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36、炙り出された鼠
しおりを挟む(こそこそしていた鼠も、いい加減に飛び出してきていい頃ね)
馬鹿たちの影に隠れて、気色悪い画策をしていた鼠。
今頃、長年温めてきた宿願を壊されてさぞ激昂しているだろう。
(頭は悪くないのだけれど、王妃が絡むと底の抜けたバケツみたいな馬鹿になるんだから)
王妃は王族としてはあり得ないが、男を転がす才能だけは有った。
優秀な王子や貴公子たちが馬鹿をやらかす程度には魅力的な女を演じることができた。
(それか聖女の資質は魅了の力を持っているのも含まれるのかしら?)
神殿が王妃グラニアを嫌っているのは、聖女の資質がありながらも王妃という立場に靡いたからだ。その時の断り方に、配慮もなかったし、神殿の人間にはグラニアを慕う余り愚行を侵した男もいた。
聖女に関しては、神殿が情報を秘匿している。公にされることは極めてわずかだ。
ただ、聖女と呼ばれるからには聖なる魔力で結界や治癒、時には蘇生を行う。奇跡の御業というべき秘術を使えるなど、数多の伝承もあった。
だから、聖女の資質がある人間はそれを行動でもって立証する。
グラニアはそんな高尚な精神などあるはずもなく、才能は有ったかもしれないが腐らせた。魔力が強くとも、研鑽はせず人の役にも立たせなかった。だから、彼女は聖女の資質があったかもしれない人間に成り下がっている。
グラニアは苦しむ人を救うよりも自分の虚栄心を満たし、幸せを見せつけることに生きがいを感じている。
聖女はその名に相応しい慈愛と慈悲と志を持っている。少なくとも、フレアのあったことのある本物の聖女はそうだった。
エンリケの婚約者として、神殿に何度も礼拝や儀式に参加することがあった。聖女は清楚で高潔な女性であり、グラニアと人柄は比べる必要がない程できている。
彼女を見つめていると、冷淡と言われるフレアですら、ふとした瞬間に膝を付いて祈りたくなる衝動にかられた。
聖女のカリスマというのは、ああいうことだろう。
(この騒ぎが終わったら、一度巡礼をしたいわね。殿下の尻拭いで、大巡礼は一度もできていないもの)
大巡礼は神殿で定められた権威ある祠や神殿、教会や奇跡の起こった聖地を回る旅だ。
これは願掛けや厄落としでやることもあるので、今のフレアにはちょうど良いだろう。
フレアが思案していると、控えめなノックが響いた。入ることを許可すると、執事がやや強張った顔をしている。
「フレアお嬢様、お客様がお見えになっております」
「あら、ここを当てるなんて鋭いのね。ケイネス伯父様かしら?」
フレアは居場所を誰にも告げていない。手紙は小まめに送らせているが、それはもともと王との公爵邸に着いたものだ。
「会いましょう。紅花鳥の間にご案内して差し上げて」
部屋着であるワンピースから、ドレスに着替える準備をする。
レディの家を先触れなく訪れるなんて、流石はあの父の兄である。
ふと、机にあったエンリケからの手紙を見る。しつこく何度も来るので、一応は目を通している。これも後で慰謝料の増額に使えそうな罵倒がたっぷり入っているのがまた笑えた。
綺麗な文字は、明らかな代筆で、だがその居丈高な内容は如何にもエンリケらしい要求だった。
彼はまだ自分の立場が分かっていない。
まだ自分が優位で、高い位置にいると思っている。その足元が頑丈な煉瓦ではなく、砂の城だと気づいていない。
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