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第三十話 甘味の王冠はいらない
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第三十話 甘味の王冠はいらない
王都からの正式な招状は、金縁の封蝋で閉じられていた。
差出人は、王太子殿下。
かつて私を「芋女」と嘲り、婚約を破棄した張本人である。
「北糖の件について、直接会談したい」
文面は丁寧だが、その意図は明白だった。
北の砂糖が王国の歳入を押し上げ始めた今、王家は無視できない存在となった私を“取り込む”つもりなのだ。
私は招状を机に置き、窓の外を見る。
白い息が立つ朝の工房。煙突から立ち上る蒸気。荷馬車に積まれる砂糖樽。
かつては、王都の華やかな舞踏会こそがすべてだと思わされていた。
だが今、私は知っている。
国を支えるのは、灯りの消えない工房と、働く人々の手だ。
「行かれますか?」
秘書が問う。
「ええ。ですが、王都へは砂糖を持っていきます」
「……献上品として?」
「いいえ。見本として」
王城の会談室は、変わらず豪奢だった。
だが、以前よりもどこか落ち着きがない。
王太子は私を見ると、一瞬言葉を失った。
「……久しいな」
「ご無沙汰しております、殿下」
礼はするが、心は揺れない。
彼は咳払いをして本題に入る。
「北糖の生産量は、王国全体の砂糖輸入量を上回ったと聞く」
「正確には、七割を置き換えました」
「……七割」
沈黙が落ちる。
「専売制を導入したい」
やはり来た。
「王家管理とし、利益は国家財政に充てる。北はその管理者となる。悪い話ではあるまい?」
私は静かに首を傾げる。
「殿下は、甘味の価値をご存じでしょうか」
「……何?」
「砂糖は、ただの嗜好品ではありません。農業、加工、流通、教育。すべてが結びついております。専売制にすれば、革新は止まりますわ」
「だが、国家が統制せねば混乱する」
「混乱は、独占が生みます」
視線がぶつかる。
彼は苛立ちを隠さない。
「お前は変わったな」
「いいえ。ようやく、自分の足で立っただけです」
私は持参した白砂糖の小瓶を差し出す。
「ご覧ください」
王太子は蓋を開け、指先でつまむ。
雪のように細かい結晶。
「……見事だ」
「この品質を維持できるのは、北の気候と管理体制があるからです。王都では湿度が高すぎる」
専売制にしても、技術が伴わなければ崩れる。
私は続ける。
「私は王冠を望みません。北の発展こそが目的です」
「……王妃の座も、か?」
「ええ。あの日、殿下が私を捨ててくださったおかげで、今がありますもの」
皮肉ではない。
本心だ。
彼は目を伏せた。
誇りと後悔が交錯する顔。
「北は王国の一部だ。敵に回すつもりはない」
「ならば、共に発展を」
私は条件を提示する。
・北糖は自由流通を維持
・王国は関税優遇を保障
・製糖学院設立への支援
彼はしばらく黙考し、やがて頷いた。
「……良いだろう」
会談は成立した。
帰路の馬車で、私は深く息を吐く。
王冠は、確かに眩しい。
だが、甘味の国を築いた今、それは重いだけだ。
北へ戻ると、祭りの準備が進んでいた。
「公爵令嬢様、お帰りなさい!」
子どもたちが手を振る。
広場には砂糖菓子の屋台。
パンケーキの香り。
笑い声。
私は思う。
これが、私の王国だ。
王城ではなく、工房と市場。
専売でも独占でもない。
努力が甘味になる場所。
夜、帳簿を閉じる。
収益はさらに増えている。
だが数字以上に価値があるのは、人々の誇りだ。
北は、もはや辺境ではない。
“北のお菓子の国”。
それは他国が付けた異名。
私は窓を開け、冷たい空気を吸い込む。
「甘味の王冠はいりませんわ」
必要なのは、持続する仕組み。
そして、未来を育てる教育。
白い砂糖は、光だ。
だが、光を守るのは人。
私は静かに微笑む。
