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第7話
小さなその事件から二週間ほどが過ぎた。
その日私は途中のスーパーで買ってきた材料を持って、いつものように幼馴染たちの部屋に向かっていた。
最近は、私も時々買い物をしていくことにしていた。購入分のレシートを彼らに見せて、その分の代金をもらうという形を取っているのだ。ある日初めて食材を買って行った時、私も一緒に食べているのだからその分の代金はいらないと言ったのだが、二人は頑として首を縦に振らなかった。
「そこは最初に言った通り、うちで全部持つから」
結局私は折れて、それ以降は彼らのルールに従っている。
その分美味しいものを作ってあげようと考えながら、幼馴染たちのマンションまであと数メートルというところまで来た時だ。目の前にいきなり人が立った。ぶつかりそうになったのをかろうじて避ける。
「ごめんなさい!」
私はすぐに謝ったが、対する相手は無言だった。
恐る恐る顔を上げてはっとした。驚きのあまり声がかすれる。
「あ、あなた……」
「あら、覚えていてくれたのね」
くすっと笑ったその人は、先日遭遇したあの派手な女性だった。今日もあの日のように、目にまぶしい色彩のワンピースを身に着けて、甘ったるい香りを振り撒いている。
「久保田君のお知り合いさん、こんにちは。それとも、こんばんは、かしら」
関わりたくないと思った私は咄嗟に目を逸らし、彼女の傍を足早に通り抜けようとした。
ところが彼女は私を引き留めようとする。
「ちょっと待ってよ」
当然私はそれを無視した。さらに足を早めて先を急ごうとしたが、部屋まで着いてきそうな彼女に仕方なく立ち止まった。
「何かご用でしょうか?」
振り向きざまに訊ねながら、私はじりじりとした動きでエントランスに向かって後ずさりした。
私が迷惑がっていることは伝わっているはずだが、彼女はまったく気にしていないように見える。
「ん~、用といえばそうかしら。ねぇ、あなたって、久保田君と親しそうだったわね」
彼女の目が私の手元に向く。
「もしかして、ご飯でも作ってあげてるの?」
余計なことは話さない方がいいと考え、私は黙っていた。
「ふぅん、まぁ、いいわ。念のため確認したいんだけど、あなたは久保田君の彼女じゃないのよね?」
確認だと言いながらも、私の答えを聞くつもりはないらしく、彼女は言葉を続ける。
「ねぇ、あなた知ってる?彼、好きな人はいるのかしら?久保田君って、どんな女の子が好き?彼のこと、色々と教えてほしいのよ」
「え?」
私は眉をひそめた。諒への告白をすでに何度も断られているらしいのに、彼女は本当にまだ諦めてはいないようだ。
「そういうことは、ご自分で直接本人に聞いてみた方がいいと思います」
「それがねぇ、久保田君ったら、私のこと、全然相手にしてくれないのよねぇ」
彼女はきらびやかな爪で飾られた手を頬に当てて、悩まし気な顔でふうっと息を吐いた。
「だからね、それならいっそ、周りから固めちゃおうかしらって思ってね。頑張ってみることにしたの」
「はぁ……」
私が呆れていることに気づいていないのか、はたまた気にも留めていないのか、彼女は話し続ける。
「例えばあなたのように、久保田君のことを知っている人に、彼のことを色々と聞いてみようと思ったの。それをもとにして、改めてアプローチしてみれば、彼に好きになってもらえるんじゃないかしら、って考えたのよね」
彼女の執念にぞっとした。付きまとったり、住まいを探し当てたりと、相手を不快にさせる行動の数々はやりすぎだとしか思えない。
「本当に相手のことが好きなら、普通、そういうことはやらないと思いますが」
「あら。好きだからこそ、どんな些細なことでも相手のことを知りたいと思うのは当然でしょ?本人から教えてもらえないんだもの、仕方がないじゃない」
「だからって、そんなことします?自分の知らない所で、あれこれ自分のことを聞いて回ってる人がいるだなんて、嫌だと思いますよ」
「だからそれは、彼のことを知りたいからよ」
