婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

文字の大きさ
6 / 40

第六話 北のお菓子の国、開店前夜

しおりを挟む
第六話 北のお菓子の国、開店前夜

 ふわふわの衝撃から、三か月。

 屋敷の一角にあった古い倉庫は、すでに「店」と呼べる姿に変わっていた。

 石造りの壁を磨き、北向きの窓を大きく広げる。外気を取り込みやすい構造にし、床下には半地下の冷蔵室を設けた。冬の氷を貯める氷室も整備済みだ。

 寒さは、もう欠点ではない。

 設備だ。

「店名は……本当にそれで?」

 家宰が、看板の文字を見つめる。

 私は微笑む。

「ええ。――“ノルディック・カフェ”」

 北を誇る名。

 王都の華やかさとは違う。

 だがこの地の冷気、乾燥、土壌、すべてがこの店の味を支える。

 厨房では、てんさい糖の精製工程がすでに安定している。

 最初は茶色く濁っていた砂糖も、濾過と再結晶を重ねることで、淡く白い結晶へと進化した。

 まだ南方産の最上級には及ばない。
 だが価格は三分の一以下。

 しかも、安定供給。

 畑は拡張された。

 公爵芋の畝の隣に、てんさい畑が広がる。

 あんな芋女と笑った王都の貴族たち。

 今、芋が甘味を生んでいる。

 そしてもう一つ。

 じゃがいも。

 私はそれを油で揚げ、薄く切り、塩を振った。

 パリッ。

 音がする。

 厨房長が目を見開く。

「軽い……!」

「保存も利きます。持ち帰りも可能です」

 プライドポテト、ポテトチップ。

 本流ではない。
 だが利益率は高い。

 油と塩と芋。

 安価で、やみつきになる味。

 てんさい糖で得た資金が、領地を潤し、
 芋がさらに収入を生む。

 経済が回り始めていた。

 私は帳面を広げる。

 砂糖の年間収量。
 加工費。
 人件費。
 輸送コスト。

 王都の商人ギルドが関与していない今、
 利幅は大きい。

 だが油断はできない。

 南方砂糖の独占が揺らげば、
 必ず動く者がいる。

「王都に試食会を開きます」

 家宰が息を呑む。

「正面から、ですか」

「ええ。隠れても意味がありません」

 北の地でカフェが可能な理由。

 それを示す必要がある。

 第一に、気候。

 昼間でも十五度前後。
 湿度が低い。
 粉が傷みにくい。

 第二に、天然冷蔵庫。

 夜間の冷気。
 冬の氷室。
 生乳の保存期間が長い。

 第三に、自給砂糖。

 輸入に頼らない甘味。

 王都では成立しない三条件。

 だが北では揃っている。

 私は試作のパンケーキを皿に乗せる。

 白くなり始めたてんさい糖を振りかける。

 ふわりと舞う結晶。

 その光景は、南方産と見分けがつかない。

 厨房の若者が呟く。

「本当に、ここは北のお菓子の国になるのでしょうか」

 私は即答する。

「なりますわ」

 自信ではない。

 計算だ。

 砂糖が安くなれば、
 甘味は贅沢から日常になる。

 日常になれば、消費が増える。
 消費が増えれば、税収が上がる。

 領地は豊かになる。

 すでに、農民の顔色が違う。

 てんさい栽培の報酬。
 製糖工房の雇用。
 菓子職人の育成。

 北の寒村が、活気を帯び始めている。

 私は窓の外を見た。

 灰色の空の下、子どもたちが走り回る。

 手には、試作の芋チップ。

 笑っている。

 甘味は、人を笑顔にする。

 それが利権の象徴だった王都とは違う。

 私は静かに決意する。

 婚約破棄は、終わりではなかった。

 あの大広間での嘲笑がなければ、
 私はここまで本気にならなかった。

 絶望は、燃料だ。

 そして今。

 カフェ開店前夜。

 厨房は静まり返っている。

 だが私は知っている。

 明日。

 この扉が開いた瞬間。

 硬いパンしか知らなかった人々が、
 初めてふわふわを口にする。

 その一口が。

 北の歴史を変える。

 私は最後に、白くなった砂糖をひとつまみ口に含む。

 甘い。

 澄んでいる。

 そして、確かな味。

 芋女と呼ばれた公爵令嬢は、
 いまや甘味の支配者になろうとしている。

 シュガー・ビート公爵令嬢。

 名はそのまま。

 だが意味は、完全に変わる。

 北のお菓子の国は、
 明日、産声を上げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手に勘違いして、婚約破棄したあなたが悪い

猿喰 森繁
恋愛
「アリシア。婚約破棄をしてほしい」 「婚約破棄…ですか」 「君と僕とでは、やはり身分が違いすぎるんだ」 「やっぱり上流階級の人間は、上流階級同士でくっつくべきだと思うの。あなたもそう思わない?」 「はぁ…」 なんと返したら良いのか。 私の家は、一代貴族と言われている。いわゆる平民からの成り上がりである。 そんなわけで、没落貴族の息子と政略結婚ならぬ政略婚約をしていたが、その相手から婚約破棄をされてしまった。 理由は、私の家が事業に失敗して、莫大な借金を抱えてしまったからというものだった。 もちろん、そんなのは誰かが飛ばした噂でしかない。 それを律儀に信じてしまったというわけだ。 金の切れ目が縁の切れ目って、本当なのね。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

あなたが捨てた花冠と后の愛

小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。 順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。 そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。 リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。 そのためにリリィが取った行動とは何なのか。 リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。 2人の未来はいかに···

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

処理中です...