剣神と魔神の息子

黒蓮

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第三章 フォルク大森林

実地訓練 1

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side エリス・ロイド


 私は今、騎士団長として割り当てられている執務室で、目頭を押さえながら部下に命じた任務の報告書を確認していた。



「はぁ・・・」



一人で執務室に籠っている私は、誰にも見られていないことを良いことに、先程からもう何度目になるか数えられない盛大なため息を吐いた。


なにせ、報告書の冒頭から「監視対象に見つかりましたけど、何とかなりました」と記載されているのだ。


あれ程監視をしていることに気付かれるなと伝え、対象の推定される脅威度も口を酸っぱくして言い聞かせたというのに、最初の報告書で監視任務が破綻しているのだ。


にもかかわらず、あの子は未だ任務を続行している。その理由も報告されてはいるが、どう考えてもおかしい。



「対象が監視を許可したので任務を続行しますって・・・あの子はバカなの!?なに考えてるのよ!!」



報告書を机に叩きつけながら思わず叫んでしまった。どこの世界に監視に気付いているのに、正体がバレる行動をとる人間がいるのかと頭が痛くなった。


本来この任務はAランクの騎士行かせようと思っていたのだが、人材の確保ができずに困っていたのだ。ただ、戦闘ではなく監視をするだけだからと言うこともあって、Bランクの彼女に命令したのだ。


能力的には監視だけなら問題ないだろうと判断したのだが、私が間違っていたようだ。


それだけではなく、報告書を見る限り今回の監視は私が命令を下しているということが相手方にバレてしまっている。



「ああ~!もう!就職祝にお母様から頂いた宝石を使ってまで友好関係を築こうとしたのに、台無しじゃない!」



しかも、問題はそれだけではなかった。未確認の情報として、彼は魔術の無効化技術を有している可能性があるということだ。


先日、彼が我々を救ってくれた際に、敵の一味が魔術の発動に失敗したかのような言い争いをしていたが、これが単なる偶然の失敗ではなく、彼の技術による魔術の無効化となると話は違ってくる。



「相殺ではなく、無効化なんて聞いたこと無いわ!」



本来魔術の相殺というのは、同規模の魔術をぶつける必要がある。しかし、前回の襲撃の際、10人以上の魔術師が放った融合魔術が霧散するように消滅したため、融合に失敗したのだと思っていた。


そう考えた方が自然だったからだ。何故ならあの時、同規模の魔術など放たれてなかったのは私も自分で確認している。


もし、あれが失敗ではなく、彼によって無効化されていたとしたら・・・



「魔術師にとっては天敵ね・・・まるで魔神と謳われた人みたい・・・」




 14年前、表舞台から忽然と姿を消した魔神と剣神。所属していたグルドリア王国とオーラリアル公国は、2人が居なくなったことでどちらも大きな混乱に見舞われた。


それは、戦争真っ最中の二か国が、すぐさま争いを中断させるほどの衝撃をもたらしたと言われている。


しかし、実はこの話には裏があるのだが、世界中の混乱を防ぐ目的と各国の面子のせいで箝口令が敷かれている。



「そういえば、彼は13歳だったわね。あの方達が姿を眩ましたのが14年前・・・まさかっ!!」



私は自分の推測に冷や汗を流した。もしそうだとするならば、私は大変な事をしているということになってしまう。


そもそもあの日、あの場所を移動していたのは、あの方達への協力要請のためだった。結果としては、各国の軍事バランスの関係で自分達がくみすることは出来ないと断られてしまったが、これは事前に分かっていたことだった。


それでも、協力をお願いしなければならない切羽詰まった理由があってのことだ。


懇願の末、危機的な状況の際には2人が独自に介入するという相互不可侵での協力態勢の約束まで何とかこぎつける事が出来たというのに、もしかしたらその約束さえも吹っ飛んでしまうかもしれない。



(マズイマズイマズイ・・・すぐに任務を中止して、帰還命令を出さないと!!)



