剣神と魔神の息子

黒蓮

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第四章 クルニア共和国国立ギルド

ギルド 20

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 太陽が燦然と輝く時間になってくると、大森林からは絶えず魔獣の雄叫びに紛れて、剣戟音や魔術による地鳴りが聞こえてきていた。


今回の作戦において、大森林内での火魔術の使用は控えるように周知されている。場所が場所だけに、火が延焼すればこちら側にとって不利になってしまう要素が多いからだ。


燃え盛る炎は視界を塞ぎ、その煙は呼吸を困難にし、その熱は人の行く手を阻んでしまう。逆に魔獣の中には、火に耐性を持つ毛皮や表皮を持つものもいるので、状況によってはこちらが一方的に不利になる可能性もある。


僕がいる防御拠点は、大森林から多少離れており、街道上では延焼の危険もないのでそれほど心配はいらないが、風向き等もあり注意が必要だ。その為、僕は今回の作戦においては魔術を使用することがほとんど無いといえる。精々、負傷した人がいれば聖魔術で治療するくらいだろう。しかしそれも、この防衛拠点に用意されているポーションが枯渇してからになる。何より、支援してくれる魔術師がちゃんといるので、出番はないだろう。



 それからしばらくは目立った動きもなく、順調に魔獣の討伐が進んでいるようだった。時折、伝令役の騎士が走り込んできて状況を報告していたり、数人単位でポーションを補充しに来たりしている。それを僕は横目で見ながら、ただひたすらに森を見据えて警戒し続けていた。


事態が変化したのは、討伐が開始されて1時間を迎えようとした時だった。大森林から複数の魔獣の気配が、この防衛拠点に向かって近づいてきたのだ。



(数は・・・10匹前後かな?そこそこ強そうな気配だ。一応アッシュには伝えておくか)



この作戦に参加している者であればそれなりの実力があるはずだし、子供でノアの僕が言っても信じてくれるか確信が持てなかったので、先に実力的にも心配なアッシュに魔獣が来ることへの警告をして注意を促す。



「アッシュ!」


「ん?どうしたエイダ?」



1時間以上も魔獣が来ない状況のせいか、アッシュは少し緊張感が薄れてしまっているようで、のんびりとした雰囲気で僕の呼び掛けに応えていた。



「魔獣が来る。数は10匹位で、そこそこ強そうな気がする」


「っ!!マジかっ!み、皆に警告は?」


「う~ん、僕の言葉を信じてくれるかな?」


「っ!そ、そうだな・・・でも、アーメイ先輩ならどうだ?」


「・・・どうも今は、さっき来た伝令の人と何か話しているっぽい」



この拠点の気配を探ると、アーメイ先輩と防衛拠点の騎士は、伝令の人の報告を聞いているようだった。



(んっ?この気配・・・もしかしてレイさんもこの作戦に参加しているのかな?)



拠点の気配を探った際に、見知った気配が紛れているのを感じた。どうも彼女は気配を消す術に長けているようだが、おそらくレイさんで間違いないだろう。



(とはいえ、この状況で挨拶するわけにもいかないし、たった一回ポーターを頼んだだけだから、僕の事なんて忘れてるかもしれないしな・・・)



声を掛けた方が良いのか迷ったが、魔獣が近づいてきている状況でそんな呑気なことは出来ないし、そもそも僕を覚えてないという事もありうる。とにかく、今僕がやるべき事を考え、行動に移すことにした。



「すみません!魔獣が接近しているようなんですけど、確認できますか!?」



僕は防御壁の上で監視をしている魔術師に向かって、大声で話しかけた。



「なにっ?こちらからは確認できないぞ?気のせいではないか?」



騎士の一人が僕の声に応えてくれたが、どうやら未だ姿を視認できないようだ。僕の認識では、もう300m程に近づい来ているので、おそらくあと100mも近づいてくれば見つけられるだろうと思う。



