剣神と魔神の息子

黒蓮

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第六章 王女の依頼

舞踏会 10

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「最初に伝えておきますが、僕はダンスを始めて日が浅いので、王女殿下がいつも踊っておられるような方達と一緒にしないでくださいね?」



 王女の手を取り、ダンスホールの中央へエスコートしていくと、舞踏会へ招待されている貴族達は場所を空けるように壁際の方へと後ずさっていた。周りの耳が遠ざかったのを良いことに、僕は自分のダンスの技術を予め小声で伝えておいた。



「ふふふ、心配せずとも大丈夫ですよ?わたくしが今までどれだけ踊ってきたと思っているんですか?まるでわたくしがリードされているように周囲に見せるなんて簡単ですよ?」


「は、はぁ、さすが殿下ですね」



僕の心配を他所に、王女からは頼もしいような、男として情けないような言葉が掛けられた。内心ため息を吐きながらホール中央に僕らが位置取ると、その周囲を4人の近衛騎士が間隔を開けて囲んだ。さすがに王女に対する警備は厳重のようだ。



「さぁ、エイダ様?エレイン様の前の準備運動とでも思って、力を抜いて下さい」



王女は柔らかな笑顔を浮かべながら、僕に身体を寄せてきた。その人形のように整った顔が近づいてきて緊張してしまうが、それを表情に出してしまえばティナが言っていたように笑い者になってしまうだろう。



「王女殿下、失礼致します」



僕は感情を廃してダンスに集中することで落ち着きを取り戻し、腰を密着させて開始の姿勢をとった。そんな僕の様子に、王女は少しだけ面白くなさそうな表情を向けてきた。



「あら?もう少し緊張してくださるかと思いましたが、わたくしはそんなに魅力がありませんか?」



口を尖らせながらそんな質問をしてくる王女に、僕は苦笑いで返答するしかなかった。



「とんでもありません。王女殿下は大変魅力的な女性です。これはダンスの際には紳士としてしっかりリードすべし、という教えに忠実なだけですよ」


「何だか模範解答のような返答ですが、仕方ありませんね。では、紳士であるエイダ様のリードを体験させていただきますね?」


「お任せください」



悪戯っぽく笑う王女にそう答えると、ダンスホールに楽団がくだんの音楽が響き渡った。その音色は、とても心が安らぐような優しい音色から始まり、音楽に馴染みのない僕でも感動を覚えるような演奏だった。



「さぁ、この美しい音色にわたくし達のダンスで花を添えますよ?」



王女が僕の耳元に囁くと共に、ダンスのステップを踏み始める。さすが経験豊富な王女だけあってキレのあるステップには付いていくのがやっとのはずなのだが、まるで王女が僕の身体を操っているのがごとく、不思議と同じようにステップすることができていた。



「そうそう、上手ですよ。もっと力を抜いてわたくしに身を委ねて下さいね?」


「さ、さすが王女殿下、まるで自分の身体じゃないみたいです」



王女のダンスの腕前に、素直に称賛の言葉を贈ると、彼女は笑顔を浮かべながら口を開いた。



「ありがとうございます。エイダ様も、もっとダンスを楽しんで下さいね?」



王女の言葉に笑顔を忘れていたことを思い出した。僕は彼女の言葉通りにダンスを楽しむべく、音楽に耳を澄ませてステップを刻んでいった。



 そうして集中していると、いつの間にか曲は終わり、僕と王女はホールの中央で見つめ合うように最後のポーズを決め、周りの貴族達から万雷の拍手を送られた。



「ふぅ、ありがとうございます、エイダ様」


「いえ、こちらこそ勉強になりました」



ダンス特有の大仰な仕草で礼をして、王女に感謝を告げた。



「ふふふ、その勉強の成果を発揮してくださいね?」



そう言い残すと、王女は近衛騎士達を連れだって僕から離れていった。その背中を見つめていると、すぐに周りの貴族達から話し掛けられ、笑顔を浮かべながら言葉を交わしていた。おそらくこれから王女として、挨拶回りもしなければならないのだろう。