婚約破棄は、終わりではなかった。
それは、北の国が始まる合図だったのだから。
王都からの正式な招状は、金縁の封蝋で閉じられていた。
差出人は、王太子殿下。
かつて私を「芋女」と嘲り、婚約を破棄した張本人である。
「北糖の件について、直接会談したい」
文面は丁寧だが、その意図は明白だった。
北の砂糖が王国の歳入を押し上げ始めた今、王家は無視できない存在となった私を“取り込む”つもりなのだ。
私は招状を机に置き、窓の外を見る。
白い息が立つ朝の工房。煙突から立ち上る蒸気。荷馬車に積まれる砂糖樽。
かつては、王都の華やかな舞踏会こそがすべてだと思わされていた。
だが今、私は知っている。
国を支えるのは、灯りの消えない工房と、働く人々の手だ。
「行かれますか?」
秘書が問う。
「ええ。ですが、王都へは砂糖を持っていきます」
「……献上品として?」
「いいえ。見本として」
王城の会談室は、変わらず豪奢だった。
だが、以前よりもどこか落ち着きがない。
王太子は私を見ると、一瞬言葉を失った。
「……久しいな」
「ご無沙汰しております、殿下」
礼はするが、心は揺れない。
彼は咳払いをして本題に入る。
「北糖の生産量は、王国全体の砂糖輸入量を上回ったと聞く」
「正確には、七割を置き換えました」
「……七割」
沈黙が落ちる。
「専売制を導入したい」
やはり来た。
「王家管理とし、利益は国家財政に充てる。北はその管理者となる。悪い話ではあるまい?」
私は静かに首を傾げる。
「殿下は、甘味の価値をご存じでしょうか」
「……何?」
「砂糖は、ただの嗜好品ではありません。農業、加工、流通、教育。すべてが結びついております。専売制にすれば、革新は止まりますわ」
「だが、国家が統制せねば混乱する」
「混乱は、独占が生みます」
視線がぶつかる。
彼は苛立ちを隠さない。
「お前は変わったな」
「いいえ。ようやく、自分の足で立っただけです」
私は持参した白砂糖の小瓶を差し出す。
「ご覧ください」
王太子は蓋を開け、指先でつまむ。
雪のように細かい結晶。
「……見事だ」
「この品質を維持できるのは、北の気候と管理体制があるからです。王都では湿度が高すぎる」
専売制にしても、技術が伴わなければ崩れる。
私は続ける。
「私は王冠を望みません。北の発展こそが目的です」
「……王妃の座も、か?」
「ええ。あの日、殿下が私を捨ててくださったおかげで、今がありますもの」
皮肉ではない。
本心だ。
彼は目を伏せた。
誇りと後悔が交錯する顔。
「北は王国の一部だ。敵に回すつもりはない」
「ならば、共に発展を」
私は条件を提示する。
・北糖は自由流通を維持
・王国は関税優遇を保障
・製糖学院設立への支援
彼はしばらく黙考し、やがて頷いた。
「……良いだろう」
会談は成立した。
帰路の馬車で、私は深く息を吐く。
王冠は、確かに眩しい。
だが、甘味の国を築いた今、それは重いだけだ。
北へ戻ると、祭りの準備が進んでいた。
「公爵令嬢様、お帰りなさい!」
子どもたちが手を振る。
広場には砂糖菓子の屋台。
パンケーキの香り。
笑い声。
私は思う。
これが、私の王国だ。
王城ではなく、工房と市場。
専売でも独占でもない。
努力が甘味になる場所。
夜、帳簿を閉じる。
収益はさらに増えている。
だが数字以上に価値があるのは、人々の誇りだ。
北は、もはや辺境ではない。
“北のお菓子の国”。
それは他国が付けた異名。
私は窓を開け、冷たい空気を吸い込む。
「甘味の王冠はいりませんわ」
必要なのは、持続する仕組み。
そして、未来を育てる教育。
白い砂糖は、光だ。
だが、光を守るのは人。
私は静かに微笑む。
婚約破棄は、終わりではなかった。
それは、北の国が始まる合図だったのだから。
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