剣神と魔神の息子

黒蓮

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第七章 公爵令嬢襲来

動乱 5

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 翌朝ーーー


 朝食前に僕はエレインから呼び出され、朝日が薄く照す街中を2人で歩いていた。



「エイダ、昨日の事なのだが・・・」



しばらく陰鬱とした雰囲気の中、お互いに沈黙しながら歩いていると、エレインが先に口を開いた。



「あれはその、寝ていたらミレアが急に僕の部屋に来てですね、何だ何だと思っているうちに彼女が服を脱いでしまったようで・・・」



僕は昨夜から寝ずに考えた弁明を口にするも、エレインの表情は優れなかった。



「君なら部屋に入ってきたと同時に、気配で気付いたんじゃないか?それでも黙っていたということは、その・・・何か期待していたんじゃないか?」


「い、いや、そんなこと無いです!ミレアだというのは気配で分かりましたが、僕を害するような感じもなくて、眠気もあったので放ってしまっただけで・・・」


「そもそも、部屋に鍵は掛けなかったのか?」


「敵が来ても殺気があれば気付くので、まぁ良いやと・・・」



エレインに詰問され、段々と声のトーンが下がっていく僕の様子に、彼女は大きなため息を吐いた。



「彼女が君に執心しているのは分かっていただろ?それなのに君は少々隙が多すぎるのではないか?」


「いや、そんな、隙なんて無いと思っているのですが・・・」


「戦いにおける隙ではなく、色恋沙汰における隙だ!」


「そ、それはその・・・彼女は僕の想いを優先して、応援してくれると聞いていたものですから、まさかあんな行動に出るとは思わなくて・・・」


「それは女性というものを甘く見過ぎているぞ!彼女は本心をひた隠しつつも、変わらぬ自分の現状に業を煮やして行動を起こしたのだろう!!」



僕の返答に、エレインは怒った表情で声を荒げていた。ただ、その指摘に僕の理解は追い付いていなかった。戦いにおいて隙を晒さないということは分かるが、色恋に隙を見せないという言葉の意味が理解できなかったのだ。


それに、女性が隠している本心を見抜ける自信など、僕には全く無い。



「・・・こう言うのも何だが、私から見て君は・・・魅力的な男性だと思う。その実力も言動も、とても好ましいからな」



エレインはそっぽを向き、少し顔を赤らめながら僕の事をそう評価してくれた。その言葉がとても嬉しく笑顔になるが、今の状況が状況だったので、ニヤける顔を必死に押さえた。



「あ、ありがとうございます」


「しかし、だ!君は異性からの好意に対してあやふやというか、煮えきらないというか、明確な意思表示をしないだろ?私はそれが・・・不安なんだ・・・卒業してから君とは、そう会える時間が取れないから・・・」



エレインの言葉は徐々に小さくなっていき、最後の方は聞き取りづらかったが、僕との会えない時間と、ミレアという存在が彼女をこれほどまでに不安にさせてしまっていたことは分かった。



(こ、ここは僕の気持ちを素直に伝えるべきだよな・・・でも、良いのか?僕はただの平民で彼女は伯爵家の次期当主。僕の想いを受け取ってくれたとしても、伯爵家としてそれは許されるのか?確かに舞踏会に呼ばれ、かなり歓迎されたとはいえ、彼女の伴侶として認められるのか?もしそういうことでは無いとしたら、僕の想いは彼女にとって重荷にならないか?あぁ~!どうしたら良いんだ!!)



様々な可能性を考えるあまり、深みに嵌まっていきそうになったが、エレインのとても不安な表情を見て覚悟を決めた。



(エレインのこんな表情なんて見たくない!こ、ここは僕の気持ちを明確に伝えるべきだろう!その後の問題は、その時考えればいい!!)



