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第五話 ふわふわという衝撃
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第五話 ふわふわという衝撃
砂糖はできた。
だが、甘いだけでは足りない。
王都の硬いパンに砂糖をまぶしたところで、革命にはならない。
衝撃が必要だ。
私は焼き台の前に立ち、生地の入った鉢を見下ろす。
小麦粉。
卵。
牛乳。
てんさい糖。
これだけでは、まだ重い。
ふわふわにはならない。
この世界のパンが硬い理由は、単純だ。
酵母発酵に頼っているから。
長時間かけて膨らませるか、卵白を死ぬ気で泡立てるしかない。
前世の知識が脳裏に浮かぶ。
重曹。
酒石酸。
デンプン。
ベイキングパウダーは単一の魔法ではない。
混合物だ。
私は家宰に命じる。
「ワイン蔵へ案内してください」
「ワイン……ですか?」
「ええ。樽の底に白い結晶が溜まっているはずです」
酒蔵の奥。
樽の底にこびりついた白い塊。
ワイン樽の澱。
厨房の者は「汚れ」と呼ぶそれを、私は慎重に削り取る。
酒石酸水素カリウム。
前世で知った名前が、静かに蘇る。
次に灰。
植物灰を煮詰め、炭酸塩を取り出す。
粗いが、何度も溶かし、乾燥させ、不純物を落とす。
湿気は敵だ。
幸い、この地は乾いている。
風が冷たい。
空気が澄んでいる。
乾燥に苦労しない。
私は粉を慎重に混ぜる。
重曹:酒石酸:じゃがいも澱粉。
比率を微調整しながら、乾いた瓶に詰める。
「それは……魔法の粉ですか?」
厨房長が恐る恐る問う。
「いえ、ただの化学反応です」
彼には意味が分からないだろう。
だが私は知っている。
加熱すれば、二酸化炭素が生まれる。
膨らむ。
革命のガスが。
私は再び生地を作る。
粉をふるい、卵を混ぜ、牛乳を加える。
そして。
魔法の粉をひとさじ。
鉄板を温める。
生地を流す。
じわり、と膨らむ。
表面に泡が浮かび、持ち上がる。
厨房が静まり返る。
誰も見たことがない光景。
裏返す。
さらに膨らむ。
焼き上がったそれは、明らかに違った。
厚みがある。
軽い。
指で押せば、戻る。
「……」
厨房長が震える手でちぎる。
中は気泡だらけ。
ふわふわ。
彼は口に運び、目を見開いた。
「やわらかい……!」
私は静かにてんさい糖のシロップをかける。
湯気とともに、甘い香りが立ちのぼる。
この世界では、ありえない食感。
硬いパンしかない世界に。
ふわふわのパンケーキ。
厨房の若い使用人が、涙を浮かべる。
「歯が……痛くない……」
その言葉に、私は思わず笑いそうになった。
王都の貴族たちは、虫歯を誇りにした。
砂糖を食べられる証だと。
だがここでは。
甘さは誇示ではない。
幸福だ。
私は一口食べる。
軽い。
優しい甘さ。
温かい。
王都で絶望した日が、遠く感じる。
だが私は、冷静に考える。
これはまだ序章だ。
砂糖の精製は改良できる。
粉の保存も安定させなければならない。
生乳の扱いも、さらに研究が必要だ。
だが。
不可能ではない。
王都には、スイーツを出せるカフェはない。
茶を飲む場所はある。
だが甘いデザートは存在しない。
だからこそ。
北の地が先駆ける。
甘味が日常になる場所。
寒さが味方する土地。
私は焼き台の前に立ち、宣言する。
「ここに、カフェを開きます」
家宰が目を見張る。
「王都では不可能だったものを?」
「ええ。王都では不可能でした。ここでは可能です」
絶望からの光明。
寒さという伏線。
てんさい糖という武器。
そして。
ふわふわという衝撃。
芋女と笑われた私が。
甘さと軽さで、世界を裏返す。
北の風が窓を叩く。
だが私は、もう寒さを恐れない。
この地は、甘味の拠点になる。
やがて王都が驚愕する日が来る。
硬いパンしか知らない貴族たちが。
初めてふわふわを口にする日が。
私は静かに微笑む。
シュガー・ビート公爵令嬢。
