優しすぎるオメガと嘘

みこと

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「ルエ様が過ごされるのはこの北側の棟でございます。」

案内された部屋は豪華で調度品も立派だ。
奥には大きな衣装部屋があり、そこにはチェストとキャビネットが置いてある。少ないルエの荷物はあっという間に荷解きが終わってしまいスペースがかなり余っている。
身一つで良いと言われたが家の格の違いを見せつけられたようだった。
ルエの専属メイドはサミアといい、ルエとそう対して年齢は変わらないベータの女の子だった。赤髪にそばかすがさらに彼女を幼く見せている。

「ふーっ、緊張した。上手くやれるかな。」

ソファーに身を沈めると部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「は、はい!」

リチャードかもしれないと思い座り直し背筋を伸ばした。
しかし扉を開けたのはノーマンだった。

「お部屋はどうでしょうか?」

何故かノーマンは申し訳なさそうに言った。

「とても素敵です。こんな立派な部屋をいただけるなんて。ありがとうございます。」

笑顔のノエにノーマンは少し驚いたような表情を見せた。

「そうですか。それは良かったです。」

「あ、あの、リチャード様はご在宅でしょうか。ご挨拶をしなくてはいけませんよね?」

「あ、えっと、旦那様はいらっしゃいますが、そのご挨拶は…。ルエ様はお疲れでしょうからまた後ほどでと…。」

歯切れの悪い返事だったが、ノエはそれに気付かなかない。実際に疲れていたのでありがたくその言葉に従うことにした。
ノーマルは夕食の時間を伝えて部屋を出ていったので、もう一度ソファーに身を沈めるとライムとレモンが浮かんだ水差しが目に入った。

「あ、そうだ。薬。」

チェストの引き出しを開けてさっきしまった肩掛け鞄を取り出した。
古ぼけた鞄だが、祖父からもらったお気に入りの鞄だ。母がその鞄の下の方にルエのイニシャルを刺繍してくれた。
鞄の中には小瓶が入っていた。オメガの抑制剤だ。
ルエは発情期が重い体質だった。既に亡くなったルエの祖母もオメガでルエと同じような体質だ。それを不憫に思った薬師の曽祖父が独自の調合で作った特別な抑制剤だった。
このおかげでルエには発情期が軽くて済む。ただし効果はきっちり二十四時間で毎日飲まないといけないものだ。数ヶ月分は持ってきていたが、なくなったら自分で作らなければならない。

水差しの水をコップに入れてその薬を一粒飲んだ。
これで明日まで大丈夫だ。飲むのやめると発情期が来てしまう。一度飲み忘れた時はとても大変だった。
それに懲りたルエは毎日それを飲むことだけは忘れなかった。
番いを持てばこの薬は必要なくなるらしい。発情期が楽になるからだ。祖母がそうだったと言っていた。
…リチャード様と番いになれるのかな?
結婚はするが、番いになるとは言われていない。
番いなれると良いな、と思いながら薬をしまった。

「リチャード様は夕食の時に会えるのかな?」

幼い頃見たリチャードの姿を思い出す。
まだルエが八歳の頃だ。あれから十年経ったのでだいぶ変わったはずだ。十二歳のリチャードは黒髪に青いサファイアのような瞳。まだあどけない少年だったが美丈夫なのは子どものルエにも分かった。


持ってきた本を読んでいるといつの間にか眠っていたようだ。時計を見るともうすぐ夕食の時間だった。
急いで身支度をする。
鏡の前で髪を整えた。
ルエの髪の色は良くある榛色だが、瞳の色が皆と違った。
ヘンダーソン家のオメガにだけ現れる色だ。
光の加減で緑や金色に見える。太陽の下ではまるで虹色のように輝いた。

「もうちょっと鼻が高かったらな…。」

指で鼻をつまんで引っ張ってみる。
ルエは自分の顔が好きではなかった。
大きく垂れ気味の目は子どもっぽかったし、小さな鼻と唇は男らしさからはかけ離れていた。

「ルエ様、夕食のご用意が出来ました。」

ドアをノックする音とノーマンがルエを呼ぶ声が聞こえたてビクッとなる。

「は、はい!今行きます。」

ノーマンの後をついて食堂に行く。
本当に広い屋敷だ。迷子にならないようにしないと、とルエはキョロキョロしながら歩いて行った。

食堂の長いテーブルの端に案内されて座るが、そのテーブルの上にはルエの分しかカトラリーがセッティングされていなかった。

「あの、リチャード様は?」

「申し訳ございません。旦那様はいつも部屋で食事を召し上がっています。」

「え?そうなんですか…。」

リチャードの顔を見られると思っていたルエは少しショックを受けた。
いつもということは今後もルエと食事を共にすることはないのだろうか?
いろいろ考えていると食事が運ばれてきた。
パンとチキンのソテー、スープと紅茶だった。
公爵家の食事にしては随分と質素だが、ルエにとってはご馳走なので何の疑問も持たずに美味しく平らげた。

「とても美味しかったです。ご馳走様でした。」

満腹になったルエは給仕とノーマンにお礼を言った。

「そ、そうですか。お気に召していただいたようで…。」

ノーマンはルエから目を逸らしてまた歯切れの悪いへんじをしたのだ。

「大変申し訳ないのですが、旦那様は甘い物を一切お召し上がりにならないので当屋敷ではデザートやお茶菓子と言ったものは出ません。」

「そうなんですね。分かりました。」

ルエは甘い物が大好きだったので少し残念だったが贅沢は言えない。
それにしても、何故甘い物が嫌いなんだろうか。あんなに美味しいのに。
ルエはそう考えながら祖母が作ってくれた素朴な味のお茶菓子を思い出して懐かしんだ。
一人で戻れると言ってノーマンの案内を断り食堂を出た。
目印にしていた物を辿りながら何とか迷わずに部屋に帰る。
だだっ広い屋敷は人の気配はなくしーんとしていた。
おそらくルエと使用人とリチャードしか居ないのだろう。
狭い家で家族仲良く暮らしていたルエにとってはこの広すぎる屋敷は寂しく感じた。
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