覚悟を決めた僕は、真剣な表情でエレインに向き合う。少し顔を逸らしていた彼女の顔を強引に僕の方へ向けようと、両肩を掴んだ。



「っ!!?エ、エイダ?」



そんな僕の行動に、彼女は驚いた顔をして見つめてきた。



「エ、エレイン!これだけは知っていて欲しいんだ!例え世界中のどんな女性が近づいてこようとも、僕はあなたの事をーーー」


「エイダ様~~~!!!」



エレインに伝えたい大切な言葉を言う直前、ミレアが満面の笑みで手を振りながらこちらに走ってきた。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「もぅ、探しましたわ!お二人ともこんなに朝早くからどちらに行こうとされていたのですか?」




 彼女の乱入のせいで、とてもエレインに僕の気持ちを伝える雰囲気ではなくなってしまった。僕は引き攣る頬を隠しながら、精一杯感情を隠して口を開いた。


なにせ僕にとっては、一斉一代の告白をするつもりだったのだ。この不完全燃焼の感情のやり場に困ってしまっているのだ。



「や、やぁ、ミレア、おはよう。別に目的があった訳じゃなくて、散歩してただけだよ?」


「・・・・・・」


「そうなのですか。ですが、そろそろ朝食の時間ですし宿へ戻りませんか?」



僕がミレアへ返事をしている最中、エレインは感情が消えたような瞳をミレアにずっと向けていたが、ミレアはその視線を気にすることなく僕にだけ話しかけてきていた。



「も、もうそんな時間なんだ?エイミーさん達を待たすのも悪いし、朝食にしようか」


「はい!そうしましょう!」


「・・・・・・」



僕の言葉に笑顔を見せるミレアは、僕の背中をグイグイと押しながら宿へと向かった。それはまるで、エレインから僕を遠ざけようとしているように感じた。



「(これで、おあいこですよ?)」


「(やってくれましたね!)」



背後から聞こえる2人の小声のやり取りを、僕は聞かなかった事にして宿へと戻る途中、すぐ側でエイミーさんとセグリットさんが、申し訳なさそうな表情をして頭を小さく下げているのが見えたので、「後で話があります」と、静かな声で伝えたのだった。



 朝食後、僕はエイミーさんとセグリットさんを呼び出して話をしたが、2人とも男女関係のいざこざには関わりたくないし、正直あの2人相手には自分達は何もできないと、無駄に胸を反らして主張されてしまった。


言いたいことは嫌と言うほど理解できるが、せめて助け船くらいだしてくださいと懇願する僕に、エイミーさんは心底嫌そうな表情をしながら「出せればね」と、憎しみでも籠っていそうな声で了解していた。


後でセグリットさんに聞いた話だが、彼女は最近になって結婚願望が強くなってきたらしく、20代も半ばに差し掛かっている現状に焦りを感じているらしい。実家からも結婚についてお見合いの話がよく来ているようだが、会う人会う人からお祈りの言葉(遠回しなお断り)を頂いているらしく、最近は幸せそうな男女や、幸せになろうとしている人を見ると、暗い感情に支配されていると苦笑いで教えてくれた。


返す言葉もないエイミーさんの現状に、僕もセグリットさんに釣られて苦笑いを返すしかなかった。



 そして今日は、事件が起こった村へと現場確認のために移動した。


馬車で3時間ほど掛けて昼前に到着した村は、まさしく崩壊という表現が当てはまるような惨状だった。



「ここまで家屋がボロボロになっているとは・・・犯人は人を襲っただけでなく、村まで滅ぼしたかったのですかね?」



馬車を降り、村の中を歩き回って確認している中で、セグリットさんが驚きも露に感想を口にした。



「報告書では、被害に遭われた方の情報ばかりに目を取られていましたが・・・これはちょっと異常ですね」



セグリットさんの言葉に、エレインも疑問の声をあげた。



「確かに、これでは相手の目的がまるで見えてきませんわね。村を奪うわけでもなく、国に何かを要求するでもなく、ただ人を襲い、家屋を破壊する・・・それが犯人にとってどんな利益に繋がるのでしょう?」



ミレアもこの村の惨状に、相手の考えが読めないと首を捻っていた。報告書では略奪等も無く、生き残った村人達は食料や生活必需品等を全て持ち出せている。犯人は何も奪わず、ただ人を殺し、物を壊しただけなのだ。



