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第十五話 白き甘味と黒き策謀
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第十五話 白き甘味と黒き策謀
北の空は、今日も澄んでいた。
乾いた冷気の中、精製塔の煙が真っ直ぐに立ち上る。その様子を見下ろしながら、私は思う。
この白い砂糖は、ただの甘味ではない。
力だ。
そして力は、必ず誰かの欲を刺激する。
嫌な予感は、たいてい当たるものだ。
王都からの正式な使者が来たのは、雪解けの頃だった。
「王命により申し伝える。北部における砂糖生産は、王国安定のため監督下に置く」
やはり来たか。
名目は“監督”。
実態は“支配”。
私は静かに微笑む。
「監督とは、具体的に?」
「生産量の報告義務、価格の上限設定、そして王都商会を通じた流通統制だ」
つまり。
利益の吸い上げ。
私は即答しない。
感情で拒否してはならない。
数字で、理で、勝つ。
「王都では砂糖不足なのですか?」
「……価格が不安定である」
嘘だ。
南方砂糖の価格は、むしろ下落している。
問題は別。
北が“自立”し始めたこと。
私は机の上の資料を差し出す。
「こちらをご覧ください。北の砂糖は寒冷地作物です。南方とは競合しません。むしろ王国全体の供給を安定させております」
使者は眉をひそめる。
「しかし、独占は危険だ」
「独占しておりませんわ。連合制度で公開価格を定めております」
透明性。
それが盾。
私は続ける。
「王都商会を通せば輸送費が二重になります。価格が上がり、庶民が買えなくなります」
沈黙。
使者は引かない。
「これは王太子殿下のご意思だ」
ああ、やはり。
私は椅子に深く座り直す。
「では、王太子殿下にお伝えください」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「北の砂糖が止まれば、王都の菓子商も止まります。紅茶文化も停滞します。王都の税収も減ります」
経済は鎖。
一箇所を締めれば、全体が苦しむ。
使者は無言で立ち上がった。
「回答は後日」
嵐は、まだ遠い。
だが来る。
その夜、私は領内会議を開いた。
農民代表、工房長、流通責任者。
全員が緊張した顔。
「王都が動きます」
ざわめき。
「対策は三つ」
私は指を立てる。
「第一。備蓄強化。三ヶ月分の在庫確保」
「第二。周辺諸侯との直接契約拡大」
「第三。王都依存率の低下」
王都が封じれば、外へ。
隣国との交易も視野。
私は地図を広げる。
北は港を持たない。
だが川がある。
凍らない季節は短いが、航路は使える。
「南方砂糖と価格競争はしません」
北は品質。
白度、粒度、溶解度。
精製技術は進化している。
工房長が静かに言う。
「さらに白くできます」
「どこまで?」
「透き通るほど」
彼の目は職人の目。
私は頷く。
「ならば“王国最高純度”を名乗りましょう」
攻撃には、格上げで返す。
数日後、王都では別の動きがあった。
「北の砂糖に不純物があるという噂を流せ」
王太子の側近が囁く。
汚名戦術。
予想通り。
だが私はすでに備えていた。
王都の有名薬師に、成分分析を依頼済み。
公証付き。
結果は――
純度、王都輸入品より高い。
報告書を広める。
噂は逆転する。
「北の砂糖は安全」
信用が積み上がる。
王太子は苛立つ。
「なぜだ……」
力で押せない。
理でも崩せない。
経済戦は、感情では勝てない。
一方、北では。
新作が完成していた。
白砂糖と天然冷蔵庫を活かした――
“雪室ミルクプリン”。
牛乳を低温保存。
砂糖で甘みを加え、卵で固める。
ふるりと震える白。
口に入れれば溶ける。
これが王都に届けばどうなるか。
私は笑う。
「甘味は、武器ですわ」
だが油断はしない。
経済的勝利は、政治的嫉妬を呼ぶ。
だからこそ。
私はもう一つの策を進める。
教育。
てんさい栽培技術を記録し、体系化する。
秘伝ではなく、制度へ。
知識を分散させる。
私一人に依存させない。
そうすれば、私が倒れても北は続く。
夜。
私は書斎で静かに筆を走らせる。
“北部甘味産業白書”。
甘味の歴史。
砂糖の化学。
精製の手順。
保存法。
転生者としての知識を、書物に落とす。
知識は最大の財産。
それを独占しない。
共有する。
窓の外では雪が舞う。
北は静かだ。
だが水面下では、王都との攻防が続く。
白い甘味と、黒い策謀。
どちらが勝つか。
私はペンを置き、深く息を吸う。
「甘味は人を笑顔にするもの」
