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第1話 婚約破棄?――ええ、承知いたしました
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第1話 婚約破棄?――ええ、承知いたしました
王宮舞踏会は、いつも通り退屈だった。
煌びやかなシャンデリア、甘ったるい香水の匂い、意味もなく取り繕われた笑顔の応酬。
そのすべてを、ベルトーネ・ランナバウトは壁際から静かに眺めていた。
(……長いわね)
心の中でそう呟きながら、ワイングラスに口をつける。
今日この場にいる理由は、ただひとつ。
――婚約者である、アーヴェル王太子の隣に立つため。
だが、その「役目」を果たしているという感覚は、最初からなかった。
「相変わらず地味だな、君は」
数刻前、隣に並んだ王太子は、挨拶代わりにそう言った。
声は小さく、しかし確実に侮蔑を含んでいた。
「王太子妃となる者は、もっと華やかであるべきだ」
「……はあ」
反論する気も起きず、ベルトーネは曖昧に相槌を打った。
華やかであるべき?
それは社交界で微笑みを振りまき、何も考えずに立っていることを指すのだろうか。
(帳簿を合わせ、条約文を精査し、商会との交渉をまとめている時間のほうが、私は好きなのだけれど)
その言葉を、彼に向けて口にしたことはない。
どうせ理解されないと、最初から分かっていたからだ。
やがて、音楽が止み、ざわめきが広がる。
舞踏会の中央。
王太子が一歩前に出た。
――嫌な予感がした。
「皆に、報告がある」
アーヴェル王太子の声が、広間に響き渡る。
「本日をもって――」
一瞬、視線がこちらに向けられた。
「ベルトーネ・ランナバウトとの婚約を、正式に破棄する」
空気が、凍りついた。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
「え……?」 「婚約破棄ですって?」 「こんな公の場で……?」
囁き声、驚愕、好奇の視線。
それらが一斉にベルトーネへ突き刺さる。
だが。
当の本人は、グラスを置き、静かに一歩前へ出ただけだった。
「理由は簡単だ」
王太子は続ける。
「彼女は、王太子妃に相応しくない。
地味で、社交性に欠け、私を支える器ではなかった」
ああ、とベルトーネは内心で小さく息を吐いた。
(やはり、そういう評価なのね)
怒りも悲しみも、不思議と湧かなかった。
むしろ、胸の奥で何かがほどけていく感覚があった。
――終わった。
そう思った瞬間、心が軽くなる。
沈黙が続く中、ベルトーネは顔を上げ、はっきりと口を開いた。
「承知いたしました、アーヴェル王太子殿下」
ざわめきが、ぴたりと止まる。
「私との婚約を破棄なさるのですね」
「……そうだ」
「異論はございません」
王太子の眉が、わずかに動いた。
想定外だったのだろう。
泣き叫ぶでも、縋りつくでもなく、あまりにも淡々とした返答。
「では、書面の手続きは後日、正式に」
ベルトーネは一礼する。
「本日、この場ではこれ以上お時間を取らせませんわ」
――まるで、事務的な確認のような口調だった。
「……それだけか?」
苛立ちを含んだ声が、背後から飛んでくる。
振り返ると、アーヴェル王太子が険しい表情で立っていた。
「悔しくはないのか?