「でも、彼はあなたのことを好きじゃないわけですよね?あなたのことは、迷惑な人だと思っているんでしょう?彼に好きになってもらおうだなんて思わないで、あなたを好きだと思ってくれる他の人を探した方がいいと思いますよ。その方がずっと前向きですから」
「なによ!知ったようなこと言わないで!」
「だいたいですね。待ち伏せするとか押しかけるとか、こういうことは、今まで以上に嫌われる原因になるんじゃないですか?そういうのを、健気だとかいじらしいとか、そんな風に思う人なんていませんよ。だってこんなの、ただのストーカーですもの。怖いだけでしょう」
「なっ……」
彼女の声と表情の険しさに、はっとした。言い過ぎたと思いつつも、収まらない苛立ちのせいで私の口は止まらない。
「私と彼とは、ただの知り合いです。好みだとか、今好きな人がいるのかどうかなんて、細かいことは何も知りません。だからご自分で、最後にもう一度くらい直接ぶつかって、本人に聞いてみたらいかがですか。どうぞ頑張って。失礼します。さようなら」
私はぺこりと頭を下げて、くるりと彼女に背を向けようとしたが、あっという間に彼女に腕をつかまれてしまった。
「ちょっと待って!ねぇ、私も一緒に連れて行ってよ」
「は?何を言い出すんですか?なぜ私が?この前のように、直撃してみたらいいのでは?」
「だって……」
彼女は急にもじもじとし始める。
「やっぱりあなた、久保田君ととても親しそうに思えたから。あなたがお願いしてくれたら、もしかしたら『うん』って言ってくれるんじゃないかな、って思うのよね」
「お願い?」
彼女は媚びるように私を上目遣いで見る。
「私の気持ちを受け止めてくれるよう、あなたから口添えを」
「言っている意味が、まったく分かりませんね。とにかく、早くこの手を離して下さい」
「ねぇ、お願い!」
「だから、どうして私が、見ず知らずのあなたと彼との間を、取り持たなきゃいけないんですか!」
話が通じない彼女に呆れ果てた。同じようなやり取りを繰り返しながら、彼女と押し問答をしているところに、慌ただしい靴音が聞こえてきた。
「こんな所で何やってるんですか!」
諒が顔を引きつらせて駆け寄ってきた。
その日私は途中のスーパーで買ってきた材料を持って、いつものように幼馴染たちの部屋に向かっていた。
最近は、私も時々買い物をしていくことにしていた。購入分のレシートを彼らに見せて、その分の代金をもらうという形を取っているのだ。ある日初めて食材を買って行った時、私も一緒に食べているのだからその分の代金はいらないと言ったのだが、二人は頑として首を縦に振らなかった。
「そこは最初に言った通り、うちで全部持つから」
結局私は折れて、それ以降は彼らのルールに従っている。
その分美味しいものを作ってあげようと考えながら、幼馴染たちのマンションまであと数メートルというところまで来た時だ。目の前にいきなり人が立った。ぶつかりそうになったのをかろうじて避ける。
「ごめんなさい!」
私はすぐに謝ったが、対する相手は無言だった。
恐る恐る顔を上げてはっとした。驚きのあまり声がかすれる。
「あ、あなた……」
「あら、覚えていてくれたのね」
くすっと笑ったその人は、先日遭遇したあの派手な女性だった。今日もあの日のように、目にまぶしい色彩のワンピースを身に着けて、甘ったるい香りを振り撒いている。
「久保田君のお知り合いさん、こんにちは。それとも、こんばんは、かしら」
関わりたくないと思った私は咄嗟に目を逸らし、彼女の傍を足早に通り抜けようとした。
ところが彼女は私を引き留めようとする。
「ちょっと待ってよ」
当然私はそれを無視した。さらに足を早めて先を急ごうとしたが、部屋まで着いてきそうな彼女に仕方なく立ち止まった。
「何かご用でしょうか?」
振り向きざまに訊ねながら、私はじりじりとした動きでエントランスに向かって後ずさりした。
私が迷惑がっていることは伝わっているはずだが、彼女はまったく気にしていないように見える。
「ん~、用といえばそうかしら。ねぇ、あなたって、久保田君と親しそうだったわね」
彼女の目が私の手元に向く。
「もしかして、ご飯でも作ってあげてるの?」
余計なことは話さない方がいいと考え、私は黙っていた。
「ふぅん、まぁ、いいわ。念のため確認したいんだけど、あなたは久保田君の彼女じゃないのよね?」