もたらされた報告書を握りしめ、私は慌ただしく執務室を後にした。すぐにこの事を主に報告するためだ。


自分の推測も混じってはいるが、彼の実力と、魔神と謳われたあの方しか成し得なかった魔術の無効化が本当の事だったとしたら間違いないだろう。



私はシクシクと痛み出した胃を押さえながら息を整えて、主の部屋の扉をノックするのだった。







 来週からはいよいよ6の月に入る。今まで行っていた学院内の演習場での鍛練から、外壁を出て森へと入り、実地において魔獣との戦闘訓練を行うのだ。


とはいえ、毎日毎日森に行くわけではない。頻度といては、平日の5日間の内に1度程度だ。実地訓練の翌日にはそれぞれ評価・反省をして、上手くいったことや失敗したことをチームの中で共有して次へと活かしていく。


そこから出た改善策を演習場において確認して、個人としてもチームとしても実力を高めていくのだという。




 ちなみに、先日の襲撃事件の後の事だが、騎士団から捕縛した襲撃者の背後関係を確認した報告書を受け取っていた。


その内容は、「彼らは誰かから依頼を受けていたようだが、真の依頼主は足がつかないよう巧妙に隠蔽しており、特定するのは困難」ということだった。


引き続き調査をすると報告書には結ばれていたが、アッシュ曰く「犯人特定は難しいだろう」と、ため息を吐きながら言っていた。


わざわざ人を雇って襲撃しているのだ、自分の正体がバレないように周到な工作をしているのは当然であり、しかも狙いが侯爵家なのだとすれば、その工作もより緻密で、よほどの事でなければ犯人へは結び付かないようになっている。


では、そんな緻密であるはずの工作で、何故侯爵家では力のないアッシュが狙われたのかは、残念ながら情報が不足し過ぎてて分からなかった。



また、襲撃から少しの間元気の無かった皆も、日が経つごとにいつもの調子を取り戻していき、10日も過ぎる頃にはあの襲撃の事など忘れたかのように日常へと戻っていった。




 僕はといえば以前言われた通り、たまにメアリーちゃんの元に顔を見せたりもしたのだが、何故か僕と話す時は常に密着してきたり、襟元の緩い服装で意味ありげにチラチラと胸元を見せようとしてくるのだ。


残念なことにアピール出来るだけの胸の大きさには至っていないが・・・。


本来であれば可愛らしい女性からのアプローチに喜ぶべきところなのだろうが、獲物を狙う魔獣のような獰猛な瞳に、男としての本能的な恐怖を無意識に感じているのか、そんなメアリーちゃんに対して愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。




 更に、先日の騒動で出会った近衛騎士とのやり取りで、この都市に来る前に助けた騎士の名前を思い出していた。


心当たりのある家名だったので、それとなくアッシュに確認すると、なんと彼の腹違いのお姉さんということが分かった。


といっても、お姉さんは成人した10年前に家を出ており、それ以降ほとんど家とは連絡を取っていないという。


家族なのに何故なんだろう、という疑問をぶつけると、アッシュは苦笑いしながら、「側室の子だからな・・・」と、渋い顔をしながら話してくれた。



曰く、父親の正妻は結婚後、中々子供に恵まれなかったのだという。その為、側室を迎えたことでお姉さんが生まれたのだ。


それから更に側室の人はもう一人女の子を授かったのだが、ここで予想外に正妻が身籠ってしまったのだ。お姉さんが11歳の頃である。



正妻の子供は男の子であったため、侯爵家としては正妻で嫡男の方が次期当主に相応しいからということになり、側室の子供であるお姉さんは次第に邪魔者のような扱いをされていったのだという。


