剣神と魔神の息子

黒蓮

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第六章 王女の依頼

舞踏会 4

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 グレスさんとの話を終え、僕に割り当てられている部屋へと戻ると、ちょうどアーメイ先輩が訪ねて来ているところだった。



「やぁ、エイダ君。今、良いかい?」


「はい、もちろんです」



先輩は客室である僕の部屋へと入り、一緒にテーブルに座ると、弾けるような笑顔で話し始めた。



「先ほどの全力の一撃は見事だったよ!」


「ありがとうございます、アーメイ先輩」


「これで我がアーメイ伯爵家に連なる人々や、魔術騎士団の中に、君を下に見るような者達は居なくなっただろう!」



先輩は終始ご機嫌な様子で、ニコニコしながら話していた。きっと、自分が評価している存在が、周りからも同じように評価されるのが嬉しいのかもしれない。



「そうですね、あの場に居た人達はみんな呆然とするように上空を見上げていましたし、あの魔術の威力も理解しているとは思います」


「ふふふ、皆のあの顔は傑作だったな!騎士団の中には、君に対して良からぬ感情を抱いている者達も居たが、これで認識を改めるだろう」



先輩の言葉に、やはり必要であれば力の誇示は必要なんだなと改めて思った。



「・・・ところでだ」



すると、急に先輩が話題を変えるように口を開いたのだが、何やらモジモジとして話しずらそうな様子だった。



「どうしたんですか?」


「あぁ、いや、なに、先ほどお父様と何か話したのだろうが、君に何かお願いをするようなことを言っていなかったか?」


「お願いですか?」



要領を得ない先輩の質問に、僕は先ほどのグレスさんとの会話を思い起こすが、具体的に何かをお願いされたような記憶はない。



(最後に「娘の事を頼む」とは言われたけど、具体的に何を頼まれたのかも分からない状態なんだけどなぁ・・・)



その為、僕は先ほどの会話の内容について、ざっくりと先輩に伝えた。



「グレスさんとの話では、僕の今後の身の振り方について尋ねられたぐらいですね・・・」


「それだけか?」


「えっと、あとは、グレスさんも何か決めたような事を言っていました。それが何なのかは話しませんでしたが、何か重要そうな感じでしたね」


「他には?」



おそらく先輩の聞きたいことではないのだろう、僕の返答に対して矢継ぎ早に先を促してきた。



「えぇと、最後に言われたんですが、その・・・正直、僕自身も具体的に何をグレスさんは言いたかったのか分からないんですけど・・・」


「な、何て言われたんだ?教えてくれ!?」



先輩は興味津々といった表情で顔を僕に近づけてきて、続く言葉を待っていた。



「その、娘の事を頼むと・・・」


「っ!!な、なるほど・・・それで、君は何と答えたんだ?」


「いや、あの、何と答えて良いのか分からなかったので、大丈夫ですと言ったんですが・・・それで良かったんですかね?」



心配して僕がそう先輩に確認すると、少し思案した表情をして、少しだけ不機嫌な様子を滲ませながら口を開いた。



「そ、そこは、任せてくださいと言っても良かったんじゃないか?」


「う~ん、それだとアーメイ先輩と妹のティナさんに対しても責任を持つような返答になってしまいませんか?」



僕が疑問を伝えると、先輩はハッとした表情になった。



「エイダ君、お父様は間違いなく『娘』と言ったんだな?私や妹の名前ではなく?」


「はい。なので僕も言葉を慎重に選んだつもりだったんですが・・・」


「・・・そうか。分かった、話を聞かせてくれてありがとう」


「いえ・・・」



先輩はグレスさんの言葉に何か察することがあったのか、納得したような表情になって感謝を伝えてきた。



 それからダンスの練習の話になり、さっそく明日から行うことになった。午前中は簡単なダンスの講義を座学で行い、女性のエスコートの仕方や、姿勢、ステップ、音楽の事などの基本的なことを学んでから、午後には実際に踊ってみるということだ。


実際の音楽の方は残念ながら演奏団の手配が間に合わないらしく、アーメイ先輩が幼い頃からダンスを教えて貰っていた教育係の方に手拍子をしてもらいながらの練習になるということだ。


