『婚約破棄された令嬢は、名もなき秤を置いて去る』

ふわふわ

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第24話 噂が牙を剥くとき

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第24話 噂が牙を剥くとき

 静けさは、いつまでも続くものではない。

 信頼が積み重なれば、必ずそれを削ごうとする力が現れる。
 それは、制度に対する反発ではない。
 人に向けられた、感情の反撃だ。

 ベルトーネ・ランナバウトは、その兆しを、朝の報告で察した。


---

「……王都を中心に、噂が流れ始めています」

 側近の声は、慎重だった。

「内容は?」

「“公爵夫人が、商会を選別し、
 気に入らない者を排除している”というものです」

 ベルトーネは、指先を止める。

(……来たわね)

 制度で締め出された者は、
 次に“正義”を装う。

「出どころは?」

「複数です。
 ただし、最初に広めたのは、
 例の商会と関係の深い貴族筋かと」

 彼女は、ゆっくりと息を吐いた。

「内容に、具体性はありますか」

「ありません。
 “公平性に欠ける”“独断的”といった、
 感情的な表現が中心です」

 それを聞いて、わずかに口元が緩む。

「……それなら、まだ浅い」

「浅い、ですか?」

「はい」

 ベルトーネは、はっきりと言った。

「事実に触れられていない。
 つまり、触れられないのです」


---

 午前。

 公爵邸には、問い合わせが相次いだ。

 直接の抗議ではない。
 “確認”という名の、探りだ。

「規約は、今後も変わらないのか」
「特定の商会が優遇されているという話を聞いたが」

 その一つひとつに、
 事務方が、淡々と資料を提示する。

 契約条件。
 利用実績。
 停止措置の基準。

 どれも、数字と記録に基づいたものだ。

 噂は、感情で広がる。
 だが、感情は、記録の前では弱い。


---

 昼過ぎ。

 アルベリク・フォン・グラーフ公爵が、
 ベルトーネを呼び、静かに言った。

「王都から、非公式の使者が来ている」

「……内容は」

「“領内での強権的運営”について、
 説明を求めたいそうだ」

 彼女は、少し考えたあと、頷いた。

「お受けします」

「条件は?」

「公開で」

 即答だった。

「記録を残してください。
 できれば、第三者も立ち会える形で」

 公爵は、短く笑った。

「攻める気だな」

「いえ」

 ベルトーネは、首を振る。

「噂を、空振りさせるだけです」


---

 数日後。

 公開の場で、簡素な説明会が開かれた。

 豪奢な装飾も、演出もない。
 あるのは、資料と記録だけ。

「本日は、
 物流拠点の運営方針について、
 ご質問にお答えします」

 ベルトーネは、淡々と切り出した。

 王都からの使者は、探るような視線を向ける。

「一部で、
 恣意的な利用停止が行われているとの声がありますが」

「そのような事実はありません」

 即答。

「停止措置は、
 虚偽通報、または安全を脅かす行為が確認された場合のみです」

 資料が、配布される。

 日時。
 理由。
 改善要請の履歴。

 すべてが、そこにあった。

 使者は、言葉に詰まる。

「……公平性については?」

「条件は、全利用者に同一です」

 一拍。

「例外を設ける方が、
 不公平だと考えています」

 会場が、静まり返る。


---

 質疑が終わる頃には、
 噂の勢いは、目に見えて削がれていた。

 感情で作られた話は、
 事実の前では、立っていられない。

 説明会が終わり、使者は深く一礼した。

「……失礼しました」

「こちらこそ」

 ベルトーネは、穏やかに答えた。

「確認は、必要なことです」

 その言葉に、使者は何も返せなかった。


---

 夕刻。

 公爵邸に戻ったベルトーネは、
 ようやく一息ついた。

「……噂は、これで終わりますか」

 側近の問いに、彼女は首を振る。

「形は変わります」

「では――」

「それでいいのです」

 ベルトーネは、静かに言った。

「噂が出るたびに、
 同じように、事実を積み上げる」

 派手な反論は、不要。
 怒りも、不要。

「噂は、
 事実が積み重なるほど、
 居場所を失います」


---

 夜。

 窓の外では、
 公爵領の灯りが、静かに瞬いていた。

 噂は、牙を剥いた。
 だが、それは――
 彼女を傷つけるためではなく、
 彼女の足場を確かめるために現れたのだ。

(……私は、揺れなかった)

 それが、何よりの答えだった。

 ベルトーネ・ランナバウトは、
 静かにペンを置く。

 噂は、また現れるだろう。
 だが、そのたびに――

 事実と姿勢が、
 静かに噂を削っていく。

 それを、彼女はもう、知っていた。
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