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第五章 能力別対抗試合
決勝 5
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アッシュのお兄さんの呼び掛けで、まるで出番を待っていましたとばかりに、すぐさま執事が舞台へ現れると、その姿を見て驚きと同時に納得がいった。
(やっぱり黒幕は・・・)
嘆息の息を漏らしながらアッシュのお兄さんに視線を向けると、彼はしてやったりというような嫌らしい笑みを浮かべていた。そうして、舞台に上がった執事は王女殿下に報告をするという体で、有る事無い事を吹聴し、僕に対する悪感情を植え付けているようだった。その状況に、集まっている貴族達も興味深げな視線を向けながらざわざわしている。
事ここに至ってしまうと、僕に出来ることはただ否定することだけだが、平民の僕の言葉と、侯爵家で奉仕職として雇われている執事の言葉では、信頼度が違ってくるだろう。それに、侯爵家が独自に調査したという他の住民の目撃証言を覆せるだけの反証なんてどこにもなかった。
(はぁ・・・何だ、なんだ?僕はどうなるんだ?)
どこか他人事に映る目の前の状況に、僕は現実逃避するようにため息を吐いた。すると、一通りの話が終わったのだろう、執事がその場から下がると、王女殿下が僕の前に進み出てきた。
「エイダ・ファンネル様?確認したいのですが、今お話にあったようなことは全て事実でしょうか?」
「いいえ、王女殿下。学院へは既に報告しておりますが、そもそも50人を越える住民というのは襲撃者で、その人達から逃れる際に、私は誰一人として殺めておりません。大通りを破損させたのは事実ですが、追っ手から逃れるにはそれしか方法がありませんでした」
「王女殿下!犯罪者の戯言に、耳を傾ける価値などありません!どうかその曇りなき眼にて奴に相応しい処罰を!」
僕の返答をアッシュのお兄さんは一蹴し、僕に対する処罰を求めてきた。
「しかし、ロイド様?一方的な話で断じて良いものではありません。エイダ様にも言い分はありましょう?どなたか今回の件について、何か存じ上げている方はいませんか?」
王女殿下はお兄さんの言葉をやんわりと諌め、更に情報を得ようと周囲に問いかけた。今この場には有力貴族が集まっていることもあり、様々な情報を入手できると考えたのだろう。
(それにしても、王女殿下って結構中立公平な人なのかな?侯爵家の言葉を鵜呑みにせず、こうして更に話を聞こうとしてくれるなんて、どこかの貴族とはえらい違いだな)
そんなことを考えていると、僕の背後から声が上がった。
「王女殿下!発言をお許しいただけますか?」
「アーメイ様。ええ、構いませんよ?」
振り向くと、声を上げたのはアーメイ先輩だった。彼女は毅然とした面持ちで王女に対して口を開いた。
「まず、当人からの話ですが、彼は当時、街中にて待ち伏せを受け、50人を越える襲撃者によって襲われたと言っておりました。しかも、満身創痍になりながら学院へ戻ってきたということです。これは彼を発見した当日の門番の者や、メアリー・リフコス教諭からも証言を確認しております」
「ふん!満身創痍と言うならば、その場において戦闘行為があったと言うことだろう?彼が住民を虐殺して反撃を受けた、ということの証拠だ!」
先輩の話に横やりを入れるようにお兄さんが自分の見解を口にした。しかし、その言葉に反論するように先輩も更に話を続ける。
「彼は当日、武装も何も持っていなかったことを彼の学友が見ており、また、学院に戻ってきたときにも丸腰であったことは、先の話の門番や教諭からも確認しております」
「しかし、丸腰だから危険はないとは言えないだろう?現に彼は、この学院の対抗試合において両部門で優勝を飾るという常識外れの実力を見せたのだ。素手においても相当の実力を有していることは疑いようがない」
アーメイ先輩の言葉に、お兄さんはいちいち噛みつくように僕への不信感を煽ってくる。そんなお兄さんに先輩は、苛ついたように段々と声が大きくなっていく。
「そもそも、彼が平日であるにもかかわらず市街へと足を運んだのは、私の名を謀った何者かによる呼び出しだ!最初から仕組まれていたということは明白であろう!!」
「仮に、何らかの勢力の者が彼を罠に嵌めていたとしても、それで罪もない一般市民を虐殺したことは関係無いだろう?」
