剣神と魔神の息子

黒蓮

文字の大きさ
上 下
139 / 244
第六章 王女の依頼

舞踏会 9

しおりを挟む
 国王から王城へ招かれ、その後に第一王子と話を交わした翌日、予定通り今日の夕方からアーメイ伯爵家で舞踏会が開かれる。


昨日は王城から戻った僕を心配するようにアーメイ先輩から、謁見は問題なかったか聞かれたが、終わってみれば無難にやり過ごす事が出来たと思い、大丈夫だったと伝えた。


先輩は安心した表情を見せるも、具体的に何があったのか聞いてきたので、この国についてどう思っているのかという事と、その実情を変えたいと思っているか、最後に僕が使用した白銀のオーラについて聞かれた事を話し、どう返答したかについても伝えた。


併せて、国王直属の近衛騎士のルドルフさんと手合わせした経緯を話すと、先輩は引き攣った笑みを浮かべてしまったが、ルドルフさん自身は笑顔で僕を認めてくれたことまで伝えると、ホッとしたような表情を浮かべていた。


先輩の話では、どうやらルドルフさんというのはこの国最高の剣術師なのだという。ただそれは、この国に所属していない父さんを抜きにという前提が入る話のようだ。手合わせした僕の体験から考えても、それは確かに納得できる話だった。


その後、王子と会話する機会があった話もしたが、先輩はその言葉に不安そうな表情を浮かべていた。結果として何もなかったことを伝えると、安堵のため息を吐いていた。


そんな先輩の様子から、どうも僕の一挙手一投足に過敏に反応をしている気がする。おそらくは実家の事とも関係しているのだろうが、きっとそれは、僕が自分の立ち位置をまだしっかりと定められていないことが問題なんだろうと感じた。


申し訳ないことだとは思うのだが、自分の人生について中途半端な考えで決めたくはないと考えてしまっているので、もう少しだけ待って欲しい。



 そうして迎えた、舞踏会当日の夕刻。僕は部屋で正装に着替えながらそんな先輩との昨日のやり取りを思い出していた。


今日の正装は、黒を基調として赤いラインが入ったナポレオンジャケットだ。まさか先輩が言ったように購入した3着全ての正装を着ることになるとは若干驚いたが、これが貴族社会というものなのかと理解させられた気がする。


先輩の話では、今持っている3着では少な過ぎるらしく、今後の僕の事を考えると最低でももう5着は新調しておくべきだと指摘されてしまった。


ため息を吐きながら、綺麗に着れているか鏡を見て確認していると、部屋の扉がノックされた。



『ファンネル様、間もなく時間となりますので、ダンスホールへご案内いたします』


「分かりました。今行きます!」



返答しつつ部屋を出ると、一人のメイドさんが僕を案内するために迎えに来てくれていた。彼女の案内に従って、あとを付いて行きながら、緊張を払拭しようと大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


 舞踏会には貴族なりのマナーも多々あり、まず主催者であるアーメイ家の面々は、招いた人達を出迎える為に、早い時間から予めダンスホールに待機している必要があるのだということだ。その為、アーメイ先輩は既にダンスホールに行っている。


更に、招かれた方はこの伯爵家に訪れる順番も大事なようで、爵位が低い者達は早めに入り、上位の爵位の者ほど最後の方に登場するのが習わしらしい。面倒なことだが、こういったことも知っておかないと、無知だとか礼儀を知らないだとかで貴族社会では後ろ指を指されるようだ。



 そうして、メイドさんの案内のもとダンスホールに到着すると、開け放たれた扉の所で立ち止まり、扉のすぐ内側に居た執事さんが大声で僕の名を呼んだ。



「エイダ・ファンネル様、ご到着致しました!!」



その言葉と共に、既にダンスホールに居るほとんどの人達からの視線が僕へと集中してきた。皆きらびやかな衣装に身を包み、女性は色とりどりの鮮やかなドレスを、男性は艶やかな素材の正装やタキシードを着こなしていた。そして、その人数は僕が想定していたよりもずっと多いものだった。



(あれ?身分が下の者から入場していくはずなのに、既にこのダンスホールは人で一杯じゃないか?)



