もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

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心配という名の免罪符

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 由季に元気をもらって最寄り駅に着くと、両親が改札口で私の帰りを待っていた。

 途端に、テンションが下がる。

 普段からそうなら、別にそこまで嫌がらないけど、そうじゃない。今までは、余程遅くならない限り駅に迎えなど来なかった。来ても、両親のどちらかだ。

 なのに今は――これが、検査結果以後の現実だった。

 貰った元気も、一気に底を付きそうになったよ。クソでっかい溜め息吐いちゃった。

 私の姿を見付けた途端、両親は私に駆け寄る。

「……ただいま」

「「おかえり」」

 明らかにホッとした顔をする両親に、私はイラッとした。

「二人して、来なくていいのに。そんなに遅い時間じゃないでしょ」

 私がそう言うと、両親はモゴモゴと言い訳をし出す。そして、言い訳しなければならないことに、内心少しムカついているみたい。声のニュアンスでなんとなく伝わってくる。

(心配してあげてるのに、どうして親の気持ちが伝わらないのって、思ってるのが丸分かりなのよ)

 両親は、私のためって信じてる。

 自分たちの行動は、親として正しいと思ってる。

 確かに、親としては正しいのかもしれない。でも、それが子供からしたら、正しいと言えるの?

 私は正しいとは思わない。

 両親のその態度が、私にもう未来はないんだって言ってる風に聞こえるの。どうして二人とも気付いてくれないの。想像したら直ぐに分かるのに、想像すらしないんだね。その発想が、そもそもないんだから仕方ないか……

 未歩ちゃんが、発症前に、島に一人渡った気持ちがよく分かるわ。干渉されないのも、干渉され過ぎるのも辛い。

「……ほんと、それ止めて。歩き始めたばかりの赤ちゃんじゃないんだから。心配する気持ちは分かるけど、息苦しくて仕方ないの。私は自分の時間を自分のために使いたいの。鳥籠に入れられるのは絶対に嫌」

 胸の内を、全て言葉にして吐き出せれば、どんなに楽になるだろう。でも、吐き出した先のことを考えると、全部は吐き出せない。どうしても、言葉を選んでしまう。でも、ヒントは出していた。全然気付いてくれないけど。

 私の気持ちも、両親にとっては我が儘にしか映らないんだね。

(由季……話し合いは無理かもしれない)

 これ以上、両親と一緒にいると、全部吐露とろしそうになる。だから私は、両親を置いて歩き出す。

「車で来てるから、乗って」

 お母さんが言った。私は「いい」と断る。すると、お父さんが厳しい口調で「乗りなさい」と、私の腕を掴もうとした。私はその手を力を込めては払い除ける。

「歩いて帰るからいい」

 再度拒否した時だった。「森山さん」と声を掛けられた。いつの間にか、若先生が立っていた。

「若先生、お恥ずかしい所を見せてしまって」

「梨果がいつもお世話になっております。すみません、少し娘の気が立っていまして」

 お母さんとお父さんが、そんなことを言っている。

「……悪いのは、全部私なのね」

 つい、ポロリと口から出てしまった。

「「梨果」」

「森山さん?」

 気付かないだけで、私は一杯一杯だったのかもしれない。一度ポロリと出てしまったら、もう止まらなかった。外だったことも、若先生の前だってことも頭から完全に消えていた。

「過度な善意の気持ちの押し付けも、また、人を追い込む要因だって知らないの。その気持ちを押し付けられる度に、私は追い込まれる。心配という言葉を免罪符にして、平気で、私から大事なものを、自由も夢も時間をも奪おうとする。それが正しいと思ってるから、どれ程酷いことをしているか自覚してないでしょ。自覚していないから、想像もしない。分かってる? 過度なラインに着信履歴、私の行動を制限しようとする度に、未来がないって、何度も何度も突き付けられる、私の気持ちが。想像すらしないんだから、分かるわけないよね」

 両親は目を見開いたまま黙っている。掴まれていたお父さんの手が力なく、離れた。

「……未歩ちゃんが発症前に一人島に渡った理由が、今ならよく分かるわ。干渉されないのも辛いけど、干渉され過ぎるのも辛いもの。だから、島には一人で行くから。検査結果だけ聞きに来てくれたらいい」

 そう淡々と、感情がこもらない声で告げた。それから若先生に向き合うと、頭を下げ謝罪した。そしてそのまま、一人歩いて家に帰った。

 帰って来た私はシャワーを浴びると、残った荷造りをし始めた。最悪、コンビニがあるし大丈夫。念のために、二泊三日分は別に用意しておけば、荷物が後から来ても大丈夫よね。

 明日の朝、入院を早めることが出来ないか、電話して聞いてみよう。そう決めたら、少し気持ちが軽くなった。

 荷造りが出来た頃、玄関のドアが開く音が聞こえた。両親が階段を上ってくる音がする。私の部屋のドアの前に立つと、小さな声で「すまなかった」と謝る。

「別に謝らなくていいよ、私も言い過ぎたし。過度な干渉さえ止めてくれたら、それでいい。それ以上は望まないから」

 ドアを開けずに、私はそう答えた。



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