「それは本当に一般市民だったのか?こちらの調べでは、死んでいた者達は全員、両方の能力を持っている者達だった!これは何らかの組織だった者達と考えるのが自然だろう!?」
「いやはや、偶然とは恐ろしい。偶々虐殺された者達が、まさか全員ノアだったとは・・・事実は小説より奇なりとは良く言ったものだ」
いつしか王女への報告ではなく、2人の言い争いのようになっていたが、王女自身はその様子を見ても特に何か指摘することもなく、微笑を浮かべて事の推移を見つめていた。周りの騎士達も同様に、特に諌めるでもなく、ただ静かに見守っていた。
「ジョシュ!よくもぬけぬけと!こちらで預かっているあの暗殺犯の身柄を寄越せと、圧力をかけていることは知っているのだぞ!」
「圧力とは語弊があるぞ?そちらが何の成果も挙げられていないと聞いたので、助力を申し出ただけだ。まったく、たかが平民のノア1人にそこまでの入れ込みようでは、アーメイ伯爵家の将来は暗いと言わざるを得ないな!」
「私の家の事は関係ないだろう!無実の者が罪を着せられようとしているのだ!異を唱えるのは騎士として当然ではないか!」
「無実か・・・しかし、既に多くの証言があるのだ。いくらアーメイ伯爵家といえど、それを覆すに君だけの言葉では足りぬと思うが?」
確固たる証拠を見せてみろと、言外に口にするお兄さんは、ニヤニヤとしながら先輩の返答を待った。
「私は彼を信じている!もし彼が善良な市民を殺害した事が事実であるなら、彼を庇った私も共にその贖罪をしよう!」
「ア、アーメイ先輩!?」
先輩の発言に驚いて声をあげる。僕に後ろめたいことなど一つも無いのだが、お兄さんの手の込んだやり方を見て、既にある程度手を回していて、どうあっても僕を犯罪者として扱うように話が出来ているのだろうと推察できる。
そうすると、僕のせいで関係のないアーメイ先輩まで被害を被ってしまうことになる。
「心配するな!君が一般市民を手にかけていないことは、伯爵家の長子として私が弁護しよう!」
「エレイン・・・その言葉、当然意味は分かっているな?」
嫌らしい笑顔を浮かべながら、お兄さんは先輩に言葉の真意を問いかけるが、僕には先輩の発言が何を意味しているのか全く分からなかった。
「勿論だ!私は彼を信じている!」
「ふん!そうか。しかし、虐殺の現場にはその場に居た人物の物証もあってね・・・」
そう言いながらお兄さんは、懐から斑に赤黒く染まっているハンカチを取り出した。
(あれはまさか、アーメイ先輩に貰った僕のハンカチか!?)
無くしたと思っていた僕のハンカチを高らかに掲げながら、彼は更に言葉を続けた。
「これはエレイン、君が彼に送ったハンカチだろう?死体となった者の一人が握りしめていたんだよ!これこそ、確固たる証拠というものだろう!」
「っ!そんな事は聞いていないぞ!何故当家に報告がされない?」
「いやいや、アーメイ伯爵家のご息女は、今回の事件の犯人に個人的な感情を抱いているという話を聞いたため、情報を伏せるようにうちの方で指示していたのだよ」
「・・・・・・」
「さぁ、王女殿下、情報は出揃いました!願わくば殿下より、あの者へご裁定を下していただけませんでしょうか?」
話は終わったとばかりにお兄さんは、芝居がかった素振りで王女殿下へ向かって、僕へ裁きを下すように促した。ただ、既にその時には、僕は一つの決断をしていた。
(もし、この茶番のような事で有らぬ罪を着せられるだけじゃなく、アーメイ先輩にも何か被害が出るっていうなら・・・こんな国捨てて、先輩を連れて逃亡してやる!)
正直、今の僕は冷静では無いかもしれない。それでも、僕のせいで先輩も巻き込んでしまうかもしれないということに、言い知れぬ不安が湧き起こり、いつでも身体を動かせるように準備していた。
そんな僕に、王女は優しげな口調で声を掛けてきた。
「エイダ・ファンネル様?そう身構えないで下さい」
「お、王女殿下?何を?」
王女の様子が、自分の想定していたものと違った為か、お兄さんは困惑げな眼差しを向けていた。
「実は私も独自に調べていることがありまして、今回の件についてたまたま役に立ちました」
王女は美しい笑顔を僕に向けると、更に言葉を続けた。
「エイミーさん?例の人物をこちらへ」
「はっ!畏まりました!」
(んっ?エイミーさん?)
殿下から発せられた聞き覚えのある名前に首を傾げていると、舞台下から女性騎士が現れた。
(あっ!あの人は、前に僕の事を監視してた騎士じゃないか!)