年明けまであと5日、ダンスを披露する舞踏会の本番まではあと7日と迫っていたが、アーメイ先輩はヤル気満々といった様子で息巻いていた。僕も舞踏会で先輩のダンスのパートナーとして踊るのであれば、僕の恥は先輩の恥になってしまうと考え、少しでも上達できるように気合いを入れて練習に臨むつもりだ。



 そうして、翌日からダンスの猛特訓が始まった。朝食を食べてからすぐに会議室のような部屋に呼ばれ、ダンスの基本的な知識を叩き込まれる。


講師は昨日アーメイ先輩が話していた教育係の人で、青みがかった黒髪を頭頂でお団子のように丸め、吊り目が厳しい印象を抱かせる妙齢の女性だった。名前はテレサさんと言う。


午前中はずっとテレサさんが、立て板に水のような話し方で僕の頭に知識を詰め込んでくる。休憩は無く、とにかく詰め込むだけ詰め込むようなスパルタだった。雰囲気は異なるが、教え方の方向性は僕の母さんと同じものを感じて辟易してしまう。


とはいえ、それを顔に出すわけにはいかないので、僕はなんとか集中力を切らさないようにテレサさんの講義を聞いていた。アーメイ先輩はその間、何故か楽しそうな表情で僕の講義を受ける姿を見つめていた。


昼食を挟んで、午後は実践だ。アーメイ家のダンスホールに場所を移したのだが、このダンスホールが凄く豪華で広々としていた。100人は余裕で踊れそうなホールは、精彩な加工が施されている大きな柱が目を引き、さらに壁一面には色鮮やかな風景画が描かれている。



「それではこれから実際に踊っていただきます。私が手拍子をしますので、エレインお嬢様をお相手に午前中に教えたことを思い出しながら踊ってください。お嬢様は、適宜エイダ殿へ助言をしてください」


「分かりました」


「分かった。さぁ、エイダ君、手を・・・」



テレサさんの言葉に頷くと、先輩がゆっくりと右手を差し出してきた。今は練習なので、先輩の服装はドレスではなく、動きやすい私服のズボン姿だ。僕は教えられていた通りその手を下から優しく支え、ホール中央付近へと先輩をエスコートしていく。位置につくと右手を離し、先輩の腰から少し上に手を添え、左手を軽く絡ませるように握る。



「ダメです!パートナー同士がそんなに離れては踊れませんよ!もっと密着してください!」



僕としては既に精一杯密着してるつもりなのに、テレサさんからダメ出しが入ってしまった。これ以上近づくと、アーメイ先輩の柔らかな部分に触れてしまいそうだし、僕の心臓の音まで聞こえてしまうんじゃないかと躊躇ってしまう。



「エイダ君、もっと腰と腰を密着させるようにするんだ」



アーメイ先輩はさすがになれているようで、躊躇う僕に優しく助言してくれた。



「わ、分かりました・・・こう、ですか?」


「っ!い、いや、もっと互いの腰骨を合わせるようなイメージで密着してくれ・・・」



僕がそのまま正面から密着してしまったのが悪かったのか、先輩は顔を赤くして、声を上ずらせながら間違いを指摘してきた。



「す、すみません!えっと・・・こうですか?」


「う、うん、そうだ」



ようやく最初のポーズがさまになると、テレサさんが手を打ち鳴らしてリズムを刻んできた。



「はい!では、いきますよ!最初はゆっくりとしたこのリズムを意識して身体を動かしてください!ワン!・ツー!・ワン!・ツー!」



テレサさんの指導の元、僕は最初のステップを踏み出す。



「うわっ!」


「きゃっ!」



僕は密着している先輩に意識をとられ、タイミングを微妙に外してしまった。そのため、先輩と息が合わずにバランスを崩してしまった。



「す、すみません!」


「大丈夫だ。落ち着いて、手拍子のリズムをよく聞いて。ただし、リズムを取ることだけに集中せずに、ちゃんと私の動きも意識するんだぞ?」


「はい、ありがとうございます!」



先輩の助言に、僕は深呼吸して頭の中の煩悩を追いやり、ダンスに全力で集中した。



「そうそう。上手だよ、エイダ君」



たどたどしくステップを刻む僕に先輩は、笑顔で褒めはやしながらずっと練習に付き合ってくれた。



 さすがに今まで踊ったことも無いダンスが、一日やそこらで劇的に上手になることはなかったが、テレサさんの指導が上手いのか、一緒に踊ってくれている先輩のリードが上手いのか、基礎的な動きはできるようになってきた。


