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12.夜会とダンス

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 ウイリアムに誘われて、ダンスフロアの中央に進む。
 パートナーからの熱い視線に耐えられず、へにょりと相好を崩してしまう。

(ウィルが積極的だと、その…、対応に困ってしまうわね)

 婚約破棄をしてから、どんどんウイリアムのアタックが過激になっている気がする。いや、確実に過激である。

 ルナビアだって、この胸のざわつきが何かなんて、とっくにわかっている。ただ、ずっと王太子の婚約者として恋愛に無縁な人生を――ちなみに前世でも全く縁がなかった。悔しい――歩んできたルナビアにとってすんなりと受け入れられるものではなかった。

(思い違い……ではないとは思うけれど、受け入れてどうすればいいのかしら?)

 わからない。わからないことが多すぎて、翻弄されて真っ赤になることしかできない。悔しい。悔しすぎる。ぐるぐると回る感情を抱えて、ウイリアムの手を取った。

「はじまるぞ」

「ええ、望むところよ!」

 音楽が始まると、ルナビアは軽やかに足を踏み出した。ウイリアムのリードはとても優しく穏やかでとても踊りやすい。

「お手本通りじゃなくていいんだぞ。もう王太子の婚約者じゃないんだから、誰も咎めないだろ?」

 ウイリアムがにやりと笑う。

 ルナビアもにやりと笑い、それもそうねと返すと同時に、ぐるりと大げさにターンを決めた。ウイリアムは少し驚いた顔をしつつも優雅に受け止め、楽しそうにははっと笑い声をあげた。

「大人しく踊るのはやめにしようかしら」

「やってみたいのはそれだけか?」

 もっと面白いことをやろうと言わんばかりのウイリアムに、ルナビアも俄然やる気になる。

「じゃあもっとフロアを横切って踊ってみたいわ」

 そう答えた途端、ウイリアムはルナビアをぐいと引き寄せ、ぐんぐんと他の令息令嬢の間を縫ってフロアを横断し始めた。

 ルナビアも王妃教育で散々ダンスレッスンを積んできた身だ。ウイリアムのリードに合わせ、すれ違う人々に優美に微笑みかける余裕さえあった。

 クリストヴァルドであれば、王太子の婚約者としてできるだけ手本通りに、そして王太子が映えるように細心の注意を払って踊る必要があった。

 心底早く終わらせたいという顔のクリストヴァルドを見ると、楽しめと言われても無理な話だった。

 それに比べて今日は、自由に大胆に踊ることが出来る。きっとウイリアムもここまで好き勝手に踊ったことはないのだろう。ふたりしていたずらをする子どものようにわくわくしているのがわかる。

 曲の終わりに差し掛かると、ウイリアムがぽつりと言った。

「む、やりすぎたかな」

「どうしたの?」

 楽しくてたまらないといった表情のルナビアが満面の笑みで問いかける。

「……ルナは気にするな」

 心なしか不満げなウイリアムを見て、あら?と眉をひそめた。

「もしかして楽しくなくなった?」

(夢中で踊ってしまったけれど、私だけ楽しみすぎてしまったかしら?)

 不安になってウイリアムの目を覗き込み、じっと様子を窺ってしまう。
 するとウイリアムの頬がじわりと赤らみ、パッと目を逸らされてしまった。なになに?と聞くと、しぶしぶといった感じで教えてくれた。

「あんまりルナが楽しそうで可愛いから、周りに見せたくないと思ってしまって」

 もう少し押さえればよかったよと照れながら伝えられて、照れが移らない人はいないと思う。

 お互いに頬を染め、幸せそうに元気いっぱい踊る美男美女が絵画のようで本当にお似合いだった、あのふたりは相思相愛なのではないかと、そんな噂で持ち切りなのにも気づかず、身を寄せ合うふたりだった。


 ***


 夜会ではウイリアムに請われるまま、続けて2曲目も踊った。
 その後は主催のエスメグレーズとその両親に挨拶をして長居はせずに帰宅することにした。

 エスメグレーズと彼女にそっくりな母親はルナビアの両手を握りしめ、物凄い勢いで「これからも親しくしてくださいませッ!」と叫んでおり、その横で優しい熊さんのような父親が高速でうなずいていた。

