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第六十七話 作戦

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 一体彼女は何者だったのだろう。
 喫茶店で一人座り頭を抱える。

 一瞬で蛾を倒してしまった実力といい、高性能のポーションを特に気にすることもなく使ったことといい、相当高レベルの探索者なのだろうか。
 しかしそれよりもあの冷たい目と、蛾を甚振る態度。
 他人へ躊躇いもなく慈悲を施す態度とは真逆に、奥底から吹き出すような凄まじい激情を感じた。

 そして……ダンジョンの崩壊、その予言。

 今までは文字で、或いは耳でちょっとばかり聞く程度の情報だった『ダンジョンの崩壊』。
 しかし直面して初めて分かった。
 その圧倒的な暴力性を、常人と隔絶した世界の差を。

 『花咲』という最低レベルのダンジョンですらあそこまで難易度が跳ね上がったのだ。
 もしDランクのダンジョン、その上こんな町のど真ん中に位置するものが崩壊したとなれば、きっとその時は……

 私はこの確証もない情報を警察に、安心院さんへ伝えるべきなのか。
 しかし彼女の金髪、安心院さん達が追っている事件の重要参考人と同じ。
 どこの事件にも必ず現れる辺り、今回の情報を伝えてしまえば、犯行予告にも捉えうるかもしれない。
 もしそれで彼女が捕まってしまえば、私は命の恩人へ仇で返すことになる。

 誰かに相談するったって、一体だれに?
 協会の関係者はだめだ。
 筋肉達はいい人ではあるが、公的な機関に関係している以上、その情報を警察に伝えないとは限らない。
 むしろ人的被害を減らすためにも、積極的に情報を公開する可能性の方が何倍も高い。

 琉希に……?
 きっと人のいい彼女なら頷いてくれる……けど……

 頭を振るい、甘えを飛ばす。

 きっと協力してくれるけれど、彼女には家族が居る。
 初めて出会ったときは運よく生き返ったが、次はなく、ダンジョン崩壊は並大抵の探索とはわけが違う。
 死ぬ可能性の方が高いし、巻き込むわけにもいかない。

 私一人で対処しよう。
 何、誰にも気づかれないうちに倒してしまえば、それは何も起こらなかったも同然だ。

 手元の紅茶にミルクを注ぐと、透き通った琥珀色の液体が濁っていく。

 どうせ私が死んでも、悲しむ家族なんていないから。
 どこにいるか分からない母も、生きているのか分からない父も、私が死んだと聞けば清々したと笑うに違いない。

 口がへの字に曲がった私の顔を、喉奥へと流し込む。
 砂糖を入れ忘れたミルクティーは何とも空虚な味がした。



 嘘か誠か分からない情報。
 けれど来るかもしれないその未来に備えるには、何はともあれレベルが必要だ。
 幸いにして今回のダンジョンである『炎来』はダンジョンの中でも人気があり、情報は出そろっている。

 喫茶店から飛び出した私が向かったのは、駅でも、ホテルでもなく、この街にある協会の図書室。
 やはりというべきか併設された図書室に飛び込み、一人分厚い本を捲れば現れるのは、相も変わらず軽い特徴だけ書かれた簡素なモンスターの紹介。

「えーっと……」

 無数に連なった文字を指で追っていけば、炎来ダンジョンのモンスターについて軽く書かれた項を見つけ出した。
 炎来ダンジョンの推奨レベルは1000から5000、Dランクの登竜門といったところか。

 文字を見る度襲い掛かる軽い頭痛、その上目もくらむ。
 レベルがいくら上がろうと、本に対する拒絶感は失われないらしい。
 しかし切羽詰まった現状、不快感をねじ伏せペンを動かし、コンビニで買ってきたメモ帳へ情報を纏めていく。

 琉希とのパーティを組んで早めに分かったことだが、経験値上昇をいくら上げたところで、吸収できる経験値には上限がある。
 現在の『経験値上昇』はLV4、恐らく『経験値上昇』のレベルを1……いや、2ほど上げて『スキル累乗』をかけてしまえば、その時点で吸収できる経験値は最大値に届くだろう。
 無駄にSPを使わずに済んだのは行幸だ。

 二日だ。
 数日といっていたからには、流石に三日以上の余裕はあるはず。
 二日間でレベルを上げ切り、出来ることならより上のダンジョンに向かってレベルを上げ、崩壊が起こる前に『炎来』へ挑戦し、白銀の騎士同様ボスを倒す。

 情報を纏めたメモをアイテムボックスへ放り込み、椅子から立ち上がる。

 よし。
 今から叩き潰しに行くから待ってろ、蛾。
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