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第八十二話

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「止まれ……よし、来い」
「フォリアちゃん」
「うん」

 延ばされた腕がくいくいと揺れ動き、待機していた私たちは彼のもとへと向かう。
 レベルを上げることに集中していた先ほどまでとは一転して、安心院さんたちと合流した今は戦いを避け続けていた。

 モンスターは軒並み巨大化していて、わずかに生き残った蛾も随分と姿が変わっているようだ。
 共食いしあう状況で本来弱者の立場である蛾が生き残っている。それはそれだけその存在が強力な存在へレベルが上がっているという証拠であり、やはり交戦を避けるのが良いだろうとの見解らしい。

 歯がゆい、もやもやする。

 崩壊を防ごうとして一人ここまで入ったっていうのに、結局二人は私のために危険を冒してここに入ってきて、成し遂げられたことは一つもなかった。
 私はただでさえ低い攻撃力をスキルの累乗で補っている。
 要するにMPがない私は今二人の援護もまともにできない、完全にただのお荷物だ。

 力だ、力が欲しい。誰の迷惑もかけない、誰にも世話をかけさせない、誰にも……誰にも……

「……妙だ」
「どうしましたの?」

 深い思考の迷宮に落ち込もうとしていた私の意識が、伊達さんの声によって引き上げられた。

「突入部隊が入ってきた気配がない。時間からして既に入っているのが当然なはずなのに……」
「……確かに、何も合図がありませんわね」
「合図?」
「ええ。侵入してきたのなら発煙筒など、一目でわかる合図があるはず。内部に囚われた人がいた場合、それを目安にしますの」

 なるほど、目安か。

 奇跡的な偶然だが彼女たちがダンジョンの崩壊に気付いたのは朝、偶々支給された魔道具によって判明したそうだ。
 仮に早朝からダンジョンの崩壊が判明して、緊急の呼び出しによって準備を行っていたというのなら……昼を過ぎて全くダンジョン内部に反応がないというのはおかしい。
 夜になればそれだけ視界は悪くなる。それはたとえ木々が燃え盛る森の中と言えど同じで、視界の悪化は避けられない。
 崩壊前に止めるのが目的ならば行動はすでに始まっていなければおかしいだろう。

 じゃあなんで人が入ってこないのか……?

 来る必要がなくなった? いや、木々の色は普段の赤からかけ離れた蒼、モンスターだって未だに成長を続けている。
 ダンジョンの崩壊は現在進行形で進んでいるのだ。
  
 それなら答えは……

「既に、モンスターが街に出てる……?」
「まさか、な」

 口では否定していても、ここにいる三人全員が理解していた。
 対処に追われているのなら来れないのも必然。いや、ボスのテリトリーであるダンジョン内にわざわざ入るより、外で構えていた方が討伐難易度も低くなるだろう。
 無言になり、しかし足取りだけは次第に早くなっていく。
 
 早くここから抜け出さないと。

 蒼い、どこまでも蒼い空。
 いつだって外とつながっているはずの見慣れたそれが、今日ばかりは飲み込まれてしまいそうに映った。



 一瞬の出来事だった。
 
 巨影が頭上を覆い、雲でも射したのかなんて、ちらりと脳裏に浮かんだその時。


「伊達さん、上にっ!」
「っ! がァッ!?」

 安心院さんの警告も遅く、先行していた彼の体が押し倒され背筋に爪がねじ込まれる。

 狼だ。
 全長10メートルは下らない、人の頭蓋骨なんて一口で噛み砕けそうな大狼。
 荒れ狂う激流のような毛皮は私たちを覆う木々のように揺らめき、次から次へと沸き上がっていた。

 その足元を覆う草が激しい水蒸気を立て散り、その隙から消し炭となっていく。


 やばい、こんなやつここで見たことがないぞ。
 どうやらスキルで耐えているようだが、それでもこんなのに長時間触れられてぴんぴんしていられるほど人間は素敵な生物じゃない。



『オオオオオオオォォォォンッ!』



 覇を唱える遠吠え。
 更にその爪先が伊達の肉へ食み込み、噴き出る汗と歪む顔。
 苦も無くあのダチョウ共を屠っていた彼ですらこう抑え込まれ全く動けないほどの力、うかつに近寄れば……

 けれど。

「い、今たすけっ……『ステップ』ッ!」

 ヴゥンと風を斬り振られるカリバー。

 彼らからもらったごはんで体も、先ほどより活力がみなぎっていた。
 MPだってちょっとばかしなら回復している、やってやるさ。

 熱気を掻き分け狼の足元に駆け寄る。

 熱い。
 熱気と水蒸気のむせかえるような刺激、それでも足は進み続ける。

 何か聞かれてしまうだろうか、普通じゃない私の力。
 でもいいよ。きっとこの人たちなら、嫌なところまでは踏み込んでこない。そんな確信があった。
 琉希とした誰にも話さないって約束は破っちゃうけどね。
 あ、あとあの金髪の人のことは話せない。このスキルのことだけなら、それにダメだったらあまり話さずに逃げてしまえばいいだけ。

 『スカルクラッシュ』はだめだ、振り下ろしたら伊達さんにあたってしまう。

 遠吠えの余韻に鼻をひくつかせ、ゆっくりと彼の首筋へ牙を近づける炎狼。
 私たちのことは歯牙にもかけていない、目すらくれていない。獲物は怯えて縮こまってろってか。

「スキル対象変更、『ストライク』」

 走って、ぶっ飛ばす。

「『ストライク』ッ!」
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