更にその2年後にはアッシュが生まれ、いよいよもってお姉さんと妹さんは居づらくなってしまったらしい。


その為、お姉さんが成人した16歳の頃に、自ら妹さんを連れて家を出たようだ。以来、お姉さん達がどうしているのかはまったく知らなかったと言うことだ。


さすがに現侯爵である父親は知っていたようだが、アッシュまでお姉さんの話はこなかったのだという。


あの団長さんとはそれほど親しい間柄でもなかったが、助けた対価に高価な宝石を貰っているので、失礼かもしれないが少しだけその境遇に同情を感じてしまった。




 月日は流れ、そんなこんなで一月半以上が経過したのだが、皆の鍛練の成果は残念なことにそれほど出ていなかった。


カリンとジーアは、ようやく杖無しで詠唱による魔術の発動が出来ていたが、精度も威力も杖を使った時とは比べ物になら無いほど弱く、魔力の流れもまだまだ正確に感じ取れていなかった。


そんな状態でも杖を使って魔術を発動した場合は、10m先の的位であればそこそこ命中するようにはなってきたので、鍛練の成果としては若干精度が上がったと言えた。


正直に言って、まだまだ実戦には耐えられない実力なのだが、2人は以前よりも命中の精度が上がった事に対して、成長が実感できたようで喜んでいた。



 アッシュについては、まだまだ闘氣の制御は甘いが、木刀による僕からの打ち込みで骨折する回数が少しだけ減っていた。


元々剣術は幼い頃から打ち込んでいるようだが、見映えのする型稽古が多かったらしく、剣の構えや重心のバランスが実戦的ではなかったので、僕の指摘で少しづつ直している。



また、実地訓練での魔獣との戦闘で、襲撃者に襲われた時のようなパニックを起こさないために、皆には僕の弱い殺気を当てながら全ての鍛練に臨んでもらっている。


それでも最初は明らかに身体が縮こまってしまい、思うように鍛練が出来ていないようだったが、1月半もすると段々と耐えられるようになってきていた。



これならコボルド等のEランク魔獣程度なら問題なく実力を発揮できるはずだ。


実地訓練の初期は、魔獣との戦闘に少しづつ慣らしていくということで、少し訓練した者であれば十分対処できるFランク魔獣のスライムやゴブリンの討伐からだと聞いているので、今の皆の実力なら危険に陥るようなことはないだろう。




 そうして、実地訓練を来週に控えた今日、担任のフレック先生から訓練についての事前説明を聞いていた。



「あ~、と言うわけで、以前言った通り来週から実地訓練に入るが、お前達はノアということもあって上級生が2人護衛に入ることになっている」



その言葉に周りの皆は頷きを返していたが、正直僕は忘れていた。むしろ、Fランク魔獣が相手なら助っ人など不要なのではと考えたほどだ。



「本来は数人でチームを構成して戦闘での役割を決めるが、このクラスはお前ら4人だけだからな・・・この4人でチームを組むことになる。お互いがお互いの命を預かるということだが、問題ないか?」


「「はい!大丈夫です!!」」



先生の確認に、皆は力強く返事を返した。入学してからほとんどの時間を一緒に鍛練をして過ごしているので、皆との結束はかなり強くなってきていると思う。


休息日には皆で遊びに出掛けたりもしているし、食事をしながら他愛のない話で盛り上る。そんな皆との関係に、友人とはこういうものだったのかと、僕は密かに嬉しさを感じているほどだった。



「おぉ・・・良い返事だな。お前達はいつも独自に鍛練しているんだったな。そのお陰で結束が深まってるのは良いが、実地では無理はするなよ?俺らはノアだからな、国から戦力として期待されてる訳じゃねえ」



どこか投げやりのような表情でうそぶく先生を見ると、教師の立場であったとしても、ノアというだけで周囲からの差別があるのだろうと痛感した。



「午後は護衛の2人と顔合わせだ。あ~、中にはその人選に思うところもあるかもしれんが、実力的に選ばれてるからってことでよろしく頼むわ」



頭をポリポリと掻きながら、先生はアッシュに視線を向けていた。その様子から、侯爵家とは仲が悪い人物なのか、逆に何か所縁ゆかりのある人物なのかと少しばかり不安を抱えながら午後の顔合わせを迎えた。
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