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第七章 公爵令嬢襲来
動乱 2
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王女から説明された依頼内容は次の通りだ。
1つ目は、最初の被害が出た村近くの都市での情報収集だ。生き延びた村の住民達は、近くの都市の騎士団が保護しているらしく、彼らの証言から詳しい報告書を製作しているのだが、それを受け取って内容を確認して欲しいとのことだった。
ちなみに、そういった書類の精査などはセグリットさんが得意としているとのことで、彼を中心に証言や報告書から、犯人の目的の手がかりを探すことになる。
2つ目は、村人を襲った犯人の捜査だ。情報を集めたのち、周辺の村や都市を回って犯人の所在や目撃情報を聞き込み、相手の現在位置を特定していく。この聞き込みについてはエイミーさんが得意らしく、彼女が中心となって住民に話を聞いていくことになる。
最後の3つ目は、犯人の捕縛もしくは排除だ。犯人の潜伏場所を特定出来た時点ですぐに急行し、速やかに犯人を無力化する。その際、犯人の生死は問わないということで、数十名の騎士をも圧倒するだろう力を有していることが想定される相手に対して、僕の実力でもって事件の幕引きを図るということになる。
そして依頼内容の報酬は、前金と支度金として2000万コル、成功報酬として5000万コルと、クルニア共和国の英雄としての大々的な宣伝という内容を提示された。ただ、金銭は問題ないとしても、これ以上僕が目立つことで、見も知らぬ人達から謂れの無い恨みや妬みを買うのは面倒なので、英雄云々については丁重にお断りをした。
王女は、「国王陛下からの直々の依頼を達成したとなれば、それだけ名誉なことなのですが・・・」と困り顔を浮かべていたが、そういったものに興味がない僕は、将来気が変わったらという事で諦めてもらった。
依頼の開始は明日からで、期間は事件が終息するまでという長丁場だ。依頼の開始が急な気もするが、事件の起こった村近くの都市までは馬車で7日掛かるので、一日も早く解決したいという思いから、そんな日程になった。
細々とした物資の準備は既に近衛騎士団の方で整えているらしく、僕としても今から装備を準備する必要もないので、その日程自体に否はなかった。学院への連絡・説明については王女の方から話しておくということなので、明日までにする事といえばアッシュ達にしばらく学院を不在にすると伝える事くらいだ。
またアッシュ達に何か言われるだろうなと考えながら、前金を受領して学院へと戻った。
「エイダ様!是非、私も連れていってください!!」
「えぇ・・・」
学院へ戻ると、予想外の事態に直面した僕は困惑に頬を引き攣らせていた。
騎士団の駐屯地から帰ってきて、学院の正門を見ると、ミレアが僕を待ち構えていたのだ。そんな彼女は胸の前で手を組みながら、瞳を潤ませて僕に同行を懇願してきた。
正直、相手の戦力も規模も分からない状況でこれ以上同行する人数を増やすとなると、何か不測の事態が起きても守りきれないという不安もある。しかも、彼女は公爵令嬢なのだ。
そんな僕の考えを見抜くように、彼女は言葉を続けてきた。
「私では戦力的にエイダ様の足手まといになるでしょう・・・しかし!情報収集能力で言えば、我が公爵家は他の貴族家よりも遥かに上です!!」
彼女の言葉に、以前起こった学院での襲撃事件を思い出す。あの時は公爵家の力なのか、彼女の力なのか、わずか一晩の内に襲撃者達を捕らえていたという実績から、確かにそうだなと納得してしまう。とはいえ、この依頼自体は国王の指示によるものなので、そこに勝手に同行者を増やして良いわけがないと、やんわりと断る。
「気持ちは嬉しいけど、さすがに国王陛下から直々の依頼だし、僕の方で勝手な判断は出来ないよ。だから今回は大人しくーーー」
「では、陛下からの許可が有れば大丈夫ですね!安心してください!すぐに許可を貰ってきます!!叔父様も国の民を思う私の思いをきっと汲んでくれるはずです!それでは、すぐに許可をいただいて参ります!!」