(ダンスしてすぐ貴族との挨拶か・・・王族は大変だな)



そんなことを考えていると、また音楽が奏でられ始めた。すると今度は他の貴族の人達も動き出し、すぐに数人の男性が女性をエスコートしてホール中央付近で踊り始めた。舞踏会においては先ず、メインとなる人物が最初にダンスを披露し、そのあと全体で踊り始めるものと聞いていた。



(まさか僕がそのメインで、王女と踊る事になるとはな・・・)



本来は僕とアーメイ先輩がメインを務めるということを聞いていたのだが、さすがに王女が出席するとなると変更せざるを得なかったのだろう。



(っと、こうしちゃいられない!早くアーメイ先輩の元へ行かないと!!)



僕は他の男性が先輩にダンスを申し込む前に踊ってもらうべく、足早に先輩の元へと向かった。



 アーメイ先輩の姿を確認すると、数人の男性に囲まれている状況だった。見た感じは先輩よりも少し年上くらいの人達で、何やら話し込んでいるようだ。


ただ、その内の一人の男性が腕を伸ばし、先輩の手を取るような仕草を見せた瞬間、僕の身体は勝手に動き出していた。



「失礼致します!」


「エ、エイダ君!?」


「っ!!?」



突如割り込むようにして現れた僕の姿に先輩は目を丸くして驚き、先輩の手を取ろうとしていた男性も、驚きのあまり固まっているようだった。



「アーメイ先輩、私と一曲踊っていただけませんか?」



右腕をお腹の辺りに下げながら、深々と腰を折ってダンスの申し込みを先輩に行った。



「っ!ふふふ、私は王女殿下のように上手くはないけど、それでも良いのかい?」



先輩は僕の言葉に、意地悪そうな笑みを浮かべて聞いてきた。



「私はアーメイ先輩と踊るために努力してきました。それに、ちょうど準備運動も終わりましたので」



「っ!(コ、コラッ、エイダ君!殿下の耳に入ったら大変だぞ!?)」



僕の言葉に先輩が焦った表情で耳打ちしてきたが、準備運動云々の話については王女自身から言われたことだったので、それほど気にせず発言したものだった。



「アーメイ先輩、お手を」



僕は上体を起こして、先輩の焦りを気にすることなく右手を差し出して、先輩が僕のダンスの申し込みを受けてくれるのを待った。



「はぁ・・・まったく、少し強引になったんじゃないのか?」



先輩は苦笑いを浮かべながら、僕の考え方の変化について指摘してきた。



「先の経験で、受け身だけでは守れないものもあると知りましたから、少し積極的になった方が良いと思いまして。もちろん、相手の気持ちを優先して、ですが」



遺跡での事を念頭に話す僕に、先輩は納得したように小さく息を吐いて僕の差し出す手にそっと手を乗せてくれた。近くにいた男性達は僕達の様子を見て、残念そうな表情と共に離れていった。



「リードは任せたよ、エイダ君?」


「お任せください」



先輩の手を優しく握り、僕はホールの中央付近へと向かった。不思議と僕達の通る道を空けるように周囲の人達が離れていき、難無く他の人達がダンスを踊っている場所まで辿り着いた。


すると、ちょうど曲が切り替わり、ゆったりとした美しい音色が流れてきた。僕は先輩に密着して、踊り出しの姿勢をとった。



(相手の目を見て呼吸を合わせる。動きを読んで自分も合わせる。最後は僕に身を委ねられるほどのリードを!)



