スパダリ社長の狼くん

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閑話休題〜完結後推奨〜

レシピと嫉妬とお仕置きと

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 目の前で深刻な顔をして身を乗り出している複数の女性社員たちに、瞬が困ったように目を閉じて腕を組む。
 

 たまにこうして瞬の元を訪れる女性社員たちの対応に追われることになるのだ。主に、レシピの相談である。若手の社員が多く、ほとんどが料理経験も乏しいのだが、それでも彼氏や新婚の夫に美味しいものを食べさせたいという健気な願いで、無碍にできないのだった。

「うーん……普段はあんまり料理はしてない、んですよね? 馬鹿にしてるんじゃなくて、どういうのだと失敗なく行けるか考えたくて」

 瞬の質問にも女性たちは怒らない。瞬の料理の腕がプロに近いことは社内でも知れ渡っており、本人も邪気の無い素直な性格に定評があるので誤解をされることは滅多になかった。
「うん、だって共働きだし……」
「あたし独身の時なんて◯ーバー頼りだったからなぁ……」
 深刻な顔をする女性たちに瞬がまた考え込む。
「えっと、だったら俺が普段忍が風邪引いた時に作るやつはお勧めしないです。難しいというよりは単純にめんどくさいので……俺だって相手が忍じゃなければ絶対嫌ですし」
 無自覚の惚気に当てられて相談をしていた三人の女性が頬を染める。忍と瞬は社内公認カップルな上、どちらもファンが多いのでとても噂になりやすい。昼休憩ともなれば大っぴらに艶だねにされていることも知らずにと僅かにその目がぬるいものになった。
「でも! あたしたちにとっては彼氏が黒宮さんにとっての社長みたいなものなんです。あんなに気も利かないしカッコ良くも無いしお金持ちでも無いですけど!」
 拳を握り締めたまま叫ぶようにそういった女性の顔を見返して、瞬がはっとしたように頷いた。
「そうですよね! すみません、今のは俺の失言でした……じゃあ、軽くレシピまとめます」
 なんて好青年なんだとますます好感度を上げていく恋人を陰からこっそり眺めて忍が小さく笑った。好感度を上げるのは別に構わないし、本人に浮気をする意思もないのはわかっているが……これは少し叱ってやらなくてはいけない案件だ。下心のある相手が理由をつけて同じことをしてきてもこの対応をしてしまうのだろうから。

 それはそうと、どうやら聞かれているのは相手が風邪を引いた時のメニューらしい。思い返せば今まで付き合った相手──部屋にあげたことはないが忍が泊まり込んだことはあるような相手──には卵雑炊などを出されたことはあるが、瞬ほどバリエーションが豊かなものはなかったなとしみじみする。


「本当に体が弱ってる時は、余計なものは入れちゃダメです。体の負担になるだけなので……俺は白粥に味付けで梅と生姜を使います。食欲がない相手には梅はおすすめですし、生姜は体を温めてくれるので……あ、雑炊はまだこの時はダメで……俺は土鍋使いますけど、普通に炊飯器におかゆモードありますので」
 料理経験のない相手に土鍋はハードルが高いとわかっている瞬はさりげなく炊飯器をお勧めする。ネットで調べると簡単に土鍋のレシピがヒットしてしまうが、それほど難易度は高くないのに兎角手を出しづらく感じるものだ。
ふむふむと手元にメモをしようとしている相手にさらりと走り書きのメモをそれぞれ渡す。
 ただ、もちろん瞬の場合はこれでは終わらない。むしろ彼に聞いてはいけない領域なのだ。流れるように次のレシピに移った。
「少し回復してきたら、栄養をとったほうがいいのでたまご粥です。飲み込めそうで、食べづらいとかなかったら小口ネギとか細かく切って添えると栄養も彩もいいです。味付けは好みがありますけど、忍の場合は醤油と味醂と酒だけです。砂糖は好きな方にはいいかも。面倒だったら2倍濃縮のめんつゆが意外と……」
「えっそれ裏技!」
 思わず声を上げた女性に瞬が笑う。
「めんつゆは楽です。最初からいい感じに調合されてますし。あ、あとは最初に出汁をひいてください。…………顆粒で大丈夫なんで」
 忍が思わず笑いを噛み殺す。よく言う。瞬自身は昆布と鰹からとは言わなくとも、それなりの店の乾物だしをパックから煮出している。本気を出す時は一から自分で煮出すのだ。
 知らないうちに通りすがりの社員までもが興味を惹かれて立ち止まっている。これだから瞬は困る。無自覚に人を惹きつけすぎるのだ。
 さらにその先の卵雑炊に進んだ時点で質問に来ていた一人が音を上げた。
「黒宮くん、ありがとう。私はこれだけでもう十分。そんなに長いことあいつの看病してらんないもん」
「……そうですか? お二人は?」
一瞬意外そうな顔をした瞬に残りの二人はヤケクソでまだ聞くと答える。なんだか恋人への愛情を試されているような気分になるのだ。瞬は普通に長引いても看病をするのだと口にはしないものの、聞いていれば分かってしまうから。
「まだ聞く。もうこうなったらヤケだもん、作るかどうかはわからないけどもしかしたら今の彼氏よりすごい素敵な彼ができた時に活かせるかもだし」
「私も聞きます。旦那はともかく子供に食べさせてあげたいし」
瞬が若干ホッとしたような表情になる。つい、相手に忍を重ねてしまう。風邪を引いた時は誰だって辛い。美味しいものを少しずつでも食べられれば、早く元気になれるのだ。
「ありがとうございます。すみません、レシピ多すぎでしたね。これは最後に作るやつというか、もう充分回復した時に胃を慣らすためのものですけど、面倒です。無理だったら聞き流してください」
 材料が書き出されていく。米、白菜、鶏もも、酒、砂糖、塩、中華だし、醤油、胡麻油、そして生姜。
「なんか急に普通食だね?」
「ええ、材料は。これを作る頃にはもうしっかり栄養をとってもらえる時です。ただ、やっぱり病み上がりなので……俺は鶏ももは全部油と皮はよけて、細切りにします。できるだけ細かく。そしたらこれに……酒と塩と砂糖、1時間で十分なので冷蔵庫で漬け込むんですが……これだけに時間使ってると何もできないのでその間に多分溜まってる洗濯とかやっちゃうといいかもですね」
 どこからどう聞いても主夫の発言に、聞いていた社員たちが舌を巻く。いくら男も家事をする時代とはいえ、なかなかここまでやる人間もいない。その場の誰しもが忍に羨望を滲ませる中、まったく無頓着の瞬はつらつらと説明を重ねていく。  