王太子妃の座だぞ」
その問いに、ベルトーネは少し考え、微笑んだ。
「正直に申し上げますと」
一拍置いて。
「不自由になる未来が消えて、ほっとしております」
その瞬間、周囲が凍りついた。
「な……?」
「では失礼いたします」
それだけ言って、ベルトーネは踵を返した。
背後で何か怒鳴る声が聞こえた気がしたが、振り返らない。
広間を抜け、冷たい夜気に触れた瞬間――
「……ようやく、自由ですわね」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
王太子妃の座も、社交界の評価も、もうどうでもいい。
明日には、領地へ戻ろう。
帳簿と書類に囲まれた、静かな日常へ。
――この時、ベルトーネ・ランナバウトはまだ知らなかった。
この婚約破棄が、
彼女を「追放された令嬢」ではなく、
隣国公爵に溺愛される存在へと導く始まりであることを。
王宮舞踏会は、いつも通り退屈だった。
煌びやかなシャンデリア、甘ったるい香水の匂い、意味もなく取り繕われた笑顔の応酬。
そのすべてを、ベルトーネ・ランナバウトは壁際から静かに眺めていた。
(……長いわね)
心の中でそう呟きながら、ワイングラスに口をつける。
今日この場にいる理由は、ただひとつ。
――婚約者である、アーヴェル王太子の隣に立つため。
だが、その「役目」を果たしているという感覚は、最初からなかった。
「相変わらず地味だな、君は」
数刻前、隣に並んだ王太子は、挨拶代わりにそう言った。
声は小さく、しかし確実に侮蔑を含んでいた。
「王太子妃となる者は、もっと華やかであるべきだ」
「……はあ」
反論する気も起きず、ベルトーネは曖昧に相槌を打った。
華やかであるべき?
それは社交界で微笑みを振りまき、何も考えずに立っていることを指すのだろうか。
(帳簿を合わせ、条約文を精査し、商会との交渉をまとめている時間のほうが、私は好きなのだけれど)
その言葉を、彼に向けて口にしたことはない。
どうせ理解されないと、最初から分かっていたからだ。
やがて、音楽が止み、ざわめきが広がる。
舞踏会の中央。
王太子が一歩前に出た。
――嫌な予感がした。
「皆に、報告がある」
アーヴェル王太子の声が、広間に響き渡る。
「本日をもって――」
一瞬、視線がこちらに向けられた。
「ベルトーネ・ランナバウトとの婚約を、正式に破棄する」
空気が、凍りついた。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
「え……?」 「婚約破棄ですって?」 「こんな公の場で……?」
囁き声、驚愕、好奇の視線。
それらが一斉にベルトーネへ突き刺さる。
だが。
当の本人は、グラスを置き、静かに一歩前へ出ただけだった。
「理由は簡単だ」
王太子は続ける。
「彼女は、王太子妃に相応しくない。
地味で、社交性に欠け、私を支える器ではなかった」
ああ、とベルトーネは内心で小さく息を吐いた。
(やはり、そういう評価なのね)
怒りも悲しみも、不思議と湧かなかった。
むしろ、胸の奥で何かがほどけていく感覚があった。
――終わった。
そう思った瞬間、心が軽くなる。
沈黙が続く中、ベルトーネは顔を上げ、はっきりと口を開いた。
「承知いたしました、アーヴェル王太子殿下」
ざわめきが、ぴたりと止まる。
「私との婚約を破棄なさるのですね」
「……そうだ」
「異論はございません」
王太子の眉が、わずかに動いた。
想定外だったのだろう。
泣き叫ぶでも、縋りつくでもなく、あまりにも淡々とした返答。
「では、書面の手続きは後日、正式に」
ベルトーネは一礼する。
「本日、この場ではこれ以上お時間を取らせませんわ」
――まるで、事務的な確認のような口調だった。
「……それだけか?」
苛立ちを含んだ声が、背後から飛んでくる。
振り返ると、アーヴェル王太子が険しい表情で立っていた。
「悔しくはないのか?
王太子妃の座だぞ」
その問いに、ベルトーネは少し考え、微笑んだ。
「正直に申し上げますと」
一拍置いて。
「不自由になる未来が消えて、ほっとしております」
その瞬間、周囲が凍りついた。
「な……?」
「では失礼いたします」
それだけ言って、ベルトーネは踵を返した。
背後で何か怒鳴る声が聞こえた気がしたが、振り返らない。
広間を抜け、冷たい夜気に触れた瞬間――
「……ようやく、自由ですわね」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
王太子妃の座も、社交界の評価も、もうどうでもいい。
明日には、領地へ戻ろう。
帳簿と書類に囲まれた、静かな日常へ。
――この時、ベルトーネ・ランナバウトはまだ知らなかった。
この婚約破棄が、
彼女を「追放された令嬢」ではなく、
隣国公爵に溺愛される存在へと導く始まりであることを。
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