ただ、リズムや先輩との動きに集中するあまり、表情が強張ってしまっているらしいので、もっとダンスを楽しむ余裕を持って笑顔で踊れるようにと、テレサさんと先輩の2人から指摘されてしまった。


正直、初心者の僕にとっては難度の高過ぎる指摘なのだが、本番の舞踏会では何十人といる貴族達の前で踊ることになるので、ダンスの見映えだけでなく、踊っている人物自身の見映えも重要視されると言うことで、とにかく残り少ない時間を練習に当てるしかなかった。


そして、12の月の最終日、つまり今年最後の日となった今日、アーメイ先輩はグレスさんと共に挨拶回りがあるらしく、午後から不在となってしまうのだという。屋敷の使用人の人達も、一年の汚れを綺麗にするために大掃除をしていて忙しいので、僕のダンスの練習に付き合える人もおらず、午後の時間は手持ち無沙汰になってしまった。



「そう言えば、前にティナさんが貴族について教えてくれるって言ってたし、ちょっと聞いてみようかな?」



以前馬車で言われたことを思い出し、時間のある午後にティナさんの部屋を訪れることにした。


忙しそうなメイドさんを捕まえてティナさんの部屋を聞くと、彼女は嫌な顔一つせずに案内してくれた。先にメイドさんがティナさんの都合を確認してくれると、そのまま彼女の部屋に通された。


よく考えると、女性の部屋に入るのは初めてだったので、緊張して彼女の部屋に足を踏み入れた。


広々としたティナさんの部屋は、ピンク色を基調とした壁に、純白の天蓋付きベッドが置かれ、至るところに可愛いらしい小物が飾り付けられている、まさに女の子の部屋だった。



「何よ?そんなに部屋の中をジロジロ見て?」



僕がキョロキョロしながら部屋に入ってきたことに苛立っているのか、ピンク色のワンピースを着るティナさんは若干不機嫌そうな顔をしていた。



「あ、ごめん、不躾に色々見ちゃって・・・その、女の子の部屋に入るのは初めてだったから、物珍しくて」


「ふ~ん、そう。別にどうってことのない普通の部屋よ」


「そ、そうなんだ」



この部屋以外の女の子の部屋を見たことがない僕には普通の基準が分からないが、彼女がそう言うのならこれが女の子の普通の部屋なのだろうと納得することにした。



「で、何の用なの?」



彼女の質問に、僕は部屋に来た理由を告げる。



「実は、前に貴族について教えてくれるって言ってたから、時間が空いた今日に出来れば教えて欲しいなって思って・・・」


「あぁ、その事ね。全然来ないから、忘れられたと思ったわ」



僕の言葉に彼女は無表情で返答してきたが、何となく言葉の雰囲気は怒っていると言うよりも、いじけているような印象がした。



「いやいや、そんなわけ無いよ!ここ数日はダンスの練習が忙しくて、中々時間が取れなかっただけで、学びたい意思はちゃんとあるよ」


「ふ~ん、なら良いけど」



僕の弁明に、彼女は素っ気ない態度で呟く。すると、僕を部屋まで案内してくれたメイドさんに紅茶の準備をさせ、部屋から退出するように命じていた。そしてメイドさんが居なくなると、部屋にある丸テーブルに座るように言われ、そこに彼女は数冊の分厚い本を持ってきて積み上げた。



「平民のあんたは貴族の一般的な知識や、社交界のルールも何も知らないでしょ?基本的なことはこの本に書いてあるから、自分でもちゃんと勉強するのよ?」


「わ、分かった。ありがとう」



僕は彼女の言葉に頷いて感謝を告げると、テーブルの対面に座った彼女は感情を感じさせない表情のまま口を開いた。



「さて。じゃあ、始めるわよ?」



そうして僕は、ティナさんから貴族についての知識を学ぶ勉強会を、時間が許す限り行った。
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