僕の断りの言葉を遮って、彼女は捲し立てるように話すと、一礼してあっという間に姿を消してしまった。その一連の行動に僕は呆然としているだけで、止めようとする暇さえなかった。いや、彼女はそんな隙を見せなかったという表現の方が正しいかもしれない。
おかげで、先程王女から言われていた、ミレアの最近の行動について咎める事も出来なかった。
「えぇ・・・これ、もしかしてミレアも一緒に行くのかなぁ?」
彼女の行動力を考えれば、そうなるだろうという諦めにも似た気持ちが湧き上がってきた。それと同時に、ミレアとエレインの関係性を考え、僕は戦慄が走った。
「・・・国王陛下、頼みますからミレアの同行を却下してください!!」
僕は王都であろう方角に向かって、人知れず祈るように目を閉じて願った。とはいえ、許可を取ろうにもこの都市から王都まで馬車で片道3日、早馬を飛ばしたところで往復4日は掛かるはずだ。日程のことを考えれば、彼女が許可を貰う前に僕らが出発するのは明白で、最悪途中で合流するくらいだろうと、この時の僕は軽く考えていた。
「途中で合流させるくらいなら、国王も諦めさせるだろう」
そう考えていた。そう考えていたんだ・・・
「ミレア・キャンベルです。今回の依頼ではエイダ様の補佐として、情報収集の全般を指揮させていただきますので、よろしくお願いいたします!」
ミレアは満面の笑みで迎えに来たエレイン達に挨拶している。軽く頭を下げている彼女にエレイン達はぎこちない表情で応えていた。
ミレアは動きやすい服装の上から灰色の革鎧を装備し、藍色の外套を着込んでいる。足元にはいつの間に用意していたのか、大きめの鞄が2つあり、腰には愛用のレイピアを提げている。
何故こうなったのだろうと、思い起こせば昨日の夜の事だった。僕はアッシュ達に依頼の関係でしばらく学院に来れなくなることを伝えると、寂しそうにされながらも、「また厄介事に巻き込まれたね」とジーアとカリンに呆れられた。
話の展開で、正門前で待ち伏せられていたミレアの事を話題に上げると、アッシュから衝撃的な話を聞かされたのだ。曰く、上位の貴族家には最近開発された通信魔道具が配備されつつあるようで、もしかしたらミレアはその魔道具を使って国王陛下から許可を取るのではないかという予想だった。
ジーアもその魔道具の事は知っているようで、まだ共和国内でも数えるほどしかないが、公爵家が既に所有していてもなんら不思議はないということだった。どのように情報をやり取りするかの詳しい事は分からないが、それを使えば離れた場所からでも瞬時に意思疏通ができるという画期的なものらしい。
僕はその話をまさかという思いで聞いていたのだが、残念ながら僕の希望的観測はただの願望として消え去り、夕食の時間になるとミレアが2年生の寮を訪ねてきて、「国王陛下からの了解は取れました。私の能力と公爵家の全力をもってエイダ様のお力になります!」と、食事をしていた僕に宣言し、明日の準備があるということで颯爽と立ち去っていった。
お肉を頬張ろうと口を開いたままの僕は、しばらく現実を直視できずに固まってしまった。そんな僕に一緒に食事をしていたアッシュは、無言のまま僕の心情を察するような表情で、肩を優しく叩いていた。
そして翌日の今この瞬間、僕の胃はシクシク痛み出していた。その最大の要因は、目の前の光景だろう。ミレアの事は既に報告がいっていたようで、それほど大きな拒絶反応も無かった。
ミレアはエイミーさん、セグリットさんと順々に握手を交わしながらこれからの道中についての手間を先に詫びていき、最後にエレインの前で立ち止まると、雰囲気を一変させて短いやり取りをした。
「これからよろしくお願いしますわ!エレイン様!」
「こちらこそよろしくお願いします!ミレア様!」
2人のやり取りは、言葉だけ聞けば単なる挨拶のはずなのに、何故だか僕には宣戦布告のように聞こえてしまった。それはエイミーさんとセグリットさんも同様のようで、2人はエレイン達の様子を見ようとせず、そそくさと出発準備を始めていた。
エイミーさんが僕とすれ違い様に「勘弁して欲しいんですけど!2人に何かあったら君が仲裁して欲しいんですけど!」と、語気を強めて言われてしまい、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
