剣神と魔神の息子

黒蓮

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第二章 クルニア学院

入学 7

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「おやおや、これはロイド侯爵家のアッシュ殿ではありませんか?こんな席でお仲間の皆さんと昼食ですかな?」



 その人物は取り巻きを数人引き連れて、人を小馬鹿にしたような酷薄な笑みを浮かべながら金髪の前髪を掻き上げて僕達を見下ろしてくる。


背丈は170㎝位だろうか、引き締まった体型と整った顔立ちは、どことなくアッシュに似ているような気もする。2人は知り合いなのだろうが、雰囲気的に仲の良い間柄では無いのだろう。



「これはクルーガー伯爵家のカイル殿。こうして言葉を交わすのは久しぶりですね」


「ええ、まったく!最後にお会いしたのは確か、一年程前の晩餐会でしたな。あれから剣術の腕は成長されましたか?」


「ははは、おかげさまでそれなりに、といったところですよ」


「おぉ、そうでしたか!いやはや、2つの能力持ちは大変ですね!私はようやく第三階層に到達しましてね、父上からも将来が楽しみだとお褒めいただいたのですよ!」


「それはそれは、さすがクルーガー家のご子息でありますね」


「いえいえ、それほどでもありませんよ!私も将来伯爵家を継ぐ者として恥ずかしくない実力を身に付けているだけですから!そうですねぇ、私が家督を継いだ時に、もしアッシュ殿が職に困ったなら、我が家で召し抱えてもよろしいですよ?」


「これはありがたいお言葉を!では、将来本当に困るようなことが万が一にでもあるならば、頼らせて貰うとしましょう」


「ふふふ、ではまた授業等でお会いしましょう」



そう言って彼は、颯爽と取り巻きを引き連れながら去っていった。その取り巻き達も酷薄な笑みを浮かべながら僕達を見下していった。少しして彼らが居なくなると、ジーアが口を開いた。



「アッシュはんは確かクルーガー家とは・・・」


「ああ、俺の父上の弟の家・・・つまり、今の奴は俺の従兄弟だな」


「随分と穏やかやない雰囲気やったね?」


「はは・・・まぁ色々あるからな」



言葉を濁すように遠い目をするアッシュに、カリンが後を継いで話し始める。



「あいつは小さい頃から何かとアッシュと張り合っていたけど、あいつのお兄様が病気で亡くなってからはそれが酷くなった。常にアッシュを下に見たいようで、何かある度にああやって絡んでくる」


「それは何と言うたらええか、同じ学院に居る以上あまり面倒にならへん事を祈るばかりやね」



皆のやり取りに、いつか聞いた両親の言葉を思い出す。どうやら貴族というのは本当に互いの弱味を探したり、足を引っ張り合ったりしているのだろう。



「貴族って大変なんだねぇ・・・」



心からの感想を呟く僕に、皆は半笑いになりながら見つめてくる。



「まぁ、貴族が大変だってことは否定できないが、俺達はそれ以上に見下されやすい部分があるからな・・・」



アッシュの言葉に、そんなに2つの能力を持っているということは、他者から見て劣るのかが僕には分からない。


今までの生活の中で僕が比較できる対象は両親か魔獣しかおらず、あとはこの学院に来るまでに遭遇した盗賊達だったが、あの人達はきっと鍛練を怠っただけだろうし、真剣に鍛練を行った者とはどれ程実力が離れることになるのかの知識がないのだ。



 それから、日替わり定食を食べながら少し雑談した。その時に驚いたのは、ジーアの実家はこの国でも3本の指に入るほどの大商会なのだということだった。


生活雑貨から武器・防具に至るまで何でも取り扱っているらしく、「友人価格で安くするさかい、よろしゅうに」と言われた。ちなみに彼女の独特な言葉使いは、他商会と差別化を図ろうと考えた創始者から使われるようになったらしい。


さらに、この一年生寮の寮母のメアリーちゃんについてなのだが、結構有名な人のようで、年齢はあの見た目に反して29歳。未だ独身で、一説には将来有望な学生を狙っているのではないかと囁かれているらしく、周りからは「行き遅れの、こじらせ系お姉さん」と呼ばれているのだそうだ。