騎士の顔を見て当時の事を思い出すと、連鎖的に王女殿下の四方を警備している騎士の事も思い出した。
(どこかで見た顔だと思っていたら、あの人達って僕がこの都市に来る前に盗賊に襲われていた騎士の人達だ!)
驚きも露に、声には出さないように抑えていると、エイミーさんは一人のお腹の大きい男性を連れてきており、いったい誰なんだろうと更に困惑してしまった。ただ、お兄さんは心当たりがあるのだろう、その表情は驚きに満ちていた。
「殿下、連れて参りました!」
「ご苦労様です。では、お名前をお聞かせ願えますか?」
王女殿下は変わらぬ微笑を浮かべながら、臣下の礼を取り、顔から汗を大量に流しているオジさんに名前を名乗るように促した。
「わ、私は、ドーラ・ジェスビスと申します・・・」
「お仕事は何をしているのかしら?」
「・・・・・・」
「ドーラ様?」
「ひっ!わ、私の仕事は・・・し、仕事の斡旋でございます」
「まぁ、立派なご職業ですね」
「きょ、恐縮でございます・・・」
しどろもどろになって答えるオジさんに、王女は変わらぬ様子で接している。その様子は端から見れば無邪気な少女のようにも思える仕草なのだが、目の前で臣下の礼をとるオジさんの異常なまでに恐怖している様子に、違和感が半端ではない。
「それで、具体的にはどのような方に、どういった仕事を斡旋なさっているのかしら?」
「・・・そ、それは、お客様との信用にも関わりますので、私がお客様の情報を話すことは出来ないのでございます・・・」
「まぁ、そうなんですの?そんな事情があれば、王族の権威で強制的に聞くわけにもいきませんね・・・」
そのやり取りで、ホッと息を漏らす声が聞こえた。後ろを向くと、お兄さんが若干安心したような表情を浮かべている。
「では、エイミーさん?あなたの小隊が纏めた報告書を私に」
「はっ!!」
王女に命令されると、エイミーさんは素早い動作で書類の束を渡していた。その彼女の動作から、いつかの残念な様子は微塵も感じられなかった。
そして、渡された書類を一読した王女は、ため息を一つ漏らして舞台下にいるある人物に声を掛けた。
「ロイド卿?ちょっといらしてもらえますか?」
ロイドと言う家名から、どうやらその人物はアッシュのお父さんのようだ。
(やっぱり黒幕は・・・)
嘆息の息を漏らしながらアッシュのお兄さんに視線を向けると、彼はしてやったりというような嫌らしい笑みを浮かべていた。そうして、舞台に上がった執事は王女殿下に報告をするという体で、有る事無い事を吹聴し、僕に対する悪感情を植え付けているようだった。その状況に、集まっている貴族達も興味深げな視線を向けながらざわざわしている。
事ここに至ってしまうと、僕に出来ることはただ否定することだけだが、平民の僕の言葉と、侯爵家で奉仕職として雇われている執事の言葉では、信頼度が違ってくるだろう。それに、侯爵家が独自に調査したという他の住民の目撃証言を覆せるだけの反証なんてどこにもなかった。
(はぁ・・・何だ、なんだ?僕はどうなるんだ?)
