剣神と魔神の息子

黒蓮

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第八章 世界の害悪

開戦危機 9

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side グルニア共和国


 王城の会議室、今日は早朝から国王を始め、王子、王女、主要大臣や各騎士団の主だった者達を集めて会議を行っていた。議題はもちろん魔術騎士団団長の娘、エレイン・アーメイ次期伯爵が拐われたことに対する対応と、エイダ・ファンネルについてだ。


この会議室には大きな楕円形の円卓があり、その上座に国王の座る玉座、その背後には国王直属の近衛騎士が、玉座の右側には一回りサイズの小さい椅子2つに、王子と王女が座っている。


この会議で座ることを許されているのは王族のみで、主要大臣や騎士団の者達は、円卓を囲むように立ったまま話し合いを行っている。円卓は本来、身分や立場に囚われずに活発な意見交換の場とするためのものであるが、派閥や能力の関係もあって、立ち位置は暗黙の了解のように定まっていた。すなわち、王族の席から見て右側に王子派閥の面々、左側に王女派閥の面々が集まっている状況だ。



「それではもう一度、問題点を確認しましょう」



今話し合おうとしていることは、既に昨日の夜中まで議論し合ったものだったが、結局最後まで結論が出ることなく、時間だけが過ぎてしまったが為に、翌日の今、こうして日の出と共に早朝から再開されていた。


最初に口を開いたのは、宰相の言葉からだった。



「昨日の夜8時頃、【救済の光】の構成員からの襲撃を受けました。実行犯は、ロイド侯爵家の次期当主に指名されたばかりのアッシュ・ロイドです。彼は組織の仲間と結託し、気配と姿を消す魔道具を使用して王城内へ侵入。その際、現当主であるロイド侯爵家の家紋付きの書類を偽造しており、どうやらその潜入時に王城内に組織の仲間を引き入れたようです」



その話は既に昨日確認していることなので、集まっている面々は小さく頷きながら聞いていた。ただ、ロイド家の現当主だけは苦虫を噛み潰したような表情をしている。



「彼の目的は、エイダ・ファンネル殿の想い人であるエレイン・アーメイ嬢の身柄の確保でした。誠に遺憾ではありますが、厳重な王城の警備の隙をつかれて、その目的は達せられてしまいました。そして、組織より突きつけられた要求は、エイダ・ファンネル殿を幽閉、あるいは行動を制限しろということです。これに反した場合は、拐われたエレイン嬢の命はないとのことです」



その最後の言葉に、エレインの父親である魔術騎士団長は、自らの感情を押し殺すように拳を握りしめて歯を喰い縛っていた。



「昨日の会議では国益を重視し、エレイン嬢を見捨てるべきという意見が大勢を占めましたが、それに反対する意見もチラホラと・・・」



話を進めていた宰相は魔術騎士団団長と、2人の殿下の表情を確認するように話に間を取った。昨日の時点では王子を擁する派閥がエレインを見捨てるという意見を表明し、それに対して王女を擁する派閥が難色を示していた。とはいえ、元々数的に王子派閥の方が多数を占めており、国の方針としては見捨てるという方向に決まりかけていたのだ。宰相の話の流れも、そうなることを前提とした話口調だった。



「お待ちください!昨日も申しましたように、エレイン嬢を見捨てるという話など、彼が納得するわけがありません!対応を間違えば最悪、彼が共和国の敵に回る可能性もあるのですよ?」



この雰囲気に待ったを掛けたのは、椅子から立ち上がった王女だった。



「しかし王女殿下、彼は既に国の英雄としての立場を正式に公表されました。これで彼が国難において行動しなければ、彼は国民から糾弾されます」



王女の異議に反論したのは、話を主導していた宰相だった。彼は王子派閥の人間でもあるので、王女の意見に反対することが多い。ただ、今回の件に関しては、国益や国民感情を考えるならば当然の意見だった。



「それに彼は肩書きだけとは言え、準男爵という貴族の位を陛下から賜ったのです。貴族として、民のために動くのは当然。それに、陛下からのご命令であれば従うのでは?」



宰相の意見に追随したのは、剣武騎士団の団長だった。これは貴族であれば当然の考え方であり、今まで忠実に国からの命令を遂行してきた彼にしてみれば、エイダ・ファンネルが命令を聞かないことなど考えられなかったのだ。



「いえ、そういう話ではないのです!彼はまだ精神が習熟していない未成年。更に言えば最近まで平民だったのです。いきなり貴族としての作法に従えといっても、反発を招きます!しかも今は、彼の想い人が囚われているのです!彼に対して、もっと慎重な対応が必要です!!」