平民の僕は一番最初の方になるだろうと思っていたのだが、ダンスホールの様子から、かなり後の方なのではないのかと困惑してしまった。



「ファンネル様、どうぞお進みください」



僕の名前を告げていた執事さんが、動き出そうとしない僕にそっと近づいて促してきた。



「あ、は、はい」



その言葉に、僕はゆっくりと歩を進めた。まずは、ホール一番奥に居るはずのアーメイ伯爵家の当主、グレスさんに挨拶をしなければならない。慣れないことに戸惑いつつも、奥に向かって一歩一歩進んでいくと、僕を見つめている周りからは、ヒソヒソと僕についての話が耳に届いてくる。



「あれが・・・」


「まだ子供なのに、本当に・・・」


「しかし、その実力は本物・・・」



その声は、今まで僕に向けられる事が多かった見下しや蔑みとは違い、どちらかというと感嘆するような声音だった。その様子に、今までこれほど多くの人達からそんな友好的な感情を向けられる事が無ったので、どう受け止めて良いのか分からず、顔が微妙に引き攣ってしまった。



 そして、ダンスホールの奥まで進むと、そこには黒を基調に鮮やかな金糸で幾何学模様の刺繍を施したグレスさんが、堂々とした立ち居振舞いで僕に視線を向けていた。


その隣にはアーメイ先輩が、美しい夜空を彷彿とさせるデザインをした群青色の生地に星が散りばめられ、三日月が表現されたドレスを纏っていた。肩は大胆に露出しており、自然と視線が吸い寄せられてしまうが、ぐっと堪える。


更に隣には、ティナが水色に純白の花をあしらったデザインが刺繍されたドレスを着ていた。先輩とは対照的に、身体のラインが分かり難いフリルが多用されていて、とても可愛らしかった。




「本日はこのような盛大な舞踏会にお呼びいただき、感謝申し上げます」



 僕はアーメイ家の面々の前で立ち止まると、右手を胸に当て、少し頭を下げる貴族の礼でもって舞踏会に招待された感謝の口上を述べた。



「エイダ・ファンネル殿、貴殿は我が伯爵家にとって大切な客人だ。存分に楽しんでいかれよ」


「ありがとうございます」



グレスさんは鷹揚な態度で僕の口上に対応してくれた。先輩とティナも優しげな笑顔を向けながら、ドレスの裾を摘まみ、淑女然とした挨拶をしてくれていた。



 挨拶を済ませ、グレスさん達の前から下がろうとした僕だったが、そのままここに居るように呼び止められた。聞いていたものは違う状況に首を傾げていると、ダンスホールの入り口付近が騒がしくなった。



「クルニア共和国第一王女、クリスティナ・フォード・クルニア様、ご到着されました!」



執事さんの言葉に入り口の方へ視線を向けると、そこには4人の近衛騎士に囲まれている王女の姿があった。王女は鮮やかな赤いドレスに身を包み、ドレスの裾を摘まむと、その場で一礼して見せた。



(・・・何で王女が?)



こういった私的な貴族の舞踏会にも王族は出席するものなのだろうかと疑問に思っていると、王女はニコやかに手を振りながらこちらの方へゆっくりと歩いてきていた。王女の護衛を務める近衛騎士は、僕とも面識がある人達で、先頭はアッシュのお姉さんのエリスさんとクローディアさん、背後にはエイミーさんとセグリットさんが付き従っていた。


やがてグレスさん達の前まで歩み寄った王女は、もう一度ドレスの裾を摘まみながら挨拶を行った。



「本日はお招きに預かり光栄ですわ、アーメイ伯爵」


「こちらこそクリスティナ王女殿下にお越しいただき、恐悦至極でございます」



グレスさんは王女の挨拶に貴族の礼をとりながら、にこやかに対応していた。


そしてーーー



「皆様、本日は我がアーメイ伯爵家の舞踏会にご出席賜り、まことにありがとうございます!ここで皆様には、我が伯爵家から重要なお伝えがございます!」



グレスさんがそう宣言すると、王女がダンスホールの方へと振り返って辺りを見渡していた。



「我が伯爵家はこれより王女派閥へと鞍替えし、殿下と共に国家の繁栄に尽くしていくことをここに宣言いたします!」


「皆様、より良き国とするため、共に力を合わせてまいりしょう!やがて訪れる平和な未来をわたくしと皆様、一つとなって実現致しましょう!」


「「「おぉ~~~」」」


『『『パチパチパチ!!!』』』



グレスさんの言葉を引き継いだ王女の宣言に、この会場に集まっている全ての貴族達は万雷の拍手でもって受け入れていた。そんな貴族達に笑顔で手を振りながら王女は応えていた。