挨拶が済むと、近衛騎士団が用意した馬車は目的地へ向け出発した。御者台にはエイミーさんとセグリットさんが、客車には僕とエレイン、そしてミレアが乗り込んでいる。当初は近衛騎士として一番新人であるエレインが御者をしようとしていたのだが、エイミーさんが強引に代わったようだった。
まぁ、エレインとミレアのあの様子を見ていれば誰だってこの空間に居たくないよなと、現実逃避気味な考えをしながら、意識をどこか遠くに飛ばしていた。
客車内の配置は、僕の対面にエレインとミレアが隣に座っている。表面上は穏やかな表情をしているが、その雰囲気から互いに対して刺々しい気配を醸し出していた。
「エイダの今日の服装は、今まで見たことがないな。何処かで購入したのか?」
馬車が進んでしばらくすると、エレインは僕の服装について聞いてきた。馬車内ということもあって外套を脱いでいたのだが、彼女が今まで見たことの無い服装だったためか気になったのだろう。
「あぁ、これはフレメン商会の新作らしいんですよ」
「そういえば、ジーアさんの実家のフレメン商会がスポンサーになったと言っていたな」
「はい。それで定期的に服や消耗品を貰っているのですが、どんどん着ていかないと溜まっていく一方で・・・」
今日の僕の服装は、伸縮性に富んだ生地を使った動きやすさとデザイン性を追求したものだ。艶のある漆黒の外套を脱げば、そのまま社交界に出てもおかしくない服のデザインをしている。
こういった服や正装はフレメン商会から大量に届いており、正直、僕の寮のクローゼットは新品の服で溢れ返っている。そのため外出する時は次々に新しいものを着ていかないと、ジーアにお小言を言われるほどだった。
「お似合いですわ、エイダ様!」
僕の服装を、ミレアがうっとりとした表情で誉めてくれた。
「うん、良く似合っているよ。まるでどこかの貴族家の当主のようだ」
「ありがとうございます」
2人からの賛辞に、僕は少し照れながらも返答する。すると、ミレアが疑問を浮かべた表情で質問してきた。
「そういえば以前からお伺いしたかったのですが、何故エイダ様は貴族になろうとしないのですか?」
「あぁ、その事か。僕の主観や勝手な思い込みもあるけど、貴族は面倒そうだなっていうのが一番の理由かな」
「面倒ですか?」
彼女は僕の考えが理解できないといった表情で首を傾げていた。
「その、家を繁栄させるためにあれこれ策を巡らせたり、社交界では笑顔を貼り付けて他の貴族をもてなさないといけなかったりと、気苦労が絶えなさそうじゃない?」
「ですがその分、生活の保証はありますし、自分の頑張り次第で国を変えることも出来ます。それは素晴らしく、やりがいのあるものだと思いませんか?」
「・・・なるほど」
彼女の言葉に、そういった考え方もあるのかと感心してしまった。確かにある程度の権力があれば、国を変えることも出来るのだろう。それを面倒だと思うのか、やりがいが有ると思うのかは考え方次第だ。
「エイダ、別に無理に貴族になる必要など無いのだぞ?君は今、自分なりの生き方を探しているんだろ?」
考えるような仕草をした僕に、エレインが優しく声を掛けてきた。以前彼女に僕が言った話を覚えていてくれたようだ。
「そうですね。今はいろんな事を学んでいる最中ですので、答えを出すのはそれからですかね・・・」
「エイダ様であればどのような答えを出しても、きっとそれを成し遂げられるお人だと私は思いますわ!そして、私はエイダ様がどんな答えを出してもそれを支えていこうと思っています」
僕の言葉にミレアが微笑みを浮かべながらそう主張してきたが、その言葉の矛先は僕ではなく、隣のエレインに向いているような気がする。
「確かにエイダなら、どんな事でも成し遂げられるだろうな。そして、どのような困難があったとしても、私とならきっと乗りきれるだろう!」
エレインも笑顔を浮かべて僕を見ているはずなのだが、その言葉の矛先は、やはり隣のミレアに向いているような気がしてなら無い。
「あ、えっと、まだ何も決めれてないから、そんなに重く考えないでくださいね?」
「そうですか。お決めになりましたら、是非教えてくださいね?」
「ゆっくり考えると良い。将来を決めたら、まずは私に伝えてくれると嬉しい」
僕の優柔不断ともとれるような言葉に、2人は終始笑顔だった。でも何故か2人に背後には、互いに対立するような強大な2つの存在を幻視してしまった。