王女はエレインを見捨てるという雰囲気に傾いている状況を打破しようと語気を強めるが、どうにも旗色は悪い状況だ。その状況を表すように、更に領土の策定などを司る国土大臣が口を開く。



「ですが王女殿下、彼とて国の方針には従うでしょう?国益を損なうような行動をする者を、他国としても受け入れるとは到底思えません」



国として国力を増すように動くのは当然だが、命令を聞かないような危険人物を率いれてしまっては、逆に国としての統率が瓦解し、国として損失になる可能性の方が高くなるという彼の指摘はもっともだった。しかし、王女はそう考えなかった。



わたくしたちの常識で物事を考えてはなりません!彼の両親は王国と公国を敵に回しても、自分達の意見を押し通した人物です!それを忘れてはなりません!」



「いやしかし・・・」


「そんなバカな・・・」



王女の言葉に対し、この場のほとんどの者達は否定的な言葉を返していた。それが今まで培われてきた彼らの常識であり、国を敵に回す人物が本当にいるなど信じられないのだ。



 そんな騒然とした状況を払拭したのは、この場において最も強大な権力を持っている国王その人だった。



「静まれ!!」


「「「・・・・・・」」」



威厳の籠った国王の一言で、この部屋に集まった全ての者達は一斉に口を閉ざした。



「お主達が昨夜から議論している問題点については、余も理解しておるところだ。しかしながら、一国の指導者の立場として、たった一人の民の命と、残る大多数の民の命を秤にかけたとき、どちらを選ぶべきかは自明の理だ。それはここにおる全員が承知しているだろう」



重々しく言葉を紡ぐ国王は、自身の娘である王女の方に一瞬視線を向けながらそう語った。その言葉に誰も反論することはない。国の運営に携わるものとして、当然の考え方だからだ。



「その上で、エイダ・ファンエルという人物は、我々の常識の埒外の実力を有しておる。自らに降りかかる大抵の理不尽な事など、簡単に跳ね除けられる程度にはな・・・」



続く国王の言葉に、大臣達は静かに聞き入っていた。みな、国王がどのような判断を下すのかを注視しているようだ。



「更に、彼の年齢から考えれば精神的な未熟はいかんともし難い上、何より平民であったことは、国に対する帰属意識が低いと言わざるをえん。彼の大切と思う人物を見捨てろと命令したところで、当然納得せぬだろう」



話の展開を聞いていた王女は、国王の言葉に肩の力を抜いたが、続く言葉に奥歯を噛み締めて、苦々しい表情を浮かべることになった。



「それら全て理解した上で、エイダ・ファンネルには我が国の為に行動してもらう!つまり、アーメイ伯爵家の令嬢を見捨ててもらう!いくら英雄と評しようとも、国家が彼一人の感情のために国の指針を誤る事は出来ぬ!それではもはや、国家としてのていを成していないも同然だ!!」



力強く語る国王の言葉に、王女を除くこの場の誰もが大きく頷いた。小を殺してでも大を生かす。たった1人を殺すことで、他の多数の国民が生きれるなら、為政者としては当然後者を選択しなければならない。例えそれが自身の身内だったとしても、冷徹な判断が必要だ。その判断が出来ないようでは、国を背負う資格など無い。



「既に我らに余裕な時間など無い!クリスティナ、すぐに王国への使者として出発せよ!フレッドは開戦に備え戦力の掌握を!エイダ・ファンネルへの説明は、令嬢の父親であるアーメイ卿がせよ!よいな!!?」


「「「はっ!王命、承りました!!」」」



国王の言葉に、部屋の全員が恭しく臣下の礼をとって了承の意を示した。それは最後まで反対意見を表明していた王女も同様だ。この国の頂点である国王が決めたことなのだ、反対意見のある者などいようはずがない。


各人が内心でどう考えているのであれ、今回の騒動に対する国としての方針は決定した。ならば臣下の者達は、それに従って行動するだけだ。それは、事実上自分の娘を見殺しにするように命令された、魔術騎士団団長である彼も同様だった。


彼は内心を感じさせない無機質な表情をしていたが、その心は激情に駆られている。しかし、彼は伯爵家の当主として内心を悟られるような愚かな真似はしない。その感情を完璧に隠したまま、彼は国王が決定した国の意思をエイダ・ファンネルに伝えるために行動を開始した。
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