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マルベリーの新婚夫婦(クロード視点)④

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 時折、外国の要人の弱みすら握ってくるベアトリーゼ。
 有能だがすさまじく気難しい外交官のオッサンが、実は無類の猫好きで野良猫ですら赤ちゃん言葉でしゃべりかけるなど知った時は驚いた。だが、親が猫嫌い、妻子が猫アレルギーで表面上は猫嫌いのように思われているところまで調べ上げていた。
 トドメに彼の密やかな願望が猫妖精ケットシー族とお友達になりたいことだと知った時は耳を疑った。
 これは外交官を始めとした諜報機関の情報網でも入ってきていない情報だ。
 ちなみにケットシー族は知り合うのが難しい。かつてその愛らしい外見から愛玩用の奴隷として乱獲され、人間嫌いが多い。おまけに元々人を選ぶのだ。
 つまり、余り人の前に出てこない。そこでクロードは暗礁に乗り上げたが、ベアトリーゼが数日後に「協力者を見繕いましたわ!」と非合法な奴隷商に捕まっていたケットシー族を根こそぎ奪ってきた。

「猫獣人や虎獣人やエルフや人魚やドライアドの方はそこそこいたのですが、猫妖精族はなかなかいなくて……」

 シュシュシュと照れながらも高速シャドウボクシングをするベアトリーゼ。
 その後ろで亀甲縛りのおっさん数名と、ゴリゴリマッチョのごろつきたち。奴隷商とその部下たちは、見事にボッコボコにされていた。顔が新手の根菜類のようにでこぼこしている。
 シャドウボクシングをしていないもう片方の手に小脇に抱えられているケットシー族は、スペキャ状態だ。
 白猫、黒猫、茶虎、三毛猫――と多種多様のにゃんにゃんパラダイス状態だ。一部猫好きの人間たちがその楽園に打ち震えていた。
 さっそく説得を試みたが、ケットシー族は達観していた。

「奴隷用の魔法呪具を腕力で握りつぶせるのは勇者だけにゃ」

「腕力というか、指力だったにゃん」

「奴隷商が粉微塵になったにゃ」

「ザマァみゃん」

「勇者の血筋は基本善良にゃ」

「性格難アリの番を好きになることはままあるにゃぁ」

「助けられたからには借りは返すにょん」

「何を望むにゃん?」

 もふもふたちはどこか泰然と全てを受け入れるように問う。
 そんな愛らしいケットシー族に、笑顔でベアトリーゼはお願いした。


「猫を使ったバブバブプレイ好きのオッサンに全身を吸われてきなさい」


 ベアトリーゼは可愛いアニマル系の妖精相手ですら、無慈悲だった。
 クロードへの絶対的な愛の前では、どんなハイモフリティの魅惑の猫ちゃんですら炉端の石だった。
 確かにその通り言えばその通りだが、一斉に阿鼻叫喚となるケットシー達。

「何たる拷問にゃあああ!」

 クロードはケットシー達を落ち着けるために説得に取り掛かった。
 恐らく例の人物はそういう願望はあるだろうけれど、初対面からそこまで攻めたプレイは要求されないはずだ。多分。

「肉球をこっそり握られる程度ですよ」

「ほんと? ほんとにゃ?」

「赤ちゃんみたいな言葉で話しかけられて頬ずりされないみゃ?」

「体臭を力いっぱい吸引されないにゃん?」


「クロード様の役に立たないなら今すぐ猫キャバに放り込むわよ? 役に立つわよね?」


 小首傾げながら笑顔で脅すベアトリーゼ。
 普段は動物にも小さいものにもそれなりに優しい彼女だが、クロードの役に立つか、立たないかの瀬戸際の前では動物愛護の精神は家出をしていた。
 真っすぐなベアトリーゼの澄んだ眼差しはケットシー達にとっては抜群の脅しとなった。
 可愛らしいレディの皮を被った猛獣より、強面眼鏡の野郎の方がまだ慈悲があるとクロードに縋り付いた。

「お役に立ちますにゃあああ」

「クロード様のお手伝いしますみゃーん!」

 クロードはまたたびを被ったようにケットシー達にもみくちゃにされた。
 今も昔も、猫にモテたのはあれが過去最高だった。
 ちなみに、そのケットシー達はマルベリー家の使用人となった。
 クロードの部下=ベアトリーゼの敵対対象外という天敵から逃げたい一心での選択だった。猫妖精たちは全力で保身に走った。
 天敵ベアトリーゼは、奴隷商や犯罪者にとっても恐怖の対象である。マルベリーの紋章の入ったメダル付きのリボンタイを付けていると、一部の人間の顔色が変わる。
 貴族とか、騎士とか、ゴロツキとか――主に一度はベアトリーゼの脅威にさらされたことのある人間が殆どだ。
 
(……なんてこともあったな)

 クロードは思い出して遠い目をする。眼鏡をはずし、寝台についている棚に置く。
 大き目なダブルサイズベッドなので、ベッド脇のテーブルに置くと目覚めて手を伸ばしても届かないのだ。
 そして、いまそのテーブルの上には一つのベルベットのケースがある。
 どうやら使用人たちは上手く立ち回ってくれたようだ。
 僅かに笑みをこぼすと、もぞもぞと隣でベアトリーゼが動き出した。

「くろーろしゃまー?」

 まだ眠っていなかったベアトリーゼが手を伸ばしてきた。
 それをやんわりと躱しベアトリーゼに眠るように促す。漏れ出た声は、思いのほか優しいことにクロード本人ですら気づかない。


「おやすみなさい、ベアトリーゼ」 


 そういって額にキスを落とすと茹蛸のように真っ赤になってぐにゃぐにゃにのぼせたベアトリーゼが出来上がった。軽くベアトリーゼの寝姿を整え、ブランケットを引き上げる。
 その隣で自分も横になるクロードだった。





 翌朝、ケースに入ったスタールビーのペンダントを見つけたベアトリーゼ。
 そのスタールビーは幼き日に失った母の遺品とよく似ていた。
 モーニングティーを楽しんでいたクロードに泣きながら抱き着くのは、八時間後の話。


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みんなの感想(38件)

ゆまーま
2021.12.23 ゆまーま

今、読んでる途中です。
なぜ、公共の場でダメなのか、、、、わかりました
ふふふふっ

解除
みもり
2021.04.25 みもり

あらすじに偽りなし!いや、本当に公共の場で読まなくてよかった…!(笑)
朝から笑わせていただきました。素敵なお話をありがとうございます。

解除
ちびたん
2021.04.15 ちびたん

🎊完結おめでとうございます。

お腹を抱えて笑える😁
楽しいラブコメをありがとう
こざいました( ̄∇ ̄)何も考えず
笑えるお話は、気持ちを明るく
してくれる心のビタミン剤です。

だから…もう少し続いて
欲しかったのですが(´▽`)
きりが良い所で終わるのが😔
正解なのかも…お疲れ様でした
次回作を楽しみにしています。
🌱🐥💮

解除
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