好きだと言わずにいられない。

古城乃鸚哥

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合わない音

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 奏一の視線が地を這っている。貴史は彼からの言葉の続きを待った。自分の言ったことがどう解釈されて、どう彼を思い悩ませているのか知りたいと逸る心をなんとか落ち着かせる。
「場所、変えませんか」
 大分の沈黙の後、奏一の口から出たのはそんな言葉だった。貴史は快く応じてピアノを片す。時間稼ぎでも気分転換でも、場所を変える理由はなんでもよかった。奏一が、まだ完全に自分を拒絶しているわけではないと思うことができたからだ。珈琲でもごちそうしようか、と貴史が申し出ると、奏一は苦笑して首を横に降った。そして、少し歩きたいけど付き合ってくれますか、と遠慮がちに問うてくる。もちろん、貴史に断る理由はない。

 秋風、というには少し寒さが過ぎるような季節になっていた。夜空も高く雲のない空に月が煌々と輝いている。大学から出てた二人は、奏一の足の向くまま当て所なく歩いていた。
「俺にとって、あのロマンスは特別だったんです」
 人里離れた場所にある田舎の大学近くでは、行き交う人や車も疎らだ。何台目かの車が二人の側を横切った後、奏一は徐に口を開く。その横顔に、テールランプの赤い光が差した。
「そうだね、なんとなく、それは思っていたよ」
 貴史は奏一の邪魔をしないように、そっと同意する。
「でも、実のところ、どうしてなのか……自分が何に引っ掛かっていたのか、わからなかった。だがらずっと、あの曲を弾いていた。史さんは俺の演奏に情感がこもっていたと言ってくれていたけど、俺はただ追奏していただけなんです。昔聴いた、あの曲を」
 そこに奏一自身の想いがまったくなかったとも思えなかったが、確かに彼のロマンスは彼らしくなかったと貴史も感じていた。
「誰かの演奏を、真似していたということ?」
「そうです。高校の、友人でした。有坂眞音、知りませんか?昔は弦楽コンクールで優秀賞をとったりしていた。俺のいた地方では、まあまあ有名人で」
 聞いたことがあるような気はするがはっきりとしない。少なくとも、ここ数年で上位を賑わせている奏者に名は連ねていなかった気がする。
「有坂眞音、か……ごめん、聞いたことはあるかもしれないけど、覚えてないな」
「そうですよね、たぶん、最近は……大会とかには出ていないから」
 今どうしているかも知らないんですがね、と寂しそうに笑う横顔に、貴史は胸を痛めた。有坂眞音と奏一の間にあるものが、彼を悩ませている。そして自分が、そこに入る余地はない。
 言葉を切った奏一に気まずい思いをさせまいと貴史は何か言おうとしたが、結局何も言えなかった。そんな貴史を、奏一が躊躇いがちに伺ってくる。陽もとっぷりと落ちた街頭の少ない夜道で、表情はまともにわからない。ただ彼の水晶体が、月明かりを僅かに映し込み煌めいた。
「史さん、すみません。こんな話に付き合ってもらって」
「謝ることないよ。話してほしいといったのは僕の方だからね。むしろ、奏一くんが話してくれて僕は嬉しい」
 そう言った自分が、心から笑えていたか貴史は自信がなかった。言葉はもちろん本心だ。ただ、自分の気持ちが整理できていないせいで、心がざわめいていた。それでも奏一は安心したのか、緊張していた肩の力をゆっくりと抜いて「ありがとう」と言う。
「俺が眞音を真似ていたのは、その気持ちが、その演奏をした眞音の気持ちが知りたかったからです。でも、どんなに弾き込んでも、俺にはそれはわかりませんでした」
 俯き加減に前を見て歩き続ける奏一。貴史は余計な口は挟まないことにした。
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