(この状況、いつまで続くんだろ・・・)
背中を流れる嫌な汗は、休憩先の街に到着するまで止まることは無かった。
1つ目は、最初の被害が出た村近くの都市での情報収集だ。生き延びた村の住民達は、近くの都市の騎士団が保護しているらしく、彼らの証言から詳しい報告書を製作しているのだが、それを受け取って内容を確認して欲しいとのことだった。
ちなみに、そういった書類の精査などはセグリットさんが得意としているとのことで、彼を中心に証言や報告書から、犯人の目的の手がかりを探すことになる。
2つ目は、村人を襲った犯人の捜査だ。情報を集めたのち、周辺の村や都市を回って犯人の所在や目撃情報を聞き込み、相手の現在位置を特定していく。この聞き込みについてはエイミーさんが得意らしく、彼女が中心となって住民に話を聞いていくことになる。
最後の3つ目は、犯人の捕縛もしくは排除だ。犯人の潜伏場所を特定出来た時点ですぐに急行し、速やかに犯人を無力化する。その際、犯人の生死は問わないということで、数十名の騎士をも圧倒するだろう力を有していることが想定される相手に対して、僕の実力でもって事件の幕引きを図るということになる。
そして依頼内容の報酬は、前金と支度金として2000万コル、成功報酬として5000万コルと、クルニア共和国の英雄としての大々的な宣伝という内容を提示された。ただ、金銭は問題ないとしても、これ以上僕が目立つことで、見も知らぬ人達から謂れの無い恨みや妬みを買うのは面倒なので、英雄云々については丁重にお断りをした。
王女は、「国王陛下からの直々の依頼を達成したとなれば、それだけ名誉なことなのですが・・・」と困り顔を浮かべていたが、そういったものに興味がない僕は、将来気が変わったらという事で諦めてもらった。
依頼の開始は明日からで、期間は事件が終息するまでという長丁場だ。依頼の開始が急な気もするが、事件の起こった村近くの都市までは馬車で7日掛かるので、一日も早く解決したいという思いから、そんな日程になった。
細々とした物資の準備は既に近衛騎士団の方で整えているらしく、僕としても今から装備を準備する必要もないので、その日程自体に否はなかった。学院への連絡・説明については王女の方から話しておくということなので、明日までにする事といえばアッシュ達にしばらく学院を不在にすると伝える事くらいだ。
またアッシュ達に何か言われるだろうなと考えながら、前金を受領して学院へと戻った。
「エイダ様!是非、私も連れていってください!!」
「えぇ・・・」
学院へ戻ると、予想外の事態に直面した僕は困惑に頬を引き攣らせていた。
騎士団の駐屯地から帰ってきて、学院の正門を見ると、ミレアが僕を待ち構えていたのだ。そんな彼女は胸の前で手を組みながら、瞳を潤ませて僕に同行を懇願してきた。
正直、相手の戦力も規模も分からない状況でこれ以上同行する人数を増やすとなると、何か不測の事態が起きても守りきれないという不安もある。しかも、彼女は公爵令嬢なのだ。
そんな僕の考えを見抜くように、彼女は言葉を続けてきた。
「私では戦力的にエイダ様の足手まといになるでしょう・・・しかし!情報収集能力で言えば、我が公爵家は他の貴族家よりも遥かに上です!!」
彼女の言葉に、以前起こった学院での襲撃事件を思い出す。あの時は公爵家の力なのか、彼女の力なのか、わずか一晩の内に襲撃者達を捕らえていたという実績から、確かにそうだなと納得してしまう。とはいえ、この依頼自体は国王の指示によるものなので、そこに勝手に同行者を増やして良いわけがないと、やんわりと断る。
「気持ちは嬉しいけど、さすがに国王陛下から直々の依頼だし、僕の方で勝手な判断は出来ないよ。だから今回は大人しくーーー」
「では、陛下からの許可が有れば大丈夫ですね!安心してください!すぐに許可を貰ってきます!!叔父様も国の民を思う私の思いをきっと汲んでくれるはずです!それでは、すぐに許可をいただいて参ります!!」
僕の断りの言葉を遮って、彼女は捲し立てるように話すと、一礼してあっという間に姿を消してしまった。その一連の行動に僕は呆然としているだけで、止めようとする暇さえなかった。いや、彼女はそんな隙を見せなかったという表現の方が正しいかもしれない。
