剣神と魔神の息子

黒蓮

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第七章 公爵令嬢襲来

動乱 6

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 被害の情報がもたらされた村の事を聞いた僕達はすぐに準備を整えて、その日の内には出発した。昼過ぎに都市を出た僕達は、翌日の夕方には到着することとなった。


その村は小さな集落で、小ぢんまりとした家屋が立ち並んでいる。村の周囲は簡単な木の柵で囲われていて、情報によればこの近辺では高ランクの魔獣が出没することもないので、このように簡素な防衛体勢なのだという。


そんな村の様子を馬車の窓から確認していると、数人の村人からこちらの様子を窺うような視線が投げ掛けられていた。


村の中心付近の広場に馬車を停めると、小さい村だけあってすぐに情報が伝わったのか、2人の騎士と共に、年嵩の男性が急いだ様子で駆け寄ってきた。



「近衛騎士団の方達でしょうか?」



駆け寄ってきた騎士の一人が、エイミーさん達の装備から推察したのか、敬礼をしながら確認してきた。



「王女殿下直轄近衛騎士、エイミー・ハワードです。現在、国王陛下より命令された任務をエイダ・ファンネル様と共に遂行中です」


「おぉ!ではそちらの少年が、噂に名高いドラゴンを撃退したという人物なのですね?」



エイミーさんの返答に、もう一人の騎士が興味深げな表情と共に僕の方へと視線を向けてきた。その視線には、若干真偽を疑っているような感情が込められているような気がするが、相手からしたら僕みたいな子供がドラゴンを撃退するなんて話は信じられないのも頷ける。



(だからミレアは、その剣呑な雰囲気を収めてね・・・)



僕の背後に居るミレアからの、殺気にも似た気配が醸し出されているのを感じて、僕は内心ため息を吐いた。ただ、彼女はすぐに行動を起こす気はないようだったので、とりあえず事の成り行きを見守った。



「はい。既に騎士団内では周知されていると思いますが、私達はこの近辺で起きている村人の襲撃事件の調査を行っています。先日、この村が襲われたという報告を聞き、こちらに参った次第です」


「それはわざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。私はこの村の村長をしております、オラク・シープと申します。こんな場所ではなんですので、どうぞ我が家にいらしてください」



エイミーさんがこの村に僕達が来た目的を告げると、村長さんがゆったりとした口調で話しながら深々と頭を下げ、家へと招いてくれた。僕達はその案内に従って、先ずはどの様な事があったのかの情報を確認するため、話を聞くことにした。



 案内された村長の屋敷は、周りの家より3倍ほど大きかったが、集会場としての役割も兼ねているらしく、僕達はその広い屋敷の中の会議室のような部屋に通された。



「始めに自己紹介を。私は今回、国王陛下から依頼を受けたエイダ・ファンネルと申します」


「これはご丁寧に。先ほども申しましたが、私はこの村の村長をしておりますオラク・シープと言います。どうかお見知りおきを」



通された会議室の長方形のテーブルに対面に座り、僕は改めて挨拶をした。こちら側の席には僕を中心にエレイン、ミレア、エイミーさん、セグリットさんが座り、対面に村長と2人の騎士が座っている。


エイミーさん達も順々に自己紹介をしていくと、最後にミレアが自己紹介をしたときには、公爵家の令嬢ということもあるのか、村長は目を丸くして驚いていた。



「さっそくですが、今回の事件の事をお聞きしてもよろしいでしょうか?被害状況も含めて」


「もちろんでございます。あれは半月ほど前の事ですーーー」



簡単な自己紹介も終え、事件についての情報を確認しようと質問すると、村長さんは大きく頷き、そう前置きして話し始めた。



 曰く、半月前にこの村で麦の生産を行っている青年が、破損した鎌の修理のために鍛冶師のいるリンクレットへと出掛けたのが始まりだった。


修理に要する日数を考えても、5日もあれば往復してこれるはずだった。しかし、5日を過ぎても彼は帰ってこず、村の皆が心配しだした10日目のある日、彼はふらっとこの村へ帰ってきたのだという。


