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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~

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その日、ミーティアは授業が終わった後に寮に戻ってから、ナンシーを連れて図書館へ来ていた。
ナンシーが探している本があるというので、ミーティアが付き合う格好だったが、本好きのミーティアとしては断る理由もないので、図書館の中で興味を惹かれたままに本を手に取って眺めていた。

この学園は制服なので、皆同じデザイン、同じ色合いの踝丈まであるワンピースドレスを着ていた。王城勤めの女官のようだと一部では不評らしいが、毎日着替えるドレスがないミーティアとしては有難いことこの上ない。
だから、というわけではないが、女子生徒は様々な髪型をしていた。中には一体どうしたらこうなる?というような、感嘆する髪型の生徒もいた。アクセサリーも禁止なので、後はリボンや髪飾りでそれぞれ個性を演出していた。

それに触発されたのか、ナンシーはヘアスタイルの図鑑のようなものを見てみたいと言い出したのだ。ミーティアとしては、邪魔にならなければなんでもいいと頓着していなかったのだが、ナンシーは我が主人の髪型の責任は自分にあるとでも思っているようで、それは熱心に何冊かを手に取って、閲覧席で読み込んでいるようだった。

ミーティアは、歴史書を手に取って立ったままぺらぺらとページを捲る。このファランダールの建国からの七賢者の話はすでに知っているが、屋敷にあった『永遠の契約』というものに興味を惹かれたせいだった。だが、ここにあるどの歴史書を探しても、『永遠の契約』について書かれているものはない。
あれは、お伽噺によくあるような類のものだったのかと、手に取っていた本をパタンと閉じた。

ナンシーの様子を伺うと、数冊の本を手に立ち上がったところだった。

「ナンシー、もういいの?」
「はい、お嬢様にお付き合いいただいて申し訳ありませんでした」
ペコリとお辞儀をすると、手に持った本を片付けに書架のほうへと歩いて行く。ナンシーが戻ってくるのを待って、二人で外へ出ると、陽射しが目に眩しくて、しばらく立ち止まっていた。
後で考えると、この時さっさと歩きだしておけばよかったと心から思う。だが、立ち止まったせいで、あるご令嬢から声を掛けられることになった。

「失礼ですが、マッコール伯爵令嬢ではございません?」
まだ目が陽射しに慣れなくて、近付いてくる相手の顔もよく見えていなかった。
「ええ、確かに、私はマッコールの娘ですが……」
「お初にお目にかかります、私、ウィンターが娘、ユージニアと申します」
ようやく目が慣れたミーティアの前に、ユージニアと名乗った少女が立っていた。胸に飾ったリボンの色から上級生だとわかる。
「ご挨拶が遅れました、私ミーティア・マッコールと申します」
上級生に声を掛けられる理由が全くわからないミーティアだったが、アリスンの例もある。淑女の礼を返すと、ユージニアは僅かに口の端を歪めた。

「まぁ、ご丁寧な挨拶をありがとうございます。ここでお会いしたのも、何かのご縁ですわ。よろしかったら、ご一緒にお茶でもいかがです?」
あまり友好的ではないらしいこの上級生に、なぜお茶に誘われているのか、ミーティアはさっぱりわからなかった。だが、上級生のお誘いを断る理由を咄嗟に思いつかなかったため、仕方なくお茶に呼ばれることにする。

ユージニアについて行くと、温室の中へと案内され、そこにはユージニアと同じ上級生のご令嬢たちが優雅にお茶を嗜んでいた。

「あら、まぁ……」
どこかわざとらしい驚きの声とともに、彼女たちの口の端がゆっくりと持ち上がる。それはお世辞にも微笑みとは言い難い、どこか歪んだ笑みだった。
ここは大人しくしておいたほうが得策だと、ミーティアは淑女の礼をしてから、席に座る。ナンシーは他のご令嬢の侍女たちとともに、温室の外でミーティアを待っている。

最初はごく普通に勧められるままにお茶を飲み、さざ波のような彼女たちの会話に耳を傾けていたが、ミーティアが興味を惹かれる内容など一つもなかったので、これは何か理由をつけてさっさと退散しようと、相槌を打ちながらミーティアが考え始めていた時だった。

「あなたをお招きしたのには、理由がありますのよ」
ふいにユージニアがミーティアに話を振ってきた。ウィンター伯爵令嬢、ユージニアは美しい金髪に涼やかな青い瞳、滑らかな白い肌をした美少女だ。ただ、目が吊り上がっているせいなのか、気の強そうなご令嬢というのが、ミーティアが持った第一印象だ。そのユージニアが、ミーティアに注いだ視線を見た時、嵌められたと悟った。

何が理由かはわからないものの、これはミーティアが吊るし上げられる場だ、間違いない。

彼女たちの顔が、まるで獲物を前に舌なめずりしているようにミーティアには見えた。ただ、そんなに怖く感じないから、困る。ここで、怖がってウサギのようにプルプルと震えるぐらいの芸当が出来ればいいのだが。
残念ながら、ミーティアはこの状況を面白いと感じ始めていた。ミーティアは、前世でもこんな場面に出くわしたことがないので、ちょっとワクワクして次の言葉を待った。