「ごま油を鍋に敷いて、ペーパーで広げたら鶏ももを炒めます。余計な油は全部ペーパーで吸ってくださいね。脂っこいのはまだ無理だと思います……水を入れて、出汁は中華だしなんで楽です。細かく切ってるのでそれほどじゃないですけど、できれば蓋をして20分。圧力鍋があったらそれでもいいです。肉が柔らかくなったら白菜の芯、次に葉っぱんとこ、です。これだけでかなり出汁の味が効いてるので醤油は本当に少しだけ。米も煮るのは少しで大丈夫です。生姜と、仕上げにごま油を少しだけ……ん?」
 集中している視線にやっと気づいた瞬が顔を上げる。
「……やっぱめんどくさいですか?」
「いや、うん……なんていうか」
「すごい愛だなあって……」
「私……どっちかっていうとこれだけ手厚く看病してもらいたい」
 なんともいえない表情で言葉を濁す社員たちに、瞬が思い出したように肌を染める。
(あっ……そう、だよな……めんどいって言っても作ってるって普通にそうだと思うよな……)
「いや、あの、俺も毎回ここまでは……その、違くて」
 しどろもどろになる瞬の真っ赤な顔に、不意に背後から歩み寄っていた忍が手のひらを添える。頬を滑った指が顎をとらえて上向けた。
「違わないよ? 僕が体調を崩すといつもこのフルコースだよね。もっとたくさんレシピはあるよね?」
「忍っ……」
 微笑んだその目がどこか意地の悪い色を宿していることに瞬が何かしてしまったかと首をすくめた。
「でも僕のために考えてくれたレシピをこんなに簡単に教えちゃうなんて少し妬けるな」
「あっ……そ、の……ご……」
ごめんなさい、と口走りかけた瞬の唇をやんわりと塞ぎ、「その言葉は僕だけに。家でゆっくり聞くよ」と耳元に囁いて何事もなかったかのように忍はその場を後にした。
 瞬がガタッと席を立つ。
「すみません、ちょっとまたあとで……っ」
休憩スペースを飛び出して行った瞬に呆気に取られている社員のうちの数人は、瞬が何故そんなに急いで姿を消したのか気づいていた。落ち着かせないことには、何も手につかないだろうと。


 廊下から階段に抜けたところで壁に背を預けて待っていた忍が男子トイレに駆け込もうとする瞬の手を掴んだ。
「悪い子だ。会社でそんなにして……おいで」

 耳元に吹き込まれた吐息に瞬の背がビクンと震える。社長室に連れ込むなりスモークをかけた忍に動けなくなるまで啼かされた上に家でもねちっこくお仕置きをされた瞬は、それ以降レシピの相談は極力断るようになったのだった。
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