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最初の嘘
しおりを挟む最悪な検査結果が出てからも、私の生活は、表面上特に変わらなかった。
普通に問題なく学校に通ったよ。明日からは夏休み。
多少、やることが増えて忙しくなったくらいかな。専門病院に送るものの準備をしたり、若先生へ挨拶に行ったり。専門病院のことを調べてみたり。宿題と勉強もちゃんとしてるよ。
そのおかげで、あまり考え込まなくて済んでいた。
感情を爆発させたのも、大学病院の先生の前だけで、後は特になかった。
泣くことも、嘆くこともない。
なんていうのかな……憑き物が落ちたかのような感覚に近いかな。憑かれたことないけど。一周回って、冷静になったみたい。おかしな話だよね。身近で未歩ちゃんが同じ病で亡くなってるのに。
たぶん、進行の過程を見ていないからかも。最後だけでも、十分インパクトはあるけどね。正直、自分で自分の気持ちがよく分からなくなっていたの。
考え込まないようにしているのか。
現実を受け入れられていないのか。
今はどっちでもいい。
そんな時だったの。ふいに、由季が昔言っていた台詞を思い出したのは。
「すっごく悔しい時や辛い時は、前を向いていればいいんだよ。そうすれば、いずれ答えが見えて来るから」って。
確かに、そうだね。
私は由季みたいに強くないけど、その台詞の正しさは、間近で見ていたから信じてる。とはいえ、前を見るってことがいまいち分からないから、取り敢えず、私は生活を崩さないことだ考えた。
そして、大事なものと夢だけは、失わずに胸に抱き続けることにしたの。
でも、両親は違った。
私を傷を負った小鳥だと認識を変えた。
まるで鳥籠から出さないように、私を護ろうとした。過保護が加速したの。
しっきりなしにラインが来るようになった。ラインの返信が遅いと、電話が掛かって来る。
それがちょっと、窮屈で、地味に精神ダメージを与えてくるなんて、両親は気付いてないんだろうね……でも、両親の気持ちを考えると、控えてなんて言えなかった。夜中、自分を責めて泣いてるのを知っているから。それに二人とも、在宅に切り替えてくれたし。
我慢してたの。ずっと我慢してたの。
それなのに――両親は、私の大切を奪おうとしてきた。手を出してはいけないものに手を出してきたの。さすがに、それだけは我慢出来なかった。だからつい、私は厳しい口調で告げた。
「遊びに行くな、家にじっとしてろって……私を鳥籠にでも閉じ込めるつもりなの? お父さんもお母さんも奪うのね。私は遊びに行く。邪魔をしないで。私が言うことを聞かないからって、由季や季里子おばさんに話したら、私は一人で島に行くから」
我ながら、酷いことを言っちゃった。でも、言わずにはいられなかった。自分が気付かないだけで、我慢の限界だったのかもしれない。
翌朝、私は両親と口をきくことなく家を出た。顔も合わせなかった。
いつもと同じように由季と遊んだあと、駅まで一緒に並んで歩く。その途中で、私の足が自然と止まった。
「梨果、どうかした?」
由季が振り返る。
「……今日は、帰りたくないな」
本音がポロリと出た。
ミュートにしていても、私のスマホがとんでもないことになっているは分かっていた。既読さえ付けてない。
「梨果? おばさんたちと喧嘩でもしたの?」
(お見通しだね)
由季の優しい声が、私の心に染み込む。涙が出そうになった。俯き、小さく頷く。
「だからか、梨果、ちょっと心ここにあらずだっただろ」
そうかもしれない。言ったらいけないことを言ったって自覚はしてるから。
「ごめん…」
「喧嘩の原因、訊いてもいい?」
珍しく、由季が理由を訊いてきた。
訊かれて困るのに、「ごめん」とは言えなかった。言ったら、由季が傷付くから。それでも、言えずに悩む。
由季はそんな私を待った。
(こういう所、ほんと、由季ってズルい)
由季は知ってるの。唯一、由季が弱味を私に見せれるように、私も弱味を見せれるのは由季しかいないってことに。
「…………大事なものを奪われそうになったの。それが、許せなかった。でも、酷いことを言ったって自覚してる」
「そうか……なら、話さないとね」
ほんと、由季って人が一番欲しい言葉をくれる。そして、大事な物がなんなのか訊いてはこない。
「話す? 謝るじゃなくて?」
「謝らなくていいよ。自分の大事な物が、他の人には大事じゃなかったりする。それはしょうがないことだよ。これは、そういう問題。謝らなくていいから、大事な物だと教えてあげたらいいんじゃないかな」
「それでも、認めてくれなかったら?」
「守るために行動する。おばさんたちは話が分からない人じゃないから、時間が掛かっても認めてくれるよ」
由季以外がこの台詞を言ったら、絶対反発心が湧くよね。綺麗事だって。でも由季だから、素直に頷ける。
「…………分かった。帰ったら、話してみる」
「うん。あのさ、梨果、その……大事な物って何か訊いていい?」
らしからぬ台詞に、私は少しドキッとした。私に興味をもってくれたのかな?
「そんなに知りたいの? でも、今は駄目。いつか、由季には特別に教えてあげる」
そう告げると、私は由季の横を通り過ぎる。そのまま手を振って、小走りで駅に向かった。
私はこの日、由季に最初の嘘を吐いた。
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