先輩とは、一年の最後の日から今日この時まで踊る時間がなかった。それまでにティナから学んだこと、王女から学んだことを集大成として先輩とのダンスに活かす。



「いきますよ?」


「っ!!」



僕は先輩の目をまっすぐに見つめ、少し笑顔を浮かべながら音楽のリズムに合わせてステップを刻み始めた。そんな僕の様子に先輩は、息を飲むような表情をしている。


他に踊っている人達に接触しないように周囲に気を配りながらも、先輩に集中して躍り続ける。やがて僕は耳から聞こえる音楽と目の前にいる先輩の姿しか意識に入らなくなっていった。


ダンスに集中していたはずの僕は、唐突にアーメイ先輩との思い出が浮かんできた。入学式で初めて壇上に立つ先輩を見たこと、その後に演習場で見掛けたこと、実地訓練で同行したことや、ドラゴンとの戦いで自分の身の危険も顧みず僕を助けようと駆けつけてくれたこと。


そして王女からの依頼中、様々な表情を僕に見せてくれた先輩。そんな先輩のたくさんの姿が脳裏に思い浮かんできたことで、僕は改めて先輩の事を意識した。



(アーメイ先輩・・・僕はあなたの支えになりたい。あなたの事が大切で・・・大好きだから)


「っ!!!」



ダンスを躍りながら、そんな事を想っていた僕を見つめていた先輩が、急に顔を赤くして目を逸らしていた。その仕草に、無意識に言葉に出していたかと心配したが、さすがにそんなことはないはずだ。


今の僕ではまだ、この気持ちを先輩に伝えることなんて出来ないからだ。気持ちを伝える決心も、自分を取り巻く周囲の状況も何も整っていないのだから。



「どうかしましたか?アーメイ先輩?」


「い、いや、大丈夫だ。何でもないよ」



心配になった僕は先輩に声を掛けたのだが、誤魔化すようにそう言われてしまった。心なしか先輩の身体が、僕から少し離れているような気もする。



「その、何か気に障るような事でもありましたか?」



すると、先輩は言い難いような表情をしながらも口を開いた。



「いや、何だかエイダ君の表情を見ていたら急に・・・その・・・驚いたというか・・・」


「驚くですか?」



先輩の要領を得ない言葉に首を傾げたくなるが、まさか僕の想いが表情に出ることは無いだろうし、よく分からなかった。それは先輩も同様なようで、何故僕の表情を見て驚いたのか、説明は上手く出来ないようだった。



 やがて曲が終わり僕達はダンスを終えると、いつの間にかホールで踊っていたのは僕達だけだったようで、周囲からは先程の王女とのダンスの拍手を越える位の拍手がホールを包んでいた。


そんな状況に僕は少し恥ずかしくなり、苦笑いを浮かべていると、アーメイ先輩が「ちょっとこっちに」と言いつつ僕の手を引っ張って、どこかへと連れ出された。


連れ出されたのはダンスホールのバルコニーだった。外は既に暗くなっており、月明かりと星が輝く綺麗な夜空だった。それはまるで、先輩の着ているドレスがそのまま夜空になったような景色だった。