 それからパドメもおずおずと挨拶しにやってきた。

「皆さんご機嫌よう……」

「「気おくれすることないと言ったでしょッ」」

 こちらもハーベルス母娘に詰め寄られてタジタジになっている。

「そういえばきちんと挨拶していなかったな。ウイリアム・ローズ・アルバータインだ。ルナビアの同級生だろう。よろしくな」

「あ、パドメ・キーリッシュです。よろしくお願いします」

「ウィルとエスメ様は初めてではないでしょう?」

「ええ! ローズつながりで何かとお会いすることが多いですわ! でも本日はルナビア様とご一緒なので随分楽しそうですわね」

「あら? そうなのウィル?」

「ルナみたいにヘラヘラしていないつもりなんだけどな……?」

「ちょ、ちょっと! どういう意味?」

「やっぱりおふたり素敵……」

「どこがかしら!!??」

 国からローズの家名を賜るウイリアムとエスメグレーズ、そして救国の転生者と言われるルナビアたちと一緒にいる姿をここまでしっかり見せれば、パドメの立場も少しは良くなるだろう。

「ルナ、帰るか?」

「そうね」

 ルナビアはそれがさも当然のようにウイリアムの手を取り、その場を後にしたのだった。


 ***


 夜会にでてから、これまでとは違った意味で注目されている気がする。
 ウイリアムと学園を歩いていると、どうやら生徒たちの噂話の中心になっているようなのだ。

「ねえ、なんだか噂されている気がするのだけれど?」

「いいんじゃないか?」

「そう言うってことは、何を言われているのか知っているのね? 教えて」

「放っておけよ」

「ごまかさないで!」

 ぎゃいぎゃいと言い争っているうちに、ルナビアの教室に到着した。にやにやと鬱陶しいウイリアムを追い返して席に向かった。扉のすぐ前でパドメが男性と談笑しながら立っている。あの夜会以来、パートナーだったレオン様とやらと一緒にいる姿をよく見かける気がする。

 夜会に参加すると決まった時に、エスメグレーズが「意中の殿方と参加する以外認めませんわ!」と発破をかけ強引にくっつけていたが、なかなか上手くいっているようだ。

 くすくすと幸せそうに笑いパドメは本当に愛くるしい。

「絶対にパドメの方がヒロインなのよねえ」

「おはようございますルナビア様」

「ご機嫌よう!ルナビア様ッ!」

「おはよう、パドメ、エスメ様」

 王太子の婚約者時代には腫れ物扱いでまともに友人はいなかったし、ルナビア自身も未来の王妃に媚を売ろうとする生徒とは距離を置きたくて、ほとんど誰とも話さないようにしていた。その頃のことを思い出すと、このふたりに懐かれているこの状態はとても不思議だ。もちろん悪い気はしない。

 悪い気がしないついでに言ってみる。

「ルナと愛称で呼んでほしいわ」

「「!!!!!」」

 唖然として言葉を失うパドメとエスメグレーズ。そんなに驚かないでほしい。

「別に強要はしないけれど?」

「よよよよ呼びたいですわッ!!!ルナ様!ルナ様と!!!」

「ルナ様……私がルナ様とお呼びできるなんて……」

 ぐわんと目を見開いて――なんなら瞳孔も開いている気がして怖い――エスメグレーズがぐいと肩を掴んでルナ様と連呼する。パドメも夢見心地といった様子で嬉しそうに小さくルナ様と繰り返した。

「こんなに喜んでもらえるのなら、もっと早く言えばよかったわね」

 家族とウイリアム、それと幼いころはクリストヴァルドも愛称で呼ばれていた。こんなふうに親しく名前を呼び合う相手が増えるなんて。

(婚約破棄される未来にうんざりしながら過ごしていたあの頃には、想像もしなかったわね……)

 嬉しそうにふわふわしているふたりに、今度はなんだか意地悪をしたくなったルナビアは「そういえば今度の試験の準備はできているの?」だなんて言ってみて、目の前の友人が慌てふためく様子を見てころころと笑うのだった。
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