確認だと言いながらも、私の答えを聞くつもりはないらしく、彼女は言葉を続ける。
「ねぇ、あなた知ってる?彼、好きな人はいるのかしら?久保田君って、どんな女の子が好き?彼のこと、色々と教えてほしいのよ」
「え?」
私は眉をひそめた。諒への告白をすでに何度も断られているらしいのに、彼女は本当にまだ諦めてはいないようだ。
「そういうことは、ご自分で直接本人に聞いてみた方がいいと思います」
「それがねぇ、久保田君ったら、私のこと、全然相手にしてくれないのよねぇ」
彼女はきらびやかな爪で飾られた手を頬に当てて、悩まし気な顔でふうっと息を吐いた。
「だからね、それならいっそ、周りから固めちゃおうかしらって思ってね。頑張ってみることにしたの」
「はぁ……」
私が呆れていることに気づいていないのか、はたまた気にも留めていないのか、彼女は話し続ける。
「例えばあなたのように、久保田君のことを知っている人に、彼のことを色々と聞いてみようと思ったの。それをもとにして、改めてアプローチしてみれば、彼に好きになってもらえるんじゃないかしら、って考えたのよね」
彼女の執念にぞっとした。付きまとったり、住まいを探し当てたりと、相手を不快にさせる行動の数々はやりすぎだとしか思えない。
「本当に相手のことが好きなら、普通、そういうことはやらないと思いますが」
「あら。好きだからこそ、どんな些細なことでも相手のことを知りたいと思うのは当然でしょ?本人から教えてもらえないんだもの、仕方がないじゃない」
「だからって、そんなことします?自分の知らない所で、あれこれ自分のことを聞いて回ってる人がいるだなんて、嫌だと思いますよ」
「だからそれは、彼のことを知りたいからよ」
「でも、彼はあなたのことを好きじゃないわけですよね?あなたのことは、迷惑な人だと思っているんでしょう?彼に好きになってもらおうだなんて思わないで、あなたを好きだと思ってくれる他の人を探した方がいいと思いますよ。その方がずっと前向きですから」
「なによ!知ったようなこと言わないで!」
「だいたいですね。待ち伏せするとか押しかけるとか、こういうことは、今まで以上に嫌われる原因になるんじゃないですか?そういうのを、健気だとかいじらしいとか、そんな風に思う人なんていませんよ。だってこんなの、ただのストーカーですもの。怖いだけでしょう」
「なっ……」
彼女の声と表情の険しさに、はっとした。言い過ぎたと思いつつも、収まらない苛立ちのせいで私の口は止まらない。
「私と彼とは、ただの知り合いです。好みだとか、今好きな人がいるのかどうかなんて、細かいことは何も知りません。だからご自分で、最後にもう一度くらい直接ぶつかって、本人に聞いてみたらいかがですか。どうぞ頑張って。失礼します。さようなら」
私はぺこりと頭を下げて、くるりと彼女に背を向けようとしたが、あっという間に彼女に腕をつかまれてしまった。
「ちょっと待って!ねぇ、私も一緒に連れて行ってよ」
「は?何を言い出すんですか?なぜ私が?この前のように、直撃してみたらいいのでは?」
「だって……」
彼女は急にもじもじとし始める。
「やっぱりあなた、久保田君ととても親しそうに思えたから。あなたがお願いしてくれたら、もしかしたら『うん』って言ってくれるんじゃないかな、って思うのよね」
「お願い?」
彼女は媚びるように私を上目遣いで見る。
「私の気持ちを受け止めてくれるよう、あなたから口添えを」
「言っている意味が、まったく分かりませんね。とにかく、早くこの手を離して下さい」
「ねぇ、お願い!」
「だから、どうして私が、見ず知らずのあなたと彼との間を、取り持たなきゃいけないんですか!」
話が通じない彼女に呆れ果てた。同じようなやり取りを繰り返しながら、彼女と押し問答をしているところに、慌ただしい靴音が聞こえてきた。
「こんな所で何やってるんですか!」
諒が顔を引きつらせて駆け寄ってきた。
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作品の内容や展開の最終的な決定、および本文の執筆は作者自身が行っています。