最近は近くの村で物騒な事件も起こり、その対策として護衛の騎士が派遣されているということもあって心配していた村人達は、安堵の声と共に彼に駆け寄ったのだが、彼が急に集まった中の一人の女性を捕まえ、組み敷いたのだという。


女性は驚きのあまり動けずにいたが、次第に状況を理解すると必死の抵抗をしていた。この時になって集まった村の人達は、彼の異変に気付いた。


顔色が死人のように悪く、目も血走り、涎を垂れ流しながらうわ言のように「女・・女・・」と口走っていたのだという。


村の人達はすぐに派遣されている騎士に助けを求めたのだが、騎士が放つ剣術も魔術も何故かその青年には効かず、逆に殺されてしまったらしい。


訓練を積んだ騎士さえも無傷で倒してしまった青年を恐れた村の人達は、彼から距離を取って様子を見ることしかできなかった。


組み敷かれていた女性は、彼が騎士と戦っている隙に這いつくばりながら逃げようとしたらしいのだが、一瞬で距離を詰めてきた青年に髪の毛を掴まれ、そのまま連れ去られてしまったのだという。




「・・・ということなのです。連れ去られたその子が無事かどうかは分かりませんが、騎士2人を軽く倒す彼に、私どもは何も出来ませんでした・・・」



 後悔を滲ませて話す村長さんに、僕は胸を痛めた。僕だって知り合いがそんな目に遭えば許せないだろうし、取り返すために全力を尽くすだろう。ただ、その力が有るか無いかでの違いしかない。



「私では祈る事しか出来ませんが、どうかその女性が無事でありますように・・・」



ミレアは村長の話を聞いて、手を組んで連れ去られた女性の無事を祈っているようだ。その様子に村長は感激したようで、涙を流していた。



「おぉ!公爵家の方が、こんな田舎の小さな村の者の為に祈ってくださるとは・・・ありがとうございます」



感動にうちひしがれる村長が落ち着くまで待って、僕は確認すべき事を聞いた。



「それで聞きたいのですが、急に襲ってきた青年の方は、元々騎士を圧倒するだけの実力があったのですか?」


「いえいえ、とんでもありません!確かに農作業などをして、多少の筋力はあるかもしれませんが、きちんと訓練をされている騎士の方より強いわけがありません!」



僕の質問に、村長はあり得ないといった様子で返答した。



「では、その青年は連れ去った女性と何か争いがあったとかはありませんか?」


「・・・それも無いでしょうな。この村はご覧の通りの小さな村でして、住民は皆家族のようなものです。多少の喧嘩こそあれ、先日のような事件は、私が生まれてから今まで見たことも聞いたこともありませんでした」



村長さんの言葉に僕は考え込んだ。これではまるで、その青年が別人に変わってしまったかのような話だったからだ。同じことを思ったのか、セグリットさんが口を開いた。



「その襲いかかってきたという青年は、本当にこの村で麦を生産していた青年と同一人物だったのですか?」


「それは間違いございません。この村の住民を見間違えることなどありません!」



強い口調でそう言う村長に、セグリットさんは余計に謎が深まったといったような難しい顔をしていた。


青年は今まで特に住民と争いを起こしていないし、襲った女性ともいさかいが無かった。そんな青年が何の前触れもなく、ある日急に襲ってきたのだ。しかも、本来それほどの実力も無いはずだったのに、訓練されている2人の騎士を無傷で倒してしまうほどの実力をいつの間にか身に付けて。


考えれば考えるほど不自然な話だ。



「確認なのですが、青年に殺されたという騎士の方は、どれ程の実力者だったのですか?」



ミレアは殺された騎士の実力を疑うような眼差しで問いかけた。騎士の中にはろくに訓練もせず、貴族であるという肩書きに胡座をかいている者も一定数存在しているというのはよく聞く話だ。


彼女はそう考えて、元々大した実力が無い騎士だったのでは無いかと推察したのだろう。そんな彼女の問いかけに、対面に座っている騎士の一人が口を開いた。



「私はこの村に派遣されていた騎士と同期だったのですが、2人は魔術師と剣術師で、それぞれ第四段階に至っており、同期の中でも実力者でした。ですので、そんな2人が生産職の青年に殺されたと報告を受け、信じられない思いです」



