

  戸惑いながらも響季がそれを受け取ると、

 「あと」

  零児が更にバッグを漁る。
  まだあるのか、いろんなものが出てくるメリーポピンズのバックみたいだなと響季が思っていると、

 「エナジードリンクと」
 「えっ?」

  出してきたのは先程貰ったやつのシュガーレスタイプのものだった。
  それを響季が、また渡されるまま受け取ると、

 「んゆっでったっんまっんごっ」

  零児はねっちょり発声と白目を剥きながらまたゆで卵を出してきた。
  例によって天丼をかましてきた。

 「そんなにゆでたまごばっかいらないよっ!」

  ここはセオリー通りかと一応ツッコんでおくと、

 「あとおつまみスモークチキンと」
 「ああ、それはちょっと嬉しい」

  更に零児は真空パックされた、小腹が空いた時に食べるぐらいの量のスモークチキンを出してきた。こっちは嬉しい差し入れだと響季は受け取るが、

 「あっかっんまっんむっしっ」

  間髪入れず零児は赤まむしドリンクを出してきた。また白目を剥きながら。
  ゾワゾワ、ねっちょりする言い方に、響季の背筋がゾワゾワする。
  そのゾワゾワが、楽しくて仕方ない。恐らくそれは二人共だ。

 「もう退院するだけなんだから赤まむしなんていらないよっ!」

  語気だけは強めにし、響季が笑顔でツッこむ。
  予想出来ているのに乗っかってしまう。向こうが大いにボケて、こちらがツッこむ。
  そんな予定調和のコミュニケーションが楽しくて仕方なかった。

 「あーあもう。こんなに」

  布団の上に置いたドリンクや卵を見て、さてこれらをどうするかと響季は嬉しそうな困った顔で考えるが、

 「せっかくだから卵は一緒に食べようよ」

  ゆで卵を、んゆっでったっんまっんごは今ここで二人で食べてしまおうと提案する。

 「え……、でも…」
 「ね?」
 「……うん」

  自分が持ってきた仕込みネタを一緒に食べる。なんだか妙な感じがしつつも零児は椅子に座り直し、前髪をあげると、

 「わっ!」

  カッ!と自分の額に卵を打ち付け、ヒビを入れた。意外な音の大きさと勢いに響季が驚き、声を上げるが、

 「痛くないの?」

と、額に手を伸ばそうとしてきた。
  その動作に零児がびくっと身体を引く。

 「あ…」

  その大きな反応に触れようとした方も驚き、そしてほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
  それを見た零児はしまったと、引っ込めようとしている響季の手を取り、べちっ、と額に押し付けた。お母さんに無理やりお熱を測ってもらう子供のように。

 「わ、あ。あ…、あははは」

  その行動にまた響季が驚き、そして笑った。
  相変わらず目の前の少女は予測が出来るようで出来ない。
  いつもと変わらないれいちゃんだと思ったのに、それは違った。
  全然いつもと変わらないよという仕込みをしてくれてたのだ。
  お互いのいつもの距離がわからなくなっていたから。
  それが痛いほどわかった。

  久しぶりに触れた零児は相変わらず体温が低い。
  クールな額の奥にある脳がどんなことを考えているのかわからない。
  ブラックボックスみたいな頭脳に振り回される。
  それに嬉しさを感じ、響季は額に押し付けられた手を髪に移動させた。
  艶めいた黒髪は、トラベル用のシャンプーとリンスでぼさついた自分とは違う。
  感触を楽しみ、慈しむように髪を撫でる。
  撫でられる方はしばらくされるがままにしていたが、手は持て余すように近くにあった小さなテーブルに卵を打ち付け、ゴロゴロ殼全体を天板の上で転がす。
  髪を撫でながら響季がそれを見ていると、全体に細かいひびが入った殻がすぽりと剥けた。

 「うわすごい」
 「ウェットティッシュ」
 「あ、はい。って、こっち一応怪我人なんすけど」

  人使いが荒い見舞客に響季は文句を言いつつも、同じクラスの子が持ってきてくれたウェットティッシュを差し出す。更に、

 「塩」

  卵を食べるために手を拭いた零児が、塩分をご所望するが、

 「塩。塩はぁー…、塩無いなぁ」

  生憎と塩そのものは置いてない。だが塩分無しでゆで卵は辛い。しばらく考え、

 「そうだ、塩じゃないけどこれならあるよ」

  響季が冷蔵庫横のフックにかけたコンビニ袋に手を入れる。取り出したのは袋が紫色でチャック式の、しそ味ふりかけだった。
  おにぎりにまぶしたりお弁当のご飯にかけたりするアレだ。

 「クラスの子が持ってきてくれた。それかけたらどうでしょう」
 「美味しいの?」

  やったことがあるかを零児が訊くが、

 「さあ?でも美味しいんじゃない?」

  お互いやったことはない。が、未知なる味は面白そうだった。
  ならばと零児は自分のゆで卵のてっぺんに、こぼさないよう慎重にさらさらと紫色の粉末をかけた。同じように殼を剥いた響季もかけ、はむっと口に入れる。
  それからは、ただもっくもっくとしそ味ゆで卵を食べ合うだけの時間が過ぎた。
  ベッド際に置かれた時計を見ると8時近い。そろそろ帰らなくてはならない。
  零児の視線に気づき、響季も時計を見る。
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