だが。
守るためには、戦わねばならない。
北のお菓子の国は、まだ始まったばかりだ。
北の空は、今日も澄んでいた。
乾いた冷気の中、精製塔の煙が真っ直ぐに立ち上る。その様子を見下ろしながら、私は思う。
この白い砂糖は、ただの甘味ではない。
力だ。
そして力は、必ず誰かの欲を刺激する。
嫌な予感は、たいてい当たるものだ。
王都からの正式な使者が来たのは、雪解けの頃だった。
「王命により申し伝える。北部における砂糖生産は、王国安定のため監督下に置く」
やはり来たか。
名目は“監督”。
実態は“支配”。
私は静かに微笑む。
「監督とは、具体的に?」
「生産量の報告義務、価格の上限設定、そして王都商会を通じた流通統制だ」
つまり。
利益の吸い上げ。
私は即答しない。
感情で拒否してはならない。
数字で、理で、勝つ。
「王都では砂糖不足なのですか?」
「……価格が不安定である」
嘘だ。
南方砂糖の価格は、むしろ下落している。
問題は別。
北が“自立”し始めたこと。
私は机の上の資料を差し出す。
「こちらをご覧ください。北の砂糖は寒冷地作物です。南方とは競合しません。むしろ王国全体の供給を安定させております」
使者は眉をひそめる。
「しかし、独占は危険だ」
「独占しておりませんわ。連合制度で公開価格を定めております」
透明性。
それが盾。
私は続ける。
「王都商会を通せば輸送費が二重になります。価格が上がり、庶民が買えなくなります」
沈黙。
使者は引かない。
「これは王太子殿下のご意思だ」
ああ、やはり。
私は椅子に深く座り直す。
「では、王太子殿下にお伝えください」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「北の砂糖が止まれば、王都の菓子商も止まります。紅茶文化も停滞します。王都の税収も減ります」
経済は鎖。
一箇所を締めれば、全体が苦しむ。
使者は無言で立ち上がった。
「回答は後日」
嵐は、まだ遠い。
だが来る。
その夜、私は領内会議を開いた。
農民代表、工房長、流通責任者。
全員が緊張した顔。
「王都が動きます」
ざわめき。
「対策は三つ」
私は指を立てる。
「第一。備蓄強化。三ヶ月分の在庫確保」
「第二。周辺諸侯との直接契約拡大」
「第三。王都依存率の低下」
王都が封じれば、外へ。
隣国との交易も視野。
私は地図を広げる。
北は港を持たない。
だが川がある。
凍らない季節は短いが、航路は使える。
「南方砂糖と価格競争はしません」
北は品質。
白度、粒度、溶解度。
精製技術は進化している。
工房長が静かに言う。
「さらに白くできます」
「どこまで?」
「透き通るほど」
彼の目は職人の目。
私は頷く。
「ならば“王国最高純度”を名乗りましょう」
攻撃には、格上げで返す。
数日後、王都では別の動きがあった。
「北の砂糖に不純物があるという噂を流せ」
王太子の側近が囁く。
汚名戦術。
予想通り。
だが私はすでに備えていた。
王都の有名薬師に、成分分析を依頼済み。
公証付き。
結果は――
純度、王都輸入品より高い。
報告書を広める。
噂は逆転する。
「北の砂糖は安全」
信用が積み上がる。
王太子は苛立つ。
「なぜだ……」
力で押せない。
理でも崩せない。
経済戦は、感情では勝てない。
一方、北では。
新作が完成していた。
白砂糖と天然冷蔵庫を活かした――
“雪室ミルクプリン”。
牛乳を低温保存。
砂糖で甘みを加え、卵で固める。
ふるりと震える白。
口に入れれば溶ける。
これが王都に届けばどうなるか。
私は笑う。
「甘味は、武器ですわ」
だが油断はしない。
経済的勝利は、政治的嫉妬を呼ぶ。
だからこそ。
私はもう一つの策を進める。
教育。
てんさい栽培技術を記録し、体系化する。
秘伝ではなく、制度へ。
知識を分散させる。
私一人に依存させない。
そうすれば、私が倒れても北は続く。
夜。
私は書斎で静かに筆を走らせる。
“北部甘味産業白書”。
甘味の歴史。
砂糖の化学。
精製の手順。
保存法。
転生者としての知識を、書物に落とす。
知識は最大の財産。
それを独占しない。
共有する。
窓の外では雪が舞う。
北は静かだ。
だが水面下では、王都との攻防が続く。
白い甘味と、黒い策謀。
どちらが勝つか。
私はペンを置き、深く息を吸う。
「甘味は人を笑顔にするもの」
だが。
守るためには、戦わねばならない。
北のお菓子の国は、まだ始まったばかりだ。
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