その年齢には驚かされたが、あの言動を思い起こせば皆が言うように、どこか拗らせてしまった結果なのだろうと納得もできた。



 そうして昼食も終わり、皆明日からの授業の準備もあって部屋に戻ることになった。明日から午前は座学だが、午後は剣術か魔術を選択しての実技だ。基本的にどちらの実技を選択するのかは自由で、女性陣は魔術を選択していて魔術媒体の杖の手入れをすると言っていた。


アッシュは剣術ということだったので、僕も明日は剣術の実技にすると伝えている。そして、午後の空いた時間はいつもしている鍛練をこなしていると、一日があっという間に過ぎていった。



 翌日の授業、午前中はこの国の歴史や地理を学び、昼食後にいよいよ剣術の実技となった。この実技は校舎裏にある広大な演習場を使用する。剣武術用と魔術用に別れており、僕達のクラスの実技は人数の少なさもあって、他のクラスの授業に合同参加という形をとっている。


なので今は2つある剣武術コースの一つの、Aクラス25人の中に、僕とアッシュが端の方に追いやられるような形で参加している。



「それでは剣武術の実技を始めます!一応他のクラスで初見の生徒もいるから自己紹介しておくが、私は剣武術のAクラスを担任するバジル・シェローンだ。よろしく!これから2ヶ月間は剣術の型と闘氣の階層を上げるための鍛練となる!みな、6の月からの実地訓練までにしっかりと基礎を磨き、実力をつけていくように!」


「「「はいっ!」」」



剣武術コースの生徒は真面目なようで、先生の説明にしっかり返答してた。闘氣の階層を上げるための鍛練もあるということで、父さん以外の人の指導がどんなものなのか興味があり、その説明にワクワクしていた。



「まず今日は型と素振りだ!2人一組でペアを作って、型が崩れてないかよく見て指摘してやるんだぞ!始めっ!」



先生の言葉を合図に2人一組のペアを作ると、皆は演習場に広がっていった。僕はアッシュの方を見やり、どうするか目で問いかけると、口角を上げながら「一緒にやるか」と言って演習場の端の方に移動した。



「んじゃ、俺からやるわ!これでも一応軍務を司る家の息子だからな、型や素振りくらいはそつなくこなせるさ」


「分かった。じゃあ僕はアッシュの型を見させてもらうよ!」



そうして、アッシュは腰に差している剣を抜いて上段に構えた。雅な装飾が施された柄に、刀身には僕と違ってちゃんと刃がある。ただ、魔石を含んでない剣なのか、刀身は鋼本来の色をしていた。



「シッ!・・・シッ!・・・シッ!」



アッシュはやけにゆっくりと剣を振り下ろす。また、動作の一つ一つに時間を掛けているようで、振り下ろしから構えまでの繋ぎの時間が長い。



(型は綺麗だけど、普通はこんなにゆっくりとやるものなのか?確認って意味もあるかもしれないけど、実践を想定して鍛練するなら、ちょっと遅すぎじゃないのかな・・・)



そんな疑問を浮かべながらアッシュの型を見ていると、昨日食堂で絡んできたアッシュの従兄弟がニヤニヤと笑みを浮かべながら数人の取り巻きと共に近づいてきた。



「おぉ!さすがはアッシュ殿!型の美しさは既に一流なのではないですかな?」


「まったくですなカイル殿!闘氣を極められないとは言っても、型だけなら極められますからな!」


「しかりしかり。型くらいは極めねば、軍務に席を置く家の出としては恥ですからな」



カインを筆頭に、取り巻き達も嫌らしい笑みを向けながら、嘲笑の籠った言葉を投げ掛けてくる。アッシュから聞いた話では、カインは次期伯爵としての地位を約束されており、それに比べて自分は下手をすれば平民となる身。


一応ロイド家の方が侯爵家として位は高いのだが、アッシュ個人で見たときには格下の伯爵家の子供とはいえ、次期伯爵ということを考えると、見下げられても仕方ないと自嘲しながら教えてくれた。



