『婚約破棄された令嬢は、名もなき秤を置いて去る』

ふわふわ

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第25話 選ばれなかった者たち

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第25話 選ばれなかった者たち

 噂が沈静化した翌週、公爵邸には、妙な“静けさ”が流れていた。

 嵐の後の静寂、ではない。
 何かが、静かに整理されていく音に近い。

 ベルトーネ・ランナバウトは、その気配を、朝の報告書の行間から感じ取っていた。


---

「……物流拠点の利用申請、
 今週は三件、取り下げがありました」

 側近が、淡々と告げる。

「理由は?」

「公式には“方針変更”とのことです」

 ベルトーネは、資料に目を落としたまま、短く頷いた。

(……選ばなかった、というより)

 選べなかったのだ。

 新しい規約。
 透明な基準。
 記録が残る運用。

 それらは、
 “グレーに立つこと”を許さない。

 裏で融通を利かせ、
 曖昧な立場を保ち、
 責任を負わずに利益だけを得る。

 そうしたやり方が、
 ここでは、通用しなくなった。


---

 午前。

 ひとりの商人が、面会を求めてきた。

 かつては、王都でも名の通った人物だ。
 強引だが、顔が広く、
 “調整役”として重宝されてきた男。

「……規約が、厳しすぎるのではないか」

 開口一番、そう切り出す。

「厳しくはありません」

 ベルトーネは、静かに答えた。

「明確なだけです」

「だが、
 商売というのは、
 もう少し“柔軟”であるべきだ」

「柔軟性と、曖昧さは違います」

 即答だった。

 男は、言葉に詰まる。

「あなたが求めているのは、
 融通の利く運用ではなく、
 例外の余地です」

 ベルトーネは、穏やかに、しかし断定的に言う。

「ここには、それはありません」

「……つまり、
 私は歓迎されていないと?」

 その問いに、彼女は首を振った。

「いいえ。
 条件を守るなら、
 誰でも利用できます」

 一拍。

「守れないなら、
 選ばれなかっただけです」

 男は、しばらく黙り込み、
 やがて、苦い笑みを浮かべた。

「……随分と、冷たいな」

「冷たくはありません」

 ベルトーネは、視線を逸らさない。

「公平です」

 それが、彼女の答えだった。


---

 面会のあと。

 側近が、小さく息を吐いた。

「……あの方を切るのは、
 反発を招くのでは」

「切っていません」

 ベルトーネは、淡々と答える。

「選択肢を、提示しただけです」

 従うか。
 去るか。

 それを決めたのは、彼自身だ。


---

 午後。

 別の報告が届く。

「……物流拠点を離れた商会の一部が、
 周辺領で、同様の拠点設立を画策しているようです」

「そうでしょうね」

 ベルトーネは、驚かなかった。

「こちらを使えないなら、
 自分たちで作るしかありません」

「対抗策は?」

「不要です」

 即答。

「真似をするのは、自由です」

 制度は、独占すべきものではない。
 だが――

「同じ“姿勢”まで、
 真似できるかは、別です」

 透明性。
 責任。
 例外を作らない覚悟。

 それらは、
 形だけ真似しても、
 簡単には続かない。


---

 夕刻。

 アルベリク・フォン・グラーフ公爵との定例の確認で、
 ベルトーネは、今日のやり取りを簡潔に報告した。

「……去る者は、追わないか」

「はい」

「惜しくはない?」

 少しだけ、探るような問い。

 彼女は、少し考えてから答えた。

「短期的には、
 数字が下がるかもしれません」

「だが」

「長期的には、
 残る者の信頼が、
 それ以上の価値になります」

 公爵は、静かに頷いた。

「……選ばれなかった者たちは、
 いずれ不満を口にするだろう」

「でしょうね」

 否定しない。

「ですが、不満を言う人が減るより、
 信頼する人が増える方が、
 はるかに健全です」

 それが、彼女の選んだ道だった。


---

 夜。

 ベルトーネは、書斎で一人、今日の出来事を振り返る。

 去った者たち。
 残った者たち。

 そして、
 最初から来なかった者たち。

 選ばれなかったのは、
 誰かに拒絶されたからではない。

 変わった場所に、
 変われないまま立とうとしたからだ。

(……私は、全員を救えない)

 だが、
 救えないからといって、
 道を歪める理由にはならない。

 ベルトーネ・ランナバウトは、静かにペンを置く。

 選ばれなかった者たちは、
 きっと、彼女を冷たいと呼ぶだろう。

 それでいい。

 選ばれる仕組みを、
 歪めなかったことこそが、
 彼女の誇りなのだから。

 公爵領の夜は、静かに更けていく。

 残った者たちの足音が、
 確かに、前へと続いている。
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