「どうしたんですか、アーメイ先輩?」


「ん?少し君と話がしたくてね」



僕が連れ出された理由を訪ねると、先輩は僕から手を離して、胸の辺りで手を合わせた。それから少しの沈黙のあと、先輩は口を開いた。



「私はもうすぐ学院を卒業するが、その後は王女殿下から近衛騎士団に所属しないかと誘われているんだ」


「えっ?そうだったんですか?それはおめでとうございます!・・・でも、魔術騎士団でなくて大丈夫なんですか?」



王女から直接声を掛けられることは名誉なことだが、先輩の家は魔術騎士団の団長を務めている。命令系統の異なる近衛騎士団に就職することに問題は無いのかと疑問に思った。



「将来的にはお父様の跡を継ぐために魔術騎士団へ戻ると思う。それは王女殿下も了承の上だ」


「なら、何も心配要らなそうですね?」


「そうだな。私にも昔から目標としてきたことがあったし、新しい目標も出来た。今回の王女殿下の依頼も、私にとっては凄く良い経験になったよ」



笑顔でそう話す先輩に、僕も自然と笑顔になった。



「それは良かったです!・・・目標ですか?アーメイ先輩は何を目標に頑張っているんですか?」



先輩の目標という言葉に、僕は失礼かもしれないと思いつつも聞いてみたかった。



「私の目標か?そうだな・・・亡くなったお母様の意思を継ぐことだよ」



思いもよらない先輩の重い言葉に、僕は少しだけ動揺した。



「意思・・・ですか?」


「あぁ。いつかこの国を、平和で争いの無い国にしたいといつも言っていたんだ」


「・・・だからアーメイ先輩は今まで努力してきたんですね?」


「そうだ。でも、この世界は広いな。学院で首席だった私も、社会に出ればどこにでも居る騎士程度の実力しかない。だから私は王女殿下の元で、武力だけではなく知略も学びたいと思っている」



先輩の言葉に僕はなるほどと頷く。確かにあの王女は知略・策謀に関しては天性の才能を持っていそうだと感じるからだ。そんな人の元で学べるのであれば、先輩はそちらの面でも大きく成長できそうな気がする。



「そうなんですね。僕もアーメイ先輩の力になれることがあれば、微力ながら支えさせてください」


「ありがとう、エイダ君」



 話が一息つくと、先輩は何か言いたいことがあるのか、胸で合わせていた手をモジモジとしながら、頬を赤らめていた。



「アーメイ先輩?」



その様子に、何か話にくい事なのだろうと水を向けてみた。



「そ、そのだな、エイダ君」


「はい」


「先程言ったように私もすぐ卒業して、学院で言う先輩後輩ではなくなるのだから・・・その、呼び方を変えてもらいたいと思うんだが・・・良いか?」



先輩の言葉に僕は確かにそうだなと思うのだが、今までずっとアーメイ先輩と呼んできた呼び方を変えるとなると勇気が必要だ。そもそも、何と呼んで良いのかも分からない。



「そ、それはそうですね。でも、その・・・何と呼んで良いか・・・」


「そこはほら・・・いつまでも家名で呼ばれているのも壁を感じると思うんだ・・・」


「・・・・・・」



その指摘に、僕は息を飲んだ。先輩の事を名前で呼ぶ状況を想像して恥ずかしさのあまり固まってしまったのだ。



「その、エイダ君?」



僕が固まっていると、先輩は心配した表情で上目遣いに顔を覗き込んできた。



「あっ、えっと、その、何でもないです。その・・・エレイン・・・さん?」


「そ、その、敬称は要らないぞ?君とは対等な関係でいたいし、年上年下とかは考えなくて良い・・・」



恥じらいながらそう言う先輩に、僕はこの上なく愛しさを感じていた。口許が緩まないように気を付けるが、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと心配になってしまう。



「えっと・・・エレイン・・・」


「っ!!そ、そうだ、それで良いぞ!」



僕が名前を呼び捨てにすると、先輩は頬を赤く染めていた。ただ、僕だけ恥ずかしい思いをさせられるのも癪だったので、僕からも先輩にお願いする。



「その、僕の事も呼び捨てで呼んでもらって良いですか?君付けだと、年下に見られているようなんで・・・」


「あ、そ、そうだな。その・・・エイダ?」


「は、はい、エレイン」



それから僕達は慣れるためと称して、数回お互いの名前を恥ずかしながらも呼び合った。



 そうして、お互いの新しい呼び名に少しだけ慣れたところで、ダンスホールへ戻ろうとしたとき、先を歩くエレインに僕はもう一つの先輩の目標について聞いてみた。



「そう言えば、もう一つ目標があるような事を言ってましたけど、それはどんな目標なんですか?」



「ん?もう一つの方か?」



エレインは立ち止まると、手を後ろに組んで何やら考えているようだった。少しして考えが纏まったのか、後ろを振り返りながら弾けるような笑顔を見せてこう言ってきた。



「秘密だ!」



月夜に照らされるエレインは、とても美しかった。
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