「ありがとう。カイン殿ほど目の肥えた方から見ても、どうやら私の型は一流らしい。幼い頃より鍛練に励んだ甲斐があったというもの」



カイン達の悪意の籠った言い回しを逆手にとって、アッシュもしっかりと反撃していた。こういった口撃がすんなりと出てくるのも、彼らが貴族だからなのではと感心してそのやり取りを見ていた。



「ふん!減らず口は相変わらずだな。おいっ!そこの平民!お前の型も見てやろうか?私が認める腕だったなら、我が家の門番として将来使ってやらないこともないかもしれないぞ?」



カインはニタニタ笑いながら、持って回ったような言い方で僕を見てきた。その言動から、どれほど腕が良かったとしても、認める気などさらさら無いのがまるわかりだった。


どうしたものかと困惑する僕に、アッシュがそっと近寄ってきて、すれ違い様に耳打ちをしてきた。



「(悪い、エイダ。巻き込んじまった。多分腹の立つことを言われるかもしれんが、変に目を付けられないように適当にやって聞き流しとけば良いから)」



申し訳なさそうな声でカインの対処法を伝えてから、アッシュは僕からサッと距離をとった。その瞬間的な行動から、おそらく何か助言したと取られることを恐れたのだろう。



(貴族ってなんだか本当に面倒臭そうなんだなぁ・・・弱味を見せないように常に気を張ってる必要があるなんて・・・僕には真似できないな)



小さくため息を吐きながら鞘から剣を抜き放って上段に構える。すると、僕の剣を見たカイルとその取り巻き達は、声を上げて笑い始めた。



「ははは!へ、平民よ、私を笑わせてご機嫌を取ろうと言うのかっ!?何だその刃の無い剣は?」


「くくく!カイル様、きっと平民では刃の付いた剣を買うお金も準備出来なかったんではありませんか?」


「まったくですよ、カイル様!入学金で精一杯で、武具にまでお金を回す余裕がなかったのですよ!」


「なるほどなるほど、みなの言う通りかもしれんな。どうする平民?私に無様を晒したくなければ、このまま我々は去ってやっても良いぞ?」



どこまでも上から目線の言葉に若干イラつくものを感じながらも、貴族と揉め事を起こそうものなら、陰湿にどこまでもこちらを貶めようと狙ってくるらしいので、入学からたった2日にして学園の居心地を悪くすることは避けようと考えた。



「そうですね、私の剣術はとても人様に見せられるようなものでもありませんし、そうしていただけるとありがたいです」


「くくく、そう自分を卑下するものではないぞ?平民とて、剣くらいは満足に振れなければ生きていけん。まぁ、ノアである君達では剣も魔術も中途半端にしか習得できんようだがな」



カイルは高笑いしながら引き連れている取り巻きをつれて去っていった。彼の言う『ノア』というのは、どうやら僕達2つの能力持ちの蔑称らしく、世界から見捨てられた人という意味が込められているらしい。



「エイダに何事もなくて良かった。俺の巻き添えで迷惑を掛けたら申し訳なかったからな・・・」



アッシュは頭を掻きながら、安堵した表情をしていた。



「まぁ、入学早々に貴族に目を付けられるなんて避けたいからね。それにしても、カリンが言うように本当にアッシュに絡んでくるね?」


「はは・・・、昔は同じ次男として仲は良かったんだけどな。あいつの兄さんが死んでから色々状況が変わっちまったんだよ・・・」



遠い目をしながらため息を吐くアッシュに、貴族の家に生まれ、両方の能力持ちでもある彼は、僕では想像できないほどの苦労をしてきているのかもしれない。両親から聞いていた貴族像と随分違う彼には好感が持てるが、その苦労が今の彼を形成しているのだろう。


今までの人生で、他人に対して嫌悪を持つことはなかったが、カイルや取り巻きのような聞いていた通りの『これぞ貴族!』という言動をされると若干イラついてしまうので、そういった貴族とは今後は出来るだけ距離を取ろうと思った。



「貴族は色々大変なんだな・・・いっそ平民になった方が楽なんじゃないの?」


「ははは、最初から平民なら良いんだがな。貴族の子弟が平民になると、それはそれで大変なんだよ・・・」



肩をすぼめるアッシュに、僕はこれ以上掛ける言葉が見つからなかったので、雰囲気を切り替えて授業の続きを行うことにした。
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