おかげで、先程王女から言われていた、ミレアの最近の行動について咎める事も出来なかった。
「えぇ・・・これ、もしかしてミレアも一緒に行くのかなぁ?」
彼女の行動力を考えれば、そうなるだろうという諦めにも似た気持ちが湧き上がってきた。それと同時に、ミレアとエレインの関係性を考え、僕は戦慄が走った。
「・・・国王陛下、頼みますからミレアの同行を却下してください!!」
僕は王都であろう方角に向かって、人知れず祈るように目を閉じて願った。とはいえ、許可を取ろうにもこの都市から王都まで馬車で片道3日、早馬を飛ばしたところで往復4日は掛かるはずだ。日程のことを考えれば、彼女が許可を貰う前に僕らが出発するのは明白で、最悪途中で合流するくらいだろうと、この時の僕は軽く考えていた。
「途中で合流させるくらいなら、国王も諦めさせるだろう」
そう考えていた。そう考えていたんだ・・・
「ミレア・キャンベルです。今回の依頼ではエイダ様の補佐として、情報収集の全般を指揮させていただきますので、よろしくお願いいたします!」
ミレアは満面の笑みで迎えに来たエレイン達に挨拶している。軽く頭を下げている彼女にエレイン達はぎこちない表情で応えていた。
ミレアは動きやすい服装の上から灰色の革鎧を装備し、藍色の外套を着込んでいる。足元にはいつの間に用意していたのか、大きめの鞄が2つあり、腰には愛用のレイピアを提げている。
何故こうなったのだろうと、思い起こせば昨日の夜の事だった。僕はアッシュ達に依頼の関係でしばらく学院に来れなくなることを伝えると、寂しそうにされながらも、「また厄介事に巻き込まれたね」とジーアとカリンに呆れられた。
話の展開で、正門前で待ち伏せられていたミレアの事を話題に上げると、アッシュから衝撃的な話を聞かされたのだ。曰く、上位の貴族家には最近開発された通信魔道具が配備されつつあるようで、もしかしたらミレアはその魔道具を使って国王陛下から許可を取るのではないかという予想だった。
ジーアもその魔道具の事は知っているようで、まだ共和国内でも数えるほどしかないが、公爵家が既に所有していてもなんら不思議はないということだった。どのように情報をやり取りするかの詳しい事は分からないが、それを使えば離れた場所からでも瞬時に意思疏通ができるという画期的なものらしい。
僕はその話をまさかという思いで聞いていたのだが、残念ながら僕の希望的観測はただの願望として消え去り、夕食の時間になるとミレアが2年生の寮を訪ねてきて、「国王陛下からの了解は取れました。私の能力と公爵家の全力をもってエイダ様のお力になります!」と、食事をしていた僕に宣言し、明日の準備があるということで颯爽と立ち去っていった。
お肉を頬張ろうと口を開いたままの僕は、しばらく現実を直視できずに固まってしまった。そんな僕に一緒に食事をしていたアッシュは、無言のまま僕の心情を察するような表情で、肩を優しく叩いていた。
そして翌日の今この瞬間、僕の胃はシクシク痛み出していた。その最大の要因は、目の前の光景だろう。ミレアの事は既に報告がいっていたようで、それほど大きな拒絶反応も無かった。
ミレアはエイミーさん、セグリットさんと順々に握手を交わしながらこれからの道中についての手間を先に詫びていき、最後にエレインの前で立ち止まると、雰囲気を一変させて短いやり取りをした。
「これからよろしくお願いしますわ!エレイン様!」
「こちらこそよろしくお願いします!ミレア様!」
2人のやり取りは、言葉だけ聞けば単なる挨拶のはずなのに、何故だか僕には宣戦布告のように聞こえてしまった。それはエイミーさんとセグリットさんも同様のようで、2人はエレイン達の様子を見ようとせず、そそくさと出発準備を始めていた。
エイミーさんが僕とすれ違い様に「勘弁して欲しいんですけど!2人に何かあったら君が仲裁して欲しいんですけど!」と、語気を強めて言われてしまい、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
挨拶が済むと、近衛騎士団が用意した馬車は目的地へ向け出発した。御者台にはエイミーさんとセグリットさんが、客車には僕とエレイン、そしてミレアが乗り込んでいる。当初は近衛騎士として一番新人であるエレインが御者をしようとしていたのだが、エイミーさんが強引に代わったようだった。