「木々が邪魔で見えにくいかもしれませんが、もう少しすればーーー」


「おいっ!!場が混乱するような事を言うな!子供の癖に、そんなに離れた魔獣の気配を感じ取れるわけないだろ!!」



壁上の騎士とのやり取りに、僕と同じ地上で前衛を担う剣術師のオジさんが怒声を上げて割り込んできた。



「いえ、子供の癖にと言われても、実際に魔獣が近づいてきているので、迎撃体勢をとった方がいいとーーー」


「嘘つけっ!どうせ学院での評価を上げるために、何か活躍したいと思っているんだろう!?これだからあの学院の生徒は・・・」



僕の言葉に被せるように吐き捨ててくるオジさんは、何か学院に恨みでもあるのか、やたらと悪態をついて僕を貶してくる。そんなオジさんの言動に苛立ちを見せたアッシュが喰って掛かる。



「学生だろうと何だろうと関係ないでしょ!?警戒をして欲しいという事の、どこがいけないんですか?」



そのアッシュの言葉に更に興奮したようで、オジさんが大声を張り上げてきた。



「うるせぇ!お前らみたいな恵まれたガキが、俺のように死線を潜り抜けてきた者よりも優れている訳ねぇだろ!黙ってろ!」



どうやら、このオジさんはギルドランクが高いのだろう。もしかすると、この作戦で手柄を上げてどこかの貴族に奉仕職として仕官する目的でもあったのかもしれない。


ただ、学院の生徒は貴族の子供であることが大半なので、そんな貴族に取り入ろうとした場合、オジさんの態度はどうなんだろうと首を傾げてしまう。



「何ですかそれは!?そんなプライドより、今は皆で力を合わせて防衛する事の方が大事でしょう!」


「ふんっ!お前らガキなんて足手まといなだけなんだよ!ガキはガキらしく家に籠ってガタガタ震えてろ!」


「なっ!?それが危険を省みず、この作戦に参加した者に掛ける言葉ですか!?」



僕を置いて次第にヒートアップしていく2人の様子に驚いてしまい、呆然と聞いてしまっていた。すると、さっき声を掛けていた壁上の騎士が、驚きの声と共に警鐘を鳴らした。



「なっ!?ま、魔獣だ!警告!警告!魔獣接近!!総数12!トロール6!ヘルハウンド4!オーガ2!直ちに迎撃体勢をとれ!!」



壁上の騎士は、鐘を鳴らしながら防衛拠点全体に聞こえるように風魔術を併用して警告していた。その警告を聞いて、アッシュはオジさんにニヤリとしながら、腰の剣を抜き放って森の方に視線を向けた。対してオジさんは忌々しそうにこちらを睨み付けてから、同じように森へ向き直って剣を構えていた。



(はぁ、こんな問題が起きるんなら、もっと学院生の配置を考えて欲しいもんだよ・・・)



オジさんにとっては、学生が参加しているのはプライドを逆撫でするようなものなのだろう。とはいえ、こちらも参加したくてしているわけではないので察して欲しいものだ。残念ながら、オジさんの態度を見るに無理な話だろうが。


そんなことを考えながら僕も剣を構えると、先程の騎士からの情報を思い返す。



(ん?トロールにヘルハウンド、それにオーガだって?Bランクの魔獣も居るじゃないか!不味い・・・アッシュじゃ無理だ)



討ち漏らしがあるとすれば、個体数の多いゴブリンやコボルドくらいかと考えていたが、さすがにスタンピードだけあって何が起こっても不思議ではないようだ。まさか中層から深層に生息しているはずの魔獣が、こんなところまで来るとは驚きだった。



「アッシュ!分かっていると思うけど、魔獣にはBランクのオーガもいる。君は防御優先で待機していてくれ!」


「だ、大丈夫だ!俺だってやれるさ!」



あのオジさんと口論した手前もあり虚勢を張っているのか、アッシュは言葉とは裏腹に剣を持つ手がカタカタと震えていた。



「けっ!ガキは引っ込んでろ!この程度俺だけで十分だぜ!」



オジさんもまだ根に持っているようで、その様子から今にも魔獣に突撃していきそうな雰囲気があった。とはいえ、さすがに事前の作戦を無視することはなく、防御壁上の魔術師が攻撃するのを待っている。