「例の組織が関与していたと考えても、不自然な点が多いですね。以前、あの組織が学院を襲った際には、もっと明確な目的が見え隠れしてましたし、ある程度策も練られていたような感じでしたが、この村の惨状や報告書からは、そういった感じが見受けられない」



僕も感じたことを口にすると、みんな考え込むようにうつむいてしまった。それは犯人への糸口が掴めず、分からな過ぎてどう捜査したらいいのか悩んでいる様子だった。


そもそも既に騎士団の方でも捜査はしていたが、相手の目的も潜伏場所も分かっていないのが現状だ。昨日今日調査しただけで犯人が分かる程簡単ではなかった。



「案外憂さ晴らしとか、やりたいからやっただけって考えた方が納得できる状況なんですけど」


「いや、さすがにそんな考え無しの子供のやったことじゃないんですから・・・」



エイミーさんの思い付きのような言葉に、セグリットさんは呆れるようにその発言を嗜めた。さすがに、これだけの被害を出した理由が、「ただやりたかったから」何て事はないだろう。



「とにかく、目ぼしい情報も無い今、地道に捜索していくしかないですね」



僕の言葉に、みんなは少し疲れた表情を見せながらも頷いていた。おそらくは、先の見えない状況に焦りを感じているのかもしれない。



 それから、壊滅した村を中心として徐々に捜査範囲を拡大しながら地道な調査を行った。騎士団の方にも毎日のように顔を出し、何か情報がきていないかと話を聞くのだが、目新しいものは無かった。


そんな状況が5日程続いた頃、別の村から今回の騒動と似たような被害報告がなされた。



「被害状況は分かりますか?」



僕達は情報を聞き付け、すぐに騎士団の駐屯地へと向かい、ドーラスさんから事情を確認していた。



「確定した情報ではないのですが、今回の事件が起こってから、他の村への警備として派遣された騎士団員からの定期連絡が途絶えまして、状況確認に向かわせたところ、村の住人が同じ村人に襲われ、騎士団員も犠牲になったと・・・」



セグリットさんの質問に、ドーラスさんは重々しい口調で状況を教えてくれた。



「それで、犯人は?」



エレインがそう聞くと、彼は大きく息を吐きながら口を開いた。



「人を襲った後、すぐに逃亡してしまったとのことです。目撃した住民は混乱していたこともあってか、犯人は同じ村の人だったということ以外の特徴は分からず、例の事件との関連性は不明です」



彼の報告では、僕達が追っている事件と同一犯が起こしたものなのかまでは判断がつかない。顔色が土気色だったという証言でもあればある程度確信が持てるかもしれないが、現状では同一犯か全くの無関係かも分からない。


とはいえ・・・



「捜査が進展するような手掛かりがない以上、行くべきですよね?」



僕がみんなに確認するように問い掛けると、全員黙って頷いてくれた。その村までは馬車で1日半くらい掛かるので、違っていた場合は時間の無駄になってしまうが、少しでも情報が欲しい今の僕達に、動かないという選択肢はない。



「エイダ様の言う通りですわ!有力な手掛かりが無い以上、動くべきです!それに、もし違っていたとしても、不安を抱える村の人を放置はできません!」



ミレアは僕の考えに賛同すると同時に、公爵令嬢としての立場がそうさせるのか、襲われた村の住民を助けたいと息巻いているようだった。



「さすがミレア様ですな。民を想うその考え方、実に素晴らしい!」



ミレアの言葉にことさら感動するようにドーラスさんは褒め称えていた。どうやら彼は、いつの間にかミレアに飼い慣らされてしまったような気がする。



「貴族として当然の考えですわ。ではエイダ様、事は一刻を争うかもしれませんのですぐに出発しましょう!ドーラスさん?新しい情報が入れば、村へ早馬を送って下さるかしら?」


「畏まりました!お気をつけて!!」



ミレアの命令に恭しく頭を下げるドーラスさんを見て、いつかエレインが言っていた、「有能な貴族は人の使い方が上手い」という言葉の本質を間近で見た気がした。
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