どこか他人事に映る目の前の状況に、僕は現実逃避するようにため息を吐いた。すると、一通りの話が終わったのだろう、執事がその場から下がると、王女殿下が僕の前に進み出てきた。
「エイダ・ファンネル様?確認したいのですが、今お話にあったようなことは全て事実でしょうか?」
「いいえ、王女殿下。学院へは既に報告しておりますが、そもそも50人を越える住民というのは襲撃者で、その人達から逃れる際に、私は誰一人として殺めておりません。大通りを破損させたのは事実ですが、追っ手から逃れるにはそれしか方法がありませんでした」
「王女殿下!犯罪者の戯言に、耳を傾ける価値などありません!どうかその曇りなき眼にて奴に相応しい処罰を!」
僕の返答をアッシュのお兄さんは一蹴し、僕に対する処罰を求めてきた。
「しかし、ロイド様?一方的な話で断じて良いものではありません。エイダ様にも言い分はありましょう?どなたか今回の件について、何か存じ上げている方はいませんか?」
王女殿下はお兄さんの言葉をやんわりと諌め、更に情報を得ようと周囲に問いかけた。今この場には有力貴族が集まっていることもあり、様々な情報を入手できると考えたのだろう。
(それにしても、王女殿下って結構中立公平な人なのかな?侯爵家の言葉を鵜呑みにせず、こうして更に話を聞こうとしてくれるなんて、どこかの貴族とはえらい違いだな)
そんなことを考えていると、僕の背後から声が上がった。
「王女殿下!発言をお許しいただけますか?」
「アーメイ様。ええ、構いませんよ?」
振り向くと、声を上げたのはアーメイ先輩だった。彼女は毅然とした面持ちで王女に対して口を開いた。
「まず、当人からの話ですが、彼は当時、街中にて待ち伏せを受け、50人を越える襲撃者によって襲われたと言っておりました。しかも、満身創痍になりながら学院へ戻ってきたということです。これは彼を発見した当日の門番の者や、メアリー・リフコス教諭からも証言を確認しております」
「ふん!満身創痍と言うならば、その場において戦闘行為があったと言うことだろう?彼が住民を虐殺して反撃を受けた、ということの証拠だ!」
先輩の話に横やりを入れるようにお兄さんが自分の見解を口にした。しかし、その言葉に反論するように先輩も更に話を続ける。
「彼は当日、武装も何も持っていなかったことを彼の学友が見ており、また、学院に戻ってきたときにも丸腰であったことは、先の話の門番や教諭からも確認しております」
「しかし、丸腰だから危険はないとは言えないだろう?現に彼は、この学院の対抗試合において両部門で優勝を飾るという常識外れの実力を見せたのだ。素手においても相当の実力を有していることは疑いようがない」
アーメイ先輩の言葉に、お兄さんはいちいち噛みつくように僕への不信感を煽ってくる。そんなお兄さんに先輩は、苛ついたように段々と声が大きくなっていく。
「そもそも、彼が平日であるにもかかわらず市街へと足を運んだのは、私の名を謀った何者かによる呼び出しだ!最初から仕組まれていたということは明白であろう!!」
「仮に、何らかの勢力の者が彼を罠に嵌めていたとしても、それで罪もない一般市民を虐殺したことは関係無いだろう?」
「それは本当に一般市民だったのか?こちらの調べでは、死んでいた者達は全員、両方の能力を持っている者達だった!これは何らかの組織だった者達と考えるのが自然だろう!?」
「いやはや、偶然とは恐ろしい。偶々虐殺された者達が、まさか全員ノアだったとは・・・事実は小説より奇なりとは良く言ったものだ」
いつしか王女への報告ではなく、2人の言い争いのようになっていたが、王女自身はその様子を見ても特に何か指摘することもなく、微笑を浮かべて事の推移を見つめていた。周りの騎士達も同様に、特に諌めるでもなく、ただ静かに見守っていた。
「ジョシュ!よくもぬけぬけと!こちらで預かっているあの暗殺犯の身柄を寄越せと、圧力をかけていることは知っているのだぞ!」
「圧力とは語弊があるぞ?そちらが何の成果も挙げられていないと聞いたので、助力を申し出ただけだ。まったく、たかが平民のノア1人にそこまでの入れ込みようでは、アーメイ伯爵家の将来は暗いと言わざるを得ないな!」
「私の家の事は関係ないだろう!無実の者が罪を着せられようとしているのだ!異を唱えるのは騎士として当然ではないか!」
「無実か・・・しかし、既に多くの証言があるのだ。いくらアーメイ伯爵家といえど、それを覆すに君だけの言葉では足りぬと思うが?」
確固たる証拠を見せてみろと、言外に口にするお兄さんは、ニヤニヤとしながら先輩の返答を待った。
「私は彼を信じている!もし彼が善良な市民を殺害した事が事実であるなら、彼を庇った私も共にその贖罪をしよう!」
「ア、アーメイ先輩!?」
先輩の発言に驚いて声をあげる。僕に後ろめたいことなど一つも無いのだが、お兄さんの手の込んだやり方を見て、既にある程度手を回していて、どうあっても僕を犯罪者として扱うように話が出来ているのだろうと推察できる。
そうすると、僕のせいで関係のないアーメイ先輩まで被害を被ってしまうことになる。
「心配するな!君が一般市民を手にかけていないことは、伯爵家の長子として私が弁護しよう!」
「エレイン・・・その言葉、当然意味は分かっているな?」
嫌らしい笑顔を浮かべながら、お兄さんは先輩に言葉の真意を問いかけるが、僕には先輩の発言が何を意味しているのか全く分からなかった。
「勿論だ!私は彼を信じている!」
「ふん!そうか。しかし、虐殺の現場にはその場に居た人物の物証もあってね・・・」
そう言いながらお兄さんは、懐から斑に赤黒く染まっているハンカチを取り出した。
(あれはまさか、アーメイ先輩に貰った僕のハンカチか!?)