「予定通り風と土の魔術で魔獣の機動力を削ぎます!その後、トロールに対して火魔術を放ちますので、トロールには近づかないように!では、攻撃開始!」



防御壁上の騎士から全体に対して注意喚起がされると、上から一斉に魔力の高まりを感じた。そして、号令と共に襲いかかってきている魔獣達に向かって風の刃が殺到し、足元からは鋭利な石の槍が魔獣を串刺しにしようと突き出ていた。




『『ギ、ギャウン!!』』


『『グオォォォォ!!』』


『『オガァァァァ!!』』



100m程前方では、魔獣達が魔術によって次々に攻撃を受けていた。風の刃で切り刻まれ、硬化された石の槍で突き刺されている。しかし、狙いが甘いのか急所には当たっていないし、威力も弱いのか、絶命した魔獣は見られなかった。


ただ、無傷というわけではなく、手傷を負った魔獣は確実に機動力が削がれ、動きが鈍っている。



「よし!これなら行けるぞ!」



オジさんが魔術攻撃の成果に歓喜しているようだが、母さんと比べるとあまりにも稚拙な魔術だと僕は感じてしまっていた。



(母さんなら、この程度の魔獣なんて瞬殺だろうに・・・)



少しの落胆を覚えつつも、続く火魔術の攻撃を待っていた。トロールは再生能力が高く、手足が千切れたくらいではすぐに再生してしまう。その為、火魔術で炙るように継続的なダメージを与えるか、魔石と頭部を両方とも潰す必要がある厄介な魔獣だ。


体長は3m程もあり、かなりの怪力で棍棒を振り回してくるが、動きが鈍重なので冷静に対処すれば火魔術を使用しなくても十分勝算はある。



(僕は、だけど・・・他の人達の実力は不明だから、万が一には助けに入らないとな)



すると、ようやく火魔術が一斉にトロールに殺到した。既に魔獣達は大森林から離れ、街道に出てきているので、延焼する心配は少ない。



『『グオォォォォ』』



トロール達が炎に包まれ、苦悶の雄叫びをあげている。すると、それを好機と見たのかオジさんが闘氣を纏いつつ、大剣を肩に担ぐような構えで飛び出していった。



「おっしゃあ!もらったぜ!!」


「なっ!!オジさん!?」



魔獣とはまだ100m程距離があり、このまま魔術による飽和攻撃で足止めしつつダメージを与えていけば、楽に討伐ができそうだと考えていたにも関わらず、何を思ったのか、オジさんが先走るように魔獣に向かって行ってしまった。



「っ!!奴に遅れを取るな!俺達も行くぞ!」


「「おうっ!!」」



その様子に感化されてしまったのか、周りにいた剣術師達も次々に闘氣を纏って駆け出した。結果的に僕達のような学院生達は取り残される状況になった。




 学生以外の大半の剣術師は、既に魔獣と交戦状態に入ったために、追加での魔術攻撃は止まっていた。僕から見ても乱戦になっているのは明らかで、この状況では余程命中精度に自信がなければ味方に被害を出てしまうだろう。



(事前に聞いていた作戦と大分違うぞ・・・)



もはや眼前では自分の手柄の為に、我先に魔獣の討伐を成そうとする大人達の醜い争いが繰り広げられていた。



「オラオラ!どけどけ!こいつは俺の獲物だ!」


「てめぇこそ邪魔だ!これは俺の獲物だ!」


「落ち着け、お前達!!魔獣には2人以上で対応すると言ってーーー」


「「うるせぇ!!」」



騎士は混沌としている状況を止めようと声を発しているが、そんな言葉にはお構い無しというような態度で聞く耳を持っていなかった。



(そういえば、先生が冒険職の人には気を付けろって言ってたな。もしかしてあのオジさん達って・・・)



騎士以外のオジさん達の様子は、先生から聞いていた冒険職の人柄と一致するような気がする。それに気づき、これ以上面倒な状況になるのは御免だと、人知れずため息を付いていた。
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