騎士の話にますます考え込んでしまうが、この不自然な状況は王女から依頼を受けたときに感じたものと同種のものだ。



(襲撃者は同一犯ではないが、裏で糸を引いているのは同じ組織だろうな・・・)



確証は無いが、そんな考えが頭をよぎった。それは皆も同じようで、横に並ぶエレイン達に目配せすると、大きく頷いていた。



「別の村で同じような襲撃事件が起こった際に、他の村人達も一人、二人と人が変わったようになったと報告を受けています。今後この村の住民にも同じような事が起こるかもしれませんので、しばらくこの村に滞在してもよろしいでしょうか?」



エイミーさんが村長に他の村で起こった状況を伝え、この村に滞在する許可をお願いした。



「もちろんでございます!この村を預かる身としては、私からお願いしたいほどです!ドラゴンを撃退したという御仁の存在と、公爵家の方までがこんな小さな村の事件に対応してくださるとなれば、村人達も安心できるでしょう」



村長さんは感謝の言葉を述べながら、深く頭を下げてきた。その様子に、これ以上犠牲者を出してはならないと強く感じ、僕は身を引き締める思いだった。



 村長さんからの情報収集を終えた僕達は、しばらくこの村へ滞在するための準備に取りかかった。といっても、寝起きについては村長の家を使用することになるので、テントを張る必要はない。食事についても村の方で準備してくれるということのなので、僕らがすべき事はこの村の周辺の地形の確認と、村人から他に有力な情報がないかの聞き込みだった。


聞き込みについてはそれを得意とするエイミーさんとミレアが滞在の挨拶がてら行ってくるということで、残った僕とエレイン、セグリットさんで村から出て、周辺の状況を確認しつつ、どこかに人が潜めそうな所はないかの捜索を行っている。


本来は3手に別れて捜索を行えば効率的なのだが、さすがに何時襲撃があるのか分からない現状では慎重を期して、3人纏まって動くしかなかった。



「それにしても、今回の事件は分からない事だらけですね?」



周辺の状況を確認しながら、僕は一緒に行動している2人にそう話題を振った。



「そうだな。今まで一緒に生活していた隣人が、突如襲ってくるんだ。知り合いにとっては驚きだろう」


「しかも、実力者の騎士2名を容易く圧倒する力を急に身に付けているなんて、ますます不可解ですね」



僕の話にエレインとセグリットさんは、それぞれ感想と疑問を口にした。



「ちなみに、人格を変え、ただの生産職の人でも圧倒的な力を得ることが出来るような魔道具ってあるんですか?」



僕の素朴な疑問に答えたのは、セグリットさんだった。



「いえ、今までそんな話は聞いたこともありません。そんなお手軽に力を付けることが出来る道具があれば、世紀の大発明になりますよ」


「それは、そうだよね・・・」



セグリットさんの言葉に、それはそうだと納得する。大した鍛練もせずに、長年鍛えた騎士を簡単に圧倒できるなら、世紀の大発明という言葉も大袈裟ではないだろう。そんなものがあれば、国の根底が揺らぎかねない。



(貴族よりも平民の方が圧倒的に多いんだから、もしそんな物が実在したとしたら、反乱なんて簡単に起こせちゃうだろうな・・・)



すぐに想像したのは、貴族に強いたげられた平民の姿だ。学院では大多数の生徒が貴族という状況で、平民の僕に対する態度は辟易するものがあった。今でこそ、その様子は様変わりしているが、そういった状況下にあって、不満を募らせている平民がそんな魔道具を手にしたとしたら、復讐として反乱を起こしても不思議はないのではないかと考えた。



(だとしても、今回の件は反乱とは違うよな。なんといっても、同じ境遇のはずの知り合いを襲っている訳だし、あまつさえ自分の村を壊滅させてしまうなんて意味が分からない。いったい何がどうなってるんだよ・・・)



ここに来ても分からない事だらけの現状に、僕はいっそう頭を悩ませるのだった。
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