甘さの名を持つ私の、第二の一手。
北のお菓子の国は、いま誕生の音を立てている。
砂糖はできた。
だが、甘いだけでは足りない。
王都の硬いパンに砂糖をまぶしたところで、革命にはならない。
衝撃が必要だ。
私は焼き台の前に立ち、生地の入った鉢を見下ろす。
小麦粉。
卵。
牛乳。
てんさい糖。
これだけでは、まだ重い。
ふわふわにはならない。
この世界のパンが硬い理由は、単純だ。
酵母発酵に頼っているから。
長時間かけて膨らませるか、卵白を死ぬ気で泡立てるしかない。
前世の知識が脳裏に浮かぶ。
重曹。
酒石酸。
デンプン。
ベイキングパウダーは単一の魔法ではない。
混合物だ。
私は家宰に命じる。
「ワイン蔵へ案内してください」
「ワイン……ですか?」
「ええ。樽の底に白い結晶が溜まっているはずです」
酒蔵の奥。
樽の底にこびりついた白い塊。
ワイン樽の澱。
厨房の者は「汚れ」と呼ぶそれを、私は慎重に削り取る。
酒石酸水素カリウム。
前世で知った名前が、静かに蘇る。
次に灰。
植物灰を煮詰め、炭酸塩を取り出す。
粗いが、何度も溶かし、乾燥させ、不純物を落とす。
湿気は敵だ。
幸い、この地は乾いている。
風が冷たい。
空気が澄んでいる。
乾燥に苦労しない。
私は粉を慎重に混ぜる。
重曹:酒石酸:じゃがいも澱粉。
比率を微調整しながら、乾いた瓶に詰める。
「それは……魔法の粉ですか?」
厨房長が恐る恐る問う。
「いえ、ただの化学反応です」
彼には意味が分からないだろう。
だが私は知っている。
加熱すれば、二酸化炭素が生まれる。
膨らむ。
革命のガスが。
私は再び生地を作る。
粉をふるい、卵を混ぜ、牛乳を加える。
そして。
魔法の粉をひとさじ。
鉄板を温める。
生地を流す。
じわり、と膨らむ。
表面に泡が浮かび、持ち上がる。
厨房が静まり返る。
誰も見たことがない光景。
裏返す。
さらに膨らむ。
焼き上がったそれは、明らかに違った。
厚みがある。
軽い。
指で押せば、戻る。
「……」
厨房長が震える手でちぎる。
中は気泡だらけ。
ふわふわ。
彼は口に運び、目を見開いた。
「やわらかい……!」
私は静かにてんさい糖のシロップをかける。
湯気とともに、甘い香りが立ちのぼる。
この世界では、ありえない食感。
硬いパンしかない世界に。
ふわふわのパンケーキ。
厨房の若い使用人が、涙を浮かべる。
「歯が……痛くない……」
その言葉に、私は思わず笑いそうになった。
王都の貴族たちは、虫歯を誇りにした。
砂糖を食べられる証だと。
だがここでは。
甘さは誇示ではない。
幸福だ。
私は一口食べる。
軽い。
優しい甘さ。
温かい。
王都で絶望した日が、遠く感じる。
だが私は、冷静に考える。
これはまだ序章だ。
砂糖の精製は改良できる。
粉の保存も安定させなければならない。
生乳の扱いも、さらに研究が必要だ。
だが。
不可能ではない。
王都には、スイーツを出せるカフェはない。
茶を飲む場所はある。
だが甘いデザートは存在しない。
だからこそ。
北の地が先駆ける。
甘味が日常になる場所。
寒さが味方する土地。
私は焼き台の前に立ち、宣言する。
「ここに、カフェを開きます」
家宰が目を見張る。
「王都では不可能だったものを?」
「ええ。王都では不可能でした。ここでは可能です」
絶望からの光明。
寒さという伏線。
てんさい糖という武器。
そして。
ふわふわという衝撃。
芋女と笑われた私が。
甘さと軽さで、世界を裏返す。
北の風が窓を叩く。
だが私は、もう寒さを恐れない。
この地は、甘味の拠点になる。
やがて王都が驚愕する日が来る。
硬いパンしか知らない貴族たちが。
初めてふわふわを口にする日が。
私は静かに微笑む。
シュガー・ビート公爵令嬢。
甘さの名を持つ私の、第二の一手。
北のお菓子の国は、いま誕生の音を立てている。
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