無くしたと思っていた僕のハンカチを高らかに掲げながら、彼は更に言葉を続けた。
「これはエレイン、君が彼に送ったハンカチだろう?死体となった者の一人が握りしめていたんだよ!これこそ、確固たる証拠というものだろう!」
「っ!そんな事は聞いていないぞ!何故当家に報告がされない?」
「いやいや、アーメイ伯爵家のご息女は、今回の事件の犯人に個人的な感情を抱いているという話を聞いたため、情報を伏せるようにうちの方で指示していたのだよ」
「・・・・・・」
「さぁ、王女殿下、情報は出揃いました!願わくば殿下より、あの者へご裁定を下していただけませんでしょうか?」
話は終わったとばかりにお兄さんは、芝居がかった素振りで王女殿下へ向かって、僕へ裁きを下すように促した。ただ、既にその時には、僕は一つの決断をしていた。
(もし、この茶番のような事で有らぬ罪を着せられるだけじゃなく、アーメイ先輩にも何か被害が出るっていうなら・・・こんな国捨てて、先輩を連れて逃亡してやる!)
正直、今の僕は冷静では無いかもしれない。それでも、僕のせいで先輩も巻き込んでしまうかもしれないということに、言い知れぬ不安が湧き起こり、いつでも身体を動かせるように準備していた。
そんな僕に、王女は優しげな口調で声を掛けてきた。
「エイダ・ファンネル様?そう身構えないで下さい」
「お、王女殿下?何を?」
王女の様子が、自分の想定していたものと違った為か、お兄さんは困惑げな眼差しを向けていた。
「実は私も独自に調べていることがありまして、今回の件についてたまたま役に立ちました」
王女は美しい笑顔を僕に向けると、更に言葉を続けた。
「エイミーさん?例の人物をこちらへ」
「はっ!畏まりました!」
(んっ?エイミーさん?)
殿下から発せられた聞き覚えのある名前に首を傾げていると、舞台下から女性騎士が現れた。
(あっ!あの人は、前に僕の事を監視してた騎士じゃないか!)
騎士の顔を見て当時の事を思い出すと、連鎖的に王女殿下の四方を警備している騎士の事も思い出した。
(どこかで見た顔だと思っていたら、あの人達って僕がこの都市に来る前に盗賊に襲われていた騎士の人達だ!)
驚きも露に、声には出さないように抑えていると、エイミーさんは一人のお腹の大きい男性を連れてきており、いったい誰なんだろうと更に困惑してしまった。ただ、お兄さんは心当たりがあるのだろう、その表情は驚きに満ちていた。
「殿下、連れて参りました!」
「ご苦労様です。では、お名前をお聞かせ願えますか?」
王女殿下は変わらぬ微笑を浮かべながら、臣下の礼を取り、顔から汗を大量に流しているオジさんに名前を名乗るように促した。
「わ、私は、ドーラ・ジェスビスと申します・・・」
「お仕事は何をしているのかしら?」
「・・・・・・」
「ドーラ様?」
「ひっ!わ、私の仕事は・・・し、仕事の斡旋でございます」
「まぁ、立派なご職業ですね」
「きょ、恐縮でございます・・・」
しどろもどろになって答えるオジさんに、王女は変わらぬ様子で接している。その様子は端から見れば無邪気な少女のようにも思える仕草なのだが、目の前で臣下の礼をとるオジさんの異常なまでに恐怖している様子に、違和感が半端ではない。
「それで、具体的にはどのような方に、どういった仕事を斡旋なさっているのかしら?」
「・・・そ、それは、お客様との信用にも関わりますので、私がお客様の情報を話すことは出来ないのでございます・・・」
「まぁ、そうなんですの?そんな事情があれば、王族の権威で強制的に聞くわけにもいきませんね・・・」
そのやり取りで、ホッと息を漏らす声が聞こえた。後ろを向くと、お兄さんが若干安心したような表情を浮かべている。
「では、エイミーさん?あなたの小隊が纏めた報告書を私に」
「はっ!!」
王女に命令されると、エイミーさんは素早い動作で書類の束を渡していた。その彼女の動作から、いつかの残念な様子は微塵も感じられなかった。
そして、渡された書類を一読した王女は、ため息を一つ漏らして舞台下にいるある人物に声を掛けた。
「ロイド卿?ちょっといらしてもらえますか?」
ロイドと言う家名から、どうやらその人物はアッシュのお父さんのようだ。
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