まぁ、エレインとミレアのあの様子を見ていれば誰だってこの空間に居たくないよなと、現実逃避気味な考えをしながら、意識をどこか遠くに飛ばしていた。
客車内の配置は、僕の対面にエレインとミレアが隣に座っている。表面上は穏やかな表情をしているが、その雰囲気から互いに対して刺々しい気配を醸し出していた。
「エイダの今日の服装は、今まで見たことがないな。何処かで購入したのか?」
馬車が進んでしばらくすると、エレインは僕の服装について聞いてきた。馬車内ということもあって外套を脱いでいたのだが、彼女が今まで見たことの無い服装だったためか気になったのだろう。
「あぁ、これはフレメン商会の新作らしいんですよ」
「そういえば、ジーアさんの実家のフレメン商会がスポンサーになったと言っていたな」
「はい。それで定期的に服や消耗品を貰っているのですが、どんどん着ていかないと溜まっていく一方で・・・」
今日の僕の服装は、伸縮性に富んだ生地を使った動きやすさとデザイン性を追求したものだ。艶のある漆黒の外套を脱げば、そのまま社交界に出てもおかしくない服のデザインをしている。
こういった服や正装はフレメン商会から大量に届いており、正直、僕の寮のクローゼットは新品の服で溢れ返っている。そのため外出する時は次々に新しいものを着ていかないと、ジーアにお小言を言われるほどだった。
「お似合いですわ、エイダ様!」
僕の服装を、ミレアがうっとりとした表情で誉めてくれた。
「うん、良く似合っているよ。まるでどこかの貴族家の当主のようだ」
「ありがとうございます」
2人からの賛辞に、僕は少し照れながらも返答する。すると、ミレアが疑問を浮かべた表情で質問してきた。
「そういえば以前からお伺いしたかったのですが、何故エイダ様は貴族になろうとしないのですか?」
「あぁ、その事か。僕の主観や勝手な思い込みもあるけど、貴族は面倒そうだなっていうのが一番の理由かな」
「面倒ですか?」
彼女は僕の考えが理解できないといった表情で首を傾げていた。
「その、家を繁栄させるためにあれこれ策を巡らせたり、社交界では笑顔を貼り付けて他の貴族をもてなさないといけなかったりと、気苦労が絶えなさそうじゃない?」
「ですがその分、生活の保証はありますし、自分の頑張り次第で国を変えることも出来ます。それは素晴らしく、やりがいのあるものだと思いませんか?」
「・・・なるほど」
彼女の言葉に、そういった考え方もあるのかと感心してしまった。確かにある程度の権力があれば、国を変えることも出来るのだろう。それを面倒だと思うのか、やりがいが有ると思うのかは考え方次第だ。
「エイダ、別に無理に貴族になる必要など無いのだぞ?君は今、自分なりの生き方を探しているんだろ?」
考えるような仕草をした僕に、エレインが優しく声を掛けてきた。以前彼女に僕が言った話を覚えていてくれたようだ。
「そうですね。今はいろんな事を学んでいる最中ですので、答えを出すのはそれからですかね・・・」
「エイダ様であればどのような答えを出しても、きっとそれを成し遂げられるお人だと私は思いますわ!そして、私はエイダ様がどんな答えを出してもそれを支えていこうと思っています」
僕の言葉にミレアが微笑みを浮かべながらそう主張してきたが、その言葉の矛先は僕ではなく、隣のエレインに向いているような気がする。
「確かにエイダなら、どんな事でも成し遂げられるだろうな。そして、どのような困難があったとしても、私とならきっと乗りきれるだろう!」
エレインも笑顔を浮かべて僕を見ているはずなのだが、その言葉の矛先は、やはり隣のミレアに向いているような気がしてなら無い。
「あ、えっと、まだ何も決めれてないから、そんなに重く考えないでくださいね?」
「そうですか。お決めになりましたら、是非教えてくださいね?」
「ゆっくり考えると良い。将来を決めたら、まずは私に伝えてくれると嬉しい」
僕の優柔不断ともとれるような言葉に、2人は終始笑顔だった。でも何故か2人に背後には、互いに対立するような強大な2つの存在を幻視してしまった。
(この状況、いつまで続くんだろ・・・)
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