「お尋ねしたいことがありますの……あなたとオルヴェノク卿、リーベラ卿のご関係は何かしら?」
ご関係と言われても……従兄とその友人としか答えようがない。事実、その通りなので、そう述べる。その答えを聞いたご令嬢方は、ひそひそと言葉を交わしているが、その瞳は決して友好的ではなかった。そもそも、ジルベルトとトビアスのことで、なぜ自分がここに呼ばれているのか、ミーティアは全く理解していなかった。

「では、ご忠告申し上げておきますわ」
ユージニアの隣のご令嬢が声を上げた。えーとなんだっけ……もう名前も覚えていないが、別に友人になるつもりは毛頭ないので、その令嬢と視線を合わせた。

「オルヴェノク卿にリーベラ卿、お二人ともまだご婚約が調っていらっしゃらないのはご存知?」
「ええ、少なくとも、私は存じ上げません」
ミーティアは自身の婚約もまだなのに、他人のことにまでいちいち気にしてはいられないと思う。

「ご存知でしたらば、お二人とあまり親しくなさらないほうがよろしいと思いますのよ」
ーーーこの、奥歯に物の挟まったような物言い、ミーティアとて令嬢として教育を施されているので、もちろんそれを否定はしないが、まだるっこしいことこの上ない。
要するに、『二人に近付くな』ということを言いたかったんだろうと思うが、時間がもったいないではないか。時間は有限なのだ、無限にあるわけではない。彼女たちの呼び出しに応じた自分が馬鹿だったと、ミーティアは己を罵った。それに、そもそも自分から親し気に近寄ったことなど一度もないのに、なぜこんなことを言われなくてはならないのか、主にジルベルトに対して怒りが募る。

ミーティアは攻略対象に対して、親しくなろうとは微塵も思っていないのだ。彼らは眺めるだけでお腹いっぱい、もうそれだけで十分なのだ。だから、少なくともトビアスに関しては親しくなりたいわけではない。もちろん、嫌われたくもないけど。さて、どうしたものか。言われっぱなしも癪に障るが、かと言って敵に回すのも面倒だ。この場合はどうしたらいいのだろう……。あ、そうだ。同じ手を使えばいいのだ、すでに実証済みじゃないか、ミーティアはほくそ笑んだ。

ミーティアがなんと答えるか、令嬢たちは目を細めながら待っている。その言動如何によって、ミーティアがこの場を和やかに去ることが出来るか、はたまた言葉の暴力に晒されるかが決まる。

「格別に親しくさせていただいた覚えはないんですのよ?ですが、確かに仰られる通りですわ、私自身のこともございますので、これからは気を付けなければ。ご忠告、痛み入ります」

ミーティアは最上級の笑顔を浮かべて、ご令嬢方の顔を一人一人眺めてゆっくりと告げた。

「あなた様ご自身に何かございますの?」
「ええ、私にも将来を……」
そこまで言って、そっと顔を俯けた。うまく、恥じらっているように勘違いされるように。すると、ご令嬢たちは、あら、だとかまぁ、だとか呟いている。これはジルベルトに使った手だったが、奥歯に物が挟まった言い方が貴族の常とう手段ならば、逆手に取ればいいのだ、勝手に誤解してくれる。

「それでは、私、今日はこの辺で失礼させていただきます。本日はお誘いいただきまして、ありがとうございました」

彼女たちから根掘り葉掘り聞かれる前に退散しようと、ミーティアは笑顔を浮かべて、立ち上がって膝を折る。そしてさっさと踵を返すと、温室を出て行った。

ナンシーと連れ立って、寮の自室へ戻る。

「はぁ~……疲れた……」
ミーティアはぐったりと椅子に腰かける。その様子を見ていたナンシーが棚をごそごそとやってこちらに戻ってきた。

「お嬢様、甘い物でも召し上がります?」
大変気の利く侍女であるナンシーは、そっとお皿にショコラを載せてくれた。この時代のチョコレートは高級品である、ミーティアはびっくりしてナンシーの顔を見た。
「どうしたの、これ?」
「事務棟に届いておりました、ヴァランタイン侯爵夫人から頂きました。こちらにお手紙が」
ミーティアが渡したシフォンのショールが、夜会で大変好評だったらしい。そのお礼にと、このショコラを届けてくれたようだ。ミーティアとしては、夫人が身に付けてくれて、マッコールの領地で織られる生地だと宣伝してくれさえすればそれでよかったのに、わざわざお礼まで届けてくださるとは。

「気に入ってくださったんですね、よかったですわね、お嬢様」
「ええ、お礼のお手紙を書かなければね。それに、また何かいい物が出来たらお届けしなくては」
「せっかく頂いたのですから、召し上がってくださいませ」
「ありがとう、ナンシー」

ミーティアはお皿から一つ、ショコラを摘まみ上げると、口に入れて至福の時を楽しむ。その時のミーティアはまだ知らなかった。

あの温室に、ご令嬢たち以外の人物がいたことをーーー。



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