 やがて会場が落ち着きを取り戻すと、一人王女の登場に驚き、唖然としていた僕に微笑みながら王女が話しかけてきた。



「ごきげんよう、エイダ・ファンネル様。少しお話ししてもよろしいでしょうか?」


「は、はぁ・・・」



僕は王女と近衛騎士一行に引き連れられ、ダンスホールの少し端の方へと移動し、周囲の目から近衛騎士のエリスさん達が壁になるように立ち並んでいた。



「エイダ様、先日はわたくしの依頼を遂行してくださり、ありがとうございます」


「い、いえ、私もギルドランクの昇格等の報酬を頂いていますので・・・」


「しかし、エイミーさんから報告書を頂いたのですが、目的の遺跡で異常な魔獣と遭遇し、苦戦を強いられたと・・・わたくしがお願いした依頼で危険な目に遭わせてしまい、本当にすみませんでした」



王女がそう言って急に頭を下げてきたので、僕は慌てて頭を上げてもらおうと口を開いた。



「だ、大丈夫なので頭を上げてください王女殿下!幸い両親が駆けつけてくれたので、怪我人さえ出なかったですし・・・」


「それでも、依頼したわたくしにも責任はあります」


「いえ、まぁ、そのお陰で自分自身成長できたと思いますし、気にしないで下さい」


「あぁ、謁見の間で拝見させて頂いた白銀のオーラですね?あのルドルフ様を圧倒する程の実力、さすがですね!」



王女は胸の前で手を合わせながら、僕の事を称賛するような眼差しを向けてきた。



「そういえば、ルドルフさんはこの国でも有数の実力者だと伺いました。そのような方に認めて頂いて嬉しい限りです」


「あの御仁を両親に持つエイダ様にそう言って頂けた事を伝えれば、ルドルフ様も喜ぶでしょう。ところで・・・」



すると、王女は友好的だった雰囲気を変え、僕を探るような視線を向けてきた。



「あの後、お兄様・・・第一王子と会談したと聞いていますが、どのような話をされたのですか?」



やはり気になるところなのだろう、王女は笑顔の中に凄みを感じさせる表情で、僕が王子と話していた内容について聞いてきた。



「えっと、大したことは話していないのですが、王子殿下とは・・・」



そう前置きして、僕は昨日アーメイ先輩に伝えた事と同じ内容を王女に伝えた。僕の話に笑顔を崩すことなく頷き返してくる王女は、最後に確認するように口を開いた。



「・・・では、エイダ様は現状、立場を決めかねているという状況でしょうか?」


「そうなりますかね・・・。とはいえ、色々と状況を理解した上で、平和的に解決する手段があるのなら、私はそちらを選ぼうと考えています」


「・・・そうですか。では、エイダ様がわたくしの目指す未来を選んでいただけるよう、これからも努力致しましょう!」



僕の言葉に王女は何かを決意した表情をすると、右手を僕に向けて差し出してきた。僕は握手を求めているのだろうと考えて、王女の手を取った。すると、王女はくいっと手首を返して、まるで僕が王女をエスコートするような状態にした。



「えっ?王女殿下?」



その様子に僕は困惑げに王女に問い掛けると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いた。



「ではエイダ様、わたくし私とダンスを踊っていただけませんか?」


「お、王女殿下とですか?」



王女に対して失礼かもしれないが、僕は驚きのあまり、口を大きく開けて聞き返してしまった。そんな僕の様子に、王女は小さく笑い声を上げながら理由を説明してきた。



「すみませんね、エイダ様。ここでわたくし私とエイダ様が友好的な関係であることを周囲にアピールする必要がありますので、気が進まないかもしれませんが、エレイン様とはわたくしの後にお願いしますね?」



王女の言葉に僕はアーメイ先輩の方へ視線を向けると、先輩は少し寂しそうな表情をしながらこちらの様子を伺っていた。その様子から、どうも王女とのダンスについては事前に話があったのではないかと推察した。



(この状況で感情を優先して王女の誘いを断るのは、アーメイ先輩にも迷惑が掛かる、か・・・)



おそらくこの舞踏会は、アーメイ伯爵家と王女、そして僕との友好関係を周囲に知らしめる為のものでもあるのだろう。そう考えると、これだけの貴族達が集まる中で僕が迂闊な言動をしてしまうと、アーメイ伯爵家にとっても王女にとってもまずい状況になってしまいそうだ。



(前に会ったときも思ったけど、本当にこの王女は交渉が上手だよ・・・)



相手が断れない状況下で、自分の意図する結果を導き出す巧みさに脱帽しながらも、僕は王女の申し出を了承した。



「畏まりました王女殿下」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:1

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:1

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:393

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:908pt お気に入り:0

風ゆく夏の愛と神友

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:1

息抜き庭キャンプ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:8

『マンホールの蓋の下』

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:1

窓側の指定席

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:13

恋と